上 下
56 / 65

決着

しおりを挟む

 今なら分かる。
 師匠の言ってた意味。そして、このクナイの使い時も。


「師匠。私はやっと、進めそうです」


 クナイをグッと握り締め、吹きつける風の中を歩き出した。
 一歩、また一歩と進みレイヴンとクラリスの間を通り、更に前へ出る。


「危ない!下がるんだ、クローネ!」
「死にたいのか!戻れ!!」


 二人の言葉が、私は一人じゃないと背中を押してくれる気がする。
 黒い闇に向かっているのに、恐怖心はなかった。


「大丈夫。私にも、守りたいものがありますから」


 守りの盾と混沌の闇がぶつかる狭間で私は立ち止まり、クナイに額をあてて目を閉じた。

「どうか、見守ってください」
「「クローネ!!」」

「いきますッ!!」


 私は腰を低くして構え、しっかりと前を見据えた。

 黒い闇の更に向こう。
 魔黒石の光を見るんだ。

 意識を集中して目を凝らす。

 ──見えた!!


「そこだアアァァーー!!!」


 全力で投げたクナイは空を飛ぶ鳥のように力強く、闇を切り裂き一直線に魔黒石を打ち砕く。


「何ですの・・・?」


 パリン


 黒い大きな渦は消え去り、アイビーが手にしていたはずの魔黒石はみるみる崩れ、やがて灰となって消し飛んでしまった。


わたくしの・・・私の希望が・・・そんな」


 アイビーの全身は震え、何もない掌を見つめてか細い声で呟くと、膝から崩れ落ちた。



「終わったの・・・?」


 私はまだ実感がなく、どこか他人事のような気がしていたが、唐突に疲労感に襲われその場に座り込んだ。


 ああ、終わったんだと後ろを見ると

「ありがとう、クローネ。助かったよ」
「ああ、よくやった」
「もうヘトヘトだよ~」
「はい。ですが、全員無事で何よりです」


 みんな限界まで力を使ったのだろう。
 疲れきった様子だったが、全員笑顔だった。


 安堵の吐息を漏らして見上げた空は、澄みきった青。

 少し休んだら帰ろう。
 心配させてしまっているから、早く帰りたい。



「許しませんわ。貴女だけは絶対に・・・」


 憎しみを込めた低い声にハッと正面を見ると、髪を振り乱して目を見開いたアイビーがいた。


「死んで償ってくださいな」


 私が投げたクナイを両手で握り締め、高く振り上げた。


「クローネ、逃げて!」


 クラリスの声が遠くに聞こえる。

 頭は上手く動かない。まるでスローモーションのようにゆっくりと振り下ろされるクナイを、私は眺めているしかできなかった。


 死を覚悟した、その時──

「こ、これは・・・?」


 アイビーの動きが止まった。



 左胸を狙ったクナイは後少しの所で届かず、切先きっさきからは真っ赤な血が滴り落ちている。


 私は状況が理解できないままクナイを辿り、原因を探った。
 すると、アイビーの腕には薔薇のツルが巻き付いて無数の棘が刺さり、そこから血が流れているではないか。


「この魔法は、まさか・・・!」
「そこまでよ、アイビー」


 アイビーの後ろからやって来たのは、学院にいるはずのグラシアだった。
 その後ろからアッシュに乗ったアルバートもやってきた。


「カイン様、お助けに参りました!」
「俺様もいるぜ!!美しいお嬢様とデート気分が、こんな老いぼれを乗せたせいで台無しじゃねぇか!!後で責任は取ってもらうからな、カイン!!」


「お嬢様・・・」

何故なぜ?どうしてですの、お姉様!お姉様の妹は私だけですのに」


 立ち上がったアイビーは、クナイを投げ捨てグラシアに詰め寄った。
 腕に巻きついていたツルは消え、痛々しく鮮血が流れている。


 二階の観客席から飛び降りたクリスが二人の間に割り込み

「グラシア、下がってください!」

 グラシアを自分の背に隠して言った。


「平気です、クリス様。少し話をさせてください」


 クリスの後ろから出てきたグラシアは、真っ直ぐアイビーを見つめていて、空色の瞳に曇りはなかった。

 不安を残しつつ、グラシアに言われてはクリスも渋々と引き下がり、私達はただ見守る事にした。


「ずっと、考えていたの。貴女の顔を見たらまず何を言おうかと考えていたけど、駄目ね。考えれば考えるほど分からなくなった」
「私は・・・私はただお姉様といたかっただけですわ。それの何がいけませんの!」


 グラシアはアイビーの手を取り、腕から流れる血をハンカチで優しく拭き取って

「それが誰かを傷付けていい理由にはならないわ」

 そっと腕から手を離した。


「ここからは姉としての独り言よ。・・・貴女は許されない事をした。だけど、無事な姿を見られて安心したわ」


 そう言うと、アイビーの横を通り過ぎて

「アイビー、自分の犯した罪ときちんと向き合いなさい」


 グラシアは私の前で止まり、手を差し伸べた。


「もう大丈夫よ」
「お嬢様、ありがとうございます」


「アイビー、貴女を拘束します」

「どうして。私は、こんなにもお姉様を愛していますのに。どうして・・・」


 アルバートによって後ろ手に拘束されたアイビーは、独り言のように同じ言葉を繰り返し項垂うなだれた。


 私はグラシアの手を借りて立ち上がり、これで良かったのかとぼんやり考えていた。


 抵抗できないようアイビーは魔法で作った手枷を嵌められた。

 こうして物語はエンディングへと向かい始めたのである。
しおりを挟む

処理中です...