陽と影の探偵部

瑳来

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浮気かもしれない事件

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ミンミンと蝉が忙しなく鳴いてる真夏。

 外は忌々しいほど晴れ晴れしていて太陽がハッキリと顔を出している。

 太陽とはだいぶ距離があるのに直に当てられてると思ってしまうくらい暑い。
 そんな中、この俺、影山(かげやま)玲音(れおん)は両腕いっぱいに色とりどりの封筒を抱え、校舎にある外廊下を歩いていた。
 暑さのせいで汗が頬につたるが拭えないのが気持ち悪く、自然と足取りが早くなってくる。

 外廊下を渡りきり隣の棟に移ると1番手前にある教室の半開きになった扉を行儀悪く足でこじ開けた。

「陽向さん。また今日もこれだけあなた宛てにって」
 俺が抱えてた封筒を中央に向かい合わせでくっつけて置かれている2つの茶色い木の机の上にバサッと雑に乗せた。
 上手く乗らなかった封筒がバラバラと机から零れ落ち俺はせっせと拾い上げる。

「陽向さん本当にモテますね。これ全部ラブレターですよ。たぶん」
 落ちた封筒を見る限りだとピンクやら白やらハートやらと恋情を連想させるような色合いばかり。 

 それにしても、さっきから返事がないな。

 俺は手に持ってる封筒を机の上に捨て、話しかけてる人の方へと向かう。

 その人は窓際の席で出入口に背を向けパイプ椅子にもたれかかっている。
 ある程度傍までよると心地よさそうな寝息が聞こえてきた。

 顔を覗き込むとコクコクと赤ぺこのように首を上下させながら寝ている。
 明るい茶髪に長いまつ毛、目鼻顔立ちは異常なくらい完璧に整っている美形。
 あの封筒の山はこの人のために送られたものだが、この顔を見ると納得するものがある。

「起きてください。もうすぐで依頼人が来ますよ」

 俺が優しく揺らすと彼は一度コクッと首を動かし目を開いた。
 寝ぼけているのか目が座っていてまだ上の空と言ったところだろうか。
 しばらくボーッとするとくわっと猫のような欠伸をし、腕をめいいっぱい真上に伸ばし勢いよく立ち上がった。

「あー、よく寝た!」
「あなた宛ての手紙は全て机の上に置きました。それと、もうすぐで依頼人が来ます」
「おう! さすが助手! 真面目だな!」
 ニッと笑顔を浮かべ親指を立てた。

 助手……まぁ、確かに俺は助手の立場であるかもしれないが、助手になったつもりはさらさらない。勝手にさせられたものだ。

 ここは探偵部。
 自称名探偵こと、高校3年の東雲(しののめ)陽向(ひなた)と俺、高校1年の影山玲音の2人のみが所属してる部活だ。
 ちなみに、陽向さんは自称名探偵だがみんなからは『顔だけの迷探偵』と呼ばれてる。
 この部活に顧問はいず、陽向さんの勢いで作り上げたものらしい。
 俺は前から推理小説が好きだったから興味本位で春に入ったものの探偵の仕事よりも陽向さんの恋愛事情に巻き込まれる方が多くて探偵らしい仕事を全くしてない。
 今日はやっときた久しぶりの依頼。こうみえて俺も結構気合が入ってる。

「それにしても、この大量の封筒、いつもどうしてるんですか?」
 暇を持て余した俺が聞くと陽向さんは「あー」と呟き大量の封筒の1枚を手に取った。
「これ、全部読んでるよ」
「はい?」
 思わず封筒と陽向さんを交互に見ると陽向さんはさも当然と言いたげな顔で窓の近くにある、ぺっちゃんこで何も入ってなさそうな肩掛け鞄を持ってきた。
 そして、折らないように取れるだけ取り、鞄の中に詰め込み出した。

「だって、折角僕に書いてくれたんだ。読まないと失礼だろ?」
 変なところで真面目というかお人好しというか、これがこの人の好かれるところだと思うのだが、さすがにこの量を読むのは薄い本1冊くらいはあるかもしれない。ざっと見た感じ封筒は30枚はある。それに1枚の封筒に何枚も紙が入ってると考えたら見た目よりももっと多いだろう。

「まぁ……そうかもしれないけど……」
 納得するようなしないような、そんなはっきりしない気持ちで言葉を濁すと陽向さんは封筒を詰め終わり鞄をまた窓際に置いた。

 トントン。

 丁度陽向さんが鞄を置いた時に教室の扉がノックされゆっくり開かれた。
 開かれた扉からまるでお化け屋敷にでも入るかのようなおどおどとした男子生徒が顔を覗かせている。
 ここに来るってことは依頼人かな?

「どうぞお入りください」
 依頼人の方に近づき開ききってない扉を開くと依頼人はビクッと大きく肩を揺らした。

「す、すいません。すいません」
 急かされてると思ったのだろうか。依頼人は早足で中に入った。そして、机の前に立つと目線を落とし、もにょもにょと指を遊ばせている。

「あーあ。玲音がお客様をいじめた~! いーけないんだー! いけないんだ!」
「はぁ!? えぇ」
 陽向さんはからかうように言ってきて、依頼人は、
「いえ! 違うんです! 僕が人見知りなだけで」
 と、手を横に振った。

「ほら!」
「冗談冗談。ところで、君が安藤(あんどう)光(ひかる)くん、かな? 高校2年の」
 安藤さんは陽向さんの言葉にコクッと頷く。俺は、中央の机の下に収まってる椅子を引いて座るように促した。
 陽向さんは向かい合うように前の席につき俺はさっき陽向さんが座ってた椅子を2人の近くまで持ってきてそこに腰をかける。

「助手君。お茶を用意してくれたまえ」
 久しぶりの依頼でテンションが上がってるのかいつもとは違う変な口調でふてぶてしく告げてくる。

「お茶なんて用意してないですよ」
「なら、買ってきてくれたまえ」
「はぁ!?」
「レッツゴー!」
 手を叩いて急かされ、俺は窓際に置いてある鞄の側面についてるポケットから長財布を抜き取り小走りで自販機へと向かった。


◇◇



 ーーガコンっ。

 よし、これでいいかな。
 ブレザーのポケットの中に長財布を入れ、自販機の取り口にある350mlのお茶を3つ手に持った。
 結露のついたひんやりとしたお茶が気持ちよくてついつい頬に当ててしまう。

 あー。冷たい。一生こうしてたい。

 のんびり歩いて曲がり角に差しかかった時曲がり角の向こうから足音が聞こえたと思ったらドンっと誰かにぶつかった。
 黒髪ショートの女の子。制服はここのセーラー服だが中学で指定されている水色のセーターと赤いリボンで中学生だとわかる。
 ここの学校は中高一貫なのだが、中学生は中学棟に基本いるためここにいるのは珍しい。

「ご、ごめんなさい」
「こっちこそごめ……」

 その女の子は急いでいるのか俺の言葉を最後まで聞かずに走り去っていく。

 あの子……真夏にセーターって暑くないのかなぁ。相当の寒がり的な? 他に考えられることは……いや、いいや。急ご。

 これ以上推理しても今は時間の無駄だと思い、さっきよりも少し早歩きで俺は部室へと向かった。


◇◇


 部室の扉の前までたどり着くと中からなにやら楽しそうな声が聞こえてくる。
 意外と早く打ち解けたみたいだな。
 横扉を開き、中に入る。

「おー! 遅そいよ! 助手君!」
「ありがとうございます! 玲音さん!」
「は、はい」
 どうしたら短時間でこうなれるのか、安藤さんの変わりようがすごい。
 安藤さんの前にペットボトルを置き、今度は陽向さんの前にペットボトルとお財布を置いた。

「お財布ありがとうございます」
「おう! ……て、え? おまっ! いつの間に取った!?」
 慌てて長財布のチャックを開け中身を確認している。ちなみに、残金は38円。

「俺をパシリにさせた陽向さんが悪いですよ」
「泥棒が出たぞ! この名探偵が推理してやる!」
「いや、もう犯人俺だってわかってるじゃないですか」
「あ、そうか。事件解決! ハッハッハ!」
 この人は情緒不安定か?
 謎に気を良くしたらしいが財布の警戒は厳重で直ぐにブレザーの内ポケットに入れた。

「それにしても、水でもかかったの?」
「へ?」
「ほら、そこめっちゃ濡れてる」
 指摘されたところに目をやると右肩から胸にかけて濡れていた。水に濡れた覚えはないし、強いて言うならぶつかった時のあの子の汗が着いたのだろうか。

 今日は暑いし、仕方ないか。

「そうですね。どこかで濡れたのでしょう」
 いちいち言うことでもないと思い、適当に流しながら自販機に行く前に用意した椅子に座った。

「んじゃ、そろそろ雑談は終わって本題と致しましょうか」
 陽向さんは急に真面目モードになり、若干前かがみになって両肘を机につき、顎の近くで指を絡めた。
 賑やかだった教室が水を打ったように静寂が流れ安藤さんがゴクッと生唾を飲んだ。

「まず、依頼内容を教えてもらおうかな」
「はい。その……さっき陽向先輩に話した彼女の事なんですけど。あの、浮気してるかもしれないんですよ」
 陽向さんが「ほぉ」と興味深そうに呟く。
 ドロドロの恋愛。いかにも今回は探偵っぽい依頼だ。

「なにか、浮気を匂わせる行動があったんですか?」
 俺が口を挟むと、安藤さんは眉間にシワを寄せ、ぎこちなく首を縦に振った。

「疑いたくなるような行為が3つあって、1つは単純に会ってくれなくなった。
 2つ目は俺がロング髪が好きって言っててずっとロングにしてくれてたんだけど、5日くらい前にショートになってしまった。
 最後はこの間すれ違った時俺とお揃いで買ったストラップが鞄についてなかった。です」

 簡潔にまとめてくれて、俺の中でも整理しながら情報を取り入れることが出来た。
 陽向さんは革風のあまり使ってなさそうな綺麗な手帳と綺麗な万年筆でサラサラとメモを取っている。

「よし! わかったぞ!」

 メモを取り終えたのか万年筆を乱暴に机に叩きつけ、陽向さんが立ち上がる。勢いがありすぎて陽向さんの座っていた椅子が後ろにガシャンと音を立てて倒れた。

「もうわかったんですか!? さすがは名探偵!」
 安藤さんが拍手で称えると、誇らしそうに鼻をさすりながらメモを見た。
 そして、酸素を全て取り込むように空気を深く吸い腰に手を当てる。

「ーーずばり浮気だ!」

「「……」」
 うん。まぁ、確かにその説はあるから否定は出来ないけど……他の解答を期待していた自分がいた。
 安藤さんもあまり納得いってないのか口を何度か開いたり閉じたりして返答を考えてるようだ。
 俺は倒れた椅子を元通りに戻すと、陽向さんは再び腰をかけ足を組んだ。

「僕の推理はこうだ。まず、会ってくれなくなったは単純に会えない理由があるから。つまり、浮気相手と会っている。
 2つ目の好みの髪にしてくれてたのにそれを変えたは、浮気相手の好みに合わせたとか、安藤くんに嫌われようとしてる。
 3つ目のオソロのストラップがなかったは、安藤くんとの絶縁を狙って外したか捨てたか。
 つまりーー」

 パチンと指を鳴らし笑顔を浮かべようとしたが、すぐに眉間にシワを寄せ険しい顔になった。
 おおかた、推理が解けて嬉しかったが、状況が状況のため笑えなかったのだろう。
 少し間をあけて芝居がかった雰囲気で重々しく口を開く。

「ーー彼女は浮気してる可能性が高い」

「そ、そう……ですよね……」
 安藤さんは初めに部室に入ってきたかのように元気がなくなり、目線を落として自嘲の笑みを浮かべた。

 可哀想なくらい落ち込んでしまってる。
 お節介かもしれないし、最終的に上げて落とすことになるかもだけど、無くない可能性だから助け舟を出そう。

 俺は「はい」と言って右手を上げた。

「それじゃあ、今度は俺の推理も聞いてくれませんか?」

 俺の挙手に陽向さんは首を縦に振り、安藤さんも藁にすがるような目で何度も首を縦に振った。

「俺の推理はあくまで安藤さんにとってはまだいいように捉えることは出来ると思いますが、そしたら彼女さんはかなり辛い思いをされてるでしょう」
「ど、どういうことですか……?」
 一抹の不安からか、安藤さんの呼吸が微かに荒くなる。

「俺は、こう推理しました。1つ目の証言からは陽向さんと同じで会えない理由があるから。
 違うのは2つ目からで、髪を切ったのは切らざるを得ない髪型にされた、もしくは追い詰められた。
 そして、3つ目のストラップの件は取られた。捨てられた。もしくは、取られないように自ら外した。
 つまりーー」

 俺は小さく空気を吸った。

「彼女は“いじめられてる”」

 一言一言をしっかり聞き取れるような声で結論を告げた。
「ひゅっ」という息を吸う音が聞こえ、安藤さんは顎をガクガクさせ目を見開いている。額からは汗が滲み首筋に伝った。

「う、嘘だ……」
「あくまで俺の推理です。気を悪くさせてしまったのなら申し訳ありません」
 膝に手を付き深々と頭を下げる。
 すると、今まで黙って聞いていた陽向さんが口を開いた。

「安藤くんの彼女ってここの中学生だっけ?」
「はい。そうですけど……」
「んじゃ、確かめるっきゃないっしょ」
 ポッケの中からスマホを取り出しポチポチと何かを打ち、耳に当てた。
 しばらくその状態でキープしている。

「あ、もしもし? さくちん? 僕だよ僕」
 言い方がオレオレ詐欺っぽいが、非通知じゃない以上本人ってわかってもらえるだろう。

「だから僕! しーのーのーめー、ひーなーたっ!」

 わかって貰えなかったようだ。

「今、依頼受けててさくちんからも聞きたいことあるからスピーカーにするね」
 耳からスマホを離し一度ボタンを押すと机の上に置いた。

「もしもし、さくちん」
『ん~? 聞きたいことってなぁに~?』
 電話の向こうからは優しげな少女の声がこちらに聞こえてくる。
 さくちんこと東雲(しののめ)咲音(さくね)ちゃんは陽向さんの妹でこの学校にいる中学2年生の子だ。俺も何回かあった事がある。

「あのね、中学生の間でいじめとか聞いたことない? 特に中3の中で」
『いじめかぁ……どうだろ……女の子のいじめは陰湿なものが多いからさ~』
 サラッと怖い事を言われ俺達全員表情を強ばらせた。
 ないなら、ないで言い切ってしまえばいいのだが断言できないくらいの可能性は微かにあるのだろうか。

『あ、でもね~、1個だけ聞いたことがあるんだけど~、1週間くらい前から中3の中でかなり酷いいじめがあるらしくて~、そのいじめられてる人が自殺未遂したらしいよ~』
「「「え……」」」
 時が止まったかのように俺達は固まった。
 スマホから咲音ちゃんが『おーいー。大丈夫~?』と言ってるのが聞こえるが喉がカラカラで声が出ない。

 ショート髪に……自殺未遂……中学生……真夏のセーター……汗……まさか……

「あの子か……」
「あの子……?」
 俺の呟きに陽向さんが反応したのとほぼ同時に安藤さんは真っ青な顔で立ち上がり、教室から飛び出した。
 その行動を見て俺と陽向さんも急いで立ち上がった。

「さくちんありがと!」
『う、うん~。よく分からないけど頑張ってね~』
 陽向さんはスマホの通話を切りポケットにしまいながら教室から出て俺もその後を追う。
 17時を知らせる町のチャイムが鳴り響き、それに負けないくらいの蝉が鳴いてる中、外廊下を走った。
 滝のように流れる鬱陶しい汗を腕で乱雑に拭う。走ってるせいもあるがこんな暑い中長袖を着るなんて……
暑いだろうに、半袖を着たいだろうに、本当は安藤さんと一緒にいたいだろうに……

 しばらく走っていると、俺が先程お茶を買ってた自販機のところに安藤さんが立っていて、その前に俺とぶつかったセーターの女の子が立っている。

 あ、やっぱり……

「光くん……」
「凛……どうして何も言わなかった」
 震える声で安藤さんが言い、凛さんと呼ばれる少女は口をキュッと閉じて目線を落とした。
 手が微かに震えている。

「聞いたんだ。お前がいじめられてるってこと。なんで早く言ってくれなかったんだよ!」
 興奮からか口調が荒くなり責め立ててしまっている。

「心配かけたくなくて……でも、いつか言おうと思ってたの!」
「心配かけたくないって……俺はお前より年上だ! もっと頼れよ!」
 お互いがお互いを思うばかりに言い争いがヒートアップしていてこのままでは本格的な喧嘩になってしまう。

「あ、あの……」
「しっ」
 俺が仲裁に入ろうとすると陽向さんが右手の人差し指を立て制止させさせられた。
 俺は素直に半歩下がり言葉をぐっと飲み込んだ。

「大丈夫。2人は大丈夫だから」
 2人の様子を見る限り大丈夫だと確信は持てないが、陽向さんの優しい微笑みを見ると大丈夫なんじゃないかと思えてくる。


 そんな陽向さんの2人を信じる思いが通じたのか、段々と2人の空気が柔らかくなり、最後にはお互い謝って終止符を打つ事が出来たっぽい。




「陽向先輩、玲音さん。ありがとうございました。お世話になりました」
「ありがとうございます」
 2人は落ち着くと俺達に向き直り深々と頭を下げた。
 心做しか言いたいことをめいいっぱい言えてスッキリした表情をしている。

「いいってことよ! この名探偵陽向様にかかればこんなところよ!」
 鼻をさすり、ドヤ顔で胸を張っている。
 子供っぽいその仕草に俺と安藤さんと凛さんで笑い合い、陽向さんは不思議そうに俺達を見た。

「それじゃ、失礼します」
「さようなら!」
 軽く手を振り安藤さんと凛さんは仲良く帰っていき、俺達はその後ろ姿を見えなくなるまで見守った。

「さぁてと! 僕達も帰ろっか」
 陽向さんは後頭部に両手を添えながらニッと笑みを浮かべた。
 真夏の太陽に負けないくらいの明るく暖かい笑みに思わず俺も釣られて笑みを浮かべていた。

「そうですね。帰りましょうか」

 俺達は荷物を取りに部室の方へと一旦歩みを進めた。

「玲音くんに飲み物奢ってあげたから、駅前のパフェ奢ってよ!」
「なにJKみたいなこと言ってるんですか」
「だって、パフェ食べたいんだもーん!」
「仕方ないですね」


 こうして、浮気かもしれない事件は無事解決したのであった。

◇◇

 ーー次の日。

 今日もまた部活の時間が来た。
 日課のように俺は両腕いっぱいに封筒を持ち落とさないように外廊下を歩く。
 今日は依頼が入ってなくてたぶん部活は暇になるだろうな。
 なんて事を思いながら嫌でも耳に入る蝉の合唱を聞いて隣の棟に入った。
 1番手前の部室に半開きになった扉を足でこじ開け、机の上に手紙を乗せる。

「陽向さん、今日も今日とてすごい人気ですね」

 俺の声を聞いた陽向さんはパイプ椅子から立ち上がり机の上を見た。

「でしょ~! にひひっ」
 白い歯を見せ照れたように後頭部をさすった。
 俺は肩を竦め机の下に落ちた封筒を拾い上げる。

「あ……」
「ん? どうした?」
 拾い上げた封筒の1つに見覚えのある名前が綴られていて、声を上げると陽向さんも俺の手元を覗いてきた。

「これ安藤くんじゃん!」
 テンションが上がった陽向さんは俺から手紙を奪うように取ると、さっそく開き始めた。
 俺自身手紙をちょくで貰ってるわけじゃなく、教室の後ろに作られた『探偵部への依頼ボックス』という名のダンボールの中に入れられてるのを持ってきてるためわからなかった。

「どれどれ……」
 手紙を開き陽向さんが音読し始めた。

「『探偵部のおふたりへ
 昨日は依頼を受けてくださりありがとうございます。凛とはあれから相談し、親と学校の先生に言うことにしました。これでいじめが無くなるかなんてわかりませんが、行動あるのみだと思ってます。
 本当に感謝申し上げます。
 安藤 光より』」

 読み終わると少しだけ開いた窓から涼しい風がヒューッと入ってきて机の上の封筒がバサバサと落ちた。
 人に感謝されるってこんな嬉しい気持ちになるんだなぁ。
 朗らかな気持ちで俺は手紙を拾い上げると、陽向さんは窓を全開に開き、また封筒が落ちた。

「だあ!! 折角拾ったのに何してくれるんですか!」
「いや、暑くて」
 真顔で言われ、俺は大きくため息を吐いた。
 俺の朗らかモードを返せ。
 封筒を拾うのを諦め、机に収まってる椅子を引き出し陽向さんの前に座る。

「で、今日は何をしますか?」
「んー、それじゃあ、今日は答え合わせとしよう」
「答え合わせ?」
 オウム返しで聞き返すと陽向さんは大きく首を縦に振った。

「昨日の事件。玲音は凛ちゃんと出会う前に安藤くんの彼女が凛ちゃんと気づいてたようだけど、その確信をもった部分を知りたくて」
 そう言えば、俺の言葉に地味に反応してたっけ。この人。

「わかりました。説明しますね」
 俺はコホンっと1度偉そうに咳払いをして、口を開いた。

「あれはですね。自販機に一度行った時に会ったからわかった事です。彼女はショート髪で自殺未遂をした中学生。
 ショート髪は見たままで、中学生というのもセーターとリボンの色でわかりました」
「それじゃあ、自殺未遂の部分は?」
 緊張感をもった面持ちでいつもより声を潜めて聞いてくる。

「ヒントはセーターです。初め会った時はただの寒がりかと思いましたがぶつかった時あの子の汗が俺のワイシャツについてしまいました。そんなに汗をかいてるなら寒いわけが無い。それなら脱げばいい。
 でも、脱げない理由がある。
 それはーー」

 俺は少し間をあけて核心部分をゆっくり告げた。

「ーーリストカットです。恐らく自殺未遂とはリスカで大量出血をはかろうとしたのでしょう。半袖だと跡が見えるのでセーターを着て隠してたんだと思います。その、中学って高校と違って校則が厳しいじゃないですか。なので長袖で隠すってなったらセーターを着るしかなかったんだと思います」

 陽向さんは余程驚いたのか口をポカンと開けて目を見開いている。

「ま、あくまで考察ですけどね」

 そこまで言い、背もたれにだらしなく寄りかかり両手足を「んー」と伸ばして脱力すると陽向さんはスタンディングオベーションをしだした。

 な、なに? 大袈裟すぎじゃない?

「素晴らしい! さすがは我が助手! 人間国宝級!」
「えっ!? それはないですよ!?」
 そんなに褒められると照れくさい。でも、悪い気もしないため複雑な心境で苦笑を浮かべ頬をかいた。

「ただ、あの子がなんで高校の方に来てたかはわかりませんが……」
 調子に乗ったのか余計な事まで口走ってしまうと、陽向さんはゴッホンと俺がやったみたいな咳払いをした。

「ーーその考察は僕が答えよう!」

「え、わかったんですか?」
 バカにするように聞くと、陽向さんはわかりやすくムッとした。

「わかったし! 名探偵の僕からしたらこれくらいお茶漬けさいさいだ!」
 おちゃのこさいさいですけど……なんて言うとまた話が長くなりそうだからやめとこう。

「凛ちゃんがここにいたのはもちろん、安藤くんに会いに来たんだよ。いい争いの中で『いつか相談しようと思ってた』って言っててそのいつかは昨日だったんだよ。そうじゃなきゃ、中学生がわざわざここまで来ないでしょ」
「な、なるほど……」
 意外と的確でまともな推理に驚きを隠せなかった。
 陽向さんは胸を張りふふーんと満足そうな笑みを浮かべてる。

「いやぁ、陽向さんって意外と考えるんですね」
「意外って何!? 意外って!」
 陽向さんは両手を握りしめ俺に抗議の声をあげる。
 この人ってなんだかんだ人をしっかり見てるんだよね。
 俺は「ははっ」と笑みを零すと陽向さんは口を尖らせて「むーっ」と唸った。

「それじゃ、喧嘩を止めなかった理由もついでに教えて貰えますか?」
 俺が聞くと、陽向さんは顎に手を当てて考える仕草をとった。
 深く頭を下げ、たっぷり考えるとボソッと呟いた。

「な、なんとなく……」

「なんとなくなの!?」
 思わずタメ口で聞き返してしまうと焦った様子で言葉を付け足した。
「あ、いや! その、僕が言うのもなんだけど、あの程度の喧嘩で破局するなら所詮その程度の関係だった。みたいな一種の賭けというかなんというか」
「それで、2人を信じてみた……と?」
 陽向さんはコクッと頷いて苦笑を浮かべる。
 でも、一理ある。あの程度とか言うと失礼だけど、もしこの先も長く付き合ってくなら喧嘩はつきものだ。
 そうなれば、自分達の事は自分達で解決しなくてはならない。
 陽向さんはあの短時間でそこまで考えて止めなかったのか……
 止めようとしてた俺はまだまだ詰めが甘かったな。
 今だけ心の中で陽向さんを過大評価すると、陽向さんはいつもの様に封筒を鞄の中に詰め込んでいて、俺もそれを手伝った。

 そんなこんなで今日の部活動はこれにて終了し、陽向さんのリクエストで2人で駅地下のパンケーキを食べに行った。
 ……いや、そろそろ甘いの飽きた。
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