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豊潤な郷【49】
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「協力すると言うのか?」
「協力……少し違う気もするがな。村人達に生活の様子を聞いて回った。皆、あのような状態でありながら腹は満たされ、よく眠れるようになったと申していた。聞けば貴公等が直接復興に手を貸したそうだな。皆、貴公に感謝しかないと言っていた。涙を流す者さえいた。俺は、貴公を見誤っていたようだな……潤銘郷が匠閃郷の民を想い、全ての郷の民を平等に想うのであれば、翠穣郷も同じ目的のものに関しては手を貸そう」
伊吹ははっきりとそう言った。澪はぱあっと表情を明るくさせ、重臣達は安堵の息をついた。
歩澄とて表情には出さぬとも、心底ほっとしていた。
「それで、私が王となるよう手は貸すのか?」
「とりあえず、統主顔合わせを行う予定だ」
「顔合わせ? 統主評定は毎月行っているであろう?」
「なに、そんなに堅苦しいものではない。茶会のようなものだ。今回、私は澪と出会い貴公の見方が変わった。其ほどまでに、想い人の存在は統主に影響を与えるのだと学ばされた気がする」
澪の方を向いてそう言った伊吹。澪は、不意に向けられた視線に、どくんと一つ鼓動が跳ねた。
まだ澪を諦めた様子の見えない伊吹に、歩澄が不機嫌そうに「だからなんだと言うのだ」と尋ねた。
「統主と正室を交えての茶会だ。そこに澪を連れてくるといい」
「……正室を? 何のために……」
「皇成のところへ出向いたと言ったな?」
「ああ」
「では、紬殿には会ったか?」
「会ったが……」
「どうであった?」
「……どうとは」
「俺は、あの娘は正室の器ではないと思っている」
嘲笑うかのようにも見える伊吹は、そう言った。歩澄も澪も秀虎さえも、嫉妬に狂う紬の姿を思い出し、顔を歪めた。
「あの娘が変わらぬ限り、正室として留まり続けるかぎり、恐らく栄泰郷は変わらぬ。全ての郷をまとめていくのは無理であろうな。皇成もあの娘に滅法弱い」
「……同感だ」
「では、煌明のところは? 洸烈郷には出向くこともあるだろう」
「あるが、大概煌明とだけやり取りをする。洸烈城はどこの城よりも近いからな。いつでもやり取りができる故、長居することもない」
「では、煌明の正室には会ったことがないか」
「……ああ」
未だに伊吹の意図が読めず困惑する歩澄は、顔をしかめたままだ。
「一度会っておくといい。煌明の正室……朱々殿は……まあ、会えばわかる」
「会ってどうするのだ」
「顔合わせを行えばわかるさ。俺は、楽しみにしている。その為ならば、これも返そうと思ってな」
伊吹は、腰元に差してある刀の内、一振りを己の前に置いた。それは葉月白澪だった。
澪ははっと息をのみ、畳に手をついて身を乗り出した。
「澪にはすまないが、この刀について調べさせてもらった」
静かにそう言った伊吹に、そこにいた全員がはっと顔を上げた。澪の生い立ちや勧玄、九重の事が伊吹に知られたのかと目を見張る。
「……何も言うつもりはない。こちらもどこまで調べたかを言うつもりもないしな。ただ、澪にとって大切な物であることだけはわかった。この刀は俺が持っているべきではない」
そう言って、伊吹はすっと澪に刀を差し出した。その時、澪の脳裏に「信念があれば向こうから帰りたがる」その言葉が浮かんだ。栄泰郷で出会った陰陽師、紫滂の言葉である。
澪は、胸がいっぱいになる想いで、その刀を受け取った。ようやく戻ってきた。震える手でぎゅっと握り締める。ほんのり暖かいような気がした。
「協力……少し違う気もするがな。村人達に生活の様子を聞いて回った。皆、あのような状態でありながら腹は満たされ、よく眠れるようになったと申していた。聞けば貴公等が直接復興に手を貸したそうだな。皆、貴公に感謝しかないと言っていた。涙を流す者さえいた。俺は、貴公を見誤っていたようだな……潤銘郷が匠閃郷の民を想い、全ての郷の民を平等に想うのであれば、翠穣郷も同じ目的のものに関しては手を貸そう」
伊吹ははっきりとそう言った。澪はぱあっと表情を明るくさせ、重臣達は安堵の息をついた。
歩澄とて表情には出さぬとも、心底ほっとしていた。
「それで、私が王となるよう手は貸すのか?」
「とりあえず、統主顔合わせを行う予定だ」
「顔合わせ? 統主評定は毎月行っているであろう?」
「なに、そんなに堅苦しいものではない。茶会のようなものだ。今回、私は澪と出会い貴公の見方が変わった。其ほどまでに、想い人の存在は統主に影響を与えるのだと学ばされた気がする」
澪の方を向いてそう言った伊吹。澪は、不意に向けられた視線に、どくんと一つ鼓動が跳ねた。
まだ澪を諦めた様子の見えない伊吹に、歩澄が不機嫌そうに「だからなんだと言うのだ」と尋ねた。
「統主と正室を交えての茶会だ。そこに澪を連れてくるといい」
「……正室を? 何のために……」
「皇成のところへ出向いたと言ったな?」
「ああ」
「では、紬殿には会ったか?」
「会ったが……」
「どうであった?」
「……どうとは」
「俺は、あの娘は正室の器ではないと思っている」
嘲笑うかのようにも見える伊吹は、そう言った。歩澄も澪も秀虎さえも、嫉妬に狂う紬の姿を思い出し、顔を歪めた。
「あの娘が変わらぬ限り、正室として留まり続けるかぎり、恐らく栄泰郷は変わらぬ。全ての郷をまとめていくのは無理であろうな。皇成もあの娘に滅法弱い」
「……同感だ」
「では、煌明のところは? 洸烈郷には出向くこともあるだろう」
「あるが、大概煌明とだけやり取りをする。洸烈城はどこの城よりも近いからな。いつでもやり取りができる故、長居することもない」
「では、煌明の正室には会ったことがないか」
「……ああ」
未だに伊吹の意図が読めず困惑する歩澄は、顔をしかめたままだ。
「一度会っておくといい。煌明の正室……朱々殿は……まあ、会えばわかる」
「会ってどうするのだ」
「顔合わせを行えばわかるさ。俺は、楽しみにしている。その為ならば、これも返そうと思ってな」
伊吹は、腰元に差してある刀の内、一振りを己の前に置いた。それは葉月白澪だった。
澪ははっと息をのみ、畳に手をついて身を乗り出した。
「澪にはすまないが、この刀について調べさせてもらった」
静かにそう言った伊吹に、そこにいた全員がはっと顔を上げた。澪の生い立ちや勧玄、九重の事が伊吹に知られたのかと目を見張る。
「……何も言うつもりはない。こちらもどこまで調べたかを言うつもりもないしな。ただ、澪にとって大切な物であることだけはわかった。この刀は俺が持っているべきではない」
そう言って、伊吹はすっと澪に刀を差し出した。その時、澪の脳裏に「信念があれば向こうから帰りたがる」その言葉が浮かんだ。栄泰郷で出会った陰陽師、紫滂の言葉である。
澪は、胸がいっぱいになる想いで、その刀を受け取った。ようやく戻ってきた。震える手でぎゅっと握り締める。ほんのり暖かいような気がした。
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