勇者の幼馴染は、いつも選ばれない。

櫻 左近

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①えっ、私は?

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 南の辺境領近くの伯爵領にある村ポウト。
 王室御用達の紅茶を栽培する村の一つで、牧歌的ないかにも田舎といった場所。
 我がトーマ家は一代限りの騎士爵家で、父と母は元々それなりのお貴族様だったらしい。
 父は三男、母は末っ子次女とかで継げる爵位もなく、騎士を務めていた父が騎士爵を得てこの伯爵家に仕えることができたとのこと。とはいえ、大して強くないので村に派遣された平騎士の一人で安月給らしい。
 母は、紅茶の栽培所で事務の仕事を週に何度か手伝いに行っている。一歳を過ぎた弟を背負ったまま行くので、私は基本一人だ。
 両親はものすごく仲のいい夫婦で、私がそれなりに育つまで次を作らないようにしていたらしい。
 で、七歳の時に弟が産まれた。
 父は母にそっくりな息子に大喜びで、何かと世話を焼き母と弟を閉じ込めるように大事に囲っていた。――と、隣の婆ちゃんが言ってた。
 仕方がないので、家事は私がやった。

 ――だって、ご飯がないんだもん。

 母の部屋には、父が買ってきたちょっとお高いパンとか果物とかがあったし、父は職場で食べてくることが多い。
「どっちも、相手があんたのご飯を食べさせてるって思ってんだろぅよ」
 隣の婆ちゃんがそう言って、料理を教えてくれた。
 彼女やご近所さんが両親に色々注意してくれたが、三日もすると忘れられてしまう。
 半年もしないうちに、私はどうやら都合よく忘れられているのかもしれないって気づき――泣いた。
「ああ、本当に我が子はかわいい。お前にそっくりだな。ずっと眺めていられる」
「ええ、とってもかわいいわ。色は私に似ているけど、目つきはあなたにも似ているわよ」
「やわらかい金の髪がふわふわしていて、将来が楽しみだ」
 小さな家だから、うきうきと話している両親の会話は本当によく聞こえる。
 毎日繰り返される似たような会話に私がいないと気づいたのは、家事に慣れて心に余裕ができてからだった。
 
 ――私は?

 部屋に乗り込んで問い質したかったけど、足が床に張り付いたまま声も出せなかった。
 様子を見に来てくれたはす向かいの若い奥さんが、抱きしめて背中を撫でてくれていたことに気づいたけど、動けない。
「カリンちゃんは頑張ってるから!本当に偉いわよ!」
 寝室に聞こえるような声で、誉められた。
 そのせいなのか、母と弟の洗濯物を寝室の引き出しにしまっていた時、珍しく母から「ありがとう」と言われた。
「あなたがいつも色々としてくれて助かっているのよ」
 母はそういって眠っている弟を撫でた。
 弟はよく寝る子で、お腹が空いたときに泣くくらいだった。
 それを聞いたご近所さんが「母親なんだから娘にばっかりやらせないで、赤ん坊が寝ている時に家事の一つもやったらどうか」と言ってくれたが、「ええ、そうね」と答えた切りだった。
 そうそう、弟のおしめや服、母の服などが寝室の扉の外にあるかごへ溜まっていくのを見たご近所さんが、洗濯と掃除を教えてくれたのは産後十日くらいだったかな。それまでは父が洗っていたらしいけれど、仕事が忙しくなったのか、弟があーあー言い始めたのがかわいくて離れ難かったのか、しなくなった。
 買い物も、ご飯がなくて困ってから自分でパンを買いに行こうと、父に訴えた。はじめは父からお金を貰って買っていたが、よく忘れられるので金庫からとるようにしていた。料理を覚えてからは色々と買っている。
「万が一の時のために、買い物のお釣りや余ったお金を、あんたの部屋にこっそり貯めておきなさい」
 そう言ってくれたのは、村の食糧品店の奥さんだった。
 隣の婆ちゃんにお世話になった食費を返そうとしたら
「良ぃから、それはとっときな。子どもが気ぃ遣うんじゃないよ」
 かっこいいことを言われた。
「カリン、家のこと終わった?」
 声をかけてきたのは村の反対側に住むリントだ。
 隣の婆ちゃんの孫の一人で、弟が産まれるまではよく遊んだ。
 緑がかった金髪に赤い目。村一番の美少年と奥様方に可愛がられている。
「終わったよ」
「じゃあさ、森に野イチゴ採りにいこーよ」
 小ぶりな籠を二つ見せるリント。
「うん、行く」
「やったあ!」
 リントは嬉しそうに私の手をきゅっと握って歩き出した。
 子供はちょっと小高い場所にある森の浅い所へ入っていいことになっている。そこに成っている果実は好きにして良いというのが村の決まりだ。振り返って村が見えるところまでが浅いところ。奥に行くと生えている木の種類が違うからすぐにわかる。ここから向こうは、危険だ。
 リントはいつも私と森に入る。
 にこにこしてきゅっと手を握り「カリンだいすき」って言われると、胸まできゅっと握られた感じがした。
「リントだいすき」って答えたら、えへへって照れる笑顔に、またきゅってなった。
 いつも幸せを感じる瞬間。ずっとずっと、お互い大好きでいられたら幸せ。
「……ふぅ」
 籠が随分重たくなってきた。
 村を確認しようと振り返ったとき、見慣れないものが視界に映る。
 あれは、馬車?
「え、お客さん?」
 それなりの村だけれど、あんな豪華な馬車は見たことがない。馬も四頭つながれているし、お姫様が乗ってそうな馬車の周りにはかっこいい鎧を身に着けた騎士達。
 乗っているのは、お姫様かな?お貴族様かな?
 なんにせよ、よく見かけるご領主様の馬車より豪華なのは間違いない。
「うわぁ、何あれ、カッコいい!騎士様って初めて見た!」
 いや、一応うちの父も騎士だけどね。
 テンションの高いリントが精一杯首を伸ばしていたが、馬車は小さくなって村の中へ消えていった。
「ねぇ、ねぇ、村に戻ろうよ!馬車に乗ってる人が見られるかもしれないよ!」
 ぐいぐいと引っ張られて引きずられるように森を出たら、馬車と騎士達が目の前を駆け抜けてあっと言う間に見えなくなった。
「すっごい迫力!見た?カッコいいよね!」
 振り切ってしまったテンションのまましゃべり続けるリントの背を押して、村の中へ戻ると何やら騒ぎになっている。火事でもあったのかな。
「ああ、カリンちゃん!大変よ!」
 我が家の前に大勢が集まって、なにやら色々と話をしたり慌てたりと尋常じゃない。
「あなたのお母さんと……」
 斜向かいの若奥さんが転がるようにして皆を掻き分けながらやって来て叫んだ時、父が走って戻ってきた。
「何があった!」
「ああ、トーマ卿、大変なの!奥さんと息子さんが、お貴族様と騎士様に連れていかれてしまったのよ!」
 血の気が引いたのが解った。
「なんだと?!一体、どこのどいつが……?」
「あのお貴族様が『黙って父の言うことを聞け!』って言って、無理やり馬車に押し込んでたのを見たぞ」
「ああ、金髪で奥さんによく似た男だった」
 村人の目撃情報を聞いた父は家に飛び込んだ。
「お父さん!」 
 私も急いで中へ戻る。
 父は家中をひっくり返すようにして調べた後、寝室のベッドへ崩れるように座り込んだ。見ているだけの私は、邪魔にならないように息を殺していた。思えば父は、手掛かりを探していたのかもしれなかった。
 勿論、母も弟もどこにも居なかった。
「どうして、こんなことに……」
「お父さん……」
 声を掛けたが、父は涙を流して頭を抱えている。
 様子を見つつ何度か声を掛けたが、反応をしてくれないので台所へ行きお茶を沸かした。
 あの豪華な馬車が母と弟を連れて行った、というのは私でも分かった。
「お父さん、お茶を淹れたよ。これ飲んで、また二人を探そう」
 カップを近くへ差し出すと、呆然としたまま手を出してゆっくりとお茶を飲み始めた。
「どこに連れていかれたんだろう」
 お茶を飲む父に聞くというより、独り言のように言葉が滑り落ちてきた。
 まだ八歳の私にできることなんて、大して無いのだ。
「どこ……ああ、多分、あいつの実家だろうな……」
 父は空になったカップを私に押し付けると、ふらりと立ち上がった。
「二人を、迎えに行かなくては」
「え?」
 ぶつぶつと何かを呟きながら大きな背負い袋に服やら何やらを詰め始める。
「お、お父さん?」
 驚く私を押しのけ、寝室から出ていく父。
 台所の食糧を皮袋に詰め始めたのを見て我に返った私は、慌ててご近所の大人を呼びに外へ出た。
 家の前には誰もおらず、村の中央広場にいるのだろうと走り出した。
「カリンちゃん、大丈夫だったかい?」
 食料品店の奥さんが駆け寄ってきてくれた。
「それが、お父さん、二人を迎えに行くって、なんか色々詰め始めて……」
 そう説明すると、顔を見合わせた数人が私と一緒に家まで走ってくれた。
「トーマ卿!」
 広場の向こうの家のおじさんが、玄関から出てきた父を見て呼び止めた。
 外套を羽織って、大きな背負い袋を持ち、剣を腰に差している父。
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「急がないと、時間がないんだ!」
 父は彼を押しのけた。
「大切な家族を取り戻さないといけない!邪魔をするな!!攫われたのは、俺の家族だぞ!」
 父は駆け出して厩舎へ向かい、そのまま村から出ていったらしい。

 ――えっ、私は?

 家族母と弟を取り戻す、と言って家族を置いていった父は、帰ってこなかった。

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