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謎を解決しよう 2
しおりを挟む「レーゲンに吹き飛ばされたのだな」
気絶している蟻をツンツン突きながらヴェヒターがそう言った。
再び姿を現したレーゲンの主張では、この蟻こそが薬草を盗んだ真犯人なのだそうだ。
「ここ最近、レーゲンの通り道をウロチョロしていたそうだが、レーゲンにとって害はないので放っておいたそうだ。まさか盗みを働いていたとは知らなかった、と申しておる」
己の力で嫌疑を晴らしたレーゲンは満足そうだ。「お主ならばやれると信じておったぞ!」と都合よく濡れ衣を着せたことを無かったことにしようとするヴェヒターに対して別段怒っている様子もない。
なんだろうこの差。体が大きいと懐も深いのか。
腹を見せてピクピクしている蟻は、普通の大きさではない。わたしの腕くらいある大きさからいって当然魔生物、つまり魔蟻だ。
「蟻の魔生物なんて初めて見ます」
「こやつらはミミズどもより更に地中深くに巣をつくるからのぅ。熱に強く岩をも砕く顎を持ち、堅くて重い」
「……それ、もう蟻という定義から外れてますよね」
「そうかの?」
もしや魔蟲は普通の虫と外見とか多少似通っているだけでまったく未知の生物……?
ふとそんな疑問が頭に過ぎったが、わたしは学者でもないし興味もない。どうでもよい想像やら考察やらに思考を奪われるよりも目の前の現実に対処することの方が重要である。
「しかし、何故ここの薬草を狙ったのかのぅ。森でも山でも、自生しておるのを好きなだけ持っていけるであろうに。そう、これは新たな謎。名探偵・我!に対する挑戦状!!」
「まだ続けるんですか、それ…………」
謎とやらを解きたいヴェヒターが、数匹の魔蜂に命じて魔蟻を叩き起こす。
魔蟻はしばらくボンヤリしていた様子だが、のそのそと起き上がった。プルプルと頭を振ると周囲を見回し、己の置かれてる現状に気づいたのか後ずさる。
「さて、ルイン宅へ押し入り、薬草を盗んだ言い訳を聞かせてもらおうではないか」
ブンブン唸る魔蜂たちを従えたヴェヒターがふんぞり返って魔蟻へ迫る。
タジタジになった魔蟻だが、地面に開いた穴の前にはレーゲンが控えているために逃げ場はない。
諦めたように触角を揺らした魔蟻。「むむむ!」と唸りだすヴェヒター。
――――――ちょっと待った。
つい成り行きを見守ってしまったが、新たな魔蟲との接点なんて望んでいない。
魔蜂と魔ミミズ対魔蟻みたいな構図を前に、ようやく正気に戻ったわたしは慌てて制止を試みる。
「…………あの、もう薬草盗まないと言い聞かせてもらえればそれで――――「謎はすべて解けた!!」断言して大丈夫!?」
目を見開き突っ込んでしまったわたしに、ヴェヒターは「むふふん」と胸を張る。
「こ奴らの上位種が怪我でも負ったのであろう」
「え……」
思いもしなかった理由に、目を瞬いてヴェヒターと魔蟻を交互に見る。
「魔蟻は、光が届かぬ地底で行動できるよう構築されておる。闇の中でも地底の熱源から生じるわずかな魔素を吸収すれば動けるが、回復となれば話は違う。もっと多くの光の魔素が必要になる」
「ヴェヒターが小難しいこと言っている…………!」
傷を治す薬に使う魔素は朝露に含まれているものを使う。
それは、夜の間に男神の力が凝ったものに、朝の光が混じり始めた頃合いがもっとも良いとされているためだ。
魔素はあらゆるものに宿っているといわれている。自然に宿る魔素を取り込んで生物は生きているという説だ。それによれば、夜の男神と昼の女神の力が体の中で均衡を保つことが重要であり、偏れば病に繋がるとされる。だから、薬の多くは女神と男神の魔素を両方必要とするのだ、と教わった。
まさか魔蜂の口から同じような言葉を聞く日が来るとは、夢にも思わなかったなぁ!
「陽の光を受けた薬草で多少の効果があったのだろう。しかしそれでは到底足りぬ故に盗みを繰り返した、というところかの」
くふ、とヴェヒターが笑いを漏らす。
「レーゲンの力で豊かなこの畑の薬草を狙ったということは、そこらの薬草では最早効かぬ状態か。地上に出てくる力すらないどころか、的確な指示も出せぬのか? だからこその愚行か――――――――――だが、くふふ、我らの領域で蠢くとはの」
ひくひくと忙しなく触角を動かす魔蟻はどこか不安そうだ。
ところで、反論が無いというってことはヴェヒターの言い分当たっているのか?
名探偵とやらは謎解きに正解してんの?
気になって、ついじっと魔蟻を見下ろしていると、わたしの肩の上でヴェヒターも同じように魔蟻を見つめていた。
「土の上は我らが領域。土の下はレーゲンの領域。その中に、ようも紛れ込めたものよ。それほどに追い詰められておったか? それとも考えなしの下位種であるが故の暴挙か?」
感心したような口ぶりとは対照的に、ヴェヒターの纏う雰囲気は重苦しい。
ここへきて、そういやこいつら縄張り意識があるんだったということをようやく思い出した。
「レーゲンは害が無ければ気にせぬようだが、我は違う。我が領域を侵した愚か者には相応の罰を与えねばなるまいて…………」
くくく、と低く嗤うヴェヒターの羽が動き、その身体がひどくゆっくりと宙に浮く。
目を離せないのか、ブルブル震える魔蟻の頭がそれに合わせて上がっていく。
ヴェヒターの羽音が妙に大きく響く中、その細い脚の先が魔蟻に向けられ、高らかに声を上げた。
「ルインが名の元に成敗してくれるっ!!」
無言でヴェヒターを鷲掴みにし、革袋に入れ、頭だけ出した状態でキュッと口紐を縛った。
一連の動作は、我ながら実に滑らかだった。
「何をするのだ、ルイン」
不満な声を上げるヴェヒター。
……おいコラ、不満を訴えたいのはこちらの方だ!
「何故そこでわたしの名を出すんですか…………!」
「えー。でも指揮系統が緩んだ雑兵なんぞ害しか生まぬしぃー」
「後々わたしが恨まれたらどうしてくれるんですか!」
「そんなの殲滅するに決まってるしぃー」
簡単に言ってくれるが、それを鵜呑みにしてのほほんと生きていけるほどわたしは図太くも楽天家でもない。
魔蟲同士の抗争なんて御免である。
やるとしてもわたしに微塵も関係の無いところでやってほしい。
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