空に呑まれた夢

柑橘 橙

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⒈空で失った家族

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 一般的な家庭で育った少年にとって、飛行艇に乗って新年の祝いに祖母の家へ行くのはこの上ない楽しみであり、冒険でもあった。
 風の具合によって雲の上や下を飛ぶ飛行艇の、ぎゅんぎゅんという大きなプロペラ音と、ゴォゴォとうなるエンジン音を耳に、延々と続く空を眺めながら、雲の形を魔人の城に鳥や他の旅客飛行艇を空賊に見立てて、心のままに空想の中を泳ぐのは最高の大冒険だ。
 今も少年の心は大きくて真っ白い空の城の門をくぐり抜け、新たなる冒険のステージに立とうとしていた。
《……コリン……》
 遠くで自分を呼ぶ囚われの姫の声……。財宝とともに魔人の手下の空賊に囚われた、バラの蕾のようにかわいらしくたおやかな王女。
《コリーン……》
 徐々に大きくはっきりと聞こえる呼び声。
「コリン……。コリン」
 今度ははっきりと耳元で聞こえた声。
「お昼を食べに行くわよ」
 母の優しい声だった。びっくりしたように見つめ返す息子を、父は眼鏡越しにちらりと見やってこっそり笑った。息子のような年齢の子はいつも心に冒険物語――もちろん自分が主人公の荒唐無稽な話だ――を描いている。忘れ去っていた自分の冒険を振り返った父親は、新聞をわきに置いて立ち上がった。
「飛行艇は楽しいか?」
「最高だよ」
 今年十二になったばかりの少年は、半分空想の中から戻っていない瞳で父親を見あげた。胸元のペンダントを大事そうに右手でつかんでいる。竜のペンダントは二年前骨董市で見つけ、誕生日の贈り物として両親に買ってもらったものだ。竜の顔のところをちょっとひねると、親指ほどの大きさのナイフになる。長くうねった体は鞘になっているのだ。
 それはともに魔人を倒し空賊をなぎ払った少年の冒険におけるかけがえのない戦友であり、頼もしい聖剣でもあった。
「空ばっかり見つめて……本を読むとか、艇内を探検してみるとか、あそび部屋でほかの子とあそんでみるとかしたらいいのに」
「探検はもうしたよ」
 一家が飛行艇に乗ったのは三日前だ。後一日で目的地へ到着してしまう。
 そこで冒険は終わりだった。
 空想などどこでもできるかもしれないが、少年にとって飛行艇に乗って空の上で冒険を想像することが楽しみなのだ。家のベットの上なんて冗談じゃない。
「まあまあ」
 父親は一家の個室の扉を開け、妻と息子を廊下へ誘った。
「おいしい昼食をたっぷり食べたら、パパといっしょに飛行艇内を探検しようか」
 廊下は食堂へむかう人でごった返していた。
「昼食のお時間でございます」
 客室係が丁寧かつ有無を言わせない口調と礼儀を持ってして、船客を部屋から叩き出していた。
「父さんと?」
 少年は生意気にも考え込む振りをした。
「行ってあげてもいいよ」
「そうか」
 父親の笑い声と大きな手が、少年の頭にのせられた。
 食堂は小さな家族用のテーブルがたくさん並べられており、客室ごとに席が決まっていた。外が見える大きな窓がいくつかあり、上座には乗船初日と最終日のパーティー用の舞台がある。
 その舞台の前のとびきり上等な席に、空軍の大佐とその部下が座っていた。初日に紹介されたがマコビー大佐は威張って不愉快な若い軍人だった。そのそばに控えた軍服の部下もそうだが、空軍の制服と少し違った服を着た男はもっと不愉快だった。分厚い眼鏡のむこうから冷たい青い目が値踏みするようにあたりを見渡し、相手を馬鹿にしきった慇懃無礼な態度がコリンには受け入れがたいものだった。しかし他の少年達が彼をからかおうとして死ぬほどこわい目に遭わされたと聞き、子ども達はおろか大人すら文句を言おうとはしなかった。
 空軍の魔法使い。
 誰かがそうおしえてくれた。
「どうしたコリン」
 父親の声に我に返ったコリンは、デザートのアイスクリームを大急ぎで食べた。
「そういえば、空軍の人が何でこの飛行艇に乗っているの?」
 ごはんの後すぐに動いてはいけないと言う母親の意見に従って、親子は船室のベットで昼寝にとりかかっていた。
「最近、空賊による被害がふえてるからなぁ。空賊をやっつけてくれるために、空軍がいるんだよ」
 父親の大きなあくび混じりの小さな返事。
「あんな偉そうな大佐が、僕たちを助けてくれるの?」
「コリン」
 母親が言った。
「あんまり空軍のことを悪く言ってはだめよ。彼らは命を懸けて、コリンや父さんや母さんを守ってくれるのだから」
 そうかな、と少し意地の悪い気持ちでコリンは考えた。
 あんな偉そうなマコビー大佐や魔法使いが、僕や父さんや母さんを自分の命まで懸けて守ってくれるものか。彼らなら物語に出てくる悪辣な空賊にひったりなのに……。
 ごつくて筋肉たくましい体躯に、荒々しく尊大で底意地の悪そうな顔つき。
「最近は空賊達の活動が活発なんだよ。この前も同じ日に飛び立った飛行艇が空賊に襲われたらしい」
 父親の声は真剣だった。生きていたらいろんな危険はあるものだが、逃げ場のない空で空賊に襲われるのはなんとしても避けたい。金品を奪われるだけならともかく、命まで奪われる危険だからだ。
「ふぁああああ……」
 父親の盛大なあくびが聞こえた。
「そういえば、トム・ティドラーの奥さんが言ってたんですけど、最近軍の中でも空賊に寝返る人が増えてきてるんですって。政府は対策を考えているそうだけど、空賊は無免許の魔法使いを雇っていて、なかなか捕まらないそうなのよ。魔法使いってみんなおとなしくて本ばかり読んでるのかと思ってたけれど、空賊になるなんて驚きだわ」
「空賊にも魔法使いがいるの?」
「悪い魔法使いですよ、もちろん。いい魔法使いなら軍に仕えているか研究所にいるか、魔法省の仕事をしているはずですからね」
 空賊にいる魔法使い。
 物語に出てくるように背が低くていつも汚らしい鍋をかき回し、人を困らせて喜んでいるイメージがコリンの脳裏によぎった。杖を振り回して人々に呪いをかけ、自分だけ安全なところでみんなが苦しむのを見つめている……。
 突然、その魔法使いの顔がマコビー大佐の連れていた魔法使いの顔に変わった。
 にたりと顔を歪ませて不気味に笑い、人が血まみれで横たわっているのを愉しげに眺めている。
「……母さん!」
「――コリン。早く寝てしまわないと、父さんと探検に行かれないわよ」
 父親はおおいびきでぐっすり眠っている。
 だって――。言おうとした言葉と不意に襲ってきた恐怖を無理矢理飲み下して、コリンは毛布をかぶった。
「……うん……」
 きっと母親はわかっちゃくれない。下手をすると『想像力のたくましいうそつき』扱いされてしまう。母親はとても常識的な人間で、想像とか冒険とかいう言葉を嫌っている。
  ――言うべきじゃないんだ。母親になんて……
 コリンはとろとろとまどろみの中をさまよっていた。
 空軍の魔法使いがなんだかいやな魔法を使っていて、コリンはとても恐ろしい目にあった……そんな夢ばかりだった。

 ビィィィィィン―――ビィィィィィン―――ビィィィィィン……

 警報が鳴り響いた。
「何ごとだっ」
 父親が飛び起きた。あわてて眼鏡を探し、かける。ベトに入りかけていた母親は即座にコリンの元へ走り寄った。
《非常警報です。空賊船が接近中。みなさま、広間にお集まりください》
 やけに冷静な放送が繰り返し流れた。それと同時に人々が部屋から飛び出す音が聞こえ  
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」
「空賊だーっ」
 悲鳴と爆音が響いた。
「コリン!」
 母親の制止を振り切って、少年は窓に飛びついた。黒にオレンジのラインの入った空賊船が飛行艇に横付けされ、ロープや梯子が渡されている。次々と乗り込んできている空賊達が曲芸師のようだった。
「逃げるぞ!」
 父親は窓辺で固まった息子を抱え上げた。



 空賊船は音もなく夜空を滑るように進んでいた。
 ブリッジには女船長のドナ・バーダルがほっそりした体躯を堂々と立たせ、五十を越えたその顔のしわをさらに深くして笑っていた。うるさいはずの飛行艇のエンジン音はいっさい聞こえない。特別製の空賊艇は、風に乗ることでエンジンを使わず早く飛べるのだ。
 雲間を縫うように飛び、目指す飛行艇を追った。
「船長、もうすぐ目標に追いつきます」
 空賊が畏れ敬うこの女船長は、かつて女悪魔と呼ばれた美しい空賊であった。そして今は、堂々とした威厳と年を顧みず自ら前線に駆け込む女傑として有名である。
 計器類が静かに稼働する中、バーダルはどっかりといすに腰掛けた。
「そうかい……」
 その口がにんまりと歪んだ。
 船内へ通じている伝達管を乱暴につかみ、大きく鼻から息を吸いこむ。
 両目がかっと見開かれた。
「いいかい、野郎ども!これから予定通りヴィクトリア飛行艇を襲う!いつも通り空軍のゴミどもをやっつけたら、乗客を一カ所に集めて、金品を残らず奪うんだ!バーダル一家は殺しはやらない!乗客を殺すんじゃないよ!やっていいのは、空軍のゴミどもだけだ!」
 船内のあちこちから歓声が上がる。
 満足げに伝達管をしまい、バーダルは戦闘態勢に着いた。甲板を駆け抜け、部下の待っているところへ足音荒くどかどかと走る。
「ドナ」
 その横に黒衣の女性が音もなく寄り添った。黒いスーツのようなものを来て、ひらひらしたミニスカートに革の厚底の編み上げブーツを履いている。そして、手に持っているのは意外なことに真っ黒い扇子だった。
 部下達の待機する場所にたどり着いた船長は、ささやき声できいた。
「なんだい?」
「気をつけろ、魔法使いが居る」
 バーダルの顔が、ぴくりと歪んだ。
「なんだってぇ」
 憎々しげにバーダルは吐き捨てた。顔が般若の形相に変わる様を見た周辺の部下がさっと緊張する。彼女から異様な殺意が感じられ、握りしめられた小型バズーカがきしんだ。
「忌まわしい空軍の悪魔め、あたしがぶっ殺してやるさ」
 緑色の目が部下を睨む。
「いいかい、おまえ達!空軍の奴らを一匹たりとも逃すんじゃないよ!」
 おおっという歓声を合図に振動が船を揺らし、空賊船は飛行艇に横付けされた。こもったような警報音が響く。
「さあ、行くよっ!」
 声を合図にたくさんの鈎付きロープが力強く投げ渡され、固定された。曲芸のような身軽さで飛行艇に乗り込んだ先陣が、窓を破り催涙弾を投げ込む。逃げ惑う音と叫び声に混じって、空賊が乗客を脅しつける怒号が聞こえた。
「ふん、上等だね」
 部下達の後からロープを伝い、鷹のような素早さでバーダルは飛行艇に飛び乗った。
「遅れるんじゃないよ!」
 窓ガラスをぶち破り飛び込んだバーダルを空軍の弾丸が襲った。反射的に避け、ころげざまにバズーカを放つと空軍の制服が数名吹き飛ぶ。
「はっ!このあたしを止められるモンなら、止めてみな」
 嬉々としてバーダルは空軍の中に飛び込んだ。人形のように吹き飛ばされた若い軍人が小銃でドナを撃とうとしたが、それより一瞬早く短刀がそののどを貫いた。
「空軍に、手心を加える優しさは持ち合わせちゃ居ないよ!死にたくなかったらあたしの視界に入らないこったね」
 数人の軍人達がじりっと後ろへ下がる。のどから血をどくどくと流す仲間の様が、彼らの動きを封じていた。
「動くな、コリン!」
 部屋のすぐ前で戦闘が繰り広げられ、父親はその背に妻と子をかばいながらベットをバリケードにしていた。
「大丈夫、大丈夫ですからね」
 母親の胸に抱きしめられ、コリンは母親の鼓動を聞いていた。
 鼓動が速い。速すぎる。そのまま胸の中で弾けそうだ。
「ひっ」
 母親の口からの小さな叫びが漏れた。
 ドアの向こうでは銃撃戦が繰り広げられている。いつこちらにまで広がるか戦々恐々としながらコリンはペンダントを握りしめた。これが本当の勇者の剣なら、あいつらをなぎ倒してみんなを助けられるのに!
 音は次第に大きくなる。
 ばんっとバリケードが吹っ飛んだ。
「きゃっ!」
 母親が短い悲鳴を上げ、コリンをぎゅっと抱きしめる。
「逃げるぞ」
 聞き覚えのある声と顔が壊れたドアを越えて入ってきた。
(――マコビー大佐?)
 てっきり血まみれの空賊がドアを破ったのかと思った。
「大佐」
 魔法使いがコリン達を顎で指した。冷たい眼差しが悪魔を思わせる。
「助けてください。息子と妻がいるんです」
 父親がほっと安堵して答えた。だがマコビー大佐の無表情な顔がコリンの目に歪んで映った。
(なんかヤだな、この人)
 睨むようにして見上げたコリンを、冷たい視線が通り過ぎる。
「見つけたよ!」
 女海賊バーダルの鋭い声がドアの背後から聞こえた。視界の端で一瞬捕らえた姿は炎のようだ。
「貴様っ!……しつこいヤツめ!」
 どんなに印象悪くとも空軍は空賊を倒す者だと、コリンは少しだけ安心した。大佐が空賊を倒せば、みんな助かる。
「――え?」
 コリンは驚愕のあまり凍り付いた。
「邪魔だ!」
 信じられないことに、マコビーは父親をつかみバーダルに投げつけた。
「と、父さん!」
 一瞬の後我に返ったコリンが叫ぶ。
「きゃあっ!あなたっ!」
「うわああっ」
 軽々と、叫ぶ父親の体が宙を舞った。
「死ね、空賊!」
 父親を見つけたバーダルがバズーカをおさめた瞬間、マコビーは父親ごと空賊をマシンガンで撃った。
「きゃあぁぁぁぁぁぁあああっっつ!」
 母親の絶叫が響いた。
 ごとん、ごとん。
 床に打ち付けられ弾む体は、真っ赤だ。
「あなたぁっ!」
 ごろりと横たわり痙攣する肉体から鮮血が溢れ出る。絨毯も壁も母親もコリンもべっとりと赤く染まった。
「いやぁああっ!」
 母親が父親の遺体に駆け寄った。
「ちっ」
 マコビー大佐の舌打ちが聞こえた。入り口に立つバーダルは無傷。
「貴様、この裏切り者が……」
 空軍の魔法使いが苦々しげに呟いた。バーダルの前に立つ黒衣の女性に向けられたもののようだ。先ほどまでそこにいなかったはずの女性が悠然と立つ前で、マコビー大佐の放った弾丸が空中で止まっていた。黒衣の女性はちらりと父を見て一瞬悲しそうな表情をしたが、コリンと目が合うとすっとその表情を納めた。
 コリンには何がなんだかわからなかった。
(この赤いのは、何?……血?父さんの、血?)
 妙に暖かい赤い血は粘りけを含んでおり、とろりと頬を伝った。
「乗客を犠牲にして、それでも空軍かい!?」
 バーダルが吠えた。怒りが全身から吹き出るような激しさに身を震わせ、マコビー大佐を睨みつける。
「空賊が何をほざく!貴様らは飛行艇を襲って生きているウジ虫だろうが!」
 コリンには目の前で起きていることが、やはりわからなかった。
「あなたぁぁああああ……」
 母親が泣いている。
「どうしてですか。なぜうちの人を!いったいなぜ……」
 母親が泣き叫びながら大佐を見た。
「よせっ」
 黒衣の女性が制止した。慌ててコリンが母親に近寄ろうとした途端、マコビー大佐のマシンガンが唸った。
「やめろおぉぉっっ」
 コリンが叫んだ。悲鳴ともに母親が穴だらけになって崩れ落ちる。真っ赤な血がさらに飛び散り、そこかしこを染めている。
 我を忘れて、コリンはマコビー大佐に飛びかかった。
「うわぁああああっ!」
 必死に振り払おうとするマコビー大佐に食らいついてはなれない。離してはいけないと本能が叫んでいる。
 がちっがちっと乾いた音がするばかりで、大佐ののマシンガンは引き金を引いても弾が出ないようだった。
「このガキ、はなせっ!」
 腹を蹴り上げられ、コリンはバーダルの足下へ吹っ飛ばされた。
 空軍の魔法使いが動いた。素早く杖を振り上げ何ごとか唱える。
「ドナ、下がれ」
 黒衣の女性が扇子をひろげた。
 ひらり。
 まるで舞ように優雅な仕草だ。
「うわっ!」
 閃光と爆風がコリンを襲う。慌てて目を閉じたが、衝撃はなかった。
 そっと目を開けると、そこだけ隔離されたかのように三人は無傷だった。
「……逃げたか」
「なんて卑怯者だい!無関係な人間を盾にするなんて!」
 爆発が収まるとそこにはマコビー大佐も魔法使いも居なかった。
 そして焼けて吹き飛んだ死体を、両親だったものを呆然と見つめるコリンを、バーダルと黒衣の女性が見下ろしていた。
「イオ、飛行艇が落ちるよ」
 大きな穴を見つめて、バーダルが言った。その途端、がくんと飛行艇が揺れる。
 爆発で壁が吹っ飛んだことで、飛空艇がバランスを失ったのだ。
「船長、空軍の飛行艇だ!ずらかろうぜ」
 足音とともに二、三人の男達が銃を抱えて走ってきた。
「仕方ない、引き揚げるよ!合図をだしな」
 空賊達がばたばたと走り回り撤収していく中、コリンはぼんやりと黒衣の女性を見あげていた。
 言葉も何も出なかった。己は父と母の血に染まって、二人はそのかけらを残すのみとなって吹き飛ばされた。心臓の鼓動も、爆音も、周辺の騒ぎすらもコリンの耳には届いていない。
 女性の視線にすら気づかずに、かけらを  父と母だったものを見つめていた。黒衣の影が近づいてきたのにも気づかなかった。
「……私と来るか?」
 女性が言った。
「え?」
 ややあってコリンは女性に反応した。ことばの内容はまったくと言っていいほど耳を素通りしたが、何かが少年の心の奥に伝わってきた。
「何いってんだい、イオ!」
 バーダルの非難を無視して、イオは続けた。
「マコビー大佐に復讐したいだろう」
 イオは言う。まるでコリンの心の中をすべて見抜いているように、静かな声だった。
「復讐……?」
 呆然とコリンは考えていた。父親を投げつけてマシンガンで撃ったマコビー大佐。非難した母親を撃ち殺したマコビー大佐。
 復讐……?
(違う、復讐なんかじゃない。あの悪魔を、この手で裁いてやりたい)
 女性によって伝えられた何かは確実にコリンの中で形を見せはじめ、コリンの感情を再び取り戻させた。怒り、嘆き、憎悪……。自分の中の奥底へむかってゆく熱くねっとりとしたものが、少年の意志を確固たるものにしたのだ。
 コリンはイオを見あげた。
「復讐?」
 コリンの意識が徐々に体の隅々に行き渡り、はっきりと心という形を取り始めた。
 黒衣の女性は静かにコリンの答えをまった。
「……連れ、てって……」



 
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