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バッドエンドは突然に!?

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 どうしてこんな事になったんだろう?
 今日は第二王子が訪問する日ということで、朝から忙しく準備に追われていた。
 普段あまり感情を顔に出さないグラシアも、心なしかそわそわしている気がする。


 無事に王子をお迎えして、グラシアお気に入りの温室に二人で散歩に出掛けた後ろ姿を見送った時に事件は起こった。


──背後から感じる視線。ゆっくりと近づいてくる気配。
身構えて勢いよく振り返ると、そこにはひどく驚いた顔をしたカインが固まっていた。
胸の前まで持ち上げた両手は行き場のないまま何故なぜか指先だけが動いてる。


 ・・・変態か?変態なの!?その手で私に何をしようとしてたんだ、この獣!!と、心の中で乙女の叫びを上げる私の気持ちなんて微塵みじんも考えていないだろう。


「どうして気づいた?」
 前世は忍者ですから!なんて言えるはずがない。適当に理由をつけるのは簡単だけど、怪しまれると今後が面倒だ。


 学院に入学すれば攻略対象であるカインと顔を合わせる事も増える。よし、ここは話題を逸らそう。笑え、笑うのよ私。敵意のない聖母のような顔で。


「カイン様、本日のお約束はしていなかったはずですが、何か急を要することでしょうか?お嬢様でしたら、第二王子殿下とご一緒ですが」
 ・・・我ながらいい演技をしたと思う。これも前世の師匠から厳しく指導を受けた「忍者顔面七変化」のおかげだ!


「今日用があるのはグラシアじゃない。お前に用があって来た」
 え?私?私は何も用はないけど。
 とぼけた私の顔が相当おかしかったのか、ぷっと音を立てたカインが肩を震わせて笑い出した。
 なんて失礼な人なの!突然背後から襲おうとしたくせに!


 零れそうになった溜息をグッと我慢して要件を聞く事にした。
「どんな御用でしょうか?」
「俺に協力して第二王子の弱点を調べろ」


 ん?いやいやいや、突然何を言い出すんだこの人は。
 どうして私がそんなことを?
 乙女ゲームに強力プレイなんてありえないし、お断りします。


 ・・・なんて言えたら、少しはスッとするだろうか? 


「私はグラシアお嬢様のメイドです。失礼ですが、カイン様に協力するわけには・・・」
「断るつもりか?」
「・・・申し訳ありません」
「そうかそうか。断るのか。それなら仕方ないな。一度帰って先日の甘い紅茶の件を父上に相談するか。ただの使用人が伯爵家の息子に無礼を働いたとなれば、ただでは済まないだろうな」
 紅の髪を揺らし、カインは楽しげに夕焼け色の瞳を細めた。


 まずい。バレてる!?
 過ぎた事を持ち出して脅すなんて!鬼のような奴。


 ここで断れば、私は屋敷を追い出されるだろう。
 孤児院にも戻れなくなるかもしれない。
 売り飛ばされて、バラされて、臓器を売られるかも・・・!


 まだ十歳なのに、そんな人生あんまりじゃない!
 前世より短い寿命なんて絶対に嫌!!


「俺は心が広いから、お前にチャンスをやると言ってるんだ。協力してくれるよな?」
「喜んで!!」


 ・・・ハッ!口が勝手に・・・。
 カイン・ロクサーヌ、怖ろしい子・・・。


 こうして私は強引に協力させられる事になったのだ。

 お嬢様、私は無実です~~!!


 **********

 美しい庭園を抜けた先にある温室は、一年中薔薇が咲く特別な場所。
 亡き奥様がかけた魔法によって、植物の成長を助けている。咲いては散り、散ってはまたすぐに咲いてを繰り返す。


 そんな美しい薔薇園から出てきたのは、遠くから見ても気品溢れる二人。
 サラサラの金髪。見た人を虜にする翡翠ひすいの瞳。まだ幼いその人は、愛らしい笑顔が印象的な頭脳明晰の完璧王子。クリス・シュリンク、十一歳。


「絵になるなぁ・・・」
 うっとりとした声で呟く私の横で、カインは不満そうに舌打ちすると二人に背を向けドカッと木陰に腰を下ろした。


「それで、何か思いあたる事はあるのか?」
「え?」
「・・・第二王子の事だ」
「ああ・・・」
 とぼけた私の答えに呆れ顔で溜息を吐いた。


 完璧な王子様設定であるクリスの弱点なんて知るはずがない。クリスルートを攻略した私が言うんだから間違いない。
 だけどここで知らないと言えば、私の罪がおおやけになる可能性がある。
 悪役令嬢より早いバッドエンドなんてある!?


 人差し指を頭にあて、必死に知恵を絞り出そうとしても何も浮かんでこない。
 このままだと命に関わる。何か・・・何かないの?


 その時、メイド達から聞いた話を思い出した。
「そういえば、殿下はあまり甘いものを召し上がらないと聞いた事があります!」
「甘いものか・・・」


 口元に手をあてしばらく何か考える素振りをしたカインが顔を上げ、パチンと指を鳴らすと白髪に白い髭を生やした老人が気配もなく現れた。


「お呼びでしょうか。坊ちゃま」
「忍者!?」
「忍者ってなんだ?」


 驚き声を上げた私をいぶかしげに見つめるカインに、両手を顔の前でブンブンと振り全力で誤魔化した。


 危ない危ない。この世界に忍者は存在してないんだった。
 前世の記憶があるのも良し悪しだ。


「適当に理由をつけて、俺からだと甘いものを出すようグラシアのメイドに伝えろ」
かしこまりました」
「あ、それなら私が!」


 今が逃げるチャンス!そそくさとその場を立ち去ろうとカインに背を向け一歩踏み出したはすが、力強く腕を引かれ再び引き戻された。


「ついでに、コイツは俺が借りてると伝えろ」
「えぇ!?ちょっと・・・!」


 一礼して屋敷に向かい歩き出す背に、助けを求めて伸ばした手が届く事はなかった。

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