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始まりの妖精の森
5.リリア・フラウ
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扉を開けた。
確かにカウフマンから聞いた空き家のポーチで、真新しいプランターの下から鍵を見つけ出した。その鍵でリリアは、空き家の扉の鍵をあけ自らの手で扉を開いたのだ。
家の扉を開けたのよね?
なのに何故今リリアは鬱蒼と緑が両側に茂る小路に、ポツンと立っているのだろう。クルリと振り返るとある筈の扉は影形もなく、手に握っていた筈のドアノブも消え去った。つい今まで握っていた筈のドアノブの感触が、指にしっかりと冷たく残っているのに手の中は空を掴んでいる。
どういうこと?ここは何処なの?
辺りを見回しても、深い木々に包まれた小道にはサワサワと柔らかに葉擦れの音が周囲を包む。道端には澄んだ小川がサラサラと流れ、覗きこむリリアの影に驚いた小魚が四方に逃げ惑う。どう見ても建物の中には見えない周囲の景色に、リリアは戸惑いながら立ち尽くした。
どう見てもここは先ほどまでのフォート村には見えないわ。
先ほど歩いて登ってきた小路より遥かに豊かな緑にリリアは戸惑いながら、ユックリと踏みしめるように踏み出す。フカフカした緑の感触はまるでビロードの絨毯のようで、リリアは足が微かに沈むのを感じながら平坦な道を進む。
微かに道の先が登りに代わり、先から奇妙な足を踏む音が音楽のように響き始める。ズーッと引き摺る後にドンと跳ねる音が幾つも連なり、音楽のように聞こえるのだ。
ズードンドン、ズードドン、ズードドン、ズードン
繰り返される音は一定で、まるで揃えて躍りを踊るように丘の向こうにある。リリアの体の中に迄響いてくるような音は、消えることもなく更に数を増していくように聞こえた。
相手も驚く、可笑しな踊り、輪になる色男の手も、差し出されない、可笑しな踊りぃ
キイキイとした女の声が、一定の音に甲高い節をつけて歌っている。木立の間を歩きながらリリアはそのキテレツな歌声に何処か聞き覚えがあるような気がした。ガサリと藪を掻き分けると、輪になって足を引き摺りながら跳ね回る小人のような姿を見下ろす。
ズードンドン、ズードドン、ズードドン、ズードン
足を引き摺る後にピョンピョン跳ねる独特の動きをする小人は、頭を振り体を捻るようにしながら踊り続ける。
ヘンキーノウにゃ、ヘンキーがわんさ、相手がなくても、可笑しな踊りぃ
ヘンキー?一体何の事なのかしら、彼女らの名前なのかしら。そう考えながら奇妙な踊りの輪をリリアは眺めた。何処から見ても奇妙な踊りで真似の仕様がないのだが、彼女らは飽きることなく踊り続ける。足を引き摺らないで踊れはしないのかしら?あんなに引き摺ったら足が痛くなりそうと、リリアが勝手に考え少し身動ぎした途端足元で踏まれた小枝がパキリと二つに割れた。
バッと彼女らは躍りを止めて、ドングリのような真っ黒な瞳で一斉にリリアの姿を見上げる。
『あれはヘンキーかね?』
輪の中の一人がキイキイと聞く。
『ヘンキーにしては大きすぎないかね?』
輪の中の別な一人が聞く。どうやら彼女らはヘンキーという種族なのだとリリアは考えながら、脅かしたことを謝りながら前に進み出る。ヘンキー達は背の高いリリアに後退りながら、反り返るように彼女を見上げた。
『こりゃ確かにヘンキーじゃない。』
『ヘンキーじゃないなら、なんだね?』
『キルムーリかね?』
また意味のわからない名前が飛び出してきて、リリアは困惑しながら首を捻り屈みこんだ。
「ヘンキーはあなた達ね?私はヘンキーではないわ。」
『ヘンキーじゃない!』
『ヘンキーじゃない!!』
屈みこんだリリアを突然彼女らは囲み、大きなキイキイ声でヘンキーじゃないと叫びだす。思わずキンキンとけたたましい声に耳を塞いだリリアを、更にヘンキーは輪になってワイワイと声を上げる。その声があまりにもけたたましくてリリアは悲鳴を上げたが、ヘンキーの声にはかなわない。
『おどきよ!ヘンキーのお嬢さんがた!』
唐突な声にヘンキー達が再び凍りついたように立ち止まり、その声の主をドングリのような真っ黒な瞳で見上げる。そこには丘の上にオレンジの陽の光を背に受けて、真っ黒な影が一つ立っていた。
『彼女はナール・ヴァンデラーの客人だよ!ヘンキーのお嬢さんがた!』
『ナールのお客様?』
『ナールのお客様なの?』
『ナールにお客様。』
口々にヘンキー達は呟くと蜘蛛の子を散らすように、四方に向かって藪の中に駆け込む。まるで何もなかったようにヘンキー達の姿は緑の中に消え去り、リリアは驚いたように耳から手を離して立ち上がった。ピョンピョンと丘の上から片足で降りてき声の主は、よく見ると仮面をつけた道化の姿をしている。足は二本有るが片方の足は、カードのジョーカーのように膝から曲がり靴の先の銀の鈴がリンリンと震えた。
『久しぶりだね、リリア』
「あなた私を知っているの?」
リリアより遥かに背の高い道化は、仮面の口を真横にニイと引いて愛嬌のある笑顔をつくって見せる。
『ドルフの扉を潜ってきたのかい?』
「ドルフの扉?」
問い返したリリアの顔を道化は首をコテンと真横に転ばせて、腰を折り曲げ仮面の顔をグイと寄せた。上から下まで眺め回すように見た道化は、ヤアと驚いたように跳ね上がりキリモミのように回転する。足だけでなく道化の頭についた銀の鈴がリンリンと、涼やかな音で歌い出す。
『こりゃ失礼、このリリアは私は初対面のようだ。』
それってどういう意味なのと問いかける前に、道化は激しく再び跳ね上がり回転する。驚いて後退るリリアに道化は、片足で器用に膝を折り曲げ大袈裟にお辞儀した。
『初めまして、私はナール・ヴァンデラー。』
丁寧な名乗りあげに続いてナールは貴族がするように手袋の手を差し出し、思わずそれに手を乗せたリリアの手の甲に恭しく仮面の口で口づける。
『ナールは愚かな道化だ、お見知りおきを。』
「リリア・フラウよ。よろしく、ナール。」
リリアの言葉に気をよくしたのか、ナールはニイと再び仮面の口を真横に引いた。ヒョンと音もなく立ち上がったナールは、片足でグルリと辺りを見回してからリリアを見下ろす。
「ナール、一つ聞いてもいい?」
『なんだね?リリア・フラウ。』
「先ほどのドルフの扉とは何の事なの?」
ふむとナールは顎に手を当てて首をコテンと真横に転ばせ、リリアを仮面の瞳で頭から足先まで眺め回す。何時まで経っても答えようとしないナールに、リリアは戸惑いながら見上げる。
「ナール。」
『なんだね?リリア・フラウ。』
「私の質問に答えてくれる気があるのかしら?」
『そうさね、リリア・フラウ。質問に答える気はあるのかというのなら、答えはイエスだがね。』
ピョンとナールの足が丘に向かって進み、リリアを振り返った。
『一先ず丘を越えよう、リリア・フラウ。ここは立ち話にはお邪魔なんだよ。』
ピョンピョンと跳ねるナールについて、質問に答えてもらえない不満を感じながらリリアは歩き始める。やがて中腹まで丘を上がり振り返ると、驚いたことに既に先ほどの場所にはヘンキー達が輪を作り始めていた。あの場所は彼女らの集会の場所のようだ。彼女らは踊り好きでねとナールが陽気に呟くのを横に、リリアはなるほどあそこにいてはさぞかし邪魔だっただろうと考える。
丘を越えると一面が黄色の花で敷き詰められている花畑だった。ピョンピョン歩くナールの足元は変化がないのに、リリアが歩くとまるで花弁が舞い上がるように飛び散る。
凄いわ、なんて綺麗。
美しくキラキラと光を放ち足元で上がる花弁を名残惜しく眺め振り返ると、そこに今まで居たはずのナールの姿が掻き消していた。
「ナール?」
ほんの一瞬だった筈なのに、振り返ると煙のように姿は何処にもない。見渡す限り黄色一色の花畑は、リリアよりも体の大きなナールが隠れられるような物は何もなかった。唖然としてリリアは、辺りを何度もキョロキョロと見渡す。歩き回る度にサラサラと花弁が飛び散る中で、戸惑うリリアは花畑の切れ目に細い小路があるのを見つける。もしかして、ナールはあの道を進んだのかもしれないと、リリアは両手で藪を分けた。
小路は細いが緑の絨毯は同じく続いていて、リリアでもどうにか進めそうだ。恐る恐る道を進むと、高い藪に次第に自分が小人になってしまったような気分になる。
『やぁ、それは可笑しい。』
不意に響き渡る深く低い声に、リリアは驚いて息を殺した。何か恐ろしいものでもいるのかもしれないと心の中で考えた途端、低い声は本当に声をあげて笑いだす。
『お嬢さんは小人にはならないし、私は恐ろしい化け物でもないよ。上を見上げてごらん、お嬢さん。』
低い声にリリアは思わず上を見上げると、頭の上には豊かな林檎の実を着けた大木の幹がある。立派な枝だわと心の中で呟くと、唐突に大木の幹にある節が口のように笑みを浮かべた。
『お褒めの言葉嬉しいね、お嬢さん。』
リリアの目の前で林檎の木の幹に、三つの節が集まり枝を中心に顔を形作る。大きな節が口になり、小さな二つの節が瞳になって、藪の中に立つリリアを眺めた。恐る恐る進み出ると、藪が途切れ豊かな大木が目の前に姿を現す。林檎は幾つも枝に陽の光を反射して、見事に真紅に輝いている。
「こんにちわ、私はリリア・フラウよ。」
『やあ、リリア。私はアップル・ツリーマン、この林檎の園の主だ。』
そういわれて眺めると、大木の幹の横に小さな林檎の木が幾つも育っていて農園と呼ぶのに相応しい眺めだ。林檎はどれも熟して陽の中に輝いていて、リリアは感嘆に目を細めた。
「ルビーみたいに見事な林檎ね、ミスター。」
『嬉しいね、リリア。ところで、タイミングよく来たリリアに一つお願いが有るんだがね?』
申し訳なさそうに声をかける農園の主の言葉に、リリアは素直に応じる。
『申し訳ないんだが、私の枝に成っている林檎を私の子供達に一個ずつ配ってはくれまいか?』
「いいわよ、枝の林檎を配ればいいのね?」
リリアが快く応じたのに農園の主は喜びの声をあげて、太い枝をグゥッとリリアの手が届くように下ろす。襟に巻いていたスカーフを篭のようにして、リリアは林檎を枝から丁寧に摘み取り始める。軽くなった枝を振る農園の主を眺めながら、リリアは背後に並ぶ農園の主よりは小さな林檎の木に向かう。すると小さな林檎の木達は枝を手のように差し出して、リリアの手渡す林檎を大事そうに受け取って丁寧に頭を下げる。
『アリガト』
「どういたしまして、はい、あなたも。」
『アリガト』
なんとも不思議な可愛らしい林檎の木の集団に、リリアは楽しげに林檎を配り終えた。そうして農園の主の元に戻ると、大木はユサユサと幹を揺らして頭を下げ低く響く声で語りかける。
『助かったよ、リリア。私の子達はそろそろ旅立つのに林檎を与えられないままになるところだった。』
「何時もはどうなさるの?ミスター。」
『何時もならこの時期にシルキーが森の教会から来てくれるんだがね、リリア。』
森の中に教会があるのとリリアが言うと、農園の主は枝を揺らしてそうさと頷く。背後を見ると小さな中でも少し枝振りの広い林檎の木が、イソイソと地面から足のように根を抜きあげる。
「林檎の木のは何処へ行くの?」
『色々な場所に行って私になるのさ、リリア。』
「そうなの、林檎の木も大変なのね。」
リリアの言葉に可笑しそうに農園の主は笑い、気がついたようにリリアの姿を見下ろした。
『いかん、忘れるところだった。大事な恩人にお礼をしなくては、リリア。』
え?とリリアが農園の主を見上げると、農園の主は枝を震わせて太い枝を彼女に向けて差しのべる。その立派な幹には、金色に輝く見事な林檎が重たげに実っていた。
「ミスター、頂いていいの?」
『ああ、恩人にお礼さ、リリア。』
立派な金色の林檎を受け取ったリリアの横を、礼儀正しく頭を下げながら林檎の木達が順に列になって旅立っていく。寂しそうに鼻をならす農園の主が、思い出したようにリリアを見下ろした。
『ところで、何故農園に紛れ込んだのかね?リリア。』
「そうだわ、ミスター。私どうしてこの世界に紛れ込んでしまったのか分からないの。だから、ナールが何かを答えてくれそうだから、ナールを探しているのよ。」
リリアの困惑の声に農園の主は、思案するようにフウムと唸り声を上げる。ワサワサと葉を散らしながら大木は考え込むと、やがて思い出したように農園の主は幹を揺らして、森の方を太い立派な枝で指差した。
『森の教会のフェノゼリーなら何か知っているかもしれんよ、リリア。』
森の教会は黄色の花畑の先の小路を真っ直ぐに進み、水車小屋に出たら、川に沿って森の中に進むといいと農園の主は丁寧に説明する。
『何処かで林檎の木を見たら話しかけてごらん、何かお役にたつだろう。』
どの林檎の木も農園の主の子供だから、金の林檎を持っていれば役に立つだろうと農園の主が告げた。リリアは感謝の言葉を告げて、林檎をスカーフにくるみポケットに大切にしまう。再び藪を分けて小路を戻り始めると、低く響く声が藪の隙間を抜けて流れ込む。
『気をつけておいき、リリア。クー・シーには特に気を付けるんだよ?』
え?とリリアが咄嗟に振り返ろうとした瞬間、強い風が藪を揺らしリリアの手が藪を分けるのを邪魔をする。やっと風が収まり藪を分けて見上げても、何処にもあの立派な林檎の枝は姿を消して青空が広がるばかりだ。途方にくれて辺りを見回すが、何時まで経っても青空しか見えないのに気がついてリリアは藪を進むのを再開する。やがて藪を抜け黄色の花畑に戻ると、リリアはその縁を選んで花畑を歩き始めていた。
確かにカウフマンから聞いた空き家のポーチで、真新しいプランターの下から鍵を見つけ出した。その鍵でリリアは、空き家の扉の鍵をあけ自らの手で扉を開いたのだ。
家の扉を開けたのよね?
なのに何故今リリアは鬱蒼と緑が両側に茂る小路に、ポツンと立っているのだろう。クルリと振り返るとある筈の扉は影形もなく、手に握っていた筈のドアノブも消え去った。つい今まで握っていた筈のドアノブの感触が、指にしっかりと冷たく残っているのに手の中は空を掴んでいる。
どういうこと?ここは何処なの?
辺りを見回しても、深い木々に包まれた小道にはサワサワと柔らかに葉擦れの音が周囲を包む。道端には澄んだ小川がサラサラと流れ、覗きこむリリアの影に驚いた小魚が四方に逃げ惑う。どう見ても建物の中には見えない周囲の景色に、リリアは戸惑いながら立ち尽くした。
どう見てもここは先ほどまでのフォート村には見えないわ。
先ほど歩いて登ってきた小路より遥かに豊かな緑にリリアは戸惑いながら、ユックリと踏みしめるように踏み出す。フカフカした緑の感触はまるでビロードの絨毯のようで、リリアは足が微かに沈むのを感じながら平坦な道を進む。
微かに道の先が登りに代わり、先から奇妙な足を踏む音が音楽のように響き始める。ズーッと引き摺る後にドンと跳ねる音が幾つも連なり、音楽のように聞こえるのだ。
ズードンドン、ズードドン、ズードドン、ズードン
繰り返される音は一定で、まるで揃えて躍りを踊るように丘の向こうにある。リリアの体の中に迄響いてくるような音は、消えることもなく更に数を増していくように聞こえた。
相手も驚く、可笑しな踊り、輪になる色男の手も、差し出されない、可笑しな踊りぃ
キイキイとした女の声が、一定の音に甲高い節をつけて歌っている。木立の間を歩きながらリリアはそのキテレツな歌声に何処か聞き覚えがあるような気がした。ガサリと藪を掻き分けると、輪になって足を引き摺りながら跳ね回る小人のような姿を見下ろす。
ズードンドン、ズードドン、ズードドン、ズードン
足を引き摺る後にピョンピョン跳ねる独特の動きをする小人は、頭を振り体を捻るようにしながら踊り続ける。
ヘンキーノウにゃ、ヘンキーがわんさ、相手がなくても、可笑しな踊りぃ
ヘンキー?一体何の事なのかしら、彼女らの名前なのかしら。そう考えながら奇妙な踊りの輪をリリアは眺めた。何処から見ても奇妙な踊りで真似の仕様がないのだが、彼女らは飽きることなく踊り続ける。足を引き摺らないで踊れはしないのかしら?あんなに引き摺ったら足が痛くなりそうと、リリアが勝手に考え少し身動ぎした途端足元で踏まれた小枝がパキリと二つに割れた。
バッと彼女らは躍りを止めて、ドングリのような真っ黒な瞳で一斉にリリアの姿を見上げる。
『あれはヘンキーかね?』
輪の中の一人がキイキイと聞く。
『ヘンキーにしては大きすぎないかね?』
輪の中の別な一人が聞く。どうやら彼女らはヘンキーという種族なのだとリリアは考えながら、脅かしたことを謝りながら前に進み出る。ヘンキー達は背の高いリリアに後退りながら、反り返るように彼女を見上げた。
『こりゃ確かにヘンキーじゃない。』
『ヘンキーじゃないなら、なんだね?』
『キルムーリかね?』
また意味のわからない名前が飛び出してきて、リリアは困惑しながら首を捻り屈みこんだ。
「ヘンキーはあなた達ね?私はヘンキーではないわ。」
『ヘンキーじゃない!』
『ヘンキーじゃない!!』
屈みこんだリリアを突然彼女らは囲み、大きなキイキイ声でヘンキーじゃないと叫びだす。思わずキンキンとけたたましい声に耳を塞いだリリアを、更にヘンキーは輪になってワイワイと声を上げる。その声があまりにもけたたましくてリリアは悲鳴を上げたが、ヘンキーの声にはかなわない。
『おどきよ!ヘンキーのお嬢さんがた!』
唐突な声にヘンキー達が再び凍りついたように立ち止まり、その声の主をドングリのような真っ黒な瞳で見上げる。そこには丘の上にオレンジの陽の光を背に受けて、真っ黒な影が一つ立っていた。
『彼女はナール・ヴァンデラーの客人だよ!ヘンキーのお嬢さんがた!』
『ナールのお客様?』
『ナールのお客様なの?』
『ナールにお客様。』
口々にヘンキー達は呟くと蜘蛛の子を散らすように、四方に向かって藪の中に駆け込む。まるで何もなかったようにヘンキー達の姿は緑の中に消え去り、リリアは驚いたように耳から手を離して立ち上がった。ピョンピョンと丘の上から片足で降りてき声の主は、よく見ると仮面をつけた道化の姿をしている。足は二本有るが片方の足は、カードのジョーカーのように膝から曲がり靴の先の銀の鈴がリンリンと震えた。
『久しぶりだね、リリア』
「あなた私を知っているの?」
リリアより遥かに背の高い道化は、仮面の口を真横にニイと引いて愛嬌のある笑顔をつくって見せる。
『ドルフの扉を潜ってきたのかい?』
「ドルフの扉?」
問い返したリリアの顔を道化は首をコテンと真横に転ばせて、腰を折り曲げ仮面の顔をグイと寄せた。上から下まで眺め回すように見た道化は、ヤアと驚いたように跳ね上がりキリモミのように回転する。足だけでなく道化の頭についた銀の鈴がリンリンと、涼やかな音で歌い出す。
『こりゃ失礼、このリリアは私は初対面のようだ。』
それってどういう意味なのと問いかける前に、道化は激しく再び跳ね上がり回転する。驚いて後退るリリアに道化は、片足で器用に膝を折り曲げ大袈裟にお辞儀した。
『初めまして、私はナール・ヴァンデラー。』
丁寧な名乗りあげに続いてナールは貴族がするように手袋の手を差し出し、思わずそれに手を乗せたリリアの手の甲に恭しく仮面の口で口づける。
『ナールは愚かな道化だ、お見知りおきを。』
「リリア・フラウよ。よろしく、ナール。」
リリアの言葉に気をよくしたのか、ナールはニイと再び仮面の口を真横に引いた。ヒョンと音もなく立ち上がったナールは、片足でグルリと辺りを見回してからリリアを見下ろす。
「ナール、一つ聞いてもいい?」
『なんだね?リリア・フラウ。』
「先ほどのドルフの扉とは何の事なの?」
ふむとナールは顎に手を当てて首をコテンと真横に転ばせ、リリアを仮面の瞳で頭から足先まで眺め回す。何時まで経っても答えようとしないナールに、リリアは戸惑いながら見上げる。
「ナール。」
『なんだね?リリア・フラウ。』
「私の質問に答えてくれる気があるのかしら?」
『そうさね、リリア・フラウ。質問に答える気はあるのかというのなら、答えはイエスだがね。』
ピョンとナールの足が丘に向かって進み、リリアを振り返った。
『一先ず丘を越えよう、リリア・フラウ。ここは立ち話にはお邪魔なんだよ。』
ピョンピョンと跳ねるナールについて、質問に答えてもらえない不満を感じながらリリアは歩き始める。やがて中腹まで丘を上がり振り返ると、驚いたことに既に先ほどの場所にはヘンキー達が輪を作り始めていた。あの場所は彼女らの集会の場所のようだ。彼女らは踊り好きでねとナールが陽気に呟くのを横に、リリアはなるほどあそこにいてはさぞかし邪魔だっただろうと考える。
丘を越えると一面が黄色の花で敷き詰められている花畑だった。ピョンピョン歩くナールの足元は変化がないのに、リリアが歩くとまるで花弁が舞い上がるように飛び散る。
凄いわ、なんて綺麗。
美しくキラキラと光を放ち足元で上がる花弁を名残惜しく眺め振り返ると、そこに今まで居たはずのナールの姿が掻き消していた。
「ナール?」
ほんの一瞬だった筈なのに、振り返ると煙のように姿は何処にもない。見渡す限り黄色一色の花畑は、リリアよりも体の大きなナールが隠れられるような物は何もなかった。唖然としてリリアは、辺りを何度もキョロキョロと見渡す。歩き回る度にサラサラと花弁が飛び散る中で、戸惑うリリアは花畑の切れ目に細い小路があるのを見つける。もしかして、ナールはあの道を進んだのかもしれないと、リリアは両手で藪を分けた。
小路は細いが緑の絨毯は同じく続いていて、リリアでもどうにか進めそうだ。恐る恐る道を進むと、高い藪に次第に自分が小人になってしまったような気分になる。
『やぁ、それは可笑しい。』
不意に響き渡る深く低い声に、リリアは驚いて息を殺した。何か恐ろしいものでもいるのかもしれないと心の中で考えた途端、低い声は本当に声をあげて笑いだす。
『お嬢さんは小人にはならないし、私は恐ろしい化け物でもないよ。上を見上げてごらん、お嬢さん。』
低い声にリリアは思わず上を見上げると、頭の上には豊かな林檎の実を着けた大木の幹がある。立派な枝だわと心の中で呟くと、唐突に大木の幹にある節が口のように笑みを浮かべた。
『お褒めの言葉嬉しいね、お嬢さん。』
リリアの目の前で林檎の木の幹に、三つの節が集まり枝を中心に顔を形作る。大きな節が口になり、小さな二つの節が瞳になって、藪の中に立つリリアを眺めた。恐る恐る進み出ると、藪が途切れ豊かな大木が目の前に姿を現す。林檎は幾つも枝に陽の光を反射して、見事に真紅に輝いている。
「こんにちわ、私はリリア・フラウよ。」
『やあ、リリア。私はアップル・ツリーマン、この林檎の園の主だ。』
そういわれて眺めると、大木の幹の横に小さな林檎の木が幾つも育っていて農園と呼ぶのに相応しい眺めだ。林檎はどれも熟して陽の中に輝いていて、リリアは感嘆に目を細めた。
「ルビーみたいに見事な林檎ね、ミスター。」
『嬉しいね、リリア。ところで、タイミングよく来たリリアに一つお願いが有るんだがね?』
申し訳なさそうに声をかける農園の主の言葉に、リリアは素直に応じる。
『申し訳ないんだが、私の枝に成っている林檎を私の子供達に一個ずつ配ってはくれまいか?』
「いいわよ、枝の林檎を配ればいいのね?」
リリアが快く応じたのに農園の主は喜びの声をあげて、太い枝をグゥッとリリアの手が届くように下ろす。襟に巻いていたスカーフを篭のようにして、リリアは林檎を枝から丁寧に摘み取り始める。軽くなった枝を振る農園の主を眺めながら、リリアは背後に並ぶ農園の主よりは小さな林檎の木に向かう。すると小さな林檎の木達は枝を手のように差し出して、リリアの手渡す林檎を大事そうに受け取って丁寧に頭を下げる。
『アリガト』
「どういたしまして、はい、あなたも。」
『アリガト』
なんとも不思議な可愛らしい林檎の木の集団に、リリアは楽しげに林檎を配り終えた。そうして農園の主の元に戻ると、大木はユサユサと幹を揺らして頭を下げ低く響く声で語りかける。
『助かったよ、リリア。私の子達はそろそろ旅立つのに林檎を与えられないままになるところだった。』
「何時もはどうなさるの?ミスター。」
『何時もならこの時期にシルキーが森の教会から来てくれるんだがね、リリア。』
森の中に教会があるのとリリアが言うと、農園の主は枝を揺らしてそうさと頷く。背後を見ると小さな中でも少し枝振りの広い林檎の木が、イソイソと地面から足のように根を抜きあげる。
「林檎の木のは何処へ行くの?」
『色々な場所に行って私になるのさ、リリア。』
「そうなの、林檎の木も大変なのね。」
リリアの言葉に可笑しそうに農園の主は笑い、気がついたようにリリアの姿を見下ろした。
『いかん、忘れるところだった。大事な恩人にお礼をしなくては、リリア。』
え?とリリアが農園の主を見上げると、農園の主は枝を震わせて太い枝を彼女に向けて差しのべる。その立派な幹には、金色に輝く見事な林檎が重たげに実っていた。
「ミスター、頂いていいの?」
『ああ、恩人にお礼さ、リリア。』
立派な金色の林檎を受け取ったリリアの横を、礼儀正しく頭を下げながら林檎の木達が順に列になって旅立っていく。寂しそうに鼻をならす農園の主が、思い出したようにリリアを見下ろした。
『ところで、何故農園に紛れ込んだのかね?リリア。』
「そうだわ、ミスター。私どうしてこの世界に紛れ込んでしまったのか分からないの。だから、ナールが何かを答えてくれそうだから、ナールを探しているのよ。」
リリアの困惑の声に農園の主は、思案するようにフウムと唸り声を上げる。ワサワサと葉を散らしながら大木は考え込むと、やがて思い出したように農園の主は幹を揺らして、森の方を太い立派な枝で指差した。
『森の教会のフェノゼリーなら何か知っているかもしれんよ、リリア。』
森の教会は黄色の花畑の先の小路を真っ直ぐに進み、水車小屋に出たら、川に沿って森の中に進むといいと農園の主は丁寧に説明する。
『何処かで林檎の木を見たら話しかけてごらん、何かお役にたつだろう。』
どの林檎の木も農園の主の子供だから、金の林檎を持っていれば役に立つだろうと農園の主が告げた。リリアは感謝の言葉を告げて、林檎をスカーフにくるみポケットに大切にしまう。再び藪を分けて小路を戻り始めると、低く響く声が藪の隙間を抜けて流れ込む。
『気をつけておいき、リリア。クー・シーには特に気を付けるんだよ?』
え?とリリアが咄嗟に振り返ろうとした瞬間、強い風が藪を揺らしリリアの手が藪を分けるのを邪魔をする。やっと風が収まり藪を分けて見上げても、何処にもあの立派な林檎の枝は姿を消して青空が広がるばかりだ。途方にくれて辺りを見回すが、何時まで経っても青空しか見えないのに気がついてリリアは藪を進むのを再開する。やがて藪を抜け黄色の花畑に戻ると、リリアはその縁を選んで花畑を歩き始めていた。
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自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
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