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二皿目 おでんの島!
温かい場所
「と、とにかく冷やすぞ。冷凍庫から氷全部持ってくるぞ!」
「了解であります!」
いつものように全部使い切るななんてことは言わない。仁も緊急事態だとよく理解しているのだ。
大きなボウルやバケツに、入るだけ氷を詰め込んでいく。その間に金さんはエアコンの温度を下げていた。
薄手の服を着ている今、腕や首筋、足がひんやりとした空気に撫でられる。店全体が冷蔵庫に変わりつつある。だが、客の命のためだ。妃那たちは耐えなければ――
「あ」
思いついた。もっと簡単な方法が。
「え? 冷凍庫の前で食べる?」
風花は汗だくになりつつ、意外にも順調に食べ進めていた。だからだろうか。陽菜の提案にも、なぜだかきょとんとしていた。
「ここで食べるよりはマシなんじゃ……冷凍庫の冷気を浴びながらだったら、溶ける心配はないかも……」
「いいえ、結構」
そう言って、がんもどきをまるっと頬張ってしまう。今頃口の中でお出汁が大洪水なんじゃないかと心配になる。人間でも口の中を火傷する事案だ。
だが風花は、悲鳴一つあげずに飲み下した。
「えっと……熱いでしょ?」
「熱いわ。生まれて初めてよ、こんなに熱いものは。ずっと雪山にいたもの」
「そうですよね……」
流れる汗が痛々しい。一刻も早く――と思うのだが、風花はがんとして首を縦に振らない。それどころか、具材を次々に湯気と共に頬張っていく。
「だから私、今、嬉しいの」
汗まみれの顔が、笑顔に包まれた。熱いものを飲み下そうという必死だった形相が、一瞬にして晴れていた。なぜなのかわからず、陽菜は視線で問いかけていた。
風花は、食べながら答える。
「だって、これがあの人の世界なのよ。凍えることなく、温もりに包まれる場所……そこで温かいものを食べる。だから、あの人の手はあんなにも温かいのね……」
ほんの一瞬、風花は天を仰いだ。
「『温かい』があんなにも心地良いって、初めて知ったの。あの人のおかげよ」
頬を伝う大粒の汗に、陽菜は思わずハンカチを差し出していた。風花は、戸惑いつつも受け取っていた。
「こんな風に、いつも居てくれたの」
ぽつりと零した呟きは、陽菜の耳に届いた。
「私が、死ぬまで一緒にいてほしいって言ったら、あの人は人里の温もりを捨てて山に居てくれた。寒いでしょうに、辛いでしょうに……それでも、あの人は……」
風花の箸を動かす手が止まりそうになっている。息も絶え絶えに語る中、食べることが限界に達しようとしていた。だが、それでも止まることはしない。
ふらふらと箸を伸ばし、鍋を探る。大鍋の中はもはや空に近づいていた。だが、だからこそ最後の一片を探すのが困難になっている。今はもう、大海原から貝殻を探り当てるかのような状態だ。
「了解であります!」
いつものように全部使い切るななんてことは言わない。仁も緊急事態だとよく理解しているのだ。
大きなボウルやバケツに、入るだけ氷を詰め込んでいく。その間に金さんはエアコンの温度を下げていた。
薄手の服を着ている今、腕や首筋、足がひんやりとした空気に撫でられる。店全体が冷蔵庫に変わりつつある。だが、客の命のためだ。妃那たちは耐えなければ――
「あ」
思いついた。もっと簡単な方法が。
「え? 冷凍庫の前で食べる?」
風花は汗だくになりつつ、意外にも順調に食べ進めていた。だからだろうか。陽菜の提案にも、なぜだかきょとんとしていた。
「ここで食べるよりはマシなんじゃ……冷凍庫の冷気を浴びながらだったら、溶ける心配はないかも……」
「いいえ、結構」
そう言って、がんもどきをまるっと頬張ってしまう。今頃口の中でお出汁が大洪水なんじゃないかと心配になる。人間でも口の中を火傷する事案だ。
だが風花は、悲鳴一つあげずに飲み下した。
「えっと……熱いでしょ?」
「熱いわ。生まれて初めてよ、こんなに熱いものは。ずっと雪山にいたもの」
「そうですよね……」
流れる汗が痛々しい。一刻も早く――と思うのだが、風花はがんとして首を縦に振らない。それどころか、具材を次々に湯気と共に頬張っていく。
「だから私、今、嬉しいの」
汗まみれの顔が、笑顔に包まれた。熱いものを飲み下そうという必死だった形相が、一瞬にして晴れていた。なぜなのかわからず、陽菜は視線で問いかけていた。
風花は、食べながら答える。
「だって、これがあの人の世界なのよ。凍えることなく、温もりに包まれる場所……そこで温かいものを食べる。だから、あの人の手はあんなにも温かいのね……」
ほんの一瞬、風花は天を仰いだ。
「『温かい』があんなにも心地良いって、初めて知ったの。あの人のおかげよ」
頬を伝う大粒の汗に、陽菜は思わずハンカチを差し出していた。風花は、戸惑いつつも受け取っていた。
「こんな風に、いつも居てくれたの」
ぽつりと零した呟きは、陽菜の耳に届いた。
「私が、死ぬまで一緒にいてほしいって言ったら、あの人は人里の温もりを捨てて山に居てくれた。寒いでしょうに、辛いでしょうに……それでも、あの人は……」
風花の箸を動かす手が止まりそうになっている。息も絶え絶えに語る中、食べることが限界に達しようとしていた。だが、それでも止まることはしない。
ふらふらと箸を伸ばし、鍋を探る。大鍋の中はもはや空に近づいていた。だが、だからこそ最後の一片を探すのが困難になっている。今はもう、大海原から貝殻を探り当てるかのような状態だ。
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