【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

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神室歩澄の正室【8】

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ーー翠穣郷


 大和は、伊吹の背中を見ては何度となく深い溜め息をついた。とても祝福する表情ではなかった。あんなにも潤銘郷に行くことを楽しみにしていた主が、今回ばかりは顔に「行きたくない」と書いてある。

 澪が神室家に嫁ぐとの知らせを受けた日から、伊吹はすっかり覇気をなくしてしまった。己の正室とならなくとも、このまま誰のものでもなければそれでもいいとすら思っていた。
 しかし、歩澄との仲が良好であればあるほど、いつまでもそのままというわけにはいかないことなどわかりきっているのだが、伊吹はそこから目を逸らしていた。

 刀も返してやり、時折潤銘城に遊びに行くのが楽しみであったが、今は手元に残った澪の肖像画を見てそれを指先でなぞるくらいしかできずにいた。
 以前潤銘城に遊びに行った際、評判の絵師を連れていったのだ。歴代統主の肖像画を描いてもらっては、大広間に飾ってある。その内、先代統主の肖像画を描いた絵師であり、その腕前は感激する程であった。
 隣国から仕入れた絵の具を使い、陰影を匠に使う。まるで鏡に写ったものでも見ているかのようだった。
 その技術を駆使して澪を描かせたのだ。歩澄が政務へ出ている間にまんまと絵師だけ通わせて、手に入れた肖像画であった。

 肖像画など描いてもらうのは初めてだという澪は、照れながらも興味を示した。一枚は本人へもう一枚は伊吹へと渡った。
 紙に描かれた澪は、真っ直ぐ伊吹へと笑いかけている。そんな澪が歩澄の元へ嫁ぐとは考えたくなどなかった。

「伊吹様、そろそろお時間となります」

「わかっている。……これが澪の幸せであるならばしっかりと祝福してやらねば男ではない」

 そう言う伊吹の表情と言葉が合ってはないない。大和はどんな言葉を選ぶべきか考えるが、気の利いた言葉は浮かばなかった。

「きっと婚礼衣装に身を包み、美しい姿でいるのでしょう。その姿を一目見に行くとでも思えばいいではないですか」

「ふ……わかっていないな。大和は見たことがないであろう。澪の髪が赤く美しく輝く姿を。私は、今まで見た女人の中であの姿が一番美しいと思った。歩澄のために着飾ったとて、あの時の溌剌とした笑顔と、水しぶきを浴びて輝く髪の美しさに勝るものなどありはしない」

「伊吹様……」

「あの瞬間を目にしたのはこの俺だけなのだ。なんたって普段、澪の髪はあの暗赤色だ。皆あの姿しか見たことなどない。あの姿を知っているのは、後にも先にも俺だけだ」

 再三自慢された澪の髪についての件。水に濡れると鮮やかな赤に輝き、それはそれは美しいと。
 それが本当であれば、歩澄はとうにその姿を見ており、なんなら独占しているであろうと思う大和であったが、そんなことは口が裂けも言えぬときつく口を結んだ。
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