進まない物語

赤猫@alice

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進まない物語

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『はぁ~、ビジュ良すぎ』
『尊いわぁ~』
『待って、無理』
『なんも考えられん』
『しんどいわぁ……』

何故、好きな人を見ると語彙力がここまで下がってしまうんだろう。
誰かと会話をしている訳ではないのだ。
全て頭の中で私一人が喋っている。

遠くから見ているだけで、こんなに思考力と語彙力が低下してしまっているのだから、目の前に立って、会話なんてしたら、どうなってしまうんだろう……。
そう、遠くから見ているだけで……。

偶然同じ時間帯に同じ電車に乗る彼を、私は離れた場所から見ているのだ。今日もまた……。

毎日の通学電車。ラッシュに重ならない様に少し早めの電車に乗ると、席に座る事ができてゆっくりと本を読む事もできる。

本好きの私には堪らないひと時だったのたが、ある日、何気なく読んでいた本から目を上げると反対側の入口に美少年が立っていた。
ファンタジー作品を好んで読む私はマジで王子様がいるのかと思った。(現代の電車の中にw)

サラサラの髪の毛。
長いまつ毛。
鼻筋が通った横顔。
色の白い肌……。

一瞬見ただけでも情報量が多すぎて、もはや思考が停止してしまい、彼から目が離せなくなった。
頭の何処か片隅では
『ずっと見てるのは失礼。早く目を逸らさなきゃ……』
と思っている筈なのに、もう彼に釘付けになっている。私はまるで魔法でも掛けられたかのように目を逸らす事すらできなかった。
(あれっ?王子様じゃなくて魔法使いだったのかな?目を逸らせない魔法がかかっているのかな?)

とにかく『目を逸らさなきゃいけない』という微かな理性(?)が勝って、なんとか読んでいた本に目を戻す事ができた。……が、字を目が追っているだけで全く内容が入ってこない。
『何処の学校だろう?歳上?歳下?……もしかして、今までも同じ電車のに乗ってたのかな?』
彼を初めて見つけたその日、私は本を開いたまま、もう読書に戻る事はできなかった。

─次の日─
昨日、途中になってしまった本を開き、数行読んだところで私の意識は本から離れてしまった。
『あぁ、昨日は凄い人を見たなぁ。この前まで読んでた本の王子様ってきっと、あんな感じかも』
昨日の奇跡の様な出会いを噛み締めていると、視界が少し明るくなった様に感じた。ハッとして顔を上げるとまた、昨日と同じ位置に彼が立っていた。

『えっ?今日も会えた。……じゃあ、今までも乗ってたのかな?もし、今までも乗ってたなら、今まで損してたぁ……』
私の頭の中は今日も大騒ぎだ。元々空想好きで本を読むのが好きな私は、一度スイッチが入ってしまうとセリフの様にいろんな考えが行き交っている。
やはり今日も美しい彼の横顔から目が離せなくなっている。
今日も私が読んでいた本は開いたきり読めていない。

─次の日─
『2日連続で彼を見れたって事は、今日も見れるのかな?』
3日目の朝、そんな事を考えていたが、そんなもんじゃなかった。


今日で2週間。平日の学校がある日の電車はずっと一緒だった。
おとぎ話や漫画の世界ならば【コレってもしかして、運命?】(キラキラ)……なんて効果音までつけて考えてしまうけど、まだちょっとだけまともに考える力が残っているようで
『【コレってもしかして、運命?】……、いやいや、たまたま通学電車が同じだけ。登校時間が同じだけ。……ラッキーなだけ』
私は舞い上がってしまわない様に何度も自分に言い聞かせる。

彼はいつも同じ車両のドア付近に立っている。進行方向の手すりに背中を預けて寄りかかり、いつも窓の外をみている。
この2週間、そんな彼を私は見ている。
私の方が先に電車に乗っているので、彼が乗って来るまでは私の読書時間だ。……たった1駅だけど。

毎朝、彼が乗ってきた瞬間にスポットライトが当たったかの様に私の視界が明るくなり、彼から目が離せなくなる。
ふとした瞬間、彼が顔を動かして目が合いそうになるとススススーッと私は開いた本に目を移し、読書に熱中している(かの様に誤魔化す)。

そんな事をしていて、気づいたら2週間経っていた。
本当に美しくて、カッコよくて王子様の様な彼だが、私は彼の事は何も知らない。
カッコよすぎるし、キッカケもないので話すことが出来ない。
失礼だとはわかりつつも、ただ見ていることしか出来ない。

きっと彼を初めて見たあの日に【一目惚れ】という魔法がかけられて、私は変わってしまった。

私の目は常に彼に向いている。
発売日に楽しみに買った本は、2週間前からずっと同じページで止まっている。物語は全く進んでいない。
私と彼との関係も見つめる側と見つめられる側。

どちらも時が止まったまま進まない魔法がかかっているようだ。
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