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ヤンデレ男の娘の取り扱い方2~デタラメブッキングデート~

123.オススメ

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「あーくんは何にするの?」

 三郎がメニュー表を広げてこちらに体をすり寄らせてくる。
 線の細い髪が肩に掛かる。
 彼の体は直接触れなくても、間近で熱を感じる。体温が高い。

「ん……えーと、まだ決めてないよ」

「どの料理がオススメ?」

「そうだな……挽き肉料理かな。ハンバーグとか肉そぼろ丼とか、ここのオススメって表記されてるのは、どれも外れないよ。季節柄、生肉は避けた方がいいだろうけど」

 仮心市が海沿いである為、海鮮料理の店が多い。
 このレストランはチェーン店であるので、肉・魚・揚げ物・麺類・デザート、いずれも殆ど同じ比率の品類で構成されている。
 とりわけ肉類が推されている。どれを注文しても不味くて食べられないということもない。
 一部を除き無難な、悪く言えば特徴の乏しい献立表。

「はい水!」

 ドン!
 3つの氷水入りガラスコップが、割れない程度に力強くテーブルに置かれた。
 水が跳ねテーブルに水滴が玉になる。
 おしぼりが5つ、ドサドサ雪崩(なだれ)落ちた。

 結城が前屈みで僕たちをねめつける。
 三郎との距離が近いことが気に入らないようだ。

「……あ……ありがとう」

 尻の位置をずらして三郎から距離を取る。
 彼が面白くなさそうに口先を尖らせた。
 考えもなしに壁を背にした方へ、三郎と隣り合わせに座ったのは不味かった。配慮に欠けていた。
 結城と三郎を向かい合わせにして、椅子を持ってきて僕が側面に座るべきか。
 ……不自然か。

「結城はもう注文決めた? 今月は生姜焼き定食がオススメらしいけど」

 メニュー表を三郎が独占しているので、季節限定のオススメ表を結城に差し出す。
 それを彼は手で制して断る。
 向かいの席へ、浴衣を整えながら腰かけた。

「もう決めてあるよ。ボク海鮮丼にする」

 彼は海鮮が好物だ。
 生魚、焼き魚、白身、赤身、貝類、海藻。
 海の幸ならだいたい何でも好き好む。
 とりわけ刺身など生魚類は、外食で機会があれば優先的に選んでいる。

 自宅では僕に合わせて魚以外も平等に食卓に並べているが、本音ではもっと魚類の比率を上げたいのかもしれない。
 本人は魚の含有成分が、美容に良いから好んでいるとの談。飽和脂肪酸やDHAやビタミンやその他。中性脂肪値を減らし血液循環や新陳代謝を改善し、肌を綺麗にする。そしてカロリーも控えめ。
 
 それが理由の一つだとしても、海沿いの街で幼い頃から海鮮に慣れ親しんでいるから味覚は魚に慣れているはずだ。
 明言しなくても魚の味自体も好きなのだろう。
 彼が水産物で苦手と言ったことはない。

「さーやは注文決まった?」

「うーん……もう少し待って。えっとねぇ……」

 隣で三郎はまだメニュー表とにらめっこしている。
 常に手離さず、周囲に共有しようとしない。気配りの欠片もない身勝手さ。

「あのさ、メニュー表は1つしかないんだから、1人でずーっと使うのはどうかと思うんだけど。他の人が困るじゃないの」

 結城が気怠く指を差して指摘する。
 自分の注文に困らなくても、三郎の育ちの悪さが気にくわないらしい。
 テーブルマナーに人並みにうるさい彼が気になっても仕方ない。

 三郎は体ごと顔を背けて拒絶した。
 彼はほぼ無条件で結城の指図をはねのける。

「ふん、まだ選んでないんだもん。頼むものが決まってないのに渡せる訳ないじゃん、バーカ」

「……別にいいけどね」

 結城はしつこく突っかからずに引いた。
 深く関わり合いになっても、疲れるだけだと悟ったのかもしれない。

 メニュー表も別に閲覧する必要はない。
 僕も結城もここの常連であるから、固定の提供料理はだいたい知っている。
 今回の注文は僕も決めてあった。

「決めた。さーやはきつねおうどん。おあげ特盛りかな」

 三郎がメニュー表をパタンと閉じると同時に、卓上の呼び出しボタンを押す結城。
 インターフォンが鳴り、会計の上に吊り下げられている電子掲示板に新しい3桁の注文番号が追加された。
 僕らの番号の前に2席分の注文待ちがある。

 冷水で口を湿らせて待っていると、先ほどのウェイトレスがやってきた。
 まだイライラしているようで速足だ。
 結城の推測が的確であるなら、どうか彼女の不満が解消されることを祈るばかり。

 その内心を慮れば、その鬱憤、共感できないこともない。
 でも客商売だ。
 そこは自分を殺して、気持ちよく食事をさせてくれ。
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