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二度目の7月

421.タツナミソウ

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7月3日 月曜日
予想していた通りってことは絶対言いたくなかったけど、朝学校に行くとクラスの中が既にざわついている。毎朝の楽しいざわめきじゃなくて、そうだ……去年の木村君が行方不明ってなったときみたいな、不安に溢れたざわめき。
情報班の瑠璃ちゃんが私の顔を見ておはようと言いながら、センセが交通事故で休みだって凄く不機嫌そうに言う。それにも実は驚きはしたんだけだ。雪ちゃんが連絡がとれないのに学校には連絡が来てたってことなのかなって、それは可能性としてはあるのかも知れない。でも、そうなると宇佐川さんは?鳥飼さんは関係する?でも、それと仁君は?智美君は?
それにしても瑠璃ちゃんのこんな不機嫌な顔を見たことがなくて、私がなんで不機嫌?って問いかけると瑠璃ちゃんは何時になく真剣な顔で言うんだ。

「週末の交通事故なんて何も情報ないし、事故で入院してるなら病院くらいわかる筈だもん、事故なんて嘘っぱちだよ。」

瑠璃ちゃん曰く職員室でもセンセが何処に入院しているか分からないし、センセは身内の人(宇佐川さんしかいないから、つまりは宇佐川さん)も一緒に事故にあったなんて言う話なんだって。教頭先生はセンセはその身内って人のこと(つまり宇佐川さんのこと)も知ってるらしい。それで事故の相手からの電話を受けたって言うけど、詳細を何一つ話してくれないのに激怒してるって。瑠璃ちゃんがどうしても交通事故情報なんて仕入れるかは兎も角、ってことは都立総合病院には入院してないってことなんだろうか。
そうして私が戸惑いながら教室内を見渡すと、仁君の席は勿論空席だし、智美君の席も同じ。しかもこんな時に何でか孝君も来てなくて、青ざめた香苗と早紀ちゃんの姿が目に入る。

一体……何が起きてるの?

戸惑いながら早紀ちゃんと香苗に近づいて、孝君は?って問いかける。早紀ちゃんが孝君のお母さんが体調を崩しててお休みするってと弱い声で呟くけど、それは本当のことなんだろうか。鳥飼さんのことと孝君のことは、本当に偶然で全く関係がないんだろうか。それ以上私は二人に何も聞くこともできないし、話すことも出来なくて戸惑いながら教室の空気を感じとる。

まるであの時みたい。

竜胆さんが爆弾を持って校内に来たって話だった時みたいに、空気が張り詰めてて今にも弾けてしまいそう。それなのに表立っては何もなかったみたいに、授業を受けて来週のテストの準備をしないとならない。でも誰もが落ち着かなくて、息が詰まりそう。



※※※



お昼休みにお弁当を食べる気にもなれなくて、私は香苗と早紀ちゃんとで生徒指導室の扉をあける。センセは盗まれるもんなんか殆どないって普段から扉には鍵をかけないから、当然みたいにカラカラと扉は開くけど。何時もだったら当たり前みたいに中にいて、何かようかぁって資料とかを作りながら顔をあげる筈のセンセがいない。教師に私の命を捧げますみたいに手当たり次第何でもかんでもやってるみたいなセンセが、普段のようにここにいないのは違和感過ぎ。
当然みたいに朝練してホースで水かけてたり、笑いながら挨拶してたり、呆れ顔で廊下で話してたり。センセの存在感って当然みたいに目に入るんだって、今更皆が気がつく。当然のものがないって、凄く戸惑うんだって知った。そのせいか何時もだったら賑やか過ぎてセンセに怒られてる教室の中が、まるでお通夜みたいに静まり返っていて誰も普段みたいに話もしないでいる。

「……何が起きたのかな…………。」

香苗が戸惑いながら小さな声で呟く。
私も早紀ちゃんもずっと同じことを考えてる。
早紀ちゃんは、おばさまがご病気なら当然のように連絡がある筈なのと話していた。それにもし孝君のお母さんが入院したとしても、孝君のお家にお弁当の話で毎朝顔を出すのが日課の早紀ちゃんがお家の人にも会えないなんてあり得ないっていう。早紀ちゃんは孝君のお家の家政婦さんたちも知ってるのに、今朝行ったら見たことのない人がいて孝君は病院に付き添ってるなんて言ったんだって。
それっている筈のない鳥飼さんの親戚と同じなんだろうか。
同じなんだとしたら一体何処まで関係しているのか、考えると凄く怖い。おかしなことが重なり過ぎてて、今の状況がマトモじゃないのは分かってる。でも分かってたからって高校生の私達に何か出来ることがあるのかって聞かれると、正直言うと答えはでないのも分かってる。
雪ちゃんはお仕事をしながらだけど、何かわかったら連絡するからと今朝言ってくれたけど本当に何かわかるんだろうか。
これって何処まで広がっているんだろう?
香苗は休み時間に何度か宇佐川さんや槙山さんに連絡してみたけど、やっぱり連絡は取れなかったっていう。雪ちゃんにはあんまり電話しないでって言われたけど、智美君も礼慈さんも敷島さんも試したけどやっぱり連絡がとれない。流石に仁君のことを雪ちゃんのお家で預かってるなんて皆に話すわけにはいかなくて、皆には秘密にしているけど。

「何時、元通りになるかしら…………。」

不安そうな早紀ちゃんの声に私も無人のままの生徒指導室を見渡す。センセがいないとこんなにこの部屋って寒々しくて広いんだって私も頭の中で呟いていた。
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