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命乞い【2】
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城の中が騒がしくなる間もなく、神室軍は咆哮を轟かせ城内へと攻めていった。
元々武器の製造には長けている匠閃郷だが、戦力は五つの郷の中でも劣る。そこにきてのお家騒動真っ只中に、士気の高まった神室軍に攻められればひとたまりもない。
悲鳴があちらこちらで聞こえたかと思うと、すぐに静寂に包まれた。
日の光を背負い佇む澪は、その時を待って城内へと戻って行った。
足を踏み入れた瞬間、ぬるりと滑る床。血溜まりが足元を濡らした。
「……酷いな」
血生臭い空気が部屋中を包んでおり、それと比例するかのように転がる亡骸。
澪の世話係だった女の姿に料理人。統主の部屋を訪れれば、あっさりと殺されている統主。そして今年十五となる若き弟、右京の姿。
溺愛され、大切に育てられてきた幼少時代の顔が浮かぶ。
(久しぶりに会ったのがこんな姿なんて……。まあ、仕方がない。統主がこれじゃ、どのみち先は見えていた)
澪は心の中でそう呟き、息をついた。そして、血まみれた右京の胸に手を当て「安らかにお眠り……」そう囁いた。
立ち上がり振り返ると、右京の母である側室の姿。喉をかっ切られ、傷口が綺麗にぱっくりと割れている。
「臭いの主はお前だね……」
澪は、袖で鼻を覆い部屋を出る。もう一人確認しなければいけない人物がいる。澪の実母である。
正妻でありながら男児を産めず、澪を世継ぎにしようと企んだ人物。側室に右京が産まれると、統主の気を引こうと澪に毒を盛った人物。
いつから彼女は狂ってしまったのか。正妻に男児さえ生まれていれば、この郷とて安泰だった。
統主が側室ばかりを気にかけなければ、こんな悲劇は起こらなかった。
潤銘郷程の武力がなくとも、武器の流通の条件次第では、潤銘郷と対等に取引できたはずだ。
あと五年その状態を維持できれば、右京を統主にし、城を守ればよかった。しかし、右京にその力はない。
母親に溺愛され、稽古で怪我をする右京に制限をかけた。時期統主として強くしたい統主の願いは、側室に惚れた弱味か強く出れずに勢力を失っていった。
そこに加え、嫉妬に狂った正妻の嫌がらせの数々。それらは、右京をさらに臆病にさせた。
澪は、自身の守り方さえ知らないまま死んでいった、我が弟へ微かな同情を抱えながら廊下を進む。
彼女の目的の人物はすぐに見つかった。まさに先程屋根の上から覗き見た神室歩澄に髪を掴まれ、腹部には妖艶に光る刀が突き刺さっていた。
「……お、たす……け」
揺れる眼球がさ迷う中、血を吐きながら母は助けを請う。しかし、次の瞬間、勢いよく刀を引き抜かれ、そこから大量の血液が吹き出した。
恐ろしい程美しい彼は、瞬きもせず亡骸を畳の上へ放り投げた。ぐしゃっと音が鳴り、みるみる内に血溜まりが広がっていく。
歩澄の白い戦力服は、鮮やかな紅に染まった。
武者震いがする程綺麗だ。澪はそう思った。
この世にこんなにも紅が似合う人物がいるだろうか。そんなことを考えていれば「恐ろしくて声も出ないか? お前で最後だ」そう言って向けられた刀の先は眩しい程の光を放っていた。
「私はまだ死ねません」
澪は真っ直ぐ歩澄の視線を捕らえ、はっきりとそう答えた。
「殺すかどうかは私が決める」
彼は、抑揚のない声でそう言った。
中性的な顔立ちとは反対に、低く冷たい声だった。
噂通りの冷酷非道な男。女、子供でも容赦なく殺す。これがこの男のやり方なのだ。
「歩澄様!」
向かい側から多数の声がして、澪は軍勢に囲まれた。
歩澄の近くに駆け寄ったのは、色素の薄い髪の色をした中性的な男だった。その淡い橙色の瞳は、歩澄程の冷酷さは孕んでいない。どこか柔らかい雰囲気さえ感じた。
「瑛梓下がっていろ」
「はい……」
その男のことを瑛梓と呼んだ。
(神室歩澄と同じ系統の髪色。彼も異国の血が混じってるのだろうか……)
澪は瑛梓と呼ばれた男を一瞥し、視線を歩澄に戻した。
「この城には姫がいるはずだ。澪姫。その姫の姿だけが見えない。匠閃郷は神室家が仕切る。そのためには宗方の血縁は厄介だからな。始末しなければならないんだ。私も鬼じゃない。その姫の居所を教えるなら、お前の命一つくらい見逃してやってもいい」
彼は、試すような微笑を浮かべてそう言った。しかし、右手に持つ柄を握り直す様は、そうは言っていなかった。
聞き出したらどうせ殺すつもりなのだろう。
元々武器の製造には長けている匠閃郷だが、戦力は五つの郷の中でも劣る。そこにきてのお家騒動真っ只中に、士気の高まった神室軍に攻められればひとたまりもない。
悲鳴があちらこちらで聞こえたかと思うと、すぐに静寂に包まれた。
日の光を背負い佇む澪は、その時を待って城内へと戻って行った。
足を踏み入れた瞬間、ぬるりと滑る床。血溜まりが足元を濡らした。
「……酷いな」
血生臭い空気が部屋中を包んでおり、それと比例するかのように転がる亡骸。
澪の世話係だった女の姿に料理人。統主の部屋を訪れれば、あっさりと殺されている統主。そして今年十五となる若き弟、右京の姿。
溺愛され、大切に育てられてきた幼少時代の顔が浮かぶ。
(久しぶりに会ったのがこんな姿なんて……。まあ、仕方がない。統主がこれじゃ、どのみち先は見えていた)
澪は心の中でそう呟き、息をついた。そして、血まみれた右京の胸に手を当て「安らかにお眠り……」そう囁いた。
立ち上がり振り返ると、右京の母である側室の姿。喉をかっ切られ、傷口が綺麗にぱっくりと割れている。
「臭いの主はお前だね……」
澪は、袖で鼻を覆い部屋を出る。もう一人確認しなければいけない人物がいる。澪の実母である。
正妻でありながら男児を産めず、澪を世継ぎにしようと企んだ人物。側室に右京が産まれると、統主の気を引こうと澪に毒を盛った人物。
いつから彼女は狂ってしまったのか。正妻に男児さえ生まれていれば、この郷とて安泰だった。
統主が側室ばかりを気にかけなければ、こんな悲劇は起こらなかった。
潤銘郷程の武力がなくとも、武器の流通の条件次第では、潤銘郷と対等に取引できたはずだ。
あと五年その状態を維持できれば、右京を統主にし、城を守ればよかった。しかし、右京にその力はない。
母親に溺愛され、稽古で怪我をする右京に制限をかけた。時期統主として強くしたい統主の願いは、側室に惚れた弱味か強く出れずに勢力を失っていった。
そこに加え、嫉妬に狂った正妻の嫌がらせの数々。それらは、右京をさらに臆病にさせた。
澪は、自身の守り方さえ知らないまま死んでいった、我が弟へ微かな同情を抱えながら廊下を進む。
彼女の目的の人物はすぐに見つかった。まさに先程屋根の上から覗き見た神室歩澄に髪を掴まれ、腹部には妖艶に光る刀が突き刺さっていた。
「……お、たす……け」
揺れる眼球がさ迷う中、血を吐きながら母は助けを請う。しかし、次の瞬間、勢いよく刀を引き抜かれ、そこから大量の血液が吹き出した。
恐ろしい程美しい彼は、瞬きもせず亡骸を畳の上へ放り投げた。ぐしゃっと音が鳴り、みるみる内に血溜まりが広がっていく。
歩澄の白い戦力服は、鮮やかな紅に染まった。
武者震いがする程綺麗だ。澪はそう思った。
この世にこんなにも紅が似合う人物がいるだろうか。そんなことを考えていれば「恐ろしくて声も出ないか? お前で最後だ」そう言って向けられた刀の先は眩しい程の光を放っていた。
「私はまだ死ねません」
澪は真っ直ぐ歩澄の視線を捕らえ、はっきりとそう答えた。
「殺すかどうかは私が決める」
彼は、抑揚のない声でそう言った。
中性的な顔立ちとは反対に、低く冷たい声だった。
噂通りの冷酷非道な男。女、子供でも容赦なく殺す。これがこの男のやり方なのだ。
「歩澄様!」
向かい側から多数の声がして、澪は軍勢に囲まれた。
歩澄の近くに駆け寄ったのは、色素の薄い髪の色をした中性的な男だった。その淡い橙色の瞳は、歩澄程の冷酷さは孕んでいない。どこか柔らかい雰囲気さえ感じた。
「瑛梓下がっていろ」
「はい……」
その男のことを瑛梓と呼んだ。
(神室歩澄と同じ系統の髪色。彼も異国の血が混じってるのだろうか……)
澪は瑛梓と呼ばれた男を一瞥し、視線を歩澄に戻した。
「この城には姫がいるはずだ。澪姫。その姫の姿だけが見えない。匠閃郷は神室家が仕切る。そのためには宗方の血縁は厄介だからな。始末しなければならないんだ。私も鬼じゃない。その姫の居所を教えるなら、お前の命一つくらい見逃してやってもいい」
彼は、試すような微笑を浮かべてそう言った。しかし、右手に持つ柄を握り直す様は、そうは言っていなかった。
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