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侵入者だと言われても

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『親愛なるルインへ

 お返事が遅れてしまってごめんなさい。
 ルインからお手紙をもらって、無事にライヒェンに辿り着いていたことに安心しました。
 
 お家の住み心地はどうかしら。
 とても古く手入れも碌にしていないので、女の子に貸すと告げた父からは難色を示されましたが、薬師が扱う器材が備え付けになっていたのでそこに決めました。たぶん使えるでしょう?壊れていたら諦めて買い替えてください。

 お家にあるものは自由に使って良いそうです。父曰く、永らく借り手がつかなかったため痛んでいるということですので、ルインの住みやすいよう手を加えてください。
 
 お友達ならば我が家に逗留してもらいなさいとも、もっと良い屋敷を紹介しなさいもと言われました。これで良いのだと言ってもわかってもらえません。
 まるでわたくしが意地悪であの家を紹介したかのように思われています。それもこれも、大きな屋敷は落ち着かない、大きな借りをつくるのも落ち着かない、できればすぐにお金を稼ぎたいというあなたの意見をわたくしが尊重した結果なので、魔蟲が出るくらいは我慢してくださいね。

 先日王都で神子様のパレードが行われました。
 遠目にも神子様はお美しく、儚くも優しげな微笑みに王都は熱狂に包まれました。その後、治癒術をかけてほしいという人間が増えました。まだ当分、神子様の治癒術人気は収まりそうもありません。わたくしもそろそろお休みが欲しいです。

                        キエラ・ユーセルフォン 』
 

 キエラも忙しそうだと不憫に思った。
 彼女自身は魔術師として働いている。わたしとは逆で引く手あまたであったが、手紙から想像するにひたすら治癒術をかけ続けるのが仕事になっているようだ。きっと内心毒づきながら仕事をしているに違いない。

「それにしても、魔蟲が出るくらいは我慢しろとか、住みやすいように手を加えてくださいとか書いてあるけど………」

 前回出した手紙には『家に魔蟲がいましたよ』的な文章を書いたのだが、さらりと流されたような感じだ。
 手を加えても良いとは、魔改造が織り込み済みで、魔蟲について言及しないのは、遠回しに『話題に出すな』と告げているのだろうか。

「魔改造しても良いし、家についていた魔蟲ヴェヒターも好きに使って良いってこと?」
               
 考えても当然答えはでないので、文面から読み取れた事実を採用しよう。うん。
仕方がないのだ。決して自分の都合の良いようにとっているだけじゃない。
 でもこの手紙は後々証拠となるであろうから大事に保管しておく。何事も保身は大事。

「でも、念のためにすぐわかってしまうような魔改造とか派手な問題行動だけは控えさせよう」

 ふと窓の外を見やると、見慣れた黒と黄色の縞々模様が目に入った。

「あれ、珍しいなぁ。外を飛んでいるなんて―――――――」

 思わずテーブルに両手をついて項垂れた。
 ……いつの間にかわたし、毒されている……!?
 魔蟲なんだから外を飛び回るのは自然。普通。日常。何も珍しい光景じゃない。
 自ら革袋に入って微睡んだり揺れ具合を楽しんだりする方がおかしいんだって……!
 ……いや、大丈夫。ここで気づけたんだから大丈夫。
 わたしは毒されてなんかない……!

 しっかり己に言い聞かせてから、息を吐いて身体を起こす。
 ヴェヒターだってたまには外を飛びたくなるのかもしれない。そう、ごく普通のことなのだ。
 
 まぁ正直なところ、こいつもう自然で暮らすことができないんじゃないかなーとか頭の片隅で思わなくもなかったわけじゃない。
 わたしの視線の先では小さな魔蟲たちがヴェヒターの元にどんどん集まっていき、庭の一角に降り立っていく。
 庭は立派な畑になっていた。何がどうしてこうなったのかまったく見当もつかないが、コルトゥラとクフェーナが手掛けた野菜畑と化したそこはこんもり繁っていてちょうど魔蟲たちの姿を隠していた。

 何か収穫でもするのかと見ていたら、魔蟲たちが宙に姿を現わす。その小さな脚にどう見てももがいている人間を引っ掴んで。

 悲鳴と泣き声が聞こえてきた。

 
 








 わんわんと羽音がするのは蜂の魔蟲がたくさんいるせいだ。
 彼らが見つめるその中央には宙づりにされた女の子とその女の子を取り返そうと手を伸ばす少年。よほど怖いことに遭遇したのか顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、蒼白を通り越して土気色だ。普通の蜂より大きな魔蟲たちに囲まれている彼は、庭に出て来たわたしに気づいていない。

 ヴェヒターがブーンと飛んできて、肩に止まる。子どもたちに声が聞こえないようにとの配慮なのかもしれないが、そんな気遣いに感心できるほどわたしの心は広くないし安らかでもない。

 深呼吸をして、波立つ気持ちを落ち着かせた。
 ……よし。

「ヴェヒター、……アレはなんですか?」
「む?」

 ヴェヒターが肩の上でちょこちょこ動いて身体を反転させる。その間、わたしは緊張に身をすくませていた。ごくりと自分の喉が鳴る。

「侵入者だ!」
「しんにゅうしゃ……」

 セーフ…?いや、アウトか……!?
 まだ判断はつかないが、最悪の想像だけは免れたようだ。

「……生贄か何かかと思いました」
「ルインはたまに面白き事を申すのぅ」
「…ふふ?ヴェヒターにはわからないかもしれませんが、まったく面白いことは言っていませんよ?」
「感性の違いかの?」

 たぶん違うが今はそんなことはどうでもよい。
 生贄用に捕らえてきましたと言われなかっただけでも、気分は大分上向いた。
 そんなこちらの気も知らずに、ヴェヒターは「我が縄張りに入ってくるとは命知らずめ!」とか言ってぷりぷり怒っている。
 
「縄張りとかあるんですか……」
「勿論だ!興味があるか?詳しく聞きたいか?」

 なんか弾んだ声だったのでお断りしたらシュンとした。
 ヴェヒターと話しているうちに、少年が落ちていた棒を拾って振り回し始めてしまった。魔蟲たちは容易く避けているが、万が一当たってしまって反撃してしまったらたぶん大惨事だ。
  
「わたしが話を聞きますから、魔蟲たちを落ち着かせてください」

 ヴェヒターにお願いしながら一歩足を踏み出したら、子どもたちを囲んでいた小さな魔蟲たちがザッと一斉に両脇に避けた。
 ……何その無駄な一体感。
 頬を引くつかせていたら、少年が絶望的な声で叫んだ。

親玉ボスが出た…!」



 誰が親玉だ。



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