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革袋から触覚

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「ティオーヌさんはどの程度の鑑定が可能なんですか?」

 腹を括ったらちゃんとやるよ、わたし。
 改めてきっちり話をしようと問いかければ、思い出すような仕草をしつつ答える。

「そうね…。これは蜜飴の鑑定なんだけど……」

 わかりやすいようにと、サラサラと書いてくれた。


《甘味 ★★★★☆  酸味 ★★☆☆☆ 
 効果:ツィトローネの粉末によりビタミンC追加。風邪・壊血病等予防》




「………」
「………」

 二人で首を傾げる。

「………びたみんって何ですかね?」
「…ルインさんにもわからない?風邪はわかるけど、壊血病って何かしら……」

 よくわからないので放置。
 とりあえず、風邪は寒くなるとわりとみんなかかるからね。予防になるなら何よりじゃないかな。

「でも、蜜飴は高級甘味として売り出しているから、町の人は買えないのよね」
「そうですね」

 そこでツィトローネの粉末だ。
 その辺に生えている実なので、それで病気になる人が減るなら素晴らしいとティオーヌは笑う。

「それにしても、鑑定ってこういう感じなんですね」
「そうなの…。特に私のはよくわからない言葉があったりするからあまり役に立たなくて…」

 恥ずかしそうにつぶやき、ティオーヌは俯いた。

「……それにね、私の場合、その、口の中に入れたものしか鑑定できないの」
「へ?」
「だから、食べ物とかじゃないとできなくって……。手で触れれば鑑定できたりしたら、強さとかがはっきりわかってギルドカードに正確に反映できたんだけど……」

 溜息を吐くティオーヌは、もしかしたらそのことを負い目に感じているか、「ホント、役立たずなのよ」と苦く笑った。だからわたしも笑う。冗談めかして。

「そうですねぇ、冒険者の指とかいちいち口に含んでいられませんよね。手を洗っていなさそうだし」
「あら嫌だ、指なんて」
「ティオーヌさんの口に指を入れられるって聞いたら、長蛇の列ができそう」
「………列?」
「……………冗談ですから悩まないでください」

 「それで本当に鑑定できるかわからないし、何より秘密なんでしょう?」と告げれば、「ええ、そうね」と返ってきた。
 ……本気で止めておかないと、集客のために実行しそうで怖い……。


 
 



 ギルドを出ると、革袋から声をかけられる。

「ルイン、ティオーヌに何を協力するのだ?」
「…とりあえず、コルトゥラとクフェーナからツィトローネを粉末にする方法を聞いてほしいんですけど……」

 それを元に、人間がやりやすい方法を調合室で実験してみよう。

「それは我に任せるが良い。もっと研究すると良いぞ!花蜜は甘いだけではないのだ!」
「そうですかぁ…。でも花蜜って魔蟲たちいなくなったら手に入りませんしねぇ」

 事実だ。純然たる事実を述べただけだ。
 だというのに、ヴェヒターは衝撃を受けたかのように固まり、しおしおと革袋の中に入り込んでしまった。わたしから見えるのは袋の口から飛び出る触覚だけだ。

「……ヴェヒター?」
「………」

 なにこれ、わたしが悪いの?








 帰宅すると、魔蟲たちがお出迎えしてくれた。
 ところが、革袋を腰帯から外しても、その口を広げても、中身が出てこない。
 なんだなんだと集まってくる魔蟲たち。その中に半透明の小さなイルメルダの姿を見つけた。澄んだその目がわたしをジッと見つめてくる。

 ぐぅっ……。
 何故わたしが罪悪感を抱かないとならないんだ……!
 
 テーブルに夕食の準備がされていたので、椅子に座る。例によって膝には薄い布がかけられた。少し悩んだが、なんとなくその辺に放り出す気にならずに革袋をテーブルの端に置いた。
 今日はふんだんにミルクが使われたシチューとサラダ、そして焼き魚だった。こうした材料はわたしが買い出しに行って氷室に保管しているものや、庭の畑から使っているらしい。
 表面がパリパリに焼かれた魚の上に半分に切ったツィトローネの実を持つ蜂たちが飛んでくる。黙って見ていると、絞られたツィトローネの実から数滴液体が零れ落ちて魚にかかり、爽やかな香りがあたりに漂った。

「……ツィトローネは白身魚との相性が良いとクフェーナが申しておる」

 革袋から小さな声が聞こえてきたが、まだ触覚しか見えない。肩を竦めて、最近使い始めたフォークを魚に入れた。

「おいしい」

 どうやって焼いたのか、ぱりぱりした表面とふんわりした中身の差が楽しい。ツィトローネのおかげで、白身魚特有の物足りなさがなく食が進む。

 その日、ツィトローネの粉末の製法などについてコルトゥラたちから聞き取って伝えてくれたが、ヴェヒターはずっと革袋から出てこなかった。




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