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決着
しおりを挟む今なら分かる。
師匠の言ってた意味。そして、このクナイの使い時も。
「師匠。私はやっと、進めそうです」
クナイをグッと握り締め、吹きつける風の中を歩き出した。
一歩、また一歩と進みレイヴンとクラリスの間を通り、更に前へ出る。
「危ない!下がるんだ、クローネ!」
「死にたいのか!戻れ!!」
二人の言葉が、私は一人じゃないと背中を押してくれる気がする。
黒い闇に向かっているのに、恐怖心はなかった。
「大丈夫。私にも、守りたいものがありますから」
守りの盾と混沌の闇がぶつかる狭間で私は立ち止まり、クナイに額をあてて目を閉じた。
「どうか、見守ってください」
「「クローネ!!」」
「いきますッ!!」
私は腰を低くして構え、しっかりと前を見据えた。
黒い闇の更に向こう。
魔黒石の光を見るんだ。
意識を集中して目を凝らす。
──見えた!!
「そこだアアァァーー!!!」
全力で投げたクナイは空を飛ぶ鳥のように力強く、闇を切り裂き一直線に魔黒石を打ち砕く。
「何ですの・・・?」
パリン
黒い大きな渦は消え去り、アイビーが手にしていたはずの魔黒石はみるみる崩れ、やがて灰となって消し飛んでしまった。
「私の・・・私の希望が・・・そんな」
アイビーの全身は震え、何もない掌を見つめてか細い声で呟くと、膝から崩れ落ちた。
「終わったの・・・?」
私はまだ実感がなく、どこか他人事のような気がしていたが、唐突に疲労感に襲われその場に座り込んだ。
ああ、終わったんだと後ろを見ると
「ありがとう、クローネ。助かったよ」
「ああ、よくやった」
「もうヘトヘトだよ~」
「はい。ですが、全員無事で何よりです」
みんな限界まで力を使ったのだろう。
疲れきった様子だったが、全員笑顔だった。
安堵の吐息を漏らして見上げた空は、澄みきった青。
少し休んだら帰ろう。
心配させてしまっているから、早く帰りたい。
「許しませんわ。貴女だけは絶対に・・・」
憎しみを込めた低い声にハッと正面を見ると、髪を振り乱して目を見開いたアイビーがいた。
「死んで償ってくださいな」
私が投げたクナイを両手で握り締め、高く振り上げた。
「クローネ、逃げて!」
クラリスの声が遠くに聞こえる。
頭は上手く動かない。まるでスローモーションのようにゆっくりと振り下ろされるクナイを、私は眺めているしかできなかった。
死を覚悟した、その時──
「こ、これは・・・?」
アイビーの動きが止まった。
左胸を狙ったクナイは後少しの所で届かず、切先からは真っ赤な血が滴り落ちている。
私は状況が理解できないままクナイを辿り、原因を探った。
すると、アイビーの腕には薔薇のツルが巻き付いて無数の棘が刺さり、そこから血が流れているではないか。
「この魔法は、まさか・・・!」
「そこまでよ、アイビー」
アイビーの後ろからやって来たのは、学院にいるはずのグラシアだった。
その後ろからアッシュに乗ったアルバートもやってきた。
「カイン様、お助けに参りました!」
「俺様もいるぜ!!美しいお嬢様とデート気分が、こんな老いぼれを乗せたせいで台無しじゃねぇか!!後で責任は取ってもらうからな、カイン!!」
「お嬢様・・・」
「何故?どうしてですの、お姉様!お姉様の妹は私だけですのに」
立ち上がったアイビーは、クナイを投げ捨てグラシアに詰め寄った。
腕に巻きついていたツルは消え、痛々しく鮮血が流れている。
二階の観客席から飛び降りたクリスが二人の間に割り込み
「グラシア、下がってください!」
グラシアを自分の背に隠して言った。
「平気です、クリス様。少し話をさせてください」
クリスの後ろから出てきたグラシアは、真っ直ぐアイビーを見つめていて、空色の瞳に曇りはなかった。
不安を残しつつ、グラシアに言われてはクリスも渋々と引き下がり、私達はただ見守る事にした。
「ずっと、考えていたの。貴女の顔を見たらまず何を言おうかと考えていたけど、駄目ね。考えれば考えるほど分からなくなった」
「私は・・・私はただお姉様といたかっただけですわ。それの何がいけませんの!」
グラシアはアイビーの手を取り、腕から流れる血をハンカチで優しく拭き取って
「それが誰かを傷付けていい理由にはならないわ」
そっと腕から手を離した。
「ここからは姉としての独り言よ。・・・貴女は許されない事をした。だけど、無事な姿を見られて安心したわ」
そう言うと、アイビーの横を通り過ぎて
「アイビー、自分の犯した罪ときちんと向き合いなさい」
グラシアは私の前で止まり、手を差し伸べた。
「もう大丈夫よ」
「お嬢様、ありがとうございます」
「アイビー、貴女を拘束します」
「どうして。私は、こんなにもお姉様を愛していますのに。どうして・・・」
アルバートによって後ろ手に拘束されたアイビーは、独り言のように同じ言葉を繰り返し項垂れた。
私はグラシアの手を借りて立ち上がり、これで良かったのかとぼんやり考えていた。
抵抗できないようアイビーは魔法で作った手枷を嵌められた。
こうして物語はエンディングへと向かい始めたのである。
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