鵺の哭く刻

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「出来た。」

やっとのことでシュンイチが思うこと全てを、完全に網羅するモノが出来上がった。あの名案を思い付いてからというものシュンイチは何度も推考して、やっと満足が出来るものが出来上がったのだ。それにシュンイチは、会心の満足の笑みを溢す。

ここ最近あいつは奴隷の癖に、いちいちシュンイチのすることに難癖をつけるようになった。

金銭面をたてにやっと住み慣れ馴染んだマンションから引っ越すと言い出した時は、本気で雌奴隷を捨ててやろうかと思ったくらいだった。でも何はともあれ引っ越しはあれのいう通りすましてやったし、引っ越し先でシュンイチを最優先して書斎を作ったことで仕方がないから許してやることにしたのだ。
金銭面と言えばそろそろ親がくれた金銭も尽きそうだし、失業保険はシュンイチの働きにみあわないほど微々たるもので、シュンイチの正しい評価が社会の何処にもされていないのがよく分かる。シュンイチをきちんと正当に評価できる勤め先が見つかったら働いてやらなくもないが、今のところそんなまともな所は自分の目の届く範囲には存在しないようだ。それでまでは自分の奴隷が、何とかするしかないだけのことだと冷静にシュンイチは考える。

まぁ、そんなに困ってはいないし、のんびり考えればいい。

モニターを眺めながらがそんなことを平然と考えていると、ドアチャイムの音に奴隷が隣の寝室から部屋から玄関に向かう気配がした。最近の奴隷は寝室に籠っていることばかりで明るい場所には姿を見せなくなりつつあるが、実は雌奴隷もあの土蔵のような暗がりを好むのかもしれない。あれはシュンイチ自身も夢だと思っていたが、もしかしたらあの光景こそが雌奴隷の願いなのかも、今ではそう考えることすらあるくらいだ。

「こんばんは、ねぇさん、ヤネちゃんは?」

最近よく遊びに顔を出すコイズミの声が、シュンイチの背後のスリ硝子戸越しに聞こえる。流石にこの傑作を最初にコイズミに見せるつもりはなく、出来上がったモノを保存し瞬いているパソコンのブラウザをざっと眺めた後で電源をおとす。
コイズミとコバヤカワの二人はバイト上がりの就職組で、仕事場も同じシュンイチを慕ってよくなついてくる。ただ何事も世渡りで上手いこと立ち回るので、女受けがよく何度もシュンイチの彼女を寝とる事があって油断が出来ない奴らだ。そう分かっていても慕われると無下にも出来ないのが、自分の人の良さだとシュンイチも思う。

「ヤネちゃん、籠ってると老けるよ、ゲームしようよ?」

ガラリと遠慮もなく音をたてて硝子戸を開けコイズミが話しかけてくるのに、シュンイチは仕方がないなと苦笑混じりに立ち上がった。パタパタと硝子戸の向こう側の台所では人の動いている気配がして、奴隷がお茶の準備をしているのを感じる。暫く言う通りにしない期間があったが、アパートに越してきてだいぶ奴隷は落ち着いてきたようだ。

俺の躾の賜物だ

と、シュンイチはゲーム機を起動しながら冷淡に思う。言わなくともちゃんと妻の仕事もこなすし、性奴隷の仕事は少な目だがシュンイチを満足させる程度はこなしている。元々性的な知識の少ない奴隷なので性的な活力が低いのが残念なところではあるが、妻としての活動や俺のメイドとしては文句のつけようがない上物なのだ。思うもの全てを兼ね備えるとはいかないのは、これが現実世界ゆえなのだろう。

「ねぇ、ヤネちゃん。」
「なんだ?俺、こっちな。」
「いい加減仕事したら?あ、俺こっち使う。」

自分が操作するキャラクターを選んでいるのに、コイズミときたらまたこれだ。最近来る度にこうやってシュンイチに仕事をしろと、自分と同じバイト上がりの癖にコイズミやコバヤカワ、時にはアーケードゲームで顔を会わせるハルカワまで同じことを言い始めた。それにふと思い付いたように、問いただしてみる。

「アキに頼まれたのか?」

シュンイチの言葉にひとつも画面から目を離さず、コイズミが呆れたように大きなあからさまな溜め息をつくのが分かった。

「そんなことアキさんがするわけないだろ。」

普段のおちゃらけたコイズミやコバヤカワが呼ぶ、ねえさんとかいう妙な呼び方でないのにシュンイチは不機嫌に眉を潜めた。すると硝子戸の向こうから姿を見せた奴隷が二人の前に淹れたてのコーヒーとカフェオレと茶菓子をおいて、まるで幽霊みたいにスゥッと音もなく再び奥の部屋に姿を消す。流石シュンイチの躾の賜物で主人と客の好みを覚えていてそれにあわせて運んでくる、そう思っていると再びコイズミは深く溜め息をついた。

「大事な奥さんにあんな負担かけてて、遊び呆けてちゃ言いたくもなるよ。…………アキさん、よく我慢してくれてると思わないの?」
「俺のモノなんだから当然だろ?」
「…………いい加減にしないと、愛想つかされるよ?」

二つ年下のガキの物言いとしては、それはかなり面白くない。だけど、そんな心配は俺と奴隷には当てはまらないとシュンイチは教えてやりたかった。何故ならシュンイチは奴隷の唯一無二の主人なんだから、あいつがシュンイチに逆らうはずがないのだ。

そのためにあれを作ったんだし、奴隷も喜んで泣くに違いない。

それを証明して見せれば、コイズミ達が言うようにアキコが堪えて暮らしているなんて考えなくなる筈だ。それにあの女は土蔵で犯され続け閉じ込められたがっているのだから、



※※※



シュンイチがコイズミと一緒に遊びに出てくれるのを期待したのに、今夜はそうならなかった。コイズミが何度も誘ってくれているのが壁越しにきこえるが、気が乗らないのか金欠なのかシュンイチはどう誘ってもうんと言わないようだ。幾ら実家住みのコイズミだって収入は以前のシュンイチと同じくらいだろうから、毎回奢るわけにもいかないのは分かっている。

あぁ嫌だ、…………今夜は一緒に過ごさないといけないんだ。

真っ暗い室内の中、そう思ってしまう自分にアキコはベットの上で膝をたてその間に顔を伏せる。いつの間にか愛情より遥かに憎悪の方がアキコの中で力を増していた。それはそうだ、仕事もせず金を使い込み終いにはアキコに金をせびり、やっているのはゲームと女遊び。アキコには何一つ甘い汁の与えられないこの生活で、どうやって愛情を維持するエネルギーを産み出すのか誰か方法を知っていたら今すぐに教えて欲しい。それじゃあとコイズミが玄関で言うのが微かに聞こえ、コイズミが残念ながら一人で帰途につくのが分かった。

あぁ、残念だ。…………これから何をする気なんだろう。

続く過食嘔吐で食に楽しみがなくなり、次には睡眠もあっという間に削られるアキコには性欲なんて二の次なのだ。しかも、望まない痛みを与えられる事が余りにも多すぎて、次第にシュンイチに触れられることに拒否感が強くなっているのが分かる。影はシュンイチに乗り移ってしまったように明らかに姿を見せることはなくなり、アキコは影のように暗く沈んだ闇の中で暴力に意識を失うのをひたすらに待つだけ。時には意識を失った後に土蔵でアキコが目が覚めることはあるが、それに何もかもが溺れるほどの威力はもうない。一体シュンイチとの間で最初の快感に感じたものはなんだったのだろうとアキコは膝を抱えたまま目を閉じる。

「アキ。」

男の甲高い声が壁越しに伝わり、アキコは思わず息を詰める。このまま寝たふりをするには体勢が悪すぎるし、どうしてさっさと布団にくるまっておかなかったのだろう。今少しでも身動きしたら、アキコが起きているのがばれてしまう。それにこの体勢では扉を開けられたらお仕舞いだ。

「アキ!!」

あぁ、駄目だ。もう起きているのはバレている。そうアキコは先程とは違うノロノロとした緩慢な動きで立ち上がり、電灯の下にソファーに座ったままのシュンイチの横に言葉もなく立つ。いつの間に準備されたのかソファーの前のテーブルに紙が置いてあるのに、アキコは胸の奥になんだか嫌な予感が沸き起こるのを感じていた。

「座れ。」

決してその言葉がソファーに座れというのではないことは分かっているから、アキコは大人しくフローリングの床に正座する。そうするとニヤニヤと嗤うシュンイチの顔が、下からよく見えて嫌な予感が泥沼のように身を呑み込み嵩を増していく。シュンイチはニヤニヤと嗤いながら、アキコにその紙を差し出した。

「ここにサインしろ。」

えっとアキコが息を溢すとシュンイチがその紙を更によく見えるように差し出し、それを手にして目を通すにつれてアキコは唖然とする。
その紙はシュンイチがシュンイチのために作った『奴隷契約書』だった。
呆れるしかない中身。

私は奴隷として彼に尽くします。
私は彼の言いつけに誠心誠意尽くします。
私は彼が他に奴隷を所有しても文句を一切言いません。
私は彼が安泰して生活できるよう身の回りのお世話をさせていただきます。

そんな項目がなんとA4用紙にビッチリと三枚も延々と甲乙で契約書として綴られている。そしてその最後に以上を誓い、誓約書にサイン欄が作りつけられていて、既にシュンイチの名前は乙として書き込まれているのだ。

「なに、これ………?………………。」
「なにって、誓約書だよ、俺の雌奴隷としての。」

アキコはその言葉にポカーンと呆れたようにシュンイチの顔を見る。これをアキコに納得させるだけの魅力が、今の自分にはあると思っているのだろう。だから、シュンイチは当然のようにこれをアキコに提示していて、今すぐサインしろと言っているのだ。アキコの呆気にとられた視線をどうとったのか、シュンイチは楽しげにニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。

「これにサインして名実ともに俺の奴隷妻として生活するんだ、幸せだろ。」

あぁどうしよう、狂った男の考えることは本当に意味が通じない。どうせ、これにそんな拘束力はないし、例えお互いの同意の上で書かせたとシュンイチが言っても虐待から逃れるためにアキコが書いたと言えば無かったこととして済むかもしれない。でも、もし法的に効力があると判断されるサインになったら?そんなのとんでもない。大体にして法的に妻として届けを出している女に、こんな馬鹿げた奴隷契約に同意しろって?ここは現代日本で奴隷制度なんかないよね?ラノベの異世界じゃないよね?大体にして奴隷制なんてまだどこかにあるんだっけ?

「アキ、サイン。」
「ちょ、と、待って。」

どうにかしてサインしないようにしないと。



※※※



それは予期していたのと違う反応だ。
アキコはこれに泣いて喜んでサインすると思っていたのに、目の前の奴隷は頭を抱えるように後退り始めた。しかも紙の中までちゃんと見たのに、それ以上は一言も返事すらもしないのだ。それは想定外でしかも気に入らない反応だと奥歯を噛み締めながらシュンイチは、低く呻くように声を絞り出していた。

「………………早く、サインしろ。」
「………………待って。」

何を待てって言うんだ。言う通りにすればいいのに、わざわざこの誓約書を保管するためのビロードのような手触りの証書ファイルまでシュンイチ自ら準備してやったのに。そう苛立ちが頭の中で煮えくり返るのを感じながら、白々しい電灯の光の中で何時もより一層に青ざめて見える奴隷の顔を見下ろした。

「何やってんだよ、早く名前書けよ。」
「今は無理、………………そんな、………………書けない。」

ムカついた。
大人しく言うことを聞けばいいのに、そんなにお仕置きされたいのかと心で囁く。まあいい、実際今はコイズミのせいでかなりムカついているのだし、この苛立ちがスッキリするようガッチリ厳しく躾てやる。
そう無言でソファーから立ち上がったシュンイチの姿に、怯えた奴隷の瞳が恐怖で震えていた。そして駄目な奴隷は夜が明ける頃まで厳しく躾られ、明け方気を失って床に放置される事になる。

大人しく喜んでサインすれば良いだけなのに、馬鹿な奴だ。

白眼をむいて気絶した奴隷を見下ろしてそう頭の中で呟くが、シュンイチの力作の奴隷誓約書はサインされる最初のタイミングを逃してしまった。それを思うと苛立ちは増して気を失ったままの奴隷の無様な姿では、全くスッキリしないのが分かる。ギリギリと奥歯を噛み締めながら奴隷を仁王立ちで見下ろして、苛立ちに蹴りつけても気を失ったふりなのか反応すらない。

いや、気を失ってるんだ、反応するわけがない…………白眼をむいて気絶してるんだぞ?

不意に頭の中に冷え冷えとした声が囁きかけたのに、背筋が凍った。

お前がやったんだぞ?無抵抗の女を気絶するまで乱暴して…………それはただの暴力じゃないのか?

冷淡にすら聞こえる声に指摘されて、自分の足元で気を失ったままの奴隷で妻である女の憐れな姿を見下ろす。無抵抗に殴られ蹴られ快感すら与えられずに犯されて気を失っているアキコの姿に、何故か幼い子供の姿が重なる。それを自分と同じ表情で見下ろしているのは、自分ではなく…………

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