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進行
96.
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「いやぁっ!!やぁっ!」
家に帰り無理矢理、射干玉の闇の中から引きずり出した雌奴隷はまるで言うことを聞かずに、泣きじゃくりながら床に転がされた。麻縄を引き出して手を出せといっても嫌がるばかりで言うことを聞きやしないのに苛立ちが増して殴り付けると、やっと素直に言うことに従う有り様だ。痛い・苦しいの連呼で一つも言うことを聞かないのに呆れながら後ろ手に縛り、せめてもの情けでソファーに座って陰茎をしゃぶったらこれ以上虐めないでやると囁く。
「痛いことはいやなんだろ?しゃぶっていかせたら気持ちよくしてやる。」
ところが膝の間にしゃがみこみシュンイチの顔をドンヨリと濁った瞳で見上げるアキコは、それに対して従うこともなく虚ろに拒否を示すように頭を振る。カチンと来てその頭を拳骨で思い切り殴ると、アキコはそのまま項垂れて啜り泣き始めていた。何でこんなに言うことを聞かなくなったのだろうと奥歯を噛み締めてシュンイチは、その頭を見下ろし耳障りな啜り泣きに足がカタカタと貧乏ゆすりを始めるのに気がつく。昔からこれは良くない癖だと母親から何度もお仕置きされたのに、今になってアキコが言うことを聞かなすぎるから悪い癖が再発してしまっていた。
何でお前が言うことを聞かなくなってるんだ。
苛立ちにもう一度ガツンと音をたてて拳骨で殴り付けてやると頭が床にゴツンと大きな音をたてて落ち、そのままグッタリと動かなくなってアキコが失神したのに気がつく。後ろ手に縛られ上半身を鬱血させたまま床に頭をつく姿は、まるで土下座でもしているみたいで酷く滑稽だがそれを見ても苛立ちは一つも収まらなかった。
何でこんなに思う通りならない。
奴隷二号に相応しい女も見つからないし、当のアキコはまるで言うことを聞かない愚図の役立たずだ。腹の奥でまるで蛇がとぐろを巻いて、這いずり回っているような苛立ちが収まらない。こんな風に感情がコントロール出来なくなるのはこれが初めてではなくてアキコと出会う前にもあって、それが一時収まったのはアキコが従順にシュンイチのものになったからだった。言うことさえ聞けば、これも落ち着くのにと冷えた目でピクリともしないて頭を見下ろす。
介抱しないのか?
頭の中で理性的な声が指摘する。本当はわかってる筈だ、アキコは本当に気絶しているし、その原因は拳で殴ったからでお前のせいだと声は言う。同時にいいや、それはアキコが言うことを聞かないからで、お前のせいではないという声もする。だが理性的な声はこうも言う、
本当はわかっているだろう?お前は自分がされて嫌だったり苦しかったことを彼女にしている。
母親の躾が常軌を逸しているのは薄々感じてはいたが、だからといって母が過ちを犯したとは思えない。確かに母親の躾は厳しかったが、相応の過ちを犯したから罰を与えられただけであって間違いではない筈だ。アキコだって大人しく言う通りにすれば躾られないのに、言うことを聞かないから罰を与えられただけであって
お前のすることはSMの範疇を逸脱している
そんなことはない。麻縄も鞭も張り型も媚薬だって、SM小説には付き物で定番。ライトノベルになんかもっと激しい洗脳なんかのSM小説がゴロゴロしているんだし、シュンイチはアキコでそれを実践していこうとしているだけだ。その答えが既に噛み合わなくなっているのだと、シュンイチは分からないようになっているのだが。
それは空想の中で、現実ではない。人間にはできない。
そんな筈がないと心の中で反論する。架空で出来もしない物語を鵜呑みにするほど自分は子供でも馬鹿でもないし、その中の幾つかは既にアキコに試してきた。それに以前のアキコは従順にそれに従って、ちゃんと性的に反応してきたのだ。
なら何故今になってアキコは逆らっているんだ?
それはアキコが我が儘になっているからだ。自分が唯一の妻になったことで、奴隷の本分を忘れてしまったに違いない。だから、シュンイチの言うことに逆らったり従わなかったりして、殴られることになるのだ。ああ、でも殴って気絶させているのは駄目なんじゃないだろうか。アキコは看護師だ、でもアキコは病気になっているから、看護師としての判断は出来なくなっているかもしれない。以前は喜んでしゃぶったのに、今では濁った瞳で見上げ嫌がるのはどうしてだ。
まさか…………体臭とか?
不意に不安に刈られてシュンイチは立ち上がると、風呂場に駆け込み自分の体に身に付けていたものを剥ぎ取り体を洗い始める。そうして満足するくらい体を洗って風呂から出たとき、何気なく見下ろしたアキコの腕が紫色に変色しているのに気がついて慌てて縄を解き放つ。それでもアキコはグッタリしたままで、弛緩した体はまるで人形みたいだ。
これでも気絶のふりなのか?
矛盾している。理解できているのにわざと悪い方を選択してしまっているのも、過ちに向かって進んでいるのも分かっていて止まらない。しかも、次第にマトモでいられる時間の方が短くなっている気がする。まるで病にかかって悪化の一途を辿っているような気分で、シュンイチは麻縄を握り縄の目の痕を肌にくっきりと残した紫色に変色した肌を見下ろしていた。
※※※
暮明の中ヒッソリと音をたてないように動く。それは無意識に行っているのだが、今はシュンイチは寝室で鼾をかいて寝ているから本当はそこまで息を殺さなくてもいいかもしれない。それでもそっと寝室を抜け出し電気をつけることもなく、暮明の中でパソコンを起動させた。それは話したくなったからで、その話をしたい相手は一人だ。静かにパソコンを起動させてメールを送ると、待ち構えていたみたいに直ぐ様返事が来て何時ものチャットルームで落ち合う。
《よぉ元気か?ん?》
それに何と答えていいのかアキコにはもう分からない。鼾をかいて寝ている男に縛られ放置された両腕はジンワリと痺れていて、どのくらい縛られたまま放置されていたのか分からないのだ。それが普通のことなのか、SMとしては正しいことなのか聞いてみたくて調教師でもあったトノと話がしたかった。
《よくわからない……。》
思わず返した曖昧な返事。明確に答えるには頭は薬で鈍磨し過ぎていて、的確に答えを言葉に変えられない。それに相手はモニター越しなのに気がついているみたいに、僅かに間を置いて問いかけてくる。
《上手くいってねぇのか?ゴシュジンサマとは。》
上手く……は、いっていない。自分でもそう思うのだけれど、それがSMとして必要なのに自分が受け入れられないのが問題なのか、シュンイチが可笑しいのかが分からないと思う。そしてそれをどう問いかけたら正解が得られるか、今の薬で鈍磨した頭では理解が出来ない。
《……それも……わからない……。腕、縛られて紫になったよ……。》
《……随分だな。痛むか?痺れは。》
《……よくわかんない……でも動くから大丈夫……。》
《他に怪我は?他に酷いことされてねぇか?》
《……変わらないよ……、へいき。》
《お前の平気は全然平気じゃねぇからな、どこか痣になってないか?内出血は?》
会ったこともない相手の言葉が心に柔らかく暖かみを与える。だけど、同じことを他の男にも幾分とは言え感じていたから、自分はここに奴隷になりに来たのだと苦く心に鋭い棘が突き刺さった。だから痣や内出血だらけになっていても、トノにはそうとは答えられない。この相手はシュンイチとは違うと分かっていても、自分にはそれをもう話すことが出来ないのだ。
《……なぁ?一度会うか?俺と。》
《会う?》
そんなのは無理だ、自分は既に別な相手の所有物でトノと会うことは出来ない。そう思っているのを見透かされたように、相手は調教師と奴隷としてではなく友達として会うくらいいいだろとログを流す。でも自分の飼い主だと言う人間は、恐らく友人だとしても男と会うのは許さないし、会えばそのあとのお仕置きが酷くなるだけだとも分かっていた。
《たまには息抜きしとけよ。俺は夜仕事だしよ、自営業だ何時でもお前に付き合ってやるぞ?ん?》
《息抜き……私、今……仕事もしてないのに?》
《息抜きってのは仕事だけじゃねぇよ、生きてくにも息抜きってのは必要なんだぞ。》
《生きてく…………。》
《何でも好きなもん食わせてやるし、行きたいとこ連れてってやる。映画はどうだ?ん?好きなやつ一緒に見に行くか?ホラーでもなんでも。》
そんな優しい気遣い。ここでは気遣いされる価値も失いつつある筈の自分を労り、元気づけようとしてくれる相手にこれ以上の心配をかけたくはなかった。それでももう今の自分は空元気どころか、一片の虚勢すら張ることも全く出来なくなってしまっている。まるで何一つ生きている実感がなくて、次第に自分の魂が軽く闇に包まれてあの土蔵の奥深くに閉じ込められてしまいそうだ。
《生きて……るのかな……私。》
《ああ?》
《何だか、だんだん……実感がなくなってくの…………。》
相手は暫し無言になって、アキコも自分がおかしなことをいっているのだと思って苦笑いしてしまう。休職中の職場からウノシズコや少し年上の先輩であるヨツクラからも体調を心配するメールが来ていたし、実はチャイムも何度かなったのにアキコは答えることも出来ず寝室に籠ったままやり過ごしていた。
そして今は鼾をかいて寝ているシュンイチの隣では眠れずリビングのソファーの座りながら、長い夜を経営しているバーの仕事場から繋いでいるという友人とこんな世間話をしている。もうシュンイチとのSMはアキコの身体が受け付けないしセックスも無理になりつつあるが、それをどうしようもない自分。それを素直にトノに話すと、上手く受け入れる方法を教えてくれるかと思ったのに
《……仕方がねぇよ。SMってのはメンタルが大きいんだ、無理することじゃねぇんだよ。出来ねぇなら出来ねぇんだ。》
調教師だった人間がそんなことを容認して言うのが可笑しくて仕方がない。前の彼ならその気がなくてもその気にさせてやるという筈なのに、何故自分にだけそんなことを言ってアキコの心の方を容認してしまうのだろう。
《当たり前だろ?俺がしてた仕事とお前の環境は違うんだよ。》
違わないでしょと思う。望まなくても、その気でなくても相手が加虐を求めたら、受け入れて被虐嗜好で歓喜しないとならないなんて、何も変わらないと答えると、相手は再び暫く黙り込んだ。
《俺が思うSMとな、フィがSMだと思ってんのは別もんなんだぞ?リエ。》
《でも、彼はSMするって縛るし殴る……。》
《そりゃ履き違えってんだよ。痛め付けても、お前は何もよくねぇだろ?違うか?だから出来ねぇ時は出来ねぇでいいんだよ。気にすんな。》
そんな風に自分を元気づけようとしている、顔も知らない友人。でも間違っている等と意見したら更に自分は酷い目に合わされるのが分かってしまうから、アキコはこのままヒッソリと堪えるしかないのだと思う。そう素直にトノには言えてしまうのが、奇妙で不思議に感じる。多分最初にトノを相手に選ばなかったのは、これが理由なのだろうとアキコはキーを打ちながら考えてしまう。トノはぶっきらぼうだけど嘘をつかないし本当は凄く優しくてアキコの思うことをそのまま引き出してしまうから、アキコには彼のその力が怖くて選べなかったのだ。
《…………なぁ、本気で俺と会ってみねぇか?愚痴に付き合ってやるからよ。》
そしてこうして自分を心配してくれて話を聞くから会おうと言う言葉にも他意がない。本当に自分を心配していて会ってアキコが怪我をしていないか確認するつもりなのだろうし、会って必要だと思ったらきっと彼なら助けてもくれるのだろう。
《優しいね。》
《おお、下心あるからな。》
《ふふ、下心か…………そんなの持つのに相応しい人間じゃないよ、私は。》
茶化すような言葉だけど、アキコを心配しているのは揺らぎもしない。会ったこともないのにと思うが、シュンイチ立ってあったこともなかったのにここまで来てしまった。闇の中あの哭き声が遠く微かに聞こえた気がするが、聞こえたからといって何も変わらない。それよりも近い寝室の鼾の方がアキコにとって遥かに問題で、アキコはここから枷もないのに閉じ込められて逃げ出すことも出来ないのだ。
《お前は相変わらず自己評価が低いからな。どうせ、しんどくてもそれが自分には当然で、何もかもしかたがねぇって考えてるんだろ?》
《そうかも………………ね…………。》
《考えとけ、何時でもいいんだ。お前がそうしたいと思ったら何時でもいいんだぞ?ん?》
そんな自分にここまで優しい友人。そしてアキコにとって他にも沢山優しい友人はいるのに、何故自分はシュンイチを選んで囚われてしまったのだろう、そう思ったら苦く熱い涙が溢れだしていた。
家に帰り無理矢理、射干玉の闇の中から引きずり出した雌奴隷はまるで言うことを聞かずに、泣きじゃくりながら床に転がされた。麻縄を引き出して手を出せといっても嫌がるばかりで言うことを聞きやしないのに苛立ちが増して殴り付けると、やっと素直に言うことに従う有り様だ。痛い・苦しいの連呼で一つも言うことを聞かないのに呆れながら後ろ手に縛り、せめてもの情けでソファーに座って陰茎をしゃぶったらこれ以上虐めないでやると囁く。
「痛いことはいやなんだろ?しゃぶっていかせたら気持ちよくしてやる。」
ところが膝の間にしゃがみこみシュンイチの顔をドンヨリと濁った瞳で見上げるアキコは、それに対して従うこともなく虚ろに拒否を示すように頭を振る。カチンと来てその頭を拳骨で思い切り殴ると、アキコはそのまま項垂れて啜り泣き始めていた。何でこんなに言うことを聞かなくなったのだろうと奥歯を噛み締めてシュンイチは、その頭を見下ろし耳障りな啜り泣きに足がカタカタと貧乏ゆすりを始めるのに気がつく。昔からこれは良くない癖だと母親から何度もお仕置きされたのに、今になってアキコが言うことを聞かなすぎるから悪い癖が再発してしまっていた。
何でお前が言うことを聞かなくなってるんだ。
苛立ちにもう一度ガツンと音をたてて拳骨で殴り付けてやると頭が床にゴツンと大きな音をたてて落ち、そのままグッタリと動かなくなってアキコが失神したのに気がつく。後ろ手に縛られ上半身を鬱血させたまま床に頭をつく姿は、まるで土下座でもしているみたいで酷く滑稽だがそれを見ても苛立ちは一つも収まらなかった。
何でこんなに思う通りならない。
奴隷二号に相応しい女も見つからないし、当のアキコはまるで言うことを聞かない愚図の役立たずだ。腹の奥でまるで蛇がとぐろを巻いて、這いずり回っているような苛立ちが収まらない。こんな風に感情がコントロール出来なくなるのはこれが初めてではなくてアキコと出会う前にもあって、それが一時収まったのはアキコが従順にシュンイチのものになったからだった。言うことさえ聞けば、これも落ち着くのにと冷えた目でピクリともしないて頭を見下ろす。
介抱しないのか?
頭の中で理性的な声が指摘する。本当はわかってる筈だ、アキコは本当に気絶しているし、その原因は拳で殴ったからでお前のせいだと声は言う。同時にいいや、それはアキコが言うことを聞かないからで、お前のせいではないという声もする。だが理性的な声はこうも言う、
本当はわかっているだろう?お前は自分がされて嫌だったり苦しかったことを彼女にしている。
母親の躾が常軌を逸しているのは薄々感じてはいたが、だからといって母が過ちを犯したとは思えない。確かに母親の躾は厳しかったが、相応の過ちを犯したから罰を与えられただけであって間違いではない筈だ。アキコだって大人しく言う通りにすれば躾られないのに、言うことを聞かないから罰を与えられただけであって
お前のすることはSMの範疇を逸脱している
そんなことはない。麻縄も鞭も張り型も媚薬だって、SM小説には付き物で定番。ライトノベルになんかもっと激しい洗脳なんかのSM小説がゴロゴロしているんだし、シュンイチはアキコでそれを実践していこうとしているだけだ。その答えが既に噛み合わなくなっているのだと、シュンイチは分からないようになっているのだが。
それは空想の中で、現実ではない。人間にはできない。
そんな筈がないと心の中で反論する。架空で出来もしない物語を鵜呑みにするほど自分は子供でも馬鹿でもないし、その中の幾つかは既にアキコに試してきた。それに以前のアキコは従順にそれに従って、ちゃんと性的に反応してきたのだ。
なら何故今になってアキコは逆らっているんだ?
それはアキコが我が儘になっているからだ。自分が唯一の妻になったことで、奴隷の本分を忘れてしまったに違いない。だから、シュンイチの言うことに逆らったり従わなかったりして、殴られることになるのだ。ああ、でも殴って気絶させているのは駄目なんじゃないだろうか。アキコは看護師だ、でもアキコは病気になっているから、看護師としての判断は出来なくなっているかもしれない。以前は喜んでしゃぶったのに、今では濁った瞳で見上げ嫌がるのはどうしてだ。
まさか…………体臭とか?
不意に不安に刈られてシュンイチは立ち上がると、風呂場に駆け込み自分の体に身に付けていたものを剥ぎ取り体を洗い始める。そうして満足するくらい体を洗って風呂から出たとき、何気なく見下ろしたアキコの腕が紫色に変色しているのに気がついて慌てて縄を解き放つ。それでもアキコはグッタリしたままで、弛緩した体はまるで人形みたいだ。
これでも気絶のふりなのか?
矛盾している。理解できているのにわざと悪い方を選択してしまっているのも、過ちに向かって進んでいるのも分かっていて止まらない。しかも、次第にマトモでいられる時間の方が短くなっている気がする。まるで病にかかって悪化の一途を辿っているような気分で、シュンイチは麻縄を握り縄の目の痕を肌にくっきりと残した紫色に変色した肌を見下ろしていた。
※※※
暮明の中ヒッソリと音をたてないように動く。それは無意識に行っているのだが、今はシュンイチは寝室で鼾をかいて寝ているから本当はそこまで息を殺さなくてもいいかもしれない。それでもそっと寝室を抜け出し電気をつけることもなく、暮明の中でパソコンを起動させた。それは話したくなったからで、その話をしたい相手は一人だ。静かにパソコンを起動させてメールを送ると、待ち構えていたみたいに直ぐ様返事が来て何時ものチャットルームで落ち合う。
《よぉ元気か?ん?》
それに何と答えていいのかアキコにはもう分からない。鼾をかいて寝ている男に縛られ放置された両腕はジンワリと痺れていて、どのくらい縛られたまま放置されていたのか分からないのだ。それが普通のことなのか、SMとしては正しいことなのか聞いてみたくて調教師でもあったトノと話がしたかった。
《よくわからない……。》
思わず返した曖昧な返事。明確に答えるには頭は薬で鈍磨し過ぎていて、的確に答えを言葉に変えられない。それに相手はモニター越しなのに気がついているみたいに、僅かに間を置いて問いかけてくる。
《上手くいってねぇのか?ゴシュジンサマとは。》
上手く……は、いっていない。自分でもそう思うのだけれど、それがSMとして必要なのに自分が受け入れられないのが問題なのか、シュンイチが可笑しいのかが分からないと思う。そしてそれをどう問いかけたら正解が得られるか、今の薬で鈍磨した頭では理解が出来ない。
《……それも……わからない……。腕、縛られて紫になったよ……。》
《……随分だな。痛むか?痺れは。》
《……よくわかんない……でも動くから大丈夫……。》
《他に怪我は?他に酷いことされてねぇか?》
《……変わらないよ……、へいき。》
《お前の平気は全然平気じゃねぇからな、どこか痣になってないか?内出血は?》
会ったこともない相手の言葉が心に柔らかく暖かみを与える。だけど、同じことを他の男にも幾分とは言え感じていたから、自分はここに奴隷になりに来たのだと苦く心に鋭い棘が突き刺さった。だから痣や内出血だらけになっていても、トノにはそうとは答えられない。この相手はシュンイチとは違うと分かっていても、自分にはそれをもう話すことが出来ないのだ。
《……なぁ?一度会うか?俺と。》
《会う?》
そんなのは無理だ、自分は既に別な相手の所有物でトノと会うことは出来ない。そう思っているのを見透かされたように、相手は調教師と奴隷としてではなく友達として会うくらいいいだろとログを流す。でも自分の飼い主だと言う人間は、恐らく友人だとしても男と会うのは許さないし、会えばそのあとのお仕置きが酷くなるだけだとも分かっていた。
《たまには息抜きしとけよ。俺は夜仕事だしよ、自営業だ何時でもお前に付き合ってやるぞ?ん?》
《息抜き……私、今……仕事もしてないのに?》
《息抜きってのは仕事だけじゃねぇよ、生きてくにも息抜きってのは必要なんだぞ。》
《生きてく…………。》
《何でも好きなもん食わせてやるし、行きたいとこ連れてってやる。映画はどうだ?ん?好きなやつ一緒に見に行くか?ホラーでもなんでも。》
そんな優しい気遣い。ここでは気遣いされる価値も失いつつある筈の自分を労り、元気づけようとしてくれる相手にこれ以上の心配をかけたくはなかった。それでももう今の自分は空元気どころか、一片の虚勢すら張ることも全く出来なくなってしまっている。まるで何一つ生きている実感がなくて、次第に自分の魂が軽く闇に包まれてあの土蔵の奥深くに閉じ込められてしまいそうだ。
《生きて……るのかな……私。》
《ああ?》
《何だか、だんだん……実感がなくなってくの…………。》
相手は暫し無言になって、アキコも自分がおかしなことをいっているのだと思って苦笑いしてしまう。休職中の職場からウノシズコや少し年上の先輩であるヨツクラからも体調を心配するメールが来ていたし、実はチャイムも何度かなったのにアキコは答えることも出来ず寝室に籠ったままやり過ごしていた。
そして今は鼾をかいて寝ているシュンイチの隣では眠れずリビングのソファーの座りながら、長い夜を経営しているバーの仕事場から繋いでいるという友人とこんな世間話をしている。もうシュンイチとのSMはアキコの身体が受け付けないしセックスも無理になりつつあるが、それをどうしようもない自分。それを素直にトノに話すと、上手く受け入れる方法を教えてくれるかと思ったのに
《……仕方がねぇよ。SMってのはメンタルが大きいんだ、無理することじゃねぇんだよ。出来ねぇなら出来ねぇんだ。》
調教師だった人間がそんなことを容認して言うのが可笑しくて仕方がない。前の彼ならその気がなくてもその気にさせてやるという筈なのに、何故自分にだけそんなことを言ってアキコの心の方を容認してしまうのだろう。
《当たり前だろ?俺がしてた仕事とお前の環境は違うんだよ。》
違わないでしょと思う。望まなくても、その気でなくても相手が加虐を求めたら、受け入れて被虐嗜好で歓喜しないとならないなんて、何も変わらないと答えると、相手は再び暫く黙り込んだ。
《俺が思うSMとな、フィがSMだと思ってんのは別もんなんだぞ?リエ。》
《でも、彼はSMするって縛るし殴る……。》
《そりゃ履き違えってんだよ。痛め付けても、お前は何もよくねぇだろ?違うか?だから出来ねぇ時は出来ねぇでいいんだよ。気にすんな。》
そんな風に自分を元気づけようとしている、顔も知らない友人。でも間違っている等と意見したら更に自分は酷い目に合わされるのが分かってしまうから、アキコはこのままヒッソリと堪えるしかないのだと思う。そう素直にトノには言えてしまうのが、奇妙で不思議に感じる。多分最初にトノを相手に選ばなかったのは、これが理由なのだろうとアキコはキーを打ちながら考えてしまう。トノはぶっきらぼうだけど嘘をつかないし本当は凄く優しくてアキコの思うことをそのまま引き出してしまうから、アキコには彼のその力が怖くて選べなかったのだ。
《…………なぁ、本気で俺と会ってみねぇか?愚痴に付き合ってやるからよ。》
そしてこうして自分を心配してくれて話を聞くから会おうと言う言葉にも他意がない。本当に自分を心配していて会ってアキコが怪我をしていないか確認するつもりなのだろうし、会って必要だと思ったらきっと彼なら助けてもくれるのだろう。
《優しいね。》
《おお、下心あるからな。》
《ふふ、下心か…………そんなの持つのに相応しい人間じゃないよ、私は。》
茶化すような言葉だけど、アキコを心配しているのは揺らぎもしない。会ったこともないのにと思うが、シュンイチ立ってあったこともなかったのにここまで来てしまった。闇の中あの哭き声が遠く微かに聞こえた気がするが、聞こえたからといって何も変わらない。それよりも近い寝室の鼾の方がアキコにとって遥かに問題で、アキコはここから枷もないのに閉じ込められて逃げ出すことも出来ないのだ。
《お前は相変わらず自己評価が低いからな。どうせ、しんどくてもそれが自分には当然で、何もかもしかたがねぇって考えてるんだろ?》
《そうかも………………ね…………。》
《考えとけ、何時でもいいんだ。お前がそうしたいと思ったら何時でもいいんだぞ?ん?》
そんな自分にここまで優しい友人。そしてアキコにとって他にも沢山優しい友人はいるのに、何故自分はシュンイチを選んで囚われてしまったのだろう、そう思ったら苦く熱い涙が溢れだしていた。
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