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末期
130.
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お祖母さんが蛇を殺したから、うちの家系は呪われている。
まだ小学生でしかないアキコに向かって、伯母は秘密の事を打ち明けるように後ろ暗い話を共有するように言ったのだった。お前がここに来たから夜中に訪れてアキコの肌を舐め触った影が、呪いの蛇の具現化した姿なのだと。
だから、辰年生まれの女は特別でお化けが見える。
蛇を殺した呪いが、何故無差別に血族の子供ではなく、辰年生まれの・しかも女にだけ現れるのか。関係する理由は実は何一つわからない。そこに理由を見いだそうとすること自体が間違いなのかもしれないし、僅かにアイヌの血を引いて開拓地で産まれ育った祖母が蝮が多い土地にいたのは事実だ。同時にアイヌの血族や開拓者は蛇を忌避するのも事実だし、アイヌの人間は蛇を殺すと山にキチンと埋葬し神に返すという。ただ祖母は辰年ではないし、アキコと叔父の娘以外辰年生まれもいない。だから、男でも辰年なら同じなのかもわからないし、例えばアキコや従妹が辰年の男と結婚すればどうなのかという話しもある(ヤネオシュンイチは一つ年上で卯年だったし。)が試すほどのことではない。殺したのが辰年の年という可能性もあるのかもしれないが、それにしたって結局はこじつけにしかならない気がするのは、殺された方の蛇が干支を理解していて関係するなんてありうるのか?という単純な疑問があるだけだからだ。
蛇だったら巳年でもありじゃない?
なんて思うのは巳年の孫も一人いるからで、それは伯父の次男。ただし、伯父も叔父もどちらかと言えば父親似なのに、アキコの父・アツシは確実に母親にの顔立ちで色素の薄い瞳をしてもいた。面長の顔をした祖父似にているのは目元くらいで、顔の形も髪の色までアツシは祖母と同じで一番祖母の血を受け継いでいると言える。
因みに伯母はどこの出身かはアキコは知らないが、太っているせいなのか一重で細い目に薄い耳朶をした顔立ちは、他のタガの家系の人間がパッチリとした二重で福福とした耳朶をした特徴と比較しても違う土地を思わせるのだ。
どこかっていうか………………ヤネオの特徴とにてる
それは兎も角今でも、伯母の告げた言葉はアキコの耳に焼き付いたままだったのは事実。
最後の自殺企図のアキコの書き残していた遺書には、過去に伯母から言われた言葉について記されていたと言う。両親達には心底申し訳ないのだがアキコ自身には、遺書の内容に何と残したのかそれらの記憶が今は全くないのだ。薬のせいか一旦呼吸も止まり死にかけたせいなのか、何を書いたか以前に書いたことすら記憶になくなってしまっていて、両親に問いかけられてもそんなものを書いていたの?とキョトンとしてしまう有り様。だが離婚して実家に戻り暫くたって落ち着いた頃、その手紙を差し出されアツシから小学生のあの時何が起こったのかについて聞かれて話をしたことがあったのだ。
父と離れて一夜の内に起きた、あの忌まわしい影がアキコにしたこと。
それが祖母のせい起こったことで、アキコの体にある血筋がそういうことを引き付けるという。それをお前のせいと口にした伯母。そしてそれに同席していて何も言わなかった伯父のことも。アツシだけでなくミヨコも共にアキコの話を全部聞くと顔色を青ざめさせていた。まさか娘が親戚の家に預けられている内にそんな目に遭っているなんて、両親は今の今まで知りもしなかったのだ。しかも現実的に同時に蛇の呪いなんて超自然的な要素を排除して考えれば答えは一つしかなくて、しかもアキコという娘は他の男にも痴漢されるような可愛らしい娘だったのも知っている。
どう考えても伯父もしくは伯父の息子である長男がやったとしか思えない。
当時のあの家の中の人間で、小学校の高学年のアキコより身体の大きかった人間は三人だけ。伯父と伯母夫婦と一つ年上の長男だけで、一つ年下の次男はアキコより背が低く、四つしたの三男は病弱で更に身体が小さかったし小学低学年なのだ。非現実的なモノを排除したらアキコに馬乗りになって、性的な悪戯をするような興味を持つ可能性があるのは従兄の方が可能性は高いだろう。
最後にアキコに父でもありその話をアキコにした人物を義理の姉に持つアツシが、重々しい口調で問いかけた。
「アキコ、お前は今その言葉についてどう思う?」
その問いにアキコは直ぐには答えられなかった。
何故なら、それが嘘なのか本当なのか今でもアキコには分からなかったからだ。血縁が呪われていると言うのは本当なのか?嘘なのか?嘘だとしたらあの影は従兄弟か伯父だったのか?それを隠すためについた伯母の嘘なのか?嘘だとしたら自分はどうしたらいいのか?それと同時に自分の中のモノの存在も確かに感じていて、それが何なのかも理解しつつあるアキコには伯母の言葉の部分的には嘘かもしれないと知っていても全ての非現実を否定も出来ない。
何しろ自分の血の中に普通ではないものが存在したのは事実なのだから…………
出任せで話したかもしれないが、その点だけは過ちではなくてアキコは全てが嘘だと思うとは答えられないでいる。
※※※
アキコは実家に戻り静養してから、一先ず何もかもが元通りとはいかないまでも看護師として働き始めることができた。あれ以来色恋沙汰には拒否反応があって、何度か周囲から告白されても拒否しかできないし、再三見合いの話がくるがそれも愛想笑いで流すしかない。それ以外は別段、周囲の人間とは代わりなく普通に生活できていると思う。
では、伯母のいう呪いの原因を作ったと言う祖母・コハルはどうしているのか。
祖母は祖父の葬儀以降は、叔父の家の一室で暮らしているが、持病はあるものの身の回りのことは自分でしているし元来勝ち気なので電話でも口が悪い。
『憎まれっ子世に憚るんだよ。中々死なないね。』
態々電話を掛けてきて、こちらが出るとなんだいたのかと悪態をつくような祖母・コハル。いつもこんな様子で、自分のことを憎まれっ子なんて言う始末で、自分自身に対してまで悪態をついているような人だ。
そんな祖母は珍しく父がいる時間を見計らってかけてきて、アキコが離婚したということは既に話していたらしく更に珍しく電話口にアキコを出せと言う。何しろ自分に対してもこうだから、いったい離婚についてどんな悪態が飛んでくるのかと戦々恐々といった感じでアキコが受話器を受けとると、少しの間会話を交わした後普段にない声音であっけらかんと言われた。
『良かったじゃないか、そんなろくでなしとさっさと別れられて。』
予想もしない祖母の言葉に、アキコはポカーンと呆気にとられて言葉を失う。
炭鉱に勤めていた一介の炭鉱夫の祖父・タガカツオは、南から北までの沢山の土地を流れ歩いてきたという。その妻だった祖母は、恐らくその場の他の炭鉱夫やその家族などとも渡り歩かないといけなかったのだろう。それに記憶の中でも祖父は大量に飲酒する人だったから、それに妻として祖父にも対抗しながら三人の息子を育てていた祖母は強くならないと生きていれなかったのだ。既に仕事も辞めている好好爺姿しか知らないアキコには想像もつかないが、鉄板的な昭和の父親像を考えると何となく分からないでもないし血気盛んな男性が多かっただろう炭鉱夫だったのだ。祖母は悪態をついて虚勢をはって周囲と張り合わないと、強く生きないと生きられない環境にいたのだと思う。それでもてっきり夫に我慢できないアキコが悪いのだと、祖母からは散々言われることだろうと思っていた。でも、とても優しい声音で伝えられた言葉に生まれて始めて、祖母の本当の気持ちが見えたような気がしていた。
「そうかな?」
『そうだね。そんなろくでなしが付いてたら、アキコ、いい男が転がっててもおちおち引っかけられんっしょ。』
そう口にした祖母はアキコの結婚式にも招待していたが、アキコには飛行機が面倒だと断られていたのだ。そう最初は聞いていたのだが後日ミヨコから祖母は足が悪く体調も悪かったから旅行ができない状態だったのだと聞いているし、結婚式の写真に大喜びして破格のお祝いを母に送り『私からだとは言うなよ?!』と念を押しているのだ。そんな風に結婚を喜んでくれた筈の祖母が、離婚しないと新しイイ男が見つからないから離婚して良かったなんて憎まれ口をたたく。
新しい考えで祖母を見てみると、実は口の悪さも照れ隠しなのだと分かった。
本当は寂しいし、息子夫婦や孫がどうしているか気になっているから電話をかける祖母。でも、素直に寂しいから、そう言うのは自分らしくない。だからこちらが電話に出ると慌てて出る言葉が、「なんだいたのか」と憎まれ口をたたく。自分から電話をかけてきたのに、真っ先にその言葉はひねくれているにも程がある。でも、照れ隠しなのだと分かると、何だか可愛らしい気がするのだ。
こうして改めて話していると蛇に呪われた原因を作ったと伯母に言われてから、何故か無意識にアキコは祖母を鬼のように思って腫れ物でもさわるように遠ざけていたようだ。
「転がってたら苦労ないよ、お祖母ちゃん」
『わかんねぇぞ?家出たら道路に落ちてるかもしんねぇっしょ。馬鈴薯みたいに。お前は棄てた命も拾ったんだ、男なんか簡単に拾えるさ。』
祖母がカラカラと笑う。
両親や弟はアキコに近すぎて自殺企図をみているから、出来事が生々しくこんな風に笑い飛ばすことができない。血縁の中でこんな風にアキコの自殺未遂を笑い飛ばしたのは、後にも先にも祖母だけだった。後日父が祖母だけにはアキコがあやうく死にかけたことも話したと教えてくれたが、それでも祖母はアッサリと生きてたんならそれでいいと言ったという。それを聞いて逆に私は、祖母らしいなと思ったものだ。
『ま、楽にしな。』
そう言って受話器は父に返される。鬼のように思っていたのにたったこれだけのことで、祖母のイメージが逆転してしまった。でも、そんな祖母でも呪われているのか、それともあれはただの言い逃れのための嘘なのか?
アキコには、答えが分からない。
※※※
もう一人の辰年生まれの女はどうしているのだろう。
父の弟にあたる叔父の娘。丁度一回り年の違うアキコの従妹は今も実家にいるというが、実は彼女とは彼女が生まれてから一度も話をしたことがない。大体にして直接出会うタイミングがないので、彼女が何か不思議なものを見ているかどうかも分からない。不思議なものに襲われたことがあるかどうかも分からない。しかし、直接出会ったからと言って、その質問が出来るともおもえなかった。
「父さん、叔父さんとこの末っ子は今どうしてるのかな?」
「さあなぁ。電話で子供の話をしないからな、あいつは。」
父は伯父とは普通に接しているが、実は父は余り叔父とは交流がない。それが祖父の葬儀の時の喧嘩のせいかとアキコは思っていたが、元々叔父とは年が離れていたので子供の頃から上手く付き合えないのだと語った。父自身は余り祖父母の手のかからない子供だったが、末っ子の叔父はかなり両親に甘やかされていて良く思えなかったんだとコッソリ話してくれたのだ。そう言えば葬儀の時結局は祖父の土地は、叔父がそのまま家を建てて祖母も一緒に住むことで相続することになったなと思い出す。
そして従妹は文字通り実家から出ない生活をしている。
そう、彼女は所謂世に言う引きこもりなのだ。そうなっている理由は知らないが彼女は高校生以降、家に引きこもって仕事をすることもなく両親の庇護の中にいる。それが自分と同じ蛇の呪いの結果なのかはアキコには分からない。
蛇に呪われた家系は何も問題はないのだろうか。
アキコにはそれがどうかは正直に言うと分からない。でも今のところ、伯父の子供もアキコ達姉弟も叔父の子供も………………合計で七人、呪いの発端だとされた祖母の孫が存在している。そしてその七人の誰一人が、結婚もせず子供がいないのだ。
最年長はアキコより一つ上の伯父の長男である従兄で当然結婚はしていなくて、ズングリと太っていて実家で暮らしている。その兄弟達も一番下は一回り下の叔父の長女である従妹で、既にアキコが三十三を迎えるのだから、従妹は二十一歳になるのだ。つまりどの孫もとうに結婚してもおかしかくない年代をとうに越しているだ。そして祖父母の血縁は少なく、実は殆ど存命の者がいない。つまりはこのままいくとアキコ達の世代で我がタガ家は断絶することになる。
大袈裟に聞こえるだろうか?
今からだって結婚して子供ができるかも?そうかもしれない。でも叔父の子供達だけはまだ二十代だが他はもう三十代、それでいてアキコ以外には一度も結婚の話は聞いたこともないのだ。アキコの弟も人柄は優しいし、家族の欲目でも見た目も悪くないのに実は今まで彼女が出来たと聞いたこともない。おまけに嫁にいった筈のアキコはアキコで、こうして出戻ってしまった訳でもある。自分の中の特別な血の半分は他の従兄弟達の中にも僅かずつではあるだろうが流れていて、アキコの弟なんかはアキコと同じ血が流れているのだ。
まだ小学生でしかないアキコに向かって、伯母は秘密の事を打ち明けるように後ろ暗い話を共有するように言ったのだった。お前がここに来たから夜中に訪れてアキコの肌を舐め触った影が、呪いの蛇の具現化した姿なのだと。
だから、辰年生まれの女は特別でお化けが見える。
蛇を殺した呪いが、何故無差別に血族の子供ではなく、辰年生まれの・しかも女にだけ現れるのか。関係する理由は実は何一つわからない。そこに理由を見いだそうとすること自体が間違いなのかもしれないし、僅かにアイヌの血を引いて開拓地で産まれ育った祖母が蝮が多い土地にいたのは事実だ。同時にアイヌの血族や開拓者は蛇を忌避するのも事実だし、アイヌの人間は蛇を殺すと山にキチンと埋葬し神に返すという。ただ祖母は辰年ではないし、アキコと叔父の娘以外辰年生まれもいない。だから、男でも辰年なら同じなのかもわからないし、例えばアキコや従妹が辰年の男と結婚すればどうなのかという話しもある(ヤネオシュンイチは一つ年上で卯年だったし。)が試すほどのことではない。殺したのが辰年の年という可能性もあるのかもしれないが、それにしたって結局はこじつけにしかならない気がするのは、殺された方の蛇が干支を理解していて関係するなんてありうるのか?という単純な疑問があるだけだからだ。
蛇だったら巳年でもありじゃない?
なんて思うのは巳年の孫も一人いるからで、それは伯父の次男。ただし、伯父も叔父もどちらかと言えば父親似なのに、アキコの父・アツシは確実に母親にの顔立ちで色素の薄い瞳をしてもいた。面長の顔をした祖父似にているのは目元くらいで、顔の形も髪の色までアツシは祖母と同じで一番祖母の血を受け継いでいると言える。
因みに伯母はどこの出身かはアキコは知らないが、太っているせいなのか一重で細い目に薄い耳朶をした顔立ちは、他のタガの家系の人間がパッチリとした二重で福福とした耳朶をした特徴と比較しても違う土地を思わせるのだ。
どこかっていうか………………ヤネオの特徴とにてる
それは兎も角今でも、伯母の告げた言葉はアキコの耳に焼き付いたままだったのは事実。
最後の自殺企図のアキコの書き残していた遺書には、過去に伯母から言われた言葉について記されていたと言う。両親達には心底申し訳ないのだがアキコ自身には、遺書の内容に何と残したのかそれらの記憶が今は全くないのだ。薬のせいか一旦呼吸も止まり死にかけたせいなのか、何を書いたか以前に書いたことすら記憶になくなってしまっていて、両親に問いかけられてもそんなものを書いていたの?とキョトンとしてしまう有り様。だが離婚して実家に戻り暫くたって落ち着いた頃、その手紙を差し出されアツシから小学生のあの時何が起こったのかについて聞かれて話をしたことがあったのだ。
父と離れて一夜の内に起きた、あの忌まわしい影がアキコにしたこと。
それが祖母のせい起こったことで、アキコの体にある血筋がそういうことを引き付けるという。それをお前のせいと口にした伯母。そしてそれに同席していて何も言わなかった伯父のことも。アツシだけでなくミヨコも共にアキコの話を全部聞くと顔色を青ざめさせていた。まさか娘が親戚の家に預けられている内にそんな目に遭っているなんて、両親は今の今まで知りもしなかったのだ。しかも現実的に同時に蛇の呪いなんて超自然的な要素を排除して考えれば答えは一つしかなくて、しかもアキコという娘は他の男にも痴漢されるような可愛らしい娘だったのも知っている。
どう考えても伯父もしくは伯父の息子である長男がやったとしか思えない。
当時のあの家の中の人間で、小学校の高学年のアキコより身体の大きかった人間は三人だけ。伯父と伯母夫婦と一つ年上の長男だけで、一つ年下の次男はアキコより背が低く、四つしたの三男は病弱で更に身体が小さかったし小学低学年なのだ。非現実的なモノを排除したらアキコに馬乗りになって、性的な悪戯をするような興味を持つ可能性があるのは従兄の方が可能性は高いだろう。
最後にアキコに父でもありその話をアキコにした人物を義理の姉に持つアツシが、重々しい口調で問いかけた。
「アキコ、お前は今その言葉についてどう思う?」
その問いにアキコは直ぐには答えられなかった。
何故なら、それが嘘なのか本当なのか今でもアキコには分からなかったからだ。血縁が呪われていると言うのは本当なのか?嘘なのか?嘘だとしたらあの影は従兄弟か伯父だったのか?それを隠すためについた伯母の嘘なのか?嘘だとしたら自分はどうしたらいいのか?それと同時に自分の中のモノの存在も確かに感じていて、それが何なのかも理解しつつあるアキコには伯母の言葉の部分的には嘘かもしれないと知っていても全ての非現実を否定も出来ない。
何しろ自分の血の中に普通ではないものが存在したのは事実なのだから…………
出任せで話したかもしれないが、その点だけは過ちではなくてアキコは全てが嘘だと思うとは答えられないでいる。
※※※
アキコは実家に戻り静養してから、一先ず何もかもが元通りとはいかないまでも看護師として働き始めることができた。あれ以来色恋沙汰には拒否反応があって、何度か周囲から告白されても拒否しかできないし、再三見合いの話がくるがそれも愛想笑いで流すしかない。それ以外は別段、周囲の人間とは代わりなく普通に生活できていると思う。
では、伯母のいう呪いの原因を作ったと言う祖母・コハルはどうしているのか。
祖母は祖父の葬儀以降は、叔父の家の一室で暮らしているが、持病はあるものの身の回りのことは自分でしているし元来勝ち気なので電話でも口が悪い。
『憎まれっ子世に憚るんだよ。中々死なないね。』
態々電話を掛けてきて、こちらが出るとなんだいたのかと悪態をつくような祖母・コハル。いつもこんな様子で、自分のことを憎まれっ子なんて言う始末で、自分自身に対してまで悪態をついているような人だ。
そんな祖母は珍しく父がいる時間を見計らってかけてきて、アキコが離婚したということは既に話していたらしく更に珍しく電話口にアキコを出せと言う。何しろ自分に対してもこうだから、いったい離婚についてどんな悪態が飛んでくるのかと戦々恐々といった感じでアキコが受話器を受けとると、少しの間会話を交わした後普段にない声音であっけらかんと言われた。
『良かったじゃないか、そんなろくでなしとさっさと別れられて。』
予想もしない祖母の言葉に、アキコはポカーンと呆気にとられて言葉を失う。
炭鉱に勤めていた一介の炭鉱夫の祖父・タガカツオは、南から北までの沢山の土地を流れ歩いてきたという。その妻だった祖母は、恐らくその場の他の炭鉱夫やその家族などとも渡り歩かないといけなかったのだろう。それに記憶の中でも祖父は大量に飲酒する人だったから、それに妻として祖父にも対抗しながら三人の息子を育てていた祖母は強くならないと生きていれなかったのだ。既に仕事も辞めている好好爺姿しか知らないアキコには想像もつかないが、鉄板的な昭和の父親像を考えると何となく分からないでもないし血気盛んな男性が多かっただろう炭鉱夫だったのだ。祖母は悪態をついて虚勢をはって周囲と張り合わないと、強く生きないと生きられない環境にいたのだと思う。それでもてっきり夫に我慢できないアキコが悪いのだと、祖母からは散々言われることだろうと思っていた。でも、とても優しい声音で伝えられた言葉に生まれて始めて、祖母の本当の気持ちが見えたような気がしていた。
「そうかな?」
『そうだね。そんなろくでなしが付いてたら、アキコ、いい男が転がっててもおちおち引っかけられんっしょ。』
そう口にした祖母はアキコの結婚式にも招待していたが、アキコには飛行機が面倒だと断られていたのだ。そう最初は聞いていたのだが後日ミヨコから祖母は足が悪く体調も悪かったから旅行ができない状態だったのだと聞いているし、結婚式の写真に大喜びして破格のお祝いを母に送り『私からだとは言うなよ?!』と念を押しているのだ。そんな風に結婚を喜んでくれた筈の祖母が、離婚しないと新しイイ男が見つからないから離婚して良かったなんて憎まれ口をたたく。
新しい考えで祖母を見てみると、実は口の悪さも照れ隠しなのだと分かった。
本当は寂しいし、息子夫婦や孫がどうしているか気になっているから電話をかける祖母。でも、素直に寂しいから、そう言うのは自分らしくない。だからこちらが電話に出ると慌てて出る言葉が、「なんだいたのか」と憎まれ口をたたく。自分から電話をかけてきたのに、真っ先にその言葉はひねくれているにも程がある。でも、照れ隠しなのだと分かると、何だか可愛らしい気がするのだ。
こうして改めて話していると蛇に呪われた原因を作ったと伯母に言われてから、何故か無意識にアキコは祖母を鬼のように思って腫れ物でもさわるように遠ざけていたようだ。
「転がってたら苦労ないよ、お祖母ちゃん」
『わかんねぇぞ?家出たら道路に落ちてるかもしんねぇっしょ。馬鈴薯みたいに。お前は棄てた命も拾ったんだ、男なんか簡単に拾えるさ。』
祖母がカラカラと笑う。
両親や弟はアキコに近すぎて自殺企図をみているから、出来事が生々しくこんな風に笑い飛ばすことができない。血縁の中でこんな風にアキコの自殺未遂を笑い飛ばしたのは、後にも先にも祖母だけだった。後日父が祖母だけにはアキコがあやうく死にかけたことも話したと教えてくれたが、それでも祖母はアッサリと生きてたんならそれでいいと言ったという。それを聞いて逆に私は、祖母らしいなと思ったものだ。
『ま、楽にしな。』
そう言って受話器は父に返される。鬼のように思っていたのにたったこれだけのことで、祖母のイメージが逆転してしまった。でも、そんな祖母でも呪われているのか、それともあれはただの言い逃れのための嘘なのか?
アキコには、答えが分からない。
※※※
もう一人の辰年生まれの女はどうしているのだろう。
父の弟にあたる叔父の娘。丁度一回り年の違うアキコの従妹は今も実家にいるというが、実は彼女とは彼女が生まれてから一度も話をしたことがない。大体にして直接出会うタイミングがないので、彼女が何か不思議なものを見ているかどうかも分からない。不思議なものに襲われたことがあるかどうかも分からない。しかし、直接出会ったからと言って、その質問が出来るともおもえなかった。
「父さん、叔父さんとこの末っ子は今どうしてるのかな?」
「さあなぁ。電話で子供の話をしないからな、あいつは。」
父は伯父とは普通に接しているが、実は父は余り叔父とは交流がない。それが祖父の葬儀の時の喧嘩のせいかとアキコは思っていたが、元々叔父とは年が離れていたので子供の頃から上手く付き合えないのだと語った。父自身は余り祖父母の手のかからない子供だったが、末っ子の叔父はかなり両親に甘やかされていて良く思えなかったんだとコッソリ話してくれたのだ。そう言えば葬儀の時結局は祖父の土地は、叔父がそのまま家を建てて祖母も一緒に住むことで相続することになったなと思い出す。
そして従妹は文字通り実家から出ない生活をしている。
そう、彼女は所謂世に言う引きこもりなのだ。そうなっている理由は知らないが彼女は高校生以降、家に引きこもって仕事をすることもなく両親の庇護の中にいる。それが自分と同じ蛇の呪いの結果なのかはアキコには分からない。
蛇に呪われた家系は何も問題はないのだろうか。
アキコにはそれがどうかは正直に言うと分からない。でも今のところ、伯父の子供もアキコ達姉弟も叔父の子供も………………合計で七人、呪いの発端だとされた祖母の孫が存在している。そしてその七人の誰一人が、結婚もせず子供がいないのだ。
最年長はアキコより一つ上の伯父の長男である従兄で当然結婚はしていなくて、ズングリと太っていて実家で暮らしている。その兄弟達も一番下は一回り下の叔父の長女である従妹で、既にアキコが三十三を迎えるのだから、従妹は二十一歳になるのだ。つまりどの孫もとうに結婚してもおかしかくない年代をとうに越しているだ。そして祖父母の血縁は少なく、実は殆ど存命の者がいない。つまりはこのままいくとアキコ達の世代で我がタガ家は断絶することになる。
大袈裟に聞こえるだろうか?
今からだって結婚して子供ができるかも?そうかもしれない。でも叔父の子供達だけはまだ二十代だが他はもう三十代、それでいてアキコ以外には一度も結婚の話は聞いたこともないのだ。アキコの弟も人柄は優しいし、家族の欲目でも見た目も悪くないのに実は今まで彼女が出来たと聞いたこともない。おまけに嫁にいった筈のアキコはアキコで、こうして出戻ってしまった訳でもある。自分の中の特別な血の半分は他の従兄弟達の中にも僅かずつではあるだろうが流れていて、アキコの弟なんかはアキコと同じ血が流れているのだ。
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