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いざ、潤銘郷へ【8】

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 澪の行動を見張るため、瑛梓は潤銘郷に着くまで澪の隣を走った。長時間馬を走らせていれば、体に負担もかかるはずだが、澪は涼しげな表情を浮かべている。

 田舎であった匠閃郷の草原を抜けると、潤銘郷に近付くにつれ、道が綺麗になっていく。角の多い石がなくなり、砂地になり地盤を特殊な液体で固めた地面へと変わっていく。郷境を越えると、遠くに大きな赤い門が見えてくる。

 周りは金で縁取られ、門の上は緩やかな曲線が横に長く続いている。
 あの門へ辿り着くまで、まだ暫く馬を走らせるのだが、澪はその門を見つけ「わぁ……」と声を上げた。

 門の両柱の上には、金を基調に碧空石がふんだんにあしらわれた球体が乗っている。沈みかけた日の光でも、僅かな光を吸収して輝いているのがわかる。
 鮮やかな蒼みがかった碧色の石は、見る角度によって濃度や色を変えてみせた。

 門の周りは高い壁で囲われており、その壁が地平線の如くどこまで続いている。

「あれは何ですか!?」

 無表情で馬を走らせていた澪は、目を輝かせて瑛梓の方を向く。好奇心に満ちた顔をしていた。

「あれは潤銘郷の正門だ。潤銘郷は、他郷の者が容易に入ってこられぬように、その一帯を壁で囲ってある」

「はぁ……。門はいくつあるのですか?」

「全部で三つ。この正門と、貿易用に海側に一つ。もう一つは栄泰郷との郷境にある」

「凄いですね! お伽噺みたいです!」

 澪は、表情を明るくさせ歯を見せて大きく笑う。

(こんな表情もできるのか……。これからいつ殺されるかわからないこの状況で、よくもこうも笑っていられる)

 瑛梓は澪の反応に驚いた。潤銘郷は生まれ育った郷であり幼い頃からこの門は存在していた。それ故、ただの正門でこんなにも嬉しそうな顔をする澪が不思議だった。

 澪は馬に乗り始めた時よりも活気に満ちた顔をしていた。
 更に馬を走らせれば、その正門の壮大さが顕になった。見上げても門の上縁は見えない程大きく、立派な木材で扉は覆われていた。

 先頭の歩澄を確認した門番が、合図を送ると、巨大な扉は左右外側にゆっくりと開いていった。地鳴りがする程の音が響き、澪はその情景に大きく息を溢した。

 まるで子供のような反応の澪に、匠閃郷での猛々しさはどこへやらと瑛梓は思わず笑ってしまった。

「いつもこんなふうに行き交う人々を盛大にお出迎えされるのですか?」

「いや、この門が開くのは神室の軍勢が通る時だけだ。普段は門の端に小さな出入り口があってそこから通行する」

「へぇ……」

 辺りを見渡しながら、門の中へ入る。
 途端に立派な建物が軒並み揃えて出迎えた。

「わぁ……これは何の建物ですか?」

「これか? これらは全て民の家だが……」

 瑛梓は不思議なことを言うと首を傾げて澪を見る。

「家!? これが家ですか!? 貴族の……?」

「いや、この辺りは庶民の家々が並んでいる」

 瑛梓は、当然のことのように頷いたが、澪は唖然とせずにはいられなかった。庶民の家と言えばもっと簡素で規模も小さいはず。澪がいた村では、大人四人程でいっぱいになってしまうような小屋で暮らしている庶民も多かった。
 九重のいた村で九年もの時を過ごしてきた澪にとっては、頑丈な壁もそこに施されている装飾も見たことのないものばかりだった。
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