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潜伏期
19.★
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《フィ:個室で話さないか?リエ》
そう相手から持ちかけられたのは、週末の不躾な来訪者が何時ものアキコ達の居場所で暴君めいた行動に出始めた直後だった。ダイキとは違ってその夜の男は質が悪くて、諦めもせず少しでも会話を交わしている姿を見ると卑猥な言葉をかけてきて不快感が強い。しかも行為を強いる言葉と言うより、野次に近いのが尚更だ。
《ウラ:あ、リエっておっぱい大きい?エッチ好きなの?》
《ウラ:アズサってヤリマン?》
《ウラ:マツリって人妻?それともフリー?エッチしたくない?》
呆れるほどに下劣で、しかもしつこく、呆れ果てたアズサが珍しく早々にオープンチャットから立ち去る。マツリは完全無視で他の相手と何時ものように会話をするが、ウラと名乗る男はまるで気にした風でもなくいつまでも同じような発言を続けている。流石にこれでは落ち着いて話も出来ないとウンザリしていたら、周囲の会話を断ち切るように彼が打ってきたのだ。気にしている相手からオープンチャットではなく二人きりで会話をしたいと言われて、アキコが嬉しくないはずがなかった。
その頃までに何度かオープンチャットで会話は重ねていて、フィが関東圏の人間だと八割りがた確信を持ってもいた。東北に離れて住んでいる自分には、それ以上の事が起こり得ないことがわかっているのも安心材利用の一つだった。それを迷いもなく受け入れた時音をたてて運命の歯車がはまり、回り出したことをアキコは気がつく筈もなかった。
それからアキコの日常は少し変わり始める。
起きて仕事の準備をして仕事に行き、そつなく仕事をこなして帰宅する。帰宅して一番にパソコンの電源を入れ着替えながらSMサイトのメールボックスを確認して、メールがなければ何時から何時まではサイトにいると自分の時間の予定をメールする。返事を待ちながら家事をして食事をして風呂にはいる。時間になると返事があってもなくても、何時ものオープンチャットで待機して時間を潰す。そして、フィが来れば個室に移り雑談という名で会話が始まる。
《フィ:そっか、リエは看護師なのか。凄いね?》
《リエ:あなたの方が凄い。先生になるんでしょ?》
モニター越しのフィは現在大学生で、普段はアルバイトとはいえ塾の講師もしているという。大学生ということにもだが、塾とはいえ誰かに教えているという事自体にも知的な響きを感じる。自分には出来なかった大学受検や、大学生としての生活を送るという相手に少し羨望が加わる。
丁度その頃アキコは、勤務変更で病棟の移動をしたばかり。
今までの眼科や神経内科や脳外科は殆どが成人もしくは高齢者ばかりだったが、移動することに決まった病棟は耳鼻科と、産婦人科と小児科の病棟だった。助産師の免許がない看護師は、婦人科と小児科と耳鼻科の看護師に自動的に決まっている。ただ問題なのは、小児科の中に新生児専門の部署があることだった。
小児科は病気の小児とかかわるが、新生児室は新生児の出産前後から関わりが始まる。前後というのは破水前から分娩室に何でも対応できるよう詰めることが殆どだからだ。しかも元気に産まれてくる子もいれば状態が悪いこともある、完全に病気の状態の事もある。そこからのリカバリーは新生児室の医師と新生児室看護師の仕事なのだ。この上更に新生児室の看護師は新生児の育児指導を母親にしないといけない。表面的な育児指導は助産師がしてくれるが、アキコの病院では授乳や沐浴・オムツ交換指導は新生児室看護師の仕事だった。しかも、育児相談も二十四時間体制で受けないといけない。
今まで幼い子供に接した事のない上に出産経験もないアキコは移動先の師長に「子供に接したことがないので技術面に不安があります。なので、小児科は何とかしますが新生児室だけは拒否させてください。」と馬鹿正直に申し出たのだ。
話の流れで想像がつくだろうが、馬鹿正直に申し出た結果、三年目の四月からアキコは新生児担当のNICU勤務に移動になっていた。NICUとは低体重児や先天性のハイリスク疾患がある新生児に対応するための設備と医療スタッフを備えた集中治療室で、新生児集中治療室のことだ。
毎日が今までとは違う事の繰り返しで、覚えなければいけないことも山のようだった。成人の病人と新生児は全く扱いが違う。壊れ物のような新生児は、病気ではないが最新の注意が必要な対象者で更に神経を使う。その上そこに低体重児や先天性疾患を持った新生児、母親が疾患があって新生児を預かる等千差万別に対応しなければならない。しかもそこに自分は子供を産んだこともないのに、育児指導までしないとならないのだ。
そんな状況で精神的にも疲れていたアキコの話を適度な相づちで聞いてもらえる。その一時が本当に心地よかった。
《フィ:忙しいんだな、看護師さんって。こんな遅くまで起きてて大丈夫なのか?》
そう会話の中で問いかけるフィの言葉は酷く優しいものに聞こえ、まるで自分を気遣ってくれている本当の声のように心に響く。次第にアキコはモニター越しの顔も見たこともない言葉の相手に、少しずつ好感だけとは言い難い好意を感じ始めている自分に気がつき始めていた。それは不思議な事にまるでテレビ電話でもしているかのようにリアルな感覚に感じられるようになり始める。
《リエ:いいの、話せると元気になるもの。》
《フィ:俺もリエと話せると楽しい。》
そんな当然のように口にされる言葉に、リエになったアキコは思わず微笑んでしまう。ただそれでも頭の中には密かに過る冷ややかな言葉
りは俚、えは穢。
それが頭を過ると罰を受けるという言葉が頭を埋めていく。ちゃんと罰を受ければ、知らずに呪いを受けて悪いものとして生まれたアキコも許されるかもしれない。そんなことを頭の中で考えてしまうのに、アキコは真っ直ぐに文字を眺める。
※※※
ヒョゥ
また微かに夜の闇の中に哭く声がする。職場でこの声の事を話したことがあるが、誰もこの声を意識して聞いたことがないという。そういえばこの鳴き声の主は、祖父の亡くなった土地にもいるのだろうかと考える。
こうして考えると夜にしか哭かない様だが、その姿を直に見たことはない。
調べてみたが本当にそれがあっているのかも実は分からなかったりもする、そんなことを微かな潮騒の音と一緒に聞きながらモニターを目で追い続けていた。身の回りに直に遊ぶような友人はなかったし、何しろ沿岸の地方都市は田舎で遊び場もない。こうしてネットをするくらいがアキコにとっては丁度よくて、しかも相手は自分の話を聞いてくれて気が休まる。
やがて毎日の会話の交換が、まるで隣に居る人との会話のような錯覚を感じさせ、好意と言う感情は彼女の中で次第に形を変えて成長し始め大きく膨らんでいくのを感じていた。次第にオープンではしなかった二人っきりの会話に、自分の身の上すらも語り合うような親密さを少しずつ含み始めていく。
《リエ:フィは兄弟がいるの?》
《フィ:弟が一人ね、リエは?》
《リエ:同じ、弟がいるの。》
《フィ:歳は?俺は一つ下。》
《リエ:四つ下。》
《フィ:それくらいがいいね、近すぎると張り合うし。》
そんな会話をしながら、近づき始めようとする距離感を肌に感じながらアキコはそれを止めることをしない。と言うよりお互いに思うところは違ったとしても、その親密になっていく空気をお互い止める気がなかったというのが正しかったのだろう。
《フィ:寝なくて平気?》
《リエ:いいの、話すと楽しいから。》
そういうと彼は直ぐ様喜びを文字で表現して、それに自分も喜びを文字に表現して答えを返す。会話だけ見ていれば恋愛中の恋人同士にしか見えないが、お互い何処に住んでいるのかお互いの顔すら見たことのない二人。
それは、まさにお手軽な仮想現実の中での擬似恋愛のような感覚。しかし、ネットという匿名性の中でそうする気があれば直ぐに終わらせることの出来るというような安易な感情もあいまって、互いの感情は注がれ続けたコップから堰を切って流れ出すかのように全く留まる事を知らない。そんな流れを作った感情の中で自分が踏みとどまれない深みへと自分がはまり始めている事にアキコが気がつくはずもなかった。
《フィ:そう?でも流石にこれ以上話すとここからお楽しみが減るかもな。》
お楽しみという言葉にチリチリと腹の底で何かが炎を揺らめかせる。お楽しみという言い方は、正確には正しくはない。彼にとってのお楽しみであって、アキコにとっては贖罪で罰を受け許されること。ただ許されるから、ご褒美にもなる背徳的な行為、矛盾しているのに矛盾だとは思えないのは、それにのめり込み始めているからだ。
《フィ:どうする?今日はやめる?》
罰を受けるのたという感覚と相反するように最後にもたらされる背徳感。いけないこと、マトモでないことをこの男にジワジワと教え込まれているという自覚がある。だけど悪いことを沢山持って産まれてしまったアキコは、ちゃんと罰して貰ってからのご褒美の快楽という飴玉が欲しくて仕方がない。まるで常習化された薬のように、それが欲しいと体が強請り始める。
《フィ:どうしたい?ちゃんと自分で言ってごらん。》
こんな時のフィは目に見えて意地悪になって、決して自分からは始めたりしない。時間がないと分かっていても平気で焦らすし、時間が足りなくて終りになってもなんとも思わない。モニター越しでもリエが自分から折れてお強請りを始め、淫らな彼の思うままの所有物になるのをじっと待っている。
甘く淫靡なモニター越しの自慰にも似た行為。
常習性の高い媚薬のように、ズブズブとこれに深くのめり込んでいく。何故なら、これは悪い子であるアキコでリエが、罰を受けることで最後に得られるご褒美だから。狂ったアキコがいやしくけがれていても、まともに生きていくために必要な行為だから。
《リエ:……お願いします、…………》
従順で大人しく言うがまま、男の好む行為をモニターの前でするリエ。以前マツリがしてみせたのは、本当に行われているか分からない。でも、今のリエは本当にフィの言うがままの行為をしている。写真も何も証拠は見せられないが、それでも実際に下着をおろして男の望むままの事をして自身の反応を打ち込み続けていた。
《フィ:悪い子だね、そんなことをして気持ちよくなってるの?》
《フィ:ちゃんと言う通りに出来たら、許してあげるよ。》
《フィ:ちゃんとどうなってるのか教えないと許さないよ?》
許される。
その言葉がどうしてもリエを引き摺って、これは必要なことなのだと心の中で何度も繰り返す。産まれ持った蛇の起こした性的な激しい渇望をおさめるためには、どうしてもこうやって罰を受けるのが必要で、この痛みは快楽に変わるとフィの言葉に呑み込まれる。
《フィ:ほら、言う通りにしてごらん。洗濯バサミで挟んだら手が自由になるだろ?》
《リエ:い、たい、ですっ……》
《フィ:痛いのはリエが悪い子だからだよ?いい子で我慢すれば気持ちよくなる。》
最初は片方の乳首を洗濯バサミで挟むことを強要される。やらなければ何もかもがこれで終わり、やれば慣れるまでそのまま、慣れれば両方、両方ができるようになれば更に強く痛みを感じる方法に。次第に痛みが快楽に繋がると刷り込んで、錯覚するように教え込まれていく。
《フィ:気持ちいいね?我慢できたら、そのまま擦って気持ちよくなるのを許してあげるよ。》
痛みに身悶えながら堪えると最後には許されて淫核を擦りながら、淫らな快感に絶頂を迎えてそれを文字で打つ。それがある意味滑稽な姿だと思わなくもないが、それでも日々のようにジリジリと体内を渇望で炙られる事がなくなっただけましだ。そう思えばフィに従ってこの操り人形のように、文字に操られ快楽に浸るのも無意味ではない筈だと信じる。
ヒョーゥ
絶頂に達する最中にまたあの哭き声が聞こえる。
快感にハアハアと荒い息を吐きながら、夜の闇の中にあの黒い影が窓から覗いているのではと考えもする。既に独り暮らしになって看護学校の寮での暮らしも合わせれば五年も実家では暮らしていないが、隣家の息子は既に家から出て一緒には住んでいないそうだ。従兄弟達とは連絡もとっていないが、結婚したとも聞かないからあのまま両親と暮らしているに違いない。
それでもどちらもここからは遠い。
それにこの行為を強いている男も遠く、顔すらも知らない。それでも男との行為を止められないアキコは、ただ単に頭がおかしいだけなのかもしれないと考える。快感にのまれる指示の先で僅かな闇の色が見えた気がしたが、それでもそれは以前より遥かに遠く離れた、それこそフィと名乗る男の傍にいる気がした。
そう相手から持ちかけられたのは、週末の不躾な来訪者が何時ものアキコ達の居場所で暴君めいた行動に出始めた直後だった。ダイキとは違ってその夜の男は質が悪くて、諦めもせず少しでも会話を交わしている姿を見ると卑猥な言葉をかけてきて不快感が強い。しかも行為を強いる言葉と言うより、野次に近いのが尚更だ。
《ウラ:あ、リエっておっぱい大きい?エッチ好きなの?》
《ウラ:アズサってヤリマン?》
《ウラ:マツリって人妻?それともフリー?エッチしたくない?》
呆れるほどに下劣で、しかもしつこく、呆れ果てたアズサが珍しく早々にオープンチャットから立ち去る。マツリは完全無視で他の相手と何時ものように会話をするが、ウラと名乗る男はまるで気にした風でもなくいつまでも同じような発言を続けている。流石にこれでは落ち着いて話も出来ないとウンザリしていたら、周囲の会話を断ち切るように彼が打ってきたのだ。気にしている相手からオープンチャットではなく二人きりで会話をしたいと言われて、アキコが嬉しくないはずがなかった。
その頃までに何度かオープンチャットで会話は重ねていて、フィが関東圏の人間だと八割りがた確信を持ってもいた。東北に離れて住んでいる自分には、それ以上の事が起こり得ないことがわかっているのも安心材利用の一つだった。それを迷いもなく受け入れた時音をたてて運命の歯車がはまり、回り出したことをアキコは気がつく筈もなかった。
それからアキコの日常は少し変わり始める。
起きて仕事の準備をして仕事に行き、そつなく仕事をこなして帰宅する。帰宅して一番にパソコンの電源を入れ着替えながらSMサイトのメールボックスを確認して、メールがなければ何時から何時まではサイトにいると自分の時間の予定をメールする。返事を待ちながら家事をして食事をして風呂にはいる。時間になると返事があってもなくても、何時ものオープンチャットで待機して時間を潰す。そして、フィが来れば個室に移り雑談という名で会話が始まる。
《フィ:そっか、リエは看護師なのか。凄いね?》
《リエ:あなたの方が凄い。先生になるんでしょ?》
モニター越しのフィは現在大学生で、普段はアルバイトとはいえ塾の講師もしているという。大学生ということにもだが、塾とはいえ誰かに教えているという事自体にも知的な響きを感じる。自分には出来なかった大学受検や、大学生としての生活を送るという相手に少し羨望が加わる。
丁度その頃アキコは、勤務変更で病棟の移動をしたばかり。
今までの眼科や神経内科や脳外科は殆どが成人もしくは高齢者ばかりだったが、移動することに決まった病棟は耳鼻科と、産婦人科と小児科の病棟だった。助産師の免許がない看護師は、婦人科と小児科と耳鼻科の看護師に自動的に決まっている。ただ問題なのは、小児科の中に新生児専門の部署があることだった。
小児科は病気の小児とかかわるが、新生児室は新生児の出産前後から関わりが始まる。前後というのは破水前から分娩室に何でも対応できるよう詰めることが殆どだからだ。しかも元気に産まれてくる子もいれば状態が悪いこともある、完全に病気の状態の事もある。そこからのリカバリーは新生児室の医師と新生児室看護師の仕事なのだ。この上更に新生児室の看護師は新生児の育児指導を母親にしないといけない。表面的な育児指導は助産師がしてくれるが、アキコの病院では授乳や沐浴・オムツ交換指導は新生児室看護師の仕事だった。しかも、育児相談も二十四時間体制で受けないといけない。
今まで幼い子供に接した事のない上に出産経験もないアキコは移動先の師長に「子供に接したことがないので技術面に不安があります。なので、小児科は何とかしますが新生児室だけは拒否させてください。」と馬鹿正直に申し出たのだ。
話の流れで想像がつくだろうが、馬鹿正直に申し出た結果、三年目の四月からアキコは新生児担当のNICU勤務に移動になっていた。NICUとは低体重児や先天性のハイリスク疾患がある新生児に対応するための設備と医療スタッフを備えた集中治療室で、新生児集中治療室のことだ。
毎日が今までとは違う事の繰り返しで、覚えなければいけないことも山のようだった。成人の病人と新生児は全く扱いが違う。壊れ物のような新生児は、病気ではないが最新の注意が必要な対象者で更に神経を使う。その上そこに低体重児や先天性疾患を持った新生児、母親が疾患があって新生児を預かる等千差万別に対応しなければならない。しかもそこに自分は子供を産んだこともないのに、育児指導までしないとならないのだ。
そんな状況で精神的にも疲れていたアキコの話を適度な相づちで聞いてもらえる。その一時が本当に心地よかった。
《フィ:忙しいんだな、看護師さんって。こんな遅くまで起きてて大丈夫なのか?》
そう会話の中で問いかけるフィの言葉は酷く優しいものに聞こえ、まるで自分を気遣ってくれている本当の声のように心に響く。次第にアキコはモニター越しの顔も見たこともない言葉の相手に、少しずつ好感だけとは言い難い好意を感じ始めている自分に気がつき始めていた。それは不思議な事にまるでテレビ電話でもしているかのようにリアルな感覚に感じられるようになり始める。
《リエ:いいの、話せると元気になるもの。》
《フィ:俺もリエと話せると楽しい。》
そんな当然のように口にされる言葉に、リエになったアキコは思わず微笑んでしまう。ただそれでも頭の中には密かに過る冷ややかな言葉
りは俚、えは穢。
それが頭を過ると罰を受けるという言葉が頭を埋めていく。ちゃんと罰を受ければ、知らずに呪いを受けて悪いものとして生まれたアキコも許されるかもしれない。そんなことを頭の中で考えてしまうのに、アキコは真っ直ぐに文字を眺める。
※※※
ヒョゥ
また微かに夜の闇の中に哭く声がする。職場でこの声の事を話したことがあるが、誰もこの声を意識して聞いたことがないという。そういえばこの鳴き声の主は、祖父の亡くなった土地にもいるのだろうかと考える。
こうして考えると夜にしか哭かない様だが、その姿を直に見たことはない。
調べてみたが本当にそれがあっているのかも実は分からなかったりもする、そんなことを微かな潮騒の音と一緒に聞きながらモニターを目で追い続けていた。身の回りに直に遊ぶような友人はなかったし、何しろ沿岸の地方都市は田舎で遊び場もない。こうしてネットをするくらいがアキコにとっては丁度よくて、しかも相手は自分の話を聞いてくれて気が休まる。
やがて毎日の会話の交換が、まるで隣に居る人との会話のような錯覚を感じさせ、好意と言う感情は彼女の中で次第に形を変えて成長し始め大きく膨らんでいくのを感じていた。次第にオープンではしなかった二人っきりの会話に、自分の身の上すらも語り合うような親密さを少しずつ含み始めていく。
《リエ:フィは兄弟がいるの?》
《フィ:弟が一人ね、リエは?》
《リエ:同じ、弟がいるの。》
《フィ:歳は?俺は一つ下。》
《リエ:四つ下。》
《フィ:それくらいがいいね、近すぎると張り合うし。》
そんな会話をしながら、近づき始めようとする距離感を肌に感じながらアキコはそれを止めることをしない。と言うよりお互いに思うところは違ったとしても、その親密になっていく空気をお互い止める気がなかったというのが正しかったのだろう。
《フィ:寝なくて平気?》
《リエ:いいの、話すと楽しいから。》
そういうと彼は直ぐ様喜びを文字で表現して、それに自分も喜びを文字に表現して答えを返す。会話だけ見ていれば恋愛中の恋人同士にしか見えないが、お互い何処に住んでいるのかお互いの顔すら見たことのない二人。
それは、まさにお手軽な仮想現実の中での擬似恋愛のような感覚。しかし、ネットという匿名性の中でそうする気があれば直ぐに終わらせることの出来るというような安易な感情もあいまって、互いの感情は注がれ続けたコップから堰を切って流れ出すかのように全く留まる事を知らない。そんな流れを作った感情の中で自分が踏みとどまれない深みへと自分がはまり始めている事にアキコが気がつくはずもなかった。
《フィ:そう?でも流石にこれ以上話すとここからお楽しみが減るかもな。》
お楽しみという言葉にチリチリと腹の底で何かが炎を揺らめかせる。お楽しみという言い方は、正確には正しくはない。彼にとってのお楽しみであって、アキコにとっては贖罪で罰を受け許されること。ただ許されるから、ご褒美にもなる背徳的な行為、矛盾しているのに矛盾だとは思えないのは、それにのめり込み始めているからだ。
《フィ:どうする?今日はやめる?》
罰を受けるのたという感覚と相反するように最後にもたらされる背徳感。いけないこと、マトモでないことをこの男にジワジワと教え込まれているという自覚がある。だけど悪いことを沢山持って産まれてしまったアキコは、ちゃんと罰して貰ってからのご褒美の快楽という飴玉が欲しくて仕方がない。まるで常習化された薬のように、それが欲しいと体が強請り始める。
《フィ:どうしたい?ちゃんと自分で言ってごらん。》
こんな時のフィは目に見えて意地悪になって、決して自分からは始めたりしない。時間がないと分かっていても平気で焦らすし、時間が足りなくて終りになってもなんとも思わない。モニター越しでもリエが自分から折れてお強請りを始め、淫らな彼の思うままの所有物になるのをじっと待っている。
甘く淫靡なモニター越しの自慰にも似た行為。
常習性の高い媚薬のように、ズブズブとこれに深くのめり込んでいく。何故なら、これは悪い子であるアキコでリエが、罰を受けることで最後に得られるご褒美だから。狂ったアキコがいやしくけがれていても、まともに生きていくために必要な行為だから。
《リエ:……お願いします、…………》
従順で大人しく言うがまま、男の好む行為をモニターの前でするリエ。以前マツリがしてみせたのは、本当に行われているか分からない。でも、今のリエは本当にフィの言うがままの行為をしている。写真も何も証拠は見せられないが、それでも実際に下着をおろして男の望むままの事をして自身の反応を打ち込み続けていた。
《フィ:悪い子だね、そんなことをして気持ちよくなってるの?》
《フィ:ちゃんと言う通りに出来たら、許してあげるよ。》
《フィ:ちゃんとどうなってるのか教えないと許さないよ?》
許される。
その言葉がどうしてもリエを引き摺って、これは必要なことなのだと心の中で何度も繰り返す。産まれ持った蛇の起こした性的な激しい渇望をおさめるためには、どうしてもこうやって罰を受けるのが必要で、この痛みは快楽に変わるとフィの言葉に呑み込まれる。
《フィ:ほら、言う通りにしてごらん。洗濯バサミで挟んだら手が自由になるだろ?》
《リエ:い、たい、ですっ……》
《フィ:痛いのはリエが悪い子だからだよ?いい子で我慢すれば気持ちよくなる。》
最初は片方の乳首を洗濯バサミで挟むことを強要される。やらなければ何もかもがこれで終わり、やれば慣れるまでそのまま、慣れれば両方、両方ができるようになれば更に強く痛みを感じる方法に。次第に痛みが快楽に繋がると刷り込んで、錯覚するように教え込まれていく。
《フィ:気持ちいいね?我慢できたら、そのまま擦って気持ちよくなるのを許してあげるよ。》
痛みに身悶えながら堪えると最後には許されて淫核を擦りながら、淫らな快感に絶頂を迎えてそれを文字で打つ。それがある意味滑稽な姿だと思わなくもないが、それでも日々のようにジリジリと体内を渇望で炙られる事がなくなっただけましだ。そう思えばフィに従ってこの操り人形のように、文字に操られ快楽に浸るのも無意味ではない筈だと信じる。
ヒョーゥ
絶頂に達する最中にまたあの哭き声が聞こえる。
快感にハアハアと荒い息を吐きながら、夜の闇の中にあの黒い影が窓から覗いているのではと考えもする。既に独り暮らしになって看護学校の寮での暮らしも合わせれば五年も実家では暮らしていないが、隣家の息子は既に家から出て一緒には住んでいないそうだ。従兄弟達とは連絡もとっていないが、結婚したとも聞かないからあのまま両親と暮らしているに違いない。
それでもどちらもここからは遠い。
それにこの行為を強いている男も遠く、顔すらも知らない。それでも男との行為を止められないアキコは、ただ単に頭がおかしいだけなのかもしれないと考える。快感にのまれる指示の先で僅かな闇の色が見えた気がしたが、それでもそれは以前より遥かに遠く離れた、それこそフィと名乗る男の傍にいる気がした。
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