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意識
しおりを挟む寮に戻ると長い廊下を進んで部屋に向かっている途中
「あれ?クローネじゃない!珍しい!」
談話室から呼び止められて立ち止まった。
そこには四人のメイドがテーブルを囲みお茶会を楽しんでいた。
「こんな時間にどうしたの?」
「時間があるなら、少し一緒にどう?」
「美味しいクッキーがあるわよ」
レイヴンの手伝いを始めてから、メイド仲間達と過ごす時間はなくなっていた。
何だか懐かしい。
「じゃあ、少しだけ。あ、その前に荷物だけ置いてきます!」
私は急いで部屋に入り、レイヴンからもらった紙袋を椅子の背もたれに立てかけてすぐに部屋を出た。
気の合う者同士が集まれば、話題は尽きる事なく賑やかな声は廊下まで響いている。
談話室に入ると空いている席を勧められ、温かい紅茶も用意されていた。
「それにしても、二年なんてあっという間ね。みんな卒業後はどうするの?」
「私は家に帰るの。そろそろ結婚の準備をしなくちゃ」
「結婚か~。私にも魔力があれば、学院の生徒になって良い出会いがあったのになぁ」
「こればっかりは縁よね。だけど、クローネは良いわよねぇ」
「え?私ですか?」
クッキーを目の前に大口を開けていた私は、唐突に話を振られ目を丸くして首を傾げた。
「クローネにはカイン様がいるじゃない!」
「そうよそうよ。羨ましいわ~!」
メイド達はうっとりとした顔をして頰を赤らめた。
どうしてここでカインの名が出たのか分からず理由を聞こうとしたが、目の前にある誘惑に負けて私はクッキーを頬張った。
「カイン様って、男らしい方よね~」
いいえ、違います。
昔、あっという間に掌返しをして私を脅した男です。とは、言えるわけもなく私は無言でクッキーを食べる事に専念した。
「そういえば、クローネにも不思議な力があるんでしょ?お似合いじゃない」
「・・・いえ、実は」
隠し通せるものじゃない。早めに自白してしまおうと切り出した時だった。
「いつまで休憩しているの!主人が勉学に励んでいるのに、使用人達がこんな所でダラダラ休んでいると知ったら大問題なのよ!」
談話室に入ってきた寮母は口をへの字に曲げて腕を組み、私達を厳しく叱りつけた。
長いお説教が始まる前に全員で素早く片付けを終わらせ、お茶会は終了したのだった。
久々のメイド仲間達との時間は楽しくて、重い気分も吹き飛ばしてくれた。
部屋に戻った私は腕捲りをして
「よし!掃除しますか」
気合いを入れて掃除に取りかかる事にした。
窓を開け放ち箒を手に持った時、ふと椅子に立てかけた紙袋が目に留まった。
私は紙袋を持ち上げて椅子に腰掛けると、何が入っているのかと片手を差し込んだ。
出てきたのは、一冊の本と縦長の缶だった。
「これ、薬草の本だ」
文化祭の頃から私は薬草に興味を持ち、森エリアでいろんな種類の薬草を集めていた。
レイヴンはそれを知っていてくれたんだ。
無意識に頰が緩んでしまう。
軽い缶を振ってみると、サラサラと音がする。
慎重に蓋を開けて、中を覗き込んだ。
そこには、レイヴン特製の茶葉と小さな紙が入っていた。
その文字を読んだ瞬間、熱いものが込み上げて目の前は滲んで見えなくなった。
「体には気をつけろ」
一言だけかかれた紙は、手紙とは言えないメモ書きのようで。
だけど十分に、優しさが込められていた。
「こんなにたくさん、飲めるわけないじゃないですか・・・」
溢れ出した想いは、もう止められない。
次々と零れる涙が、ズキズキと襲う胸の痛みがこの感情の答えを教えてくれるようだった。
どうして私は、いつも後になってから気付くのだろう。
──好きになってたんだ。
いつの間にかこんなに、レイヴンが好きになっていたんだ。
大切な人からもらった贈り物を抱きしめて、私は声を押し殺して泣いた。
初めて貴方を見たのは、フランソワを追いかけている時でした。
銀色の髪を靡かせて走る姿を今でもはっきりと覚えている。
雨の日に傘を差し出してくれた事もあった。
急いで出てきたのだろう。
研究室の方から歩いてきたレイヴンは、傘を差しているはずなのに随分濡れていて、傘だって一本しかなかった。
一緒に見上げた夜空は、ずっと忘れられないだろう。
星みたいに綺麗な金色の目を持っているのに、手を伸ばして空を見上げる姿が何だかおかしかった。
あの日はいろんな表情を見せてくれて・・・実は少しだけ、優越感に浸っていたかもしれない。
レイヴンとの思い出が、次々と頭の中を駆け巡る。
私がもっと早くに気付いていたら、何か変わったのかな?
さっきまで顔を見て、声を聞いていたのに、どうして今は遠いんだろう。
──好きです。好きなのに、こんなにも胸が痛い。
次々と溢れる涙が頰を伝い、床に染みを作っていた。
一度意識したこの想いは、もうなかった事にはできない。
引き返せない。
レイヴンを知らなかった頃の自分には、きっともう戻れないんだ──
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