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第三章 半世紀後の世界。

境界線の対話。

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(……なんか、犬がいる。)

 大黒林に帰還した我が最初に思ったことはそれだった。
 住宅の建設現場にエルフとドワーフとケット・シーが動き回る中に混じって犬の頭以外ケット・シー達と同じ身長と容姿の者達が小道具を持って走り回っていた。
 彼らのことは魔界にいた時から知っており、ミケラ達がケット・シーなら犬の彼らはクー・シーと呼ばれている種族だ。
 出迎えにきた何故かツナギ姿のエイムにクー・シー達のことを聞けばどうやら我とミケラが転移してからしばらく経ったお昼頃に集団で現れたのだとか。
 代表としてエイムが話を聞けば実は彼らもこの大黒林でひっそりと生活していた集団でその中の二匹が先の森の端で行われたハコダンテ軍と我らの戦いを見ていたらしい。
 人間をいとも簡単に屠る戦いやエイムと我の宣言を聞いた二匹はすぐに集団へと戻って森に救世主が現れたことを伝え年長者を含めて話し合った結果こちらの拠点に移動してきたのだ。

「ふむ、では何故その時に【念間話術トランシーバー】を使って報告しなかったのだ?」
「ええ?だってマスター昔言ってたじゃん。弱き者の助け呼ぶ声に許可を求める必要なしって。」

 人差し指を顎に触れさせて可愛いらしく傾くエイムの言葉に我は随分と懐かしい話が出たなと思った。
 確かに魔界にいた頃、我はケット・シーだけでなくクー・シーも保護していた。
 両種族ともほとんどが難民同然で流れ着いた者達ばかりなのでいちいち助けるのに意味があるのか疑問に感じていたエイムに我はその言葉をよく言っていた。
 まあ本当は犬と猫のという個人的な理由が混じっていたからだが……

「ふふふ、その言葉を覚えていたとはなエイム。そして自分で判断して保護したのはよい行動である。誉めてやろう。」

 自分で言っておきながら忘れかけていた言葉をちゃんと覚えていて行動してくれたエイムに我は言うと頭を優しく撫でてあげた。
 姿に合う子どもっぽい笑顔で素直に受けるエイムを見てから我は街で得た釘と金属をドワーフ達に渡すようミケラに命令する。
 その後で各種族の代表を拠点の大型テントに集まるようエイムに伝令役を任せた。
 我からの指示なので大型テントに入って姿を戻してから待つこと数分、半ば駆け込む形で集まってくれた。
 エルフとケット・シーの代表はパーサーと長老で変わりなく、ドワーフの代表はテキンと呼ばれる赤毛の髪と髭が似合う男性、クー・シーの代表はシーズーに似た年長者が来てくれた。

「皆に集まってくれたのには理由がある。実は近い内に冒険者ギルドと呼ばれるところから兵士が送られてくる。」

 あくまでもこちらの予想だがヴァンクが先導しているならば可能性は高いので前提として皆に伝えることにした。

「パーサーよ、ミネトンからこの大黒林まで馬車でどれくらいだ?」
「はい、4人乗りならば一度ハコダンテ国で休憩を入れるでしょうから早くて五日はかかると思います。」

 五日か、それだけあれば軽く準備は出来るな。
 だが正直冒険者連中と正面から衝突するのは後に響く危惧がある。もし相手を殲滅、もしくは敗走させたとしてもあの副長と呼ばれていた女性ならば諦めず再挑戦してくることはあり得る。
 出来ることなら穏便に冒険者連中には理由を付けて大黒林に手を出さないように出来ないだろうか。

「……って、大魔将軍様は思っているよ。皆から意見を聞かせて。」

 腕を組んで黙考していればなんと隣にいたエイムが我の考えを代弁してくれ皆の意見を求めてくれた。さすがは我の相棒、眷属の中で気持ちを汲んでくれるのはやはりエイムがダントツで一番だ。
 エイムの問いかけにパーサーとテキンはそちらの方法を考えてくれていたことに感謝の意を述べてからパーサーが言う。

「ならば一度私達が説得を試みましょう。戦士ヴァンクがいるのならば考えてくれるかもしれません。」
「なら俺達は万が一の為に壁を作る。鉄が手に入ったから木だけよりいいものが出来ましょう。」

 両種族の意見に我は大魔将軍として一度それでよいのか尋ねる。聞かれたパーサーとテキンは森の中から説得するので姿を見せないし壁に隠れて言うので大丈夫だと返してきた。
 さらにクー・シーの方から出来た壁の運搬は任せてくれと申し出てきた。

「それに大魔将軍様の存在が世界に明らかとなったらそちらの方が大事です。最悪この大黒林全体を焼き払おうとする者が出るやもしれませんから。」

 パーサーに言われて我は確かにと納得する。すでにハコダンテ王に存在はバレているが彼は人質の為に決して口外したりしないだろう。
 しかし冒険者達とヴァンクの前に姿を見せればパーサーの言った通りのことになる可能性はあった。
 まだ大黒林の開発発展を始めたばかりでそんなことになるのは我の当初の目的である魔族の安住の地を作るということが遠退くどころか果たせなくなってしまう。

「…よしわかった。だが万が一冒険者共が暴挙に出た場合にはエイムによる牽制攻撃をさせる。それでよいな?」

 もしもの提案にパーサーとテキンは我の言葉なのかお礼を言って了承してくれた。
 エイムの方は牽制だけかと残念がっていたがやり過ぎた反撃は相手によくないと宥めてあげた。
 さてさて、平和を望む者達にヴァンクと冒険者連中はどう反応してくるか。
 それとも、と我を落胆させるのか……



 ミネトンの街から出て早六日経ってヴァンク率いる冒険者達はついに大黒林前に到着した。
 途中ハコダンテ国が設立していた壁を避ける為に迂回したこともあって時間がかかってしまったがギルドが馬車だけでなくテントや寝袋を提供したことで疲労の色を見せる者は少なかった。
 もう昼を過ぎてしまったので大黒林に入る前に充分な食事と休息を取らせてからヴァンクは調査に当たらせることにしていた。
 しかし、翌朝になって問題が発生した。
 うかつにも夜中に独断で調査しにいった冒険者の男性一人が行方不明になったのだ。
 中の上くらいの腕前の冒険者であったが慢心がいかに危険なことを他の者達に知らせることとなった。
 だからといって彼の生死を確認するまでは諦めはしない。ヴァンクは改めて冒険者達に装備や携帯品の準備を入念にさせた。
 受けた冒険者達はさすがは大戦士ヴァンクと冷静さに感心して素直に従う。互いにチェックして準備が完了した者から集めさせ全員揃ったところでヴァンクを先頭に森へと足を動かした時だった。
 森の方から音がすると何かが飛び出してから地面を転がってきたことに全員が武器に手を掛ける。
 しかし現れたのは下着一つで縄に手足を縛られた行方不明の男だった。

「…その間抜けな男は返す。戦士ヴァンクよ!今すぐ冒険者達を連れてこの場から去りなさい!」

 森の方から聞こえてきた声にヴァンクは聞き覚えがあったのでもしかしてと思って尋ねてみた。

「その声、確か灰の一団のコーワか?まだこの森にいたのかよ。」
「コーワは亡き父の名だ!私は息子のパーサー!もう一度言う、今すぐ立ち去れ!」

 勘違いはあったがパーサーのこともヴァンクは知っている。半世紀前、この森が広大になる前の頃に勇者達と灰の一団は一度戦ったことがあった。
 しかし彼らはただ森を守る者達であることとそしてあの大魔将軍が不可侵の密約を交わしていたことを知った。

「待ってくれパーサー。よく聞け、この大黒林にハコダンテ国を危険に晒している怪物がいる。俺達はそれを退治しに来たんだ。むしろ協力してくれ。」

 森に向けて話しかけながらヴァンクは背中に回した右手で後ろの冒険者達に縛られている彼を引っ張ってくるよう信号を伝える。
 受けた冒険者の内二人が忍び足で縛られている彼に近づく。しかし両者の間に突如閃光が起き地面が爆発した。
 離れていた者には森の上の方で雷属性の魔方陣が展開されそこから雷撃が放たれたのを見ていた。

「悪いがもはやお前達との信頼は地に落ちている!素直に退くと言わないならば次は当てるぞ!」

 地面を抉った一撃とパーサーの警告に冒険者達の中からどよめきが起きる。
 魔法を扱う者の見解では先ほど雷撃は中級魔法に匹敵し直撃すれば常人ならば間違いなく即死する威力を持っているとか。

(くそ、やっぱりこうなるか……)

 背後でどよめく中でヴァンクは悔しげな表情を浮かべた。
 半世紀前ならば、魔王を討ち取り世界に平和をもたらしたあの頃ならばこんな面倒なことにはならずむしろ協力してくれていただろう。
 ここに里へと帰ったままの彼女や聖女がいれば少しは話せる余地もあっただろうが今となっては無理な話だ。
 ギルドマスターとして、いや勇者の仲間として次の言動次第では本当に考えないといけない。
 撤退するかもしくは強行するかを。



「…あのエイム様。私の声を真似て言うのは大魔将軍様の約束から外れているのでは?」
「ええ?だって僕は正体を明かしたらいけないしね。それにちょっとは脅した方が退いてくれるかもしれないじゃん。」

 ドワーフが作った木と鉄板を合わせた楯の後ろで肩に乗っているミニエイムにパーサーが指摘したがエイムは笑顔で返してきた。
 実は先ほどの雷撃と後のパーサーの声はエイムの仕業であった。さらに付け加えると独断で調査しにきた冒険者を捕まえたのもエイムである。

「それにしても戦士ヴァンクは随分老けたね。あいつの斧に斬られた時の痛みを倍返ししてやりたいよ。」
「仕方ありません。人間は私達よりもずっと老いるのが早い生き物なのですから。」

 だからこそ欲に走りやすい生き物でもあるとパーサーは口には出さず呟く。軽く俯くパーサーを察してミニエイムは彼の頬をぺちぺちと両手で軽く叩いてから元気付ける意味で言った。

「大丈夫。マスターは弱き者達の味方だから眷属として僕も皆を守ってあげる。だから今はここを乗り切ろう。」

 エイムの言葉にパーサーだけでなく、耳に届いた者達も勇気を貰い微笑んで頷いてみせた。
 するとエルフの一人が冒険者側で動きがあったことをパーサーに伝え楯の隙間から覗き見する。
 どうやら強行しようとする冒険者と一度野営地に戻って対策を考えようとする冒険者で意見が衝突し始めたようだ。
 強行組はエルフも今は数が少ないはずだから魔法さえ気をつけて接近すれば制圧出来ると主張し、一時撤退組は魔獣討伐が目的であり森の中でエルフと戦うのは危険なことだと主張する。意見が分かれてしまったことにヴァンクも双方の主張に困惑しているのがエイム達にも見えていた。

「やれやれ、エルフだけじゃなくてドワーフもいるんだけど?全く一致団結したかと思ったらすぐ言い合いを起こすのは人間が一番早いと思うのはボクだけかな?」
「それだけ我欲が強い種族なのです。自分とは違うものを欲し、手に入れたと思ったらすぐに別のものを求めるのが人間です。」

 だが向こうの混乱はチャンスだとパーサーは思った。
 あのまま団結した状態でもしヴァンクの鶴の一声があれば冒険者達は迷わずこちらへと強行突入してきただろうが、乱れたことでこちらの言葉に耳を傾けざる余地が出来た。

「エイム様、あの人質を土魔法で持ち上げることは出来ますか?」

 パーサーの頼みにミニエイムはいいよと返せば少しして人質の下の地面に土の魔方陣が展開されそこだけ土が上へと伸びるように動いて彼を高々と上げてみせた。
 かなりの高さにあそこから落とされたら大怪我どころか命の危機にある人質を前に冒険者側から言い争いがなくなった。

「これが最後の警告だ戦士ヴァンク!人質を死なせたくなければ諦めて帰れ!」

 パーサーからの再度通告とまた高度な魔法を出されたことでヴァンクは悩む。さすがにこうも立て続けに魔法を見せられ冒険者達の心も乱れた今強行突入は危険かもしれないと彼の勘が告げていたからだ。

「…わかったパーサー。今は退くが一つだけ聞きたい。お前はこの森で、大魔将軍の遺体を見たか?」

 ヴァンクの質問に今度はパーサー達が驚かされる。何故ここにきて大魔将軍が口から出てきたのか意味がわからなかったからだ。

「…何故急にそんなことを聞くのです?それに大魔将軍を倒したのはあなたと勇者達でしょう。」
「そうだな。確かに俺達はこの森の空で大魔将軍に勝った。だけどな、俺達がなんだよ。」

 半世紀前、ヴァンクと勇者達は数々の魔族と戦い討ち倒してきた。どんな大物であろうと幹部や四天王と名乗った相手であろうと倒せば黒く霧散していくのを彼らは見てきた。
 だがあの日、大魔将軍を倒したあの時は崩れゆく城から逃げてきた為に奴が消滅したところを見てはいない。世界に平和を訪れさせてからの三年間は目まぐるしいほどの祝いと歓迎で大黒林に寄る暇すらなかった。
 だからこそヴァンクも勇者達も知らないのだ。大魔将軍が本当に消滅したのか否かを……

「この大黒林には未だに魔空城の残骸が残っているはずだ。森に詳しいお前達エルフならば見つけているだろう?そこに大魔将軍の兜か鎧、あるいは盾の欠片でも見つけなかったか?」

 ヴァンクの問いかけにパーサーは答えに困った。ここで見てないと言うのは容易いがパーサーはヴァンクの勘の鋭さをしっていた。いない見てないと嘘を言ったところで数日経てばヴァンクは疑問を感じてまたくるかもしれない。

「生憎だがヴァンクよ。私も長い間ハコダンテ国の奴隷になっていた身。だからこの森の今を知らない。森の民である私が、何十年も暗い石に囲まれて過ごしきた苦しみがお前達人間にわかるか!」

 だからここは自分の身に起きた苦しみをパーサーは相手に伝えた。感受性が豊かなヴァンクならばこの想いにこれ以上の深入りは考えるはずだらう。
 パーサーの気持ちを受けたヴァンクは半歩後ろに退いてしまう。それは勇者の出した声明のせいで半世紀近くもの間エルフもドワーフも人間に好き勝手虐げられた責任感は仲間の一人であるヴァンクも重々感じていたからだ。
 背後で自分の命令を待つ冒険者達の視線を受けながらヴァンクは下を向き大きく息を吐いてから前を向いて言った。

「お前達、ここは一旦退くぞ。」

 ヴァンクが選んだのは一時撤退であった。
 ギルドマスターの命令に強行組は驚くも一時撤退なので反論は少なく済んだ。
 パーサー達も彼の判断に無言の納得をすれば人質を持ち上げていた土が元の平地へと戻ってみせた。
 それを見てヴァンクは再び冒険者に人質の回収を命令させれば今度は何事もなく回収することができたので全員に野営地まで帰るようヴァンクは促す。言われた通りにぞろぞろと冒険者達が野営地に撤退するのを見送りながらヴァンクは一度森の方を見て呟く。

「…あの魔法の展開、どっかで見た気がするんだが、くそ思い出せねぇ。歳は取りたくないぜ全く。」

 首を傾げて呟いたヴァンクは諦めてその場を後にした。
 辺りが静かになってからしばらくの間はエイム達は様子見をしていた。

「……うん、もう誰もいないみたいだよ。どうやら本当に撤退したみたい。」

 高いところから監視していた分身体からの報告をパーサーの肩にいるミニエイムが伝えると全員に安堵の空気が流れる。
 だがこれも一時しのぎなだけだ。向こうは今度作戦を立ててまた森にやってくるだろうからこちらも対策を講じる必要がある。

「エイム様、ここは一度大魔将軍様に繋いでいただきたいのですが。」

 パーサーの頼みにミニエイムはオッケーと笑顔で了承すると親元の本体に連絡しそこから【念間話術】で大魔将軍と話した。


 別の作業をしている時にエイムから連絡が入ったので脚を止めて我は話を聞いた。

「そうか、冒険者達は一時撤退を選んだか。ならお前達も一旦拠点に戻ってこい。動いてなくても気疲れはしているだろうからな。」
『了解、移動はクー・シー達を使っていい?』

 エイムの提案に配慮を考えてくれて助かると誉めてから通話を切った。

(さて、この後どうするべきか……)

 ヴァンクが一時撤退を選んだのであれば明日か明後日にはまた進行してくるというわけだ。
 それでは解決したことにはならないのでだったらこちらも一手打たせてもらうとしよう。

(その為に我は海に来たのだからな。)

 大黒林の北側にある海の上で我は頷くと左手を上へと振りかぶってから掛け声と共に切り離しロケットパンチの如く飛ばした。
 飛んでいった左手はそのまま海へと水しぶきを上げて突っ込むと勢いを落とさずに進んでいった。
 海に飛ばしてから待つこと約二十分くらい経った時に我は左手を戻すように引っ張る。高速に海の中を上へと動く左手はあるものをしっかりと鷲掴みしており抵抗する暇もなく引かれていくそれは何事かと暴れることで海面が波打つ。
 だがその程度の抵抗など我にとって子どもの手を引くも同じであった。

「どおっせえぇいっ!!」
 
勢い余って海面を飛び出し宙を舞う左手、がしっかりと掴んでいたのはエメラルドのような色と光沢のある鱗を纏い頭には落雷が突き立てられたかのような形の角が生えた海蛇のような生物。
 両替所で待っていた時におそらく船乗りであろう集団の会話から気になったことがあった。
 大黒林に接する海域は魚介類の宝庫として知られているがそこには凶悪な魔獣が泳いでおり一度目をつけられたら沈めるまで追い回すらしく犠牲になった船はここ三十年近くで大小合わせて五十は越えるのだとか。そして唯一空樽に入って生き延びた者の話ではそいつは緑色で角が生えた蛇のようであったというのを耳にして我はもしやと思ったのだ。
 半世紀前にゲートがある大黒林を守る為に天と地は魔空城と我が担当していたが、大軍で攻めてくる中で海路を使って回ってくる可能性を無くす意味で我は眷属にはしなかったが魔界から水中生物を三体ほどヒト族の世界に連れてきていたのだ。
 その一体が今釣り上げた海蛇型の魔獣で名称は確かエメラルドシーパイソン。でも名前が長いので我は略してエメソンと名付けた。

「随分と大きくなったなエメソン。まあ半世紀も経ったら成長して当たり前か。」

 左手が掴んでいるのはエメソンの尾っぽなので向こうは海面を見る形で我を見ることが出来ず身体をくねらせ甲高い声を上げ続けていた。
 なので左手をさらに上へと動かしてエメソンの目に我を映してやると動きが止まった。
 すると先ほどのうるさい声からキュイッキュイッと可愛いげのある鳴き声へと変わる。どうやらまだ我を覚えていてくれたらしいエメソンから手を離して海に戻してやると盛大な水しぶきを二度上げて顔を出すとまた鳴いてくれた。
 アナゴと蛇を足して二で割ったような顔もこうして見るとデフォルメされて可愛いく見えてしまう。

「エメソン、はまだこの海にいるか?」

 言葉がわかる知性を持っているので我が他の者の所在を尋ねればエメソンは鳴きながら頭を左右に振ってみせた。
 やはり半世紀も飼い主が不在となっては餌などを求めてこの海域から去ってしまった可能性があるのは理解していたので我はそうかとだけ呟いて話を変えることにした。

「お前はここでずっと我を待っていたのだな。偉い子だ。」

 近づいて顔の表面を元に戻した左手で撫でてやれば今度は嬉しそうに鳴いてみせるエメソン。体長約一キロメートルだったのが半世紀も経って多分三倍くらい縦にも横にも成長していたペットのような存在に我は言った。

「よしエメソン。久々にお前に乗って波乗りを堪能したいんだが、付き合ってくれるか?」

 そう言ってやるとエメソンは嬉しそうに鳴いてから頭を下ろし背中の中腹あたりまで水面から出るようにして待機する。身体は大きくなってもちゃんと言うことを聞いてくれたエメソンの角近くへと着地すれば置いた盾から進行方向を示す紫色のただの光線を出し次に出発の意味で角をぽんぽんと軽く叩けばエメソンは線に従って出発した。
 線が向かう先は海都ミネトン。

(戦士ヴァンクよ。お前ならばこんなことが起きたら引き返さざるおえないであろう?)

 大きな波を立てながら、と呼ぶべき存在を連れて我は格好よく仁王立ちでそう思った。
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