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第四章 予想外の使者。

海の中でも錆びません。

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 無事に森の平穏とペットを得られてから早くも半年が経とうとしていた。
 早々に南へ向かう、なんてことはしない。というより初めから向かうつもりなんてない。ミネトンで起こしたことの本当の目的はヴァンク達の意識を南へと向け大黒林の注目を逸らすことにある。
 おかげで半年の間大した問題もなく作業は進んだ。
 まず住居に関して木材と鉄を組み合わせた家が二階建てが一つに平屋が二つの計三軒建った。ちゃんと暖炉とキッチン、それにガラス窓が付いた内装となっておりこれで寒い季節になっても大丈夫であろう。
 船に関しても帆を張る為の柱を除いて大部分が出来上がっており帆も平行して製作されている。というかエメソンという動力を手に入れたので本当はもう帰郷させることも出来るがやはり汗だくになりながら頑張って作業している彼らの熱意を無駄にするような言動はしない方がいいだろうと思っての個人の判断である。
 そして現在我はと言えば、そのエメソンの角に掴まって海底にいた。
 我とエメソンの前にはへし折れた形の沈没船が点々と存在している。これは全てエメソンの縄張りに入って沈められたものだ。

(…よしエメソン。あの船を咥えてくれ。)

 角から離れてエメソンの瞳まで移動すれば手を使って指示を出す。受け取ったエメソンが瞬きをして返すと前に出て沈没船の一つの船尾部分を咥えて上昇を始めるのに続いて我も高速で海面へと向かった。
 エメソンを通りすぎ先に我が海面から飛び出してからエメソンが盛大な水しぶきを上げて出てくると頭を動かし陸地のある方へと移動する。岸の近くまでエメソンが移動してくれてから並走していた我が船尾を掴んで合図し口を離すのを確認してから今度は我が陸地の上まで移動してから降ろしてあげた。
 一応言っておくが我の身体は金属製ではあるもののたかが塩水程度で錆びたり腐食などはしないのでご安心を。
 振動が森へと伝わってから少しして手に解体道具を持ったケット・シーとドワーフが現れて船の残骸に向かい作業を始める。
 そう、現在行っているのはもちろんトレジャーハントである。エメソンが半世紀の間に沈めた船の中には漁船以外に商船や軍艦、さらに海賊船もあり海から出せば出すほどお宝がゴロゴロと出てきた。
 商船から資材や嗜好品、軍艦や海賊船からは装備や道具が得られた。金属製品は海中なので錆びていたりしたがそこはエイムの【再構成】を使えば全く問題なく食器等に作り替えてエルフやドワーフ達に提供したことで生活も豊かになってくれたことが建設を大いに進ませた。
 まあ特に酒好きのドワーフは無事だったワインを飲めたことがやる気をより増した結果になったのもあるかもしれない。
 当初港で一活躍したのも合わせてエメソンを皆に紹介したらすごく驚かせてしまったが今では手を振って意思疎通をしてくれる者がいるほど慣れてくれた。
 沈没船からもたらされた物によって建設班だけでなくパーサーをリーダーとした森の防衛班が結成された。軍艦や商船から得られた武具を身につけた彼らと森での戦闘ならば軍隊にも匹敵する。これによってエイムだけでなく森へ侵入しようとする輩を監視してくれる目が増え我もより自由に動きやすくなるというものだ。
 そうして森の中で発展していくのを眺めるのは店内改装の様子を眺めながら棚の品出し作業をするのに似た気分を味わえた。
 となれば我も次の行動に移るとしよう。そう、まだ存命の眷属を復活させるのだ。
 契約した順番的にするなら〈オガコ〉を復活させたいところなのだが残念ながらこの大黒林から二番目に遠いところにいるので悪いが後回しにさせてもらい〈ゾドラ〉の蘇生に向かうことにした。
 〈ゾドラ〉の正式名はホローゾンビドラゴンというドラゴン族のアンデッドであり身体から発する障気や疫病の状態異常を与えるブレスなど集団戦や攻城戦でその見た目からも活躍してくれた眷属だ。
 しかしその見た目に反して性格が好戦的ではなく敵の全滅より降伏を求める優しさも持っていて我はそこが気に入って眷属契約をし〈ゾドラ〉と名付けたのである。
 そのゾドラは大黒林から北西の端にある凍土の島、通称シレトコ島と呼ばれる場所で凍結の状態異常のままになっている。何故半世紀経ってそんな場所にいるかはわからないがこのままではアンデッド系であるゾドラはこの先も消滅することなく永久に独り氷付けのままだ。

(そんなことにはさせないぞゾドラよ。我はまだお前とのを果たせていないのだからな。必ず助けてみせる!)

 そう意気込みをしてから勝手に店長がいなくなるのは良くないので日が変わってから話して出掛けるとしよう。


 眷属と各代表をまだ残してある大型テントに集めて話をしようとした朝、思わぬことが発生した。
 始まりはパーサーからで本人というよりエルフ側の女性がもたらしてきたことだった。

「手紙の返事、とな?」
「はい、大魔将軍様はトワダ森林をご存知ですか?」

 パーサーから出た森林の名前に我は頷く。ミネトンの街から船を使い海を渡ってから少し先に移動したところにあるラカミ山脈の下に今の大黒林くらいの広さを持つエルフ族が拠点としている大森林地帯だ。
 パーサーからの話ではその森林の出身であるエルフの女性が無事を知らせようと連絡したらしい。どうやって連絡したかだが確かエルフ族には魔法の手紙なるものを扱えると聞いたことがあるのでそれを使ったのだろう。必要な紙やペンもエイムのおかげで配給されているし何なら郵便配達させてやってもよいかもしれない。なんて話が少し脱線しかけたが続きを聞けば一昨日女性の元に手紙の返事がやってきたらしく無事であることを嬉しく思うなどが書かれていた。

「なるほど、ではその女性はすぐにでもトワダ森林に帰りたいと思ったのだな?ならばそうしてやろう。」

 あそこは海に面してはいないが幸いトワダ森林の入り口から少し離れたところに【次元転移】の魔方陣が存在するので1人運ぶくらい余裕である。今のご時世で生まれ故郷の里が無事なことはありがたいだろうからな。

「それが大魔将軍様。ここからが本題でして、手紙にはも参られたしと書かれておりました。」
「………ん?」

 一瞬どういうことかわからなかった。この大黒林で漆黒の者と言えば我以外いない。だから女性が手紙に書いてしまったのかパーサーに聞くと彼も同じことを女性に尋ねたらしく本人はそんな命を捨てるようなことはしませんと否定してきたのだとか。では何故我がまだ大黒林にいることに気づいたのかだが少し考えるとはっと思い出してからパーサーに尋ねた。

「パーサー、確かトワダの森には〔千里の巫女〕と呼ばれる者がいたな?」
「はい、今もご健在かと思われます。」

 〔千里の巫女〕とはトワダ森林の里長であり、類い稀なる探知能力を持った者だ。その力は動かずともトワダ森林の全体を詳細に見渡し、海辺に立てば隔てた先にある大陸で誰が何をしているかも見れるのだとか。そんな相手が大黒林を見渡したのであれば我の存在に気づいたのだと推測できる。
 しかし何故招待するような文を送ってきたのかが不明である。だいたいトワダ森林には別の魔王軍幹部が侵攻しようとしていたが勇者一行が加わったことで失敗に終わってから手をつけられなかったし我も占領する必要なしと判断して手を出してはおらず関係どころか接触すらないのだ。まあ魔族であるという因縁はあるかもしれないがそれなら森に来なさいなんて言葉は出してこないだろう。 

「どうするマスター?行くの?それとも生意気だから侵略する?」

 今はジャージ姿で隣に立つエイムが可愛いらしくもさらっと恐ろしいことを聞いてきたが我は侵略など考えてはいない。何度も言うがこの大黒林を魔族の生き残りや今の世の中に苦しむ者達の安住の地にしたいと思っている今は建設や発展に注力するべきで侵略などは全く考えに入れてはいない。むしろわざわざ魔族を招待しようとする千里の巫女の思惑を知りたいという興味が湧いた。

「いや、ここはせっかく招いてくれたのだ。赴いてやるのが礼儀というものであろう。」

 ということで我はトワダ森林に向かうことを視野に入れて会議を終えた。なのでパーサーに手紙を出したエルフの女性を呼ばせた。少しして紅葉色の髪のエルフの女性が現れフィールと名乗って会釈してくれた。
 フィールにトワダ森林へ帰してやる旨を話してやると大いに喜んで感謝してくれた。そこでフィールから千里の巫女について知っていることを話してくれるよう尋ねると彼女は一度動揺してみせる。どうやらトワダ森林を侵略するのではと勘違いされたようだがパーサーがそうでないことを伝えて落ち着かせたところでフィールは話せる範囲で答えてくれた。
 まずはトワダ森林全体を見れるというのは本当らしくそこに住まう動物達どころか森林のどこから誰が入ってきたかまですぐにわかるのだと言う。そんな高性能監視カメラを何十台も備えた百貨店のような能力ならば半世紀前も侵略しようとした敵はすぐに見つかり対策を取られて当然だ。
 さらに千里の巫女は視るに長けているだけでなく結界を作るスキルも長けていて防御や妨害も行えるのだとか。
 そのおかげでトワダ森林は今も他者からの侵略を防いでいるはずですとフィールは語ってくれた。
 話してくれたフィールに礼とトワダ森林に向かう日時は後日にと伝えてパーサーと一緒にテントから帰してあげると我は腕を組んで考える。
 ゾドラとトワダ森林、両方行くことにしたが先に向かうべきはどちらか。こういうのは同じ月に2つの季節的イベントがある場合にどちらの関連商品を重点的に並べ立てておくのと同じ気持ちになってみると見えてくるものだ。
 まずゾドラに関しては眷属なのでいち早く蘇生させてやりたい。しかしシレトコ島は極寒の冬島でありヒトも住んでおらず魔獣の巣窟となっている。だから向かうにしても迅速に済ませる為に誰かを連れていきたいところだがエイムくらいしか極寒に耐性がある者がいない。
 次にトワダ森林に関しては寒冷の時季はあれどそんなに雪が降る地域というわけでもなくさらに向こうから招待されているので手荒い歓迎をされる可能性は薄いと見ていいだろう。それにここ最近狩りばかりしかしていないミケラに今度は外交の経験をさせてあげた方がいいかもしれない。

(…うむ、すまんがゾドラよ。お前の蘇生はまた今度にさせて貰おう。)

 考えがまとまったところで我はミケラとエイムを呼んでトワダ森林に向かう方針を伝える。今回はミケラだけでなくエイムも連れていくことにした。これはパーサー達防衛組が出来たこととエイムにばかり留守番をさせてばかりだったので今回はお出かけに付き合ってもらおうという飼い主心からである。エイム本人も久しぶりに我とお出かけ出来ることをぴょんぴょんと姿に合った喜び方で表現してくれた。


 話し合いから一週間経った日の朝方、ついに我々はトワダ森林へ赴くことになる。ケット・シーの居住区前でまたガレオの姿をした我に探検家っぽい服装にしたエイム、もしもの為にちゃんと装備を整えたミケラとフィールがいた。
 強者が三体もいなくなるのでパーサーとディキンに防衛をしっかりさせるよう準備させフィールに今日向かうことを手紙で送るようそれぞれ指示しておいたので今のところ不安は残っていないはずだ。

「よし、では番号!」
「いーち!」
「にぃですにゃ!」
「さ、さんです……」

 改めて我が点呼を取り準備が済んだかを聞きエイム達の返事を聞けば自分の傍まで来るよう指示して集める。

「では帰ってくるまで頼んだぞパーサー。何かあればエイムの分身体に連絡するように。」
「はっ、余計なお言葉かもしれませんが皆様お気をつけて。」

 見送りにきた皆が一礼してくれる中で我は返事をすれば足元に【次元転移ジャンプ】の魔方陣を展開させてトワダ森林へと向かった。
 距離があるので数秒間の暗転から見えてきたのは脛くらいまで高さの草原。そこから左へ身体を向ければうっそうとした木々が並ぶトワダ森林の入り口が見えた。
 あっという間に自分の生まれ故郷に着いたことにフィールは唖然としてから帰ってこれたという実感を得られたのか目に涙を浮かべてみせる。

「感動しているところで悪いがフィールよ。そなたのお仲間に我々がやってきたことを知らせてくれるか?」

 我の指示にフィールは涙を拭ってから森の入り口前に立つと呼び掛けてみた。
 手紙で日時は連絡してあるので迎えがくるかどうか我と眷属は草原の中で待つことにしたのだが、これまた予想外のことが起きる。

「…マスター、向こうの草むらに人間がいる。」
「何?」

 小声で伝えてきたエイムに我が聞き返した直後だった。突然フィールの悲鳴が聞こえて見直せばいつの間にか縄で作った網に捕縛された彼女が見えたのだ。
 するとよし今だという声が向こうからしてすぐにいかにも盗賊っぽい装備が統一されてない輩が姿を現す。連中は捕まったフィールを囲むようにして立つとリーダーらしい大柄の男が森に向かって言った。

「トワダのエルフ共聞け!お前らの仲間は俺達が手に入れた!返して欲しければ里の長を出しな!そしたら離してやる!」

 森に向かって脅迫してみせる盗賊達は次に笑ってみせる。連中の様子を草むらから見ていた我は随分と安過ぎる言葉遣いだとため息を漏らす。エイムの方も全く運のなさ過ぎる連中だねと呆れてみせる。
 無論、このままにしておくようなことを我はしない。ただ、左右でウズウズしている者がいるのでここは眷属に任せるとしよう。

「エイム、ミケラ、我がフィールに結界を張る。それから攻撃せよ。」

 指示すれば双方頷いてみせてからミケラは猫らしく身を低くして止まり、エイムは両手から子どもの拳大くらいのスライムをいくつも出して周囲に浮かせる。
 二人が用意できたところで我は片手に小さな魔方陣浮かばせるとフィールの真下の地面に狙いを定めて人差し指でデコピンするように弾く。飛んだ魔方陣がフィールの真下の地面に当たると彼女の身長より一回り大きく展開されればドーム状に結界が発動した。
 いきなりのことに盗賊達が驚く一瞬の隙を突いてエイムとミケラが草むらから出る。ミケラは爪を出したナックルで切り裂いていきエイムは周囲にあるスライムを盗賊に飛ばす。スライムは飛ぶ途中で回転しさらに薄くなれば円盤形のカッターとなって首や胴体を両断してみせた。
 次々と手下が初めて見る女性と子どもによってなす術なくやられていくことにリーダーは肝を潰してその場から逃げようと草むらに向かって駆け出す。後少しで飛び込もうとした瞬間に草を掻き分けて漆黒の手が飛び出して顔を鷲掴みされたリーダーは地面に届かない脚をバタつかせる。

「上に立つ身で自分だけ逃げようという愚か者を我は許しはしない。」

 我はそう言ってから魔力を腕に伝わせれば黒い炎が男の身体を包むようにして骨すら残さず灰にしてやった。
 敵の全滅を確認したエイムの知らせで我は結界を解き網は引き千切ってフィールを救助してあげた。
 フィールは恐縮して何度もお礼を言ってきたが気にするでないと返してやったところで上からキキンッ!と我の【漆黒の障壁】に何かが当たった音がしてから三本の矢が地面に落ちる。方向からして森林側から放たれたということになりエイムとミケラは敵と判断して臨戦態勢を取るがそこを我が止めて待つことにした。
 すると奥から弓矢を構えた者三名を前に初老の顔つきをした女性エルフが姿を見せる。その女性を見てフィールがレキュラ様と名を出してくれた。レキュラと呼ばれる女性は我の容姿を上から下へと観察してから口を開く。

「漆黒の鎧と盾。あなたが大魔…騎士ガレオ様ですね?」

 途中で名を変えて尋ねてきたのに疑問を感じるが当たっているのでそうであると返してやればレキュラは左手を上げて弓矢を持つ者達の腕を下げさせた。

「巫女様のご命令により、あなた方をご案内いたします。ついてきてください。」

 レキュラの指示にどうやら千里の巫女は我々が到着していたことを察知していたのだと理解すればさすがだと思いエイムとミケラに構えを解くよう指示する。互いに戦う意思が消えたところでレキュラがではと森に向かって歩き出したので我々も後をついていこうとしたがその前にフィールが駆け出して弓矢を持つ三人の内の髪色が同じ女性エルフへと抱きついてみせた。
 涙を溢すフィールの口から姉さん!と聞こえてきて相手ももらい泣きしながら喜んでいる様子から二人が姉妹であり感動の再会になったようで我も共感しそうになって顔を空に向ける。

「なぁにマスター?もしかして感動しちゃってるの?」

 エイムに的を射る問いかけをされてギクリとするもそんなことはないと返してから改めてレキュラの後ろを我が先頭でついていった。
 大黒林とはまた違った木々が並ぶ景色の中を暫く歩くとレキュラが止まる。

「申し訳ありませんが今から里に入る為に幻術を解くので後ろを向いてください。」

 レキュラの言葉になるほどと思いエイムとミケラに伝える意味で先に我が素直に従って背を向ければ二体も同じようにしてくれた。
 ただエイムに関しては元がスライムなので見えていないという保証はないがな。
 こちらを背を向けたことを確認したレキュラはぶつぶつと呟くように何か唱えると背後で光が起きて数秒間だけ自分の影を見せられてからもういいですよとお声がかかって振り返る。するとさっきまで獣道だったところがちゃんと整備された街道のようにして向こうへと伸びており視線の先には家の屋根っぽいのも見えた。

「このまま真っ直ぐ行った先がトワダの里になっております。」

 一応みたいな口調で案内を口に出してからまた歩き出すレキュラ達に続いて我々はトワダの里に着いた。
 見た感じは半世紀前にところどころで見てきたエルフの里と変わらず木の家や一軒家くらい大きな大木を丸々使った家でエルフ達は生活していた。
 ただひとつ変わったことがあるとすれば交流を断ったことでエルフしかいないということだろうか。
 歩いていく中でよそ者である我々に里のエルフ達が様々な感情を込めた視線を向けてくるのを感じながら進んでいくと途中の十字路でフィールに呼び止められる。どうやら早く両親に会わせたいと言う姉の要望を聞く為ここでお別れなことをお礼と共に伝えてきたので我は労いとこの先の祝福を期待していることを言い見送ってやった。

「…不思議なものです。あなたならば従わせることすら容易なのにあれほど慕うなんて、どんな方法を使ったのですか?」
「方法?異なこと申すものだ。我はただ安心して眠れる場所とお腹が満たされる食事しか提供していないぞ?」

 同じく見送っていたレキュラからの問いかけに我がそう返してやれば虚を突かれたかのような表情を彼女は見せるとそうですかとだけ呟いてから背を向けてまた歩き出す。
 そこから体感にして十数分くらい歩いていくと目の前にビルくらいのこれまた超大木と言うべき存在を利用した建物に着いた。

「巫女様は上層の祈祷の間におられます。ただし、ガレオ様のみ通ってください。」

 衛兵が立つ玄関の前でレキュラからご指名を受けた我はエイムとミケラに待機を命じておく。そうしておかないとミケラは興味本意で動き回りそうだし、エイムは覗き見してくるかもしれないからだ。

「では上層までご案内を…」
「いや、その必要はない。あそこが巫女のいる部屋なのだろう?」

 我が顔を上に向けて示した先にはテラスがあり問いかけにレキュラがそうですがと返してくれたことで確定すればちょっと悪役としての余裕を見せつける意味で地面から足を離して宙に浮けば驚く衛兵とレキュラの前で敢えてゆっくり上昇していった。
 下でいってらっしゃーいと手を振るエイムに軽く手を振って返すとそのまま一度テラスを越えてから着地してみせる。
 視線の先に木とガラスを使った大きめの扉が見えたので歩み寄ると礼儀として声を掛けてあげた。

「千里の巫女よ。そちらの招待に応えて参った。」

 呼び掛けてから少しして両開きの扉が勝手に開く。中が薄暗くて奥が見えない中、入室を許されたかと思って我が一歩踏み出した時、感じたものに反射的に盾を前に出す。次の瞬間、奥からキラッと閃光が見えた直後に【漆黒の障壁】が盾に衝撃を受ける。元の身体ならばそれで受け止められたが今はサイズも重さも小さくなっているので受けた衝撃で後ろへと少し足を滑らせた。

(今のは魔法矢マジックアロー…しかも速度重視とはいえなかなかの威力だな。)

 飛んできたものを我はすぐに見抜く。魔法矢とは特殊な弓を用い魔力の矢を形成させて発射するスキルだ。故に使い手の意思で矢の性質も変えることができ、先ほどのは飛ぶ速度を重視させて形成された魔法矢であった。
 これ程の魔法矢を扱うエルフはそう多くはない。ただ我はこれ以上の魔法矢を何発も飛ばしてきた者を知っているので今のも苦労なく防ぐことが出来た。

「……さすがは勇者一行と幾度も戦ってみせた大魔将軍。里一番の強さを誇る戦士の矢を難なく受け止めてみせるとは。」

 奥から若い女性の声がすると魔法によってか部屋の明かりが次々と灯されて全体を照らしてくれた。
 その最奥に当たるところに黄緑色の髪が似合う見た目二十代の女性エルフが木と毛皮で作られた台座に鎮座し近くに弓を持った水色の髪の壮年の男性エルフが立っていた。

「初めまして、と言うべきであろうな。そなたが千里の巫女か?」
「はい、このトワダ森林の里長でありますリヴユールと申します。」

 若き女性リヴユールは名乗ってから小さく頭を下げてみせる。と言っても本当に若いかはわからない。エルフは長命なので若年ほどまでは普通に成長するがそこからは老化は遅くなり半世紀経ったとしても身長が伸びるか皺が1つ増えるか増えないかくらいしか変化がないのだから。

「確かにそうですが私は巫女になってからまだ二十年しか経っておりません。故にあなたのことは先代から話を聞いた程度しか知りません。」

 ……今口に出していたのか?
 いや、腕を組んで観察はしていたが心に思うだけで留めていたはずだ。となれば方法は一つしかない。

「ほお、千里の巫女は他人の心も視ることが出来るのか?だが許可なく読むのは感心せんぞ。特に我はな?」

 考える時は素の自分が出てくる時があるのでそれを踏まえて圧を入れた警告をしておく。受けた男性エルフの方がまた弓を構えようとしたところをリヴユールが彼に向けて手を出して止めると失礼しましたと謝罪してくれた。彼女が言うにはどうやら今我が立つ距離までかつ本人の視界に入るのが条件で他者の考えが読めるのだと解説してくれた。

「なるほど理解した。ならば探るのはここまでにして聞かせてもらいたい。何故我を呼んだのかを。」

 単刀直入に我が尋ねればリヴユールは瞼を閉じて一度深呼吸してから尋ねてきた。

「では私も単刀直入にお尋ねします大魔将軍。あなたは侵略をお望みなのでしょうか?」
「いや全く全然望んでおらんし考えてもいないぞ。」

 向こうの問いかけに我は即答してやった。なんとなく予想していた質問の一つが出てきたので考える間すらなく答えることが出来てよかったのだがリヴユールと男性エルフの方はあまりにも即答だったのかきょとんとしたまま固まっている。

「ふ、ふざけるな大魔将軍!幾多もの街を占拠し、国一つを滅ぼした悪逆非道と名高い貴様が侵略を考えていないなんてあり得ないはずだ!」

 少しして先に我に帰った男性エルフの方が反論してきたのにいい反応をしてくると内心ほくそ笑む。というか悪逆非道はちょっと言い過ぎだと思う。確かに街の占拠とかは命令だからやってきたが我はそこの住民を皆殺しにするなんてことはしていない。あくまでも担当させた眷属の労働力として利用するようにと命じてあったしな。
 国を滅ぼしたというのも本当は治安の酷すぎた国に苦しめられる民を見かねてだけだ。その後残された民をどうしたかはまた別の機会に話すとしよう。

「よく聞け小僧。我にもはや仕える主はいない。つまりもはや我は誰の命令も受けない身。ならば魔界でやっていた己の信念を再び行おうと思って立ち上がったのだ。」

 とりあえず壮年エルフを宥めてから言えばリヴユールから聞き返されたので語ってやった。
 以前も話したが我はケット・シーやクー・シーのような魔界で底辺の位置に立つ者達を保護して集め安全に暮らせる場所を確保してあげていた。その行為は他にも行い水辺を拠点とするサハギン、炭鉱で生活するコボルトなど話が通りやすい種族にも安全を確保させる為に行動と先導をし我は海と山がある場所に一つの街を作った。
 そこで我は住んでくれる者達に己の信念を伝えてやった。

「〈強者が弱者を支配する世の中ではなく、強者が弱者を支える世の中にする。〉それが我が信念である。」

 我が伝えた信念にそこで暮らしていた住民達は多いに賛同しお互いが足りないところを補える行動を取ることで応えてくれるようになったのであった。
 まあ、我をスカウトしに魔王が現れるまではその信念は貫いてきたつもりである。そして今、魔王がいなくなったからこそ我は燻っていた信念を再燃させていこうとあの大黒林で決め今日まで活動していたことを話してやった。

「だからこそ我は今大黒林を不遇な目に遭っている者達の逃げ場所にしてやりたいと思っている。すでに家も幾つか建ち、輸送の船も完成に近づいている。」
「しかしそれは大黒林を占拠していることにならないのか?」
「確かにからしたそうであろう。しかしあそこは元々お前達エルフの森であり我は未だに不可侵の契約は続けているつもりだ。だから占拠ではない、大黒林の土地を借りているだけだと思ってもらいたい。」

 問いにちゃんと答えてやれば言いくるめられた壮年エルフは返す言葉を失って口を閉じる。それに我が言ったことは我自身が本当にそうだと思っている。大黒林はエルフとそこに住んでいる者達のものだ。眷属以外にまだ他にいるかもしれないが今のところ魔界からきた魔族は我とミケラ以外の残っている眷属のみ。ならばここは我の意思と契約によってあの場所は借りているということにしておきたい。しばらく先になるだろうが発展して人間側が手を出すのを諦め安住が確保された時にはパーサー達あたりに店長の座を譲って隠居するのも悪くないと思う。

「聞きたいことはそれだけではなかろう?もう一つはなんだ?」

 さすがにその程度の質問をする為に魔族の我をわざわざ里に招待したわけではないと判断して聞けばリヴユールははいと頷いてから言った。

「あなたに侵略の意志がないことははっきりいたしました。ですから大魔将軍に私からご依頼をしたいと考えております。」
「ほお、千里の巫女では解決出来ない問題があると?」

 リヴユールの提案に我は腕を組んで返す。単刀直入に言ってくれたのはありがたいがお願いではなく依頼と言ってきた以上はこちらの見返りを覚悟してのこと。つまりそれだけ彼女らは何かしら逼迫ひっぱくした状況があるということだ。頭の中で次に言われるであろう依頼の内容を短く予想するとまずは同胞の救出、秘宝奪還、そして敵拠点制圧が浮かんだ。

「ご依頼したいことは二つ。一つは同胞の救出。もう一つは、離反者の始末です。」

 前者は予測していたが後者の内容に内心驚く。よもや今の情勢で同族を裏切る者がいようとは思ってなかった。さらにその者の始末を依頼してくるとは見た目の割にリヴユールは決断力が強いようだ。
 だから離反者について尋ねれば素直に語ってくれた。離反者の名前はギュラーサという男性エルフらしく里の生まれではなく他所から流れ着いた者であるとのこと。しかしどうやらギュラーサは組んでいるのか従っているのかは不明だが人間の商人の為に里に馴染んで生活してきた頃を見計らって子ども達を巧みに騙して連れ去ったのだという。

「ギュラーサは私が身を清めている間は森を見ていないことを知って犯行に及んだのです。私がまだ未熟なばかりに……」
「そんなことありません。巫女様は日々森の平穏の為に尽力している御方。少しの休息くらい誰が咎めましょうか。」

 俯くリヴユールに壮年エルフが元気づけようとするのを我は黙って見ながら思う。
 正直言って許せない話だ。己の保身の為に同族を、しかも抵抗の弱い子どもを狙って拉致するとはエルフの風上にもおけない外道である。
 だがここでよしいいだろうと即答して了承しては大魔将軍として威厳を欠いてしまうかもしれないのでもう少し様子を見ることにしよう。

「ふん、生き延びる為ならば子どもを売るか。森の守り人たる種族も残念な者が出ていたというわけか。仕方ないとは言え情けないの一言に限る。」

 はっきりと他人事として返してやれば壮年エルフは睨みつけてきたがリヴユールは反論せず全くその通りですと言ってから顔を上げて再度お願いしてきた。

「ギュラーサは人間と一緒に行動しています。すでに場所もわかっております。しかし今のこの世界では森の外は全て敵なのです。どうか、未來ある若き芽を救い愚か者に裁きをお願いいたします。報酬もお任せします。望むのであれば私をお好きなようにしても構いません!」

 一度深く平伏してから最後の言葉を強く言って顔を上げるリヴユールの表情から真剣さと言葉通りの覚悟が見えた。
 そこまで言われると悪役としてそうしてやりたいという欲が出るが非常に残念ながら我の剣はすでに無くなっているので好きにしてくださいという言葉は違う意味で利用するとしよう。

「…やれやれ、魔族である我にかの千里の巫女が頼るとは誇りも薄れたということか。悲しいものだな。」
「っ!彼女を悪く言うな!悪いのは人間至上主義を唱えた勇者だ!森の恵みをもらっておきながら全てを裏切った勇者こそ本当の敵なのだ!」

 首を振って伝えたことに壮年エルフが堪らず怒って怒鳴りつけてくるも我は前に歩き出す。
 一歩一歩と近づいていく中で彼はきっと感じているだろう。この甲冑から放たれる圧倒的とも言うべき存在感に。本能的に守ろうとリヴユールの前に立つ壮年エルフの間近まで迫ると見下ろす。

「名を、聞いておこう。」
「ぐ、グランディス…!」
「そうか、ならグランディス君。君は勇者が、勇者だけが嫌いか?」

 唐突な問いかけに目の前のグランディスはいきなり何を聞いてくるんだという表情をしてから口には出さず少し悩んでから答えた。

「この世界を救ってくれた時は憧れだった。でも、静かに暮らしていた俺達をたった一言で奴隷へと変えたあの男を!母と妹を死なせたあいつを!俺は絶対に許さない!」

 だから自分が憎むのは勇者だけだとグランディスは想いを込めて伝えてきた。
 初対面の相手にここまで感情を露にして言ってきたグランディスを前にリヴユールは急にどうしたのかしらと不思議に見ているが我は理由を知っている。何故なら我がそうなるように誘導してやったからだ。
 間近まで近づいた我はグランディスに闇属性の気をほんの少し当てた。闇属性はヒト族の心にある負の感情を表に出させる効果を持っているので彼はそれであそこまで言ってみせたのである。
 だがこれで少しほっとしたことがある。それは人間至上主義を唱え他種族を虐げた勇者のせいで勇者の仲間まで勝手な思い込みで全てのエルフやドワーフに恨みを抱かれているのかと心配していた。それでは全ての森を魔族から守ろうと戦った彼女がかわいそうだ。
 少なくともグランディスのように勇者だけに恨みを持つ者がいるということが知れただけでもありがたいことだ。
 ちゃんと返してくれたグランディスにそうかと呟いてから我は彼をどかしてリヴユールのすぐ前までくれば言ってやった。

「…どこにいるのだ?」
「えっ?」
「そのギュラーサなる愚か者はどこにいる?」

 我の問いかけでリヴユールは意味を理解すると表情を明るくさせて語ってくれた。
 ギュラーサの居場所、建物の位置、敵の数を聞いた我は頭の中でメモしてから背を向けると言う。

「言っておくが、これはそなたの依頼で動くのではない。今の情勢に不満がある者として動くのだ。故に向こうで何が起きようともどのような結果になろうともこの里の預り知らぬことと思えそして……」

 最後の方はテラスの方へと元きた道を戻るようにして扉を過ぎてから我は少し振り返って言った。

にまた来ると覚えておけ。」
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