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6月

33.コリアンダー

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隠れた長所とでも言うべきなのか、料理好きなママの血をひいてるのか実は私はお菓子を作るのが得意だ。自慢じゃないけど、中学時代のバザーでは断トツで一番の売れ行きだった。勿論クッキー以外でも色々種類だって作れるんだけど、時間がかかることもあるからやむを得ず今回もクッキーだ。今回のはドロップクッキーよりはちょっと手のかかる絞りだしクッキー。味は上出来、普通の紅茶味だけじゃなく檸檬のピールが入ってるのもある。

まぁ、そんなことはおいておいて、唯今私は目下緊張の頂点にいる。

緊張の余りこんな無駄に沢山クッキーについての思考をしているんだけど、何故かといえばハンカチのお礼をしようと思っているのだ。
昨日借りたハンカチはキチンと洗濯してアイロンもかけて、一晩あの匂い袋の傍に置いておいた。ほのかに香る白檀の香りが元々香坂君から貰ったモノというのは格好がつかないけど、でも一番彼にあってる気がする。

「さ…早紀ちゃん……わ・渡せない…。」

朝から何度かチャレンジして既にもうお昼前だ。
意気地がないと思うけど、何だか改めてお礼って言って渡して「いらない」っていわれたり「めんどくさい」って思われちゃったり笑われたりしたらどうしよう、なんて思うとどうにも声すらかけられない。もう朝から何度もチャレンジしている私に、付き合ってくれている早紀ちゃんは少々呆れ顔だ。

「麻希ちゃんらしくないなぁ。」

もうと早紀ちゃんは苦笑しながら、突然私を引きずって何時もの席で文庫本を眺めてる香坂君の前まで引きすっていく。心の中で盛大に悲鳴をあげてる私を気にもしないで、早紀ちゃんは香坂君に意図も簡単に話しかけた。

「香坂君、麻希ちゃんが話があるんだって。」
「うん?何?宮井さん。」

穏やかで綺麗な声。
私はもうやけくそになってハンカチを差し出した。

「これ!昨日ありがとっ!!あ、後っ…これお礼に焼いたのっ!」

無理やり押し付けるようにして手渡した軽い包みを眺めながら、彼は華がほころぶ様ににこりと微笑んだ。
覗きにきていたほかのクラスの女の子達も息を呑むのがわかる程に綺麗な笑顔に私は硬直したように真っ赤になって、その香坂君の綺麗な表情を見つめる。
ミルク色の肌に浮かぶ綺麗なお人形みたいな花のような笑顔。
女の子よりも綺麗な笑顔に、一瞬クラスの中も息を呑んだような気がした。

「何?へぇ…手作りなんだ?クッキーかぁ、綺麗だな。」

出来る事ならギャーって叫びたいくらいだった。まさか目の前で香坂君が包みを開くなんて思わないよ。こんな姿を見る事になるなんて思いもよらないし、何かを食べる男の子の姿なんて他の子ならなんでもないのに香坂君だとどう見ていたら良いのか分からない。綺麗なミルク色の指が紅茶の香りを漂わせるクッキーをヒョイと摘まむのを、私は凄い動揺しながら見つめていた。

美味しくなかったらどうしよう。

一瞬そんなわけの訳のわからない不安が心に走る。パクンと口の中にその1つが入るのを私はまるで判決が下る前みたいな気持ちで息を呑んでみていた。

「あ、美味しい。宮井さんって料理上手なんだね。」

そう言いながらもう一度にっこりと綺麗に微笑んでくれたその顔に、今度は微かな黄色い歓声が背後に湧くのを感じたけどもうそれもどうでもい事だ。

あァ、ほんとにお菓子がつくれてよかった。

私は心の底からそう思った。
その後どうやって戻ったか殆ど記憶にないけどフラフラしながら席に戻り、早紀ちゃんがニコニコ笑いながら私の顔を眺めている。そんな私達の周りでは何故か女の子達が、香坂君の花のような笑顔を見られた興奮でワイワイしている。

「お疲れ様、麻希ちゃん。」

頑張りましたと私が脱力するのに、早紀ちゃんが心から楽しそうに笑う。
もー、他人事だと思って早紀ちゃんも人が悪いよ。心臓が止まりそうだったんだから、と少し不貞腐れながら私はイソイソと鞄の中から色気がないけどタッパーを持ち出す。これが何かって?決まってる、ちょっと焼き色が悪かったり、焼いてるうちに形が今一だったり、そんなB級判定の品質モノを香坂君にあげられるはずがない。いや、味は大丈夫なんだよ?ただ、この品は乙女心の現れだと思ってくれれば良いのです。と言う訳で、お昼ご飯の後だと言うのに、ちょっと女子はワイワイしてクッキーの品評会を開催しています。

「宮井さん、サクサクで美味しい!」
「紅茶味ってどうやるの?」
「檸檬のやつ、美味しいーっ!」

聞かれるので簡単な作り方を教えると、やっぱり女子はキャッキャするもので男子までその騒ぎに覗きこんでくる。何時の間にやら真見塚君まで騒ぎに巻き込まれたらしいけど、あ、そう言えば真見塚君は私のドロップクッキーは食べたことがあるんだった。巻き込まれて苦笑いしながら1つ口にした彼が、「美味しいね」と言いながら何時もの優等生の微笑みとは違う優しい笑顔を浮かべたのに早紀ちゃんが目を丸くする。その笑顔は何時もの真見塚君の笑顔よりはるかにずっと魅力的で、早紀ちゃんだけでなく他の女子もその笑顔にポカンとして見とれていたのは言うまでもない事だった。
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