憂い視線のその先に

勘違いがいっぱい

24

「……律？」

　千愛希は胸の鼓動が速くなるのを感じながら、律の言葉を待った。

「今日の飲み会、どこでやったの？」

「……え？」

　想像とは違う律の言葉に千愛希は拍子抜けした。目を瞬かせ、「えっと、駅の向こう側の中華料理屋さんだよ。ホテルの中に入ってるでしょ？　スーツも中華料理臭くなっちゃった」とふっと笑って言った。

　高級中華料理店が中に入っている有名なシティホテルは、挙式もできるカップルに人気の場所だ。とはいえ、会議室として使用できる大きな会場もあり、普段律も研修などで訪れることもあった。
　用途は多々あるが、それでも律の頭の中にはホテルの一室を取り、周と2人で中華料理を楽しむ千愛希の姿が浮かんだ。

　律は千愛希の腕を掴んだまま、そっと左手を伸ばした。指先をシャツの襟から差し込む。その内出血痕を確かめなければ、そう思った。

「やっ……」

　突然のことに驚いた千愛希は咄嗟に身を引いた。今まで笑っていた自分が、急に胸元を撫でられることがあるだなんて想像もしていなかったのだ。
　今日はお互いにシラフで、酒の力に頼るわけでもなく、まして愛を語り合ったわけでもない。それなのに家に入って早々、律が体を求めてくるなどとは当然思わない。

　朝シャワーを浴びたきり、そのまま仕事をして中華料理まで食べてきたというのに、律からはシャンプーの甘い香りがする。自分ばかりが汚い体のまま、律に触れられるのも嫌だと慌てて胸元を手で押さえた。

「律、とりあえず先にシャワー浴びさせて」

　顔を背けて立ち上がった千愛希。

「そのままでいいってば」

　律は鋭い眼光を放ちながら、先程よりも強い力でその手を引いた。

「きゃっ！」

　高い悲鳴が広いリビングに響き、千愛希はフローリングの上に崩れ落ちた。律は、その体を腕で抱き止め、そのまま冷たく固い上に千愛希を組み敷いた。