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ヤンデレ男の娘の取り扱い方2~デタラメブッキングデート~

147.稚児

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 ふと、唐突に恐怖を覚える。
 もしこの子供が結城だとして。
 今目にしている光景が異形の祭りだとしても、状況や行動が現実に直結してはいないだろうか。

 異形の景色が世界の裏側だと僕は考えた。
 だとしたら、異形の世界で自分が素面として行動しながらも、現実世界では奇行をしていないと言い切れるのか。
 認知症のように認知の歪みを引き起こしていないか。自分が正常だと思い込んでいる行動が、他者に異常と映っていないか。
 例えるなら、夢遊病での徘徊だとか、覚せい剤で幻覚に陥りながらの凶行とか。

 つまりこの子供は結城自身で、今僕が取った子供への対応はそのまま結城に行われた、とか。
 そうすると、現実では奇怪な言動をする異常者だと捉えられかねない。

 怖い。
 現実の僕はいったいどうなってしまっているんだ。
 気絶して倒れているのか、起立したまま意識を失っているのか。それとも夢遊病よろしく歩き回っているのか。

 倒れているだけなら、それはそれで良い。
 もしかしたら誰かが救護室にでも運んでくれているかもしれない。
 しかし万が一、転倒の際に頭でも強く打ち付けていたら、最悪死んでいる可能性もある。

 先日、夕方気絶した時は玄関に倒れたまま時間は経過していた。
 だがあれは昏睡していた。夢も同然だった。
 それ以外では、起きたまま異形の世界にいる時、概ね現実と同じ時間が流れている。
 だとすると、やはり今も自分が何をしているかはともかく、経過時間は体感と変わらない。
 いや、参道が尋常ではなく長かった。必ずしも現実と時間や場所が連動しているとも言い切れない。

「ねぇねぇ、おにいちゃん。何を考えこんでるの? どうせつまんないことでしょ。今は楽しもう。ボクと一緒にお祭りを回ろうよ」

 般若面の子供が一歩前に出て、手をくいっと引っ張ってきた。
 弱々しい力。
 僕に自分の意思でついてこいと言っている。

「あぁ……でも、他に人を待たせてるからさ」

「その人なら先に行って待ってるよ。だから、ね? 一緒に行こう」

 そうか。
 結城は先に行って待ってるのか。
 この子供が僕の連れ合いを知っているはずがない。
 だが、その言葉は催眠のように信じ込んでしまいたくなる。

「やめろよ」

 掠れの混じった声。
 誰かが横から僕と子供の繋いだ手を叩いた。
 ヒリとした痛みで微睡(まどろ)んだ意識が我に返る。

「誰よあんた」

 般若面の子供が、手を叩いた相手を睨みつける。
 面を被っているので確かには言えないが、僅かに苛立った調子なので実際そうなのだろう。
 それまで機嫌の良かった子供が、初めて見せる怒りの感情だった。

「誰でもいいだろ」

 相手もまた子供だった。
 身長から推察する年齢もまた、概ね8~9歳頃の少年。
 素人の散髪した、いい加減に切り揃えた短い黒髪。いかにも生命力が高そうで、太くツンツンしている。

 擦り傷だらけで頬に痣のある、しかし妙に整った顔立ち。唇に二、三切り傷痕がある。喧嘩でもしてきたのだろうか。
 面も何も被っていない、素顔だった。肌は健康的に、やや浅黒い。
 釣りあがった眉と、真一文字に結んだ口は不機嫌そうだ。
 しかしどこか可愛らしいと感じさせる容貌である。
 同時に纏う雰囲気は、飢えた狼のようでもあった。

 服装は灰色のパーカーと茶のカーゴパンツ。
 上も下も長袖で暑苦しい。
 普段着であれば普通で、祭りの場では浮いている。
 子供らしい服装と言えばそうで、小さい頃は僕もこんな服を親に着せられていたような気もする。

「……お兄さん、行っちゃ駄目だ」

 少年は僕の袖を引き、下から斜めに見上げてくる。
 睨みつけられたと思ったが違った。
 その視線に訴えかける情がある。
 行くな、ではなく行かないでくれ。
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