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魔法使いと魔獣士

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 レイヴンについて行くと、そこは校舎から離れた場所。
 生徒達がお茶を楽しめるよう、テーブルや椅子が幾つもの設置してある所だ。


 椅子に腰掛けたレイヴンが足を組み
「突然すまない。ステラグレイ公爵とは昔からの縁でな。後で話は通しておくから心配するな」
「はぁ・・・」
 状況が飲み込めない私は、間の抜けた返事をするしかなかった。


「フランソワ・バーネット。無闇やたらと魔法を使うアイツを今日こそ捕まえて反省させなきゃならねぇ。お前にはその協力をしてもらう」
 眉間に深い皺を刻み、レイヴンは深刻そうに言った。


 エクレール学院は魔法を学ぶ場所ではあるが、まだ未熟な生徒達が誤った使い方をしないよう、緊急時以外の魔法の使用は禁止されているのだ。


「私は何をしたらいいんですか?」
 恐る恐る問い掛ける私に、レイヴンは肩を揺らして笑った。


「取って食おうってわけじゃねぇ。心配するなと言ったはずだ」
 隣の椅子に向けて顎をしゃくり上げ座るよう促されると、私は軽く会釈をして腰を下ろした。


「俺が餌を撒いて誘き寄せる。まんまと罠にかかった所で、お前にはアイツに手枷をつけてほしい」
「手枷、ですか・・・?」
「そうだ。魔法で作った特別な手枷で、外すまで魔法は使えないようになっている」
「それなら私よりレイヴン様がやった方が確実なのでは?」
「俺が出ればアイツはまた魔法を使って逃げる可能性があるからな。影からサポートはする。頼んだぞ」


 作戦を聞いても不安しかない私は、返事ができずに手元に視線を落とした。
 その時だった──


「そんな事言って、裏でサポートするのは僕なんでしょ?マスターは動物使いも荒いんだから」


 顔を上げ、声がする方を見て私は固まった。
 いつの間にやらレイヴンの肩の上にはふわふわの白猫が乗っているではないか。
 ベストを着て、蝶ネクタイをつけた白猫は、ちょこんと座ってレイヴンに不満げな視線を送っている。


 目を閉じて何も言わないレイヴンに、白猫はやれやれと首を横に振った。
 そして固まったままの私を見て、ぴょんとテーブルに飛び移ると前足を揃え長い尻尾を左右に揺らして

「やぁ、お嬢さん。僕はリオン。マスターの代わりに僕が君のサポートをするから、何も心配しなくていいよ!・・・って、聞こえないか」
 困ったように笑い背を向けてしまった。


 私は慌てて立ち上がり

「いえ、聞こえています!すみません。突然姿が見えたから、驚いてしまって」

 と、必死に弁解した。


 その時、ふわふわの白耳がピンと立ち、振り返ったリオンは大きな目を更に見開いた。
 おかしな事を言ってしまったのかと助けを求めレイヴンを見ると、こちらも目を見開いて固まっている。


「リオンが何を話しているのか理解しているだと・・・?」
 困惑するレイヴンに疑問は増えるばかりだ。
 小さな動物だからといって、目の前にいるリオンの声が聞こえないはずがない。


「言っている意味が分かりません・・・。目の前にいるこの子の声が幻聴だとでも言うのですか?」 
「お嬢さん、ちょっと失礼」


 間に割って入ってきたリオンが小さな前足で私の手に触れて

「うーん・・・。魔力は感じられないね」
「なら、この状況はどう説明するんだ」
「簡単に片付けるなら、マスターと同じ特異体質って事じゃないかな」


 口を挟む隙もなく訳も分からないままどんどん話が進み、このままでは当初の目的も忘れただの雑談会になってしまうのではないかと感じて、私は両手をパンと合わせ会話を遮った。


「ちゃんと分かるように説明してください、お願いします」


 リオンと顔を見合わせレイヴンが溜息をつき、説明を始めた。


 何でも、この世界の中でも普通動物とは話せないらしい。
 レイヴンがリオンと話せるのは、多すぎるレイヴンの魔力をリオンに分け与えているから。

 だけど、動物と話ができる存在が特例というわけではないようで、『魔獣士まじゅうし』ならば可能だという。
 学院に通う生徒達は、全員魔力を持つ魔法使いの分類になる。
 魔獣士は魔力を持っているが、魔法使いとは違う魔力なので魔法は使えない。


 動物達の中にも僅かだけど魔力を持っている子がいて、その動物と魔獣士、お互いの魔力を合わせて会話ができるのだそうだ。

 魔獣士は動物と契約をして戦ったりもできるらしいのだが、ここで私の頭の容量が限界を迎えた。


「つまり、私がその魔獣士の可能性が高いということですね!」
 私は力強く拳を握り締め得意気に言った。


 ただのモブで名前もない脇役メイドだったクローネが、なんと動物達を操る魔獣士だったのだ!誰が予想していただろう。
 これからは動物達とじゃんじゃん契約して、あーんな事やそ~んな事を・・・って、これじゃあ私が一番悪役っぽいよね!?


 顔面蒼白になり頭を抱える私に一言

「いや、お前は魔獣士ではない」
 と、レイヴンに切り捨てられた。


「お嬢さんは魔力がないからね。本来スタートラインにも立てない存在だよ」
 容赦なく突き刺さるリオンの言葉に思わず左胸を押さえた。


「だけど本当に不思議だね。マスター以外は、僕が魔法を使わないと言葉を理解してもらえない。それも魔力を持つ者に限る事なんだよ」

 尻尾の先をくるんと回して首を傾げるリオンが、好奇心いっぱいの瞳をキラキラとさせている。


「その話は後回しだ。話が逸れたが、今はフランソワ・バーネットを捕まえる事が先だ」


 席を立ったレイヴンの肩にリオンが飛び乗り、私は歩き出す背に手を伸ばして

「そういえば、フランソワ様を誘き寄せる餌とはなんですか?」

 ずっと気になっていた事を問いかけた。


「とっておきだ。アイツが喉から手が出るくらいのな」

 不敵な笑みを浮かるレイヴンに、リオンは呆れたように尻尾を下げた。


 私は数歩後ろを歩き、青空を見上げ一気に詰め込まれた情報を整理していた。
 魔法使いの魔力では、動物達の声は聞こえない。
 それなら、グラシア達にも聞こえないという事だ。


 ──それは、ずっと一緒にいたルゥの言葉も届いていなかったはず。

 ルゥは分かっているのだろうか。
 私の心に小さな痛みが走った。
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