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神室歩澄の正室【3】
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澪はふっと頬を緩めた。
「何をおっしゃいますか。貴方がただの神室蒼だったなら、私がただの町娘だったなら、こうして出会うことなどできなかったではありませんか」
おかしなことを言いますね、と澪はクスクスと笑う。
歩澄は目を見開き、瞳を揺らした。碧空石に似た美しい瞳は、澪の笑顔を反射させた。
「蒼様は、この国の王となるために統主として生まれてきたのですよ。そんな蒼様の側で共に国を想うことが私の使命だとしたら、生まれも過去の仕打ちも受け止めます」
静かに目を閉じ、肉の削がれた右手を己でぎゅっと握った。忘れようとして忘れられるものではない。体だけでなく、心まで深く傷付けられたのだ。しかし、それでさえ歩澄の側にいられるのなら、今までの人生も意味のあるものであった。歩澄にはそんなふうに聞こえ、最高の花嫁を娶った気分だった。
「不思議だな……。澪といると、何もかもが上手くいくような気がする」
「それは、一人ではないからです。蒼様には私もいますし、信頼できる重臣達もいます。彼等もまた、蒼様をお慕いし、己の命をかける覚悟でおりますよ」
「ああ……。そうだな。私は恵まれているのやもしれぬ」
ようやく笑みを溢した歩澄に、澪もつられて笑う。
「私は統主として、王を目指す者として栄泰郷と洸烈郷を説得させる。そこまでには険しい道のりとなる。そのためには、今のお前の地位は不安定過ぎるのだ。匠閃郷にも潤銘郷にも片足を突っ込んだままの現在では、自由には動けまい。
朱々が好き勝手できるのも、統主の正室という身分があるからこそ。澪……お前にその身分を与える。どうか……公私共に私を支えてくれ」
「本当にそのような身分を与えてよろしいのですね?」
含み笑いを浮かべる澪の顔は、既に何かを企んでいるようにも見え、歩澄は声を出して笑った。
穏やかで、和やかな一時であった。足枷のように重く、自由のない身分ではあるが、その身分だからこそできることもある。
澪の決心は前向きなものである。必ずや歩澄を王とし、この国を良きものへと変えていく。その信念がより一層澪を強くさせた。
「お義姉様、なんだか嬉しそうですね」
無意識に思い出し笑いを浮かべていた澪を見て、梓乃は柔らかく微笑んだ。
「あ、いえ……少し思い出してしまって」
「ふふ……お義姉様も歩澄様も同じようなお顔をするのですね」
「え……?」
「私は、歩澄様のあのように柔かで幸せそうなお顔は初めて見ました」
目をすっと閉じ、頭の中に歩澄の笑みでも浮かべているようだった。その表情は、まるで想い人を思い出す仕草のようで、澪はトクンと胸を鳴らした。
「……梓乃様、貴女はやはり……」
「ええ。私の初恋は歩澄様でした」
目を開け、ふっと表情を緩めた。その刹那、「お嬢様!」と慌てた様子で緒果が口を挟む。青冷めた顔をぬっと出し、おろおろと澪を見つめた。
「安心してください。今は私も旦那様一筋ですから」
美しい笑顔が余計に澪の胸を苦しくさせた。恋を知った時には、既に歩澄とは養子縁組されており、兄妹の関係だったはず。
二人が出会った頃は、歩澄も統主になったばかりで、梓乃も十三の年だった。淡い恋心は歩澄に告げることなく心の奥底にしまったまま、妹として接してきたのだろう。そう考えると、澪の胸は張り裂けそうな程痛くなった。
「何をおっしゃいますか。貴方がただの神室蒼だったなら、私がただの町娘だったなら、こうして出会うことなどできなかったではありませんか」
おかしなことを言いますね、と澪はクスクスと笑う。
歩澄は目を見開き、瞳を揺らした。碧空石に似た美しい瞳は、澪の笑顔を反射させた。
「蒼様は、この国の王となるために統主として生まれてきたのですよ。そんな蒼様の側で共に国を想うことが私の使命だとしたら、生まれも過去の仕打ちも受け止めます」
静かに目を閉じ、肉の削がれた右手を己でぎゅっと握った。忘れようとして忘れられるものではない。体だけでなく、心まで深く傷付けられたのだ。しかし、それでさえ歩澄の側にいられるのなら、今までの人生も意味のあるものであった。歩澄にはそんなふうに聞こえ、最高の花嫁を娶った気分だった。
「不思議だな……。澪といると、何もかもが上手くいくような気がする」
「それは、一人ではないからです。蒼様には私もいますし、信頼できる重臣達もいます。彼等もまた、蒼様をお慕いし、己の命をかける覚悟でおりますよ」
「ああ……。そうだな。私は恵まれているのやもしれぬ」
ようやく笑みを溢した歩澄に、澪もつられて笑う。
「私は統主として、王を目指す者として栄泰郷と洸烈郷を説得させる。そこまでには険しい道のりとなる。そのためには、今のお前の地位は不安定過ぎるのだ。匠閃郷にも潤銘郷にも片足を突っ込んだままの現在では、自由には動けまい。
朱々が好き勝手できるのも、統主の正室という身分があるからこそ。澪……お前にその身分を与える。どうか……公私共に私を支えてくれ」
「本当にそのような身分を与えてよろしいのですね?」
含み笑いを浮かべる澪の顔は、既に何かを企んでいるようにも見え、歩澄は声を出して笑った。
穏やかで、和やかな一時であった。足枷のように重く、自由のない身分ではあるが、その身分だからこそできることもある。
澪の決心は前向きなものである。必ずや歩澄を王とし、この国を良きものへと変えていく。その信念がより一層澪を強くさせた。
「お義姉様、なんだか嬉しそうですね」
無意識に思い出し笑いを浮かべていた澪を見て、梓乃は柔らかく微笑んだ。
「あ、いえ……少し思い出してしまって」
「ふふ……お義姉様も歩澄様も同じようなお顔をするのですね」
「え……?」
「私は、歩澄様のあのように柔かで幸せそうなお顔は初めて見ました」
目をすっと閉じ、頭の中に歩澄の笑みでも浮かべているようだった。その表情は、まるで想い人を思い出す仕草のようで、澪はトクンと胸を鳴らした。
「……梓乃様、貴女はやはり……」
「ええ。私の初恋は歩澄様でした」
目を開け、ふっと表情を緩めた。その刹那、「お嬢様!」と慌てた様子で緒果が口を挟む。青冷めた顔をぬっと出し、おろおろと澪を見つめた。
「安心してください。今は私も旦那様一筋ですから」
美しい笑顔が余計に澪の胸を苦しくさせた。恋を知った時には、既に歩澄とは養子縁組されており、兄妹の関係だったはず。
二人が出会った頃は、歩澄も統主になったばかりで、梓乃も十三の年だった。淡い恋心は歩澄に告げることなく心の奥底にしまったまま、妹として接してきたのだろう。そう考えると、澪の胸は張り裂けそうな程痛くなった。
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