【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

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豊潤な郷【15】

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 澪は僅かに唇を震わせている大和に気付いた。それは反省の色を含んでいた。余程伊吹から咎められたのだろうと悟ったのだ。
 戦闘力は統主の中でも一番劣ると言われている落伊吹。その噂が真であり、歩澄と皇成とが攻め込んでくることを危惧したとなれば是が非でも伊吹を守りたいと思う大和の気持ちもわからなくもなかった。
 しかし、統主に断りもなく自己判断で行動を起こす様は徳昂に似ており、嫌悪を抱かずにはいられない。それでもまだ可愛気があるのはこうして自ら澪に頭を垂れるところである。
 未だに一度たりとも謝罪を受けていない徳昂に対しては、もはや許す、許さないの問題でもない。澪にとっては敵であり、一生解り合えない相手として認識されている。

 統主のためと謳いながら己の目的、私欲のためだけに行動を起こす徳昂とは違い、確実に伊吹のためだけに仕えている大和の姿に、澪は呆れながらもどうしても憎み切ることなどできなかった。
 それに拐われはしたものの、その後は介抱され、食事も用意された。案内された客間は豪華であり、伊吹の言った通り不自由のない待遇を受けた。
 手違いとあっては当然の処遇のようにも思えるが、こうまでしてもらっては許さないわけにもいかぬと澪は大和に顔を上げるよう伝えた。

「貴方の行為は、歩澄様の憤りを煽ることに繋がりますよ。落様をお守りしたいのであればもっと考えて行動するべきです。もし仮に歩澄様と皇成様が共謀していたら、真っ先に標的になるのは私を拐った翠穣郷となるでしょう」

「は、はい……。私の考えが浅はかでした……」

「本当に私を弱味として歩澄様を獲りたいのであれば、私を拷問にかけ瀕死の状態で城から吊下げるくらいのことはしないと無理ですよ」

 澪が平然とそう言うと、伊吹も大和も目を見開き瞳を揺らした。

「そ、そのような惨いことなどできません!」

「でしたら、他人の弱味を握るだなんてことは考えないことです。非道であるからこそ、他人の弱味は弱味になるのです。私に傷一つ負わせられない内は、この城共々歩澄様に壊滅させられてしまいますよ」

 冷酷非道と恐れられた神室歩澄。秀虎がそう仕向けたこととはいえ、実力がなければそのような噂も立たない。殺生に対しては気を病む心はあっても、大切な者を守るためならば手段を選ばない節があることは事実。
 伊吹が澪に躊躇なく手を出すような統主であったのならば、神室軍勢を引き連れて戦覚悟で乗り込んでくるに違いない。

 瀕死の澪を目の前に差し出され、澪の命と引き換えに王座を譲れと言われれば、さすがの歩澄とて伊吹を討つのに躊躇うやもしれぬ。然れど民を想い、家来を想い、郷を想う歩澄のこと。澪一人の命を守るために郷全てを犠牲にすることなど選ばないと澪は解っているのだ。
 目の前で澪を傷付けられれば、歩澄は翠穣城の者を誰一人として生かしていくことなどしない。それは翠穣郷の民より歩澄への憎悪を生むことに繋がり、残された道は煌明同様の独裁的な王。またはそれにより皇成が民の信頼を上げ、他郷民の力により王位を手に入れるか。

 大和のしたことは、潤銘郷にも翠穣郷にも不利な状況を招き、結果翠穣郷を危険に貶めたことになる。
 その事に大和が気付くには、少々時間がかかった。

 歩澄が伊吹を討てば歩澄の立場も危うくなる。それ故に澪もこれを許さない術はないのだ。全てを見越して謝罪を申し出た伊吹のことはあっさりと許した澪であったが、この件の重大さがわからないようでは重臣として頼りないと大和の愚行に頭を抱える澪であった。

 何はともあれ、今はまだ歩澄が到着するのを待つ他ない。歩澄が家来達に斬りかかる前に澪が歩澄を止めるしかないのだ。面倒なことをしてくれたが、葉月の存在が脳裏に残る以上、澪もそれ以上強くは出られなかった。


 再度歩澄への説得を約束し、伊吹と大和、他家来達と共に農作業を開始した。

 水汲みをしてくると言った伊吹に、それならばと澪が名乗りを上げた。水汲みは、小菅村に住み始めた頃より毎日欠かさずしてきたことだ。農作業よりも慣れている。

「ありがたいが、そなたには無理だ。一度に大量の水がいる」

 澪の体を見て、伊吹は豪快に笑ってみせた。荷台にいくつも乗っているのは、大きな樽であった。その中に水を入れ、荷台に積みまたここまで運んでくるのだ。力仕事であることは明白であった。
 しかし澪は、それくらいなら平気だと笑みを溢す。元々は農作業を手伝わせるつもりなどなかった伊吹は、笑いながら「なら手伝ってもらおうか」と澪を水汲み場まで連れていった。
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