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8月

105.オシロイバナ

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8月23日の土曜日になってもう少しで夏休みも終わりだと思うと、時間が過ぎるのって本当にあっという間だと思う。微かな雷鳴がして夕立なのか激しい雨脚を窓から眺めながら、私はボンヤリと考える。

自分は臆病だと言った雪ちゃんは、どうして好きでもない人と結婚したのかな。

雪ちゃんがあんなことを言うから、雪ちゃんと静子さんの恋を疑うような考えが心の中に巣を作ってしまったみたいだ。大人の気持ちはわからないけど、雪ちゃんがあのヘラッと笑顔を張り付けるようになったのも理由のひとつにあるのかな。そんなことを考えながら窓の外を眺めていたら、稲光が激しく空を貫いて耳を塞ぎたくなる轟音が地震みたいに響く。それと殆ど同時にバケツをひっくり返したみたいな雨、ゲリラ豪雨ってやつ?驚いてカーテンを閉めようとした時、家の前の道路を駆けてくる人影に気がついた。

やだ!雪ちゃん傘さしてない!!

土砂降りの中走ってくる姿に私は、弾かれたように窓から踵を返して階段をかけ降りる。

「ママ!雪ちゃんが!」

台所を覗くとホワイトボードに衛と買い物に行ってきますとメモがあって、そう言えばついさっき元気な行ってきますをドア越しに遠くに聞いたんだったと気がつく。2人が傘を持って行ったかどうかもわかんないけど、それより優先は雪ちゃんだ。私は慌てて玄関に駆け出しドアを開け放つ。

ゴンッ

あれ?と思った時には遅かった。凄くタイミング良くというか悪く私が扉を開けたもんだから、家に駆け込んできた雪ちゃんの頭にドアがクリーンヒットしてしまったのだ。

「ヴーッ!」
「ごめん!雪ちゃん!ごめんなさい!」

バシャバシャ音をたてる雨の中、頭を押さえてしゃがみこんでしまった雪ちゃんに私は飛び出して平謝りする。結局雪ちゃんが立ち直るほんの少しの間に、私まで雨でずぶ濡れになってしまっていた。

「雪ちゃん、頭大丈夫?血でてない?」

見せてという私に素直に頭を見せてくれるけど、音の割には頭に怪我してなくてホッとする。ホッとした途端ずぶ濡れの自分達に気がついて、慌ててタオルを取りに行くべきか服を脱ぐべきか悩む。

あ、脱いだら駄目だ、雪ちゃんがいる。

でも2人とも濡れてるんだけど、どうしたら一番適切?一先ずタオルを取りに走りながら、雪ちゃんにお風呂場に行くよう叫ぶ。

「雪ちゃん、洗面所で服脱いで!床は後で拭くから!」

走りだした私の言葉に雪ちゃんが分かったと返事をするのが聞こえる。一先ず自分がタオルを被って、廊下にも1枚タオルを投げてからバスタオルを持って勢いよく扉を開けた。瞬間後ろ手に扉を反射的に閉めながら目の前に見えた肌色に私は硬直して、自分が雪ちゃんに脱げと言ったんだったと気がつく。ポタポタと滴の落ちる髪の毛を掻きあげて後ろに撫で付けた雪ちゃんの顔が、扉を開けた私の存在に固まる。

下着履いててくれて良かった。いや、そうじゃない、下着は履いてるけど、他は裸な訳で。そう言えば雪ちゃんの上半身裸なんて見たことない。綺麗な筋肉だ、あ、腹筋割れてる、プールで男の子達が腹筋で盛り上がってたけど確かに納得。そうじゃない、何でこんな事を無意味に考え続けてるの?出ればいいんだよね?ごめんねって全裸じゃないんだし、従兄だし。

グルグルと考えが頭の中を跳ね回って、私はそのまま立ち尽くす。何でこんな時に限って雪ちゃんは何も言わないのと混乱した頭で呟いたのと、雪ちゃんの薄い紅茶色の瞳が私の視線とがぶつかったのは殆ど同時だった。私が扉を開けて入ったのに怒ったのかと思う程、雪ちゃんの表情は硬く見えるのに何時もとは違う。何故か後退る私の背中が、自然と扉に逃げ場を遮られている。

何で雪ちゃんが近いの?

雪ちゃんの瞳がさっきより近いのに気がついて、私は思わず見上げている自分に気がつく。トンッと私の頭の斜め上に雪ちゃんの腕が置かれて、本当に目の前に雪ちゃんの裸の胸がある。長い睫毛が髪の毛と同じ色なのに初めて気がついた私に、雪ちゃんは少し顔を傾げるようにして唇を重ねた。気がつくと柔らかくて熱い雪ちゃんの唇が、私の唇に押し当てられ塞いでいる。

あれ?雪ちゃんは寝惚けているの?頭の打ったからおかしくなったの?

混乱する頭がそう言っているのに、雪ちゃんは唇を離してくれない。私が息が出来なくて思わず押し当てられた唇を開けると、唐突にスルリと腰に雪ちゃんの手が回って抱き寄せられた。内気で奥手な訳じゃないけど、これって完全にキスだよね。このキスの意味は、なんなのか私には分からないよ。それなのに雪ちゃんは突然男の人になって、凄く長いキスを半分裸の姿で私にしてる。

「雪ちゃ……。」

もがいてやっと雪ちゃんのキスから逃げたのに、すかさずもう一度雪ちゃんの唇に襲われた。押しあてるだけじゃなく、柔らかく唇を挟むような私の知らないキスをする雪ちゃんは私の知らない雪ちゃんだ。しかも、そんな理由の分からない訳の分からない雪ちゃんとのキスなのに、されてる私は抱き締められる腕も唇もちっとも嫌だって感じてない。でも、これを喜んでいいのかどうなのか私には、どう考えても分からないでいた。
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