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6月

閑話6.須藤香苗

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朝からシトシトシトシト雨降りの月曜日に気が滅入ってしまいそうだ。テストの後クラスの子達は何だか自分に遠慮しているみたいに、腫れ物に触るように扱われていて香苗は酷く苛立っていた。しかも、ここのところ矢根尾がまた合コンをしたいと再三言ってくる上に、麻希子を呼べと何度も言ってくるのが尚更腹立たしい。

「カナァ、あの時のマキって子、早く連れてこいよ。」

昨日エッチの最中にまた言われて、香苗は思わず矢根尾を上目使いに睨み付け不貞腐れた顔をする。

「何でマキの事そんなに気にするわけ?カナとエッチしてるのにマキの話しばっかり何なの?!」

そう言った途端、唐突に矢根尾は奥歯を噛む表情で言葉もなくキレた。後ろから四つん這いの香苗のアソコにアレを乱暴に捩じ込みながら、何度も力一杯平手で尻を叩き続ける。あまりにも叩かれるので怖くなった香苗が泣きだしながら矢根尾に謝っても、自分が気持ちよくなってセックスが終わるまで力一杯尻を叩くのを彼は止めない。やっと終わってベットに泣きながら崩れ落ちた時には、香苗のお尻は真っ赤な手形で腫れたようになってしまった。ジンジン痛むお尻をイヤらしい手つきで撫で回しながら、矢根尾は香苗にクドクドと説教を始める。

「この間俺があの子に大人の社会ってものを教えてやるってカナに言っておいた筈だろ?カナはあの子が我儘の自己中で困ってるんだよな?そう言ったのは嘘か?」

嘘つきはお仕置きだと矢根尾が力強い手でまた尻を叩き、香苗は泣きじゃくり悲鳴をあげながらごめんなさいと繰り返した。それでも香苗の尻を力一杯平手で叩くのと撫でるのを矢根尾は止めない。

「嘘じゃないならカナはあの子を俺のとこに連れてこないと駄目だよなぁ?なぁ、カナ。先生があの子を大人にしてやらないと駄目だよなぁ?」

お尻を叩かないでとお願いしても矢根尾は、力一杯平手で叩き続ける。何時までも矢根尾が尻を叩き撫で回すことを繰り返すのに、香苗が泣きながら言う通りにしますと繰り返し叫ぶと矢根尾は満足そうに微笑んだ。

成績の悪いテストがばかりが次から次へと帰ってくるけど、香苗はそれどころではなかった。赤点が幾つあってもそんなこと大したことではない、麻希子を誘うために何度もLINEに打ち込んだが1つも既読にならないのだ。梓にも相談したがスマホが壊れでもしたのかもと言われて、頭を抱えた。自分から話しかけたくはないがどうにかして呼び出さないと、今ですら座るのに苦痛なのにまたお仕置きをされる。出来る事なら大声を上げて、この気持ちを振り払ってしまいたいと思うのは香苗だけではない筈だ。
通常授業はテストが終わったせいで少し皆も気が抜けている様で、色々なところで欠伸は飛んでるし授業と関係ないことをしている子も何人かいる。独特の折り目をキチンと開くと、罫線の引かれたメモ用紙に震えないよう気をつけて文字を書き込んだ。

≪今日、一緒にカラオケ行こうよ?この間のメンツで。カナ≫

きれいに折り畳んだメモ用紙を麻希子まで回すよう頼むとクラスメイトは無言で投げるように隣の席へメモを回す。麻希子の席は私よりずっと後ろだから、麻希子がどんな表情かは香苗には見えないが、お願いだから行くって答えてと祈った。

友達だったら行くよね?行くって言うよね?

暫くしてメモが戻ってきたのに香苗は、不安に震えている自分を感じた。今まで麻希子は回したメモをそのまま返してきたことはなかったのだ。何時も可愛いメモ用紙に返事を態々書いて、可愛い折方で折り返してきてくれた。震える指で開くと自分の字の下に見慣れた麻希子の綺麗な字が書き込んである。

私いかない。誘わないで。

休憩時間にやっぱり気が変わってごめんね、やっぱり行くって言ってこないかと梓と2人でずっと麻希子を目で追っていた。でも、麻希子はクラスメイトの志賀とニコニコしながら話していて私は心底腹をたてる。友達としてどうなのよと梓に言うと、彼女もそうだよねと同意してくれてホッとした自分に気がつく。何で、ホッとしたのか私自身分からなくて、私はその手紙をジッと見下ろし黙りこむ。香苗は何で麻希子がこんなに自分のことを追い詰めているのだろうと、授業が始まっても考え込んだままだった。あんなに仲良くしていたのに、何で麻希子は私を避けるのか分からない。嫉妬してるんだって思ってきたけど、今の麻希子の方がずっと楽しそうにニコニコしてキラキラしているのはどうしてなのか分からない。香苗の方がずっとキラキラしてるはずなのに、そう考えながら香苗は俯いた。



※※※


今日も視界の中で麻希子が志賀とニコニコしているのが癪に障る。麻希子は自分との方が良かったはずなのにと考えると志賀の澄ました顔をひっぱたいてやりたくなると思った瞬間、ふと足が2人に向かっていた。人影に横に立って2人が揃って顔を揚げるのを見た途端、殴ってやろうと思っていた考えは麻希子をやり込める方に方向を変える。

「マキ……。カナのことどうして避けるの?」
「はぁ?」

冷ややかに答えた麻希子に更に苛立ちながら、周りに麻希子が自己中で意地悪をしたのだと分かりやすい様に香苗は心の中で舌を出しながら泣き真似をする準備をする。普通なら麻希子は泣き真似をすれば直ぐ折れて、自分が悪かったと謝ってくるのはわかっていた。そう考えるながら謝るのを待つのに、心底呆れたような麻希子の声が溢れ落ちた。

「何言ってんの?」
「昨日の手紙、超ぉショックだった…カナはマキの為に…せっかく喜ばせようと……酷い。」

嫌だったことや痛かったことを心の中で思い浮かべ言葉の先でメソメソと顔に手を当て泣き始める。思い浮かぶのが矢根尾にお仕置きされてるところばかりなのが、香苗の癪に更に障って本当に涙が溢れた。
今ここには他のクラスの子もちらほらいてその子達が心配そうに香苗の様子を伺っていて、これで充分麻希子を謝らせることが出来ると思った。なのに、麻希子は今までになく泣いている香苗の腕を掴んで、泣き真似をしている手を顔から無理矢理引き剥がすと真正面から睨み付けてくる。

「やめてよ!そう言うの!あんたは彼氏と仲良くしてるんだからいいじゃないの!」
「どうしてそんな酷いこと言うの?ただカナはマキに彼氏が出来たらいいなと思ったから。」
「そんなことひとっことも頼んでないし、被害者ぶって人前で泣くのもやめてよ!私は何もしてない!」

その言葉の口調の強さに一瞬教室が静まり返って、それに唖然としていた香苗が先に我に帰り思い出した泣き真似を再開した。しかし、何時までたっても麻希子は謝ろうとせず、香苗も内心何時までも泣き真似を続けるのにもうんざりし始める。そんな時クラスの騒ぎを聞き付けたのだろう面倒なことに担任が教室に足を踏み入れてきていた。強ばった顔をしたままの麻希子と泣き続けている香苗の背中を、担任が僅かに目を丸くして見つめているのが分かる。今回も担任に生活指導室と言われ2人で無言のまま、廊下を連れだって歩く。その最中に麻希子が謝ったら許してあげても良かったけど、麻希子は一言も口を利かなくて香苗は少し戸惑い始めていた。

何で麻希子はこんなに変わったんだろう。

香苗は先に指導室に入ったが、前回のこともあるし目の前の担任には何も言うつもりはなかった。担任は暫く香苗の様子をみていたが、1つ溜め息をついて香苗の顔を真っ直ぐに見つめる。

「須藤。」
「はぁーい、何ですかぁ?」

馬鹿にした声なのに担任は何も言わずに香苗のことを見つめていて、香苗は次第に少し居心地が悪くなった。何で担任は何時もそんなに真っ直ぐ見つめてくるのか分からないし、見つめられてるだけで何かを見透かされている気がして不快だ。大人なのに何にも知らない癖にと心の中が吐き捨てるようにつぶやくが、香苗にはその言葉の意味が自分でもわからなかった。

「須藤、何か問題が起きたら先生に相談するんだぞ?」
「はぁ?特に問題なんか。」
「分かったんなら教室に戻りなさい。」

話を途中で遮られたが、これだけで話が終わりなら香苗は文句はなかった。さっさとこの不快な視線から逃げて教室に戻ろうと扉を開けると、不貞腐れた麻希子が壁に寄りかかりながら立っている。
雨の音は微かに続いていて、他のクラスメイトは普通に授業を受けているのに2人はここにいるのが不思議な気がした。無言のまま先に出て担任の声に大人しく中に入る麻希子の姿に、一瞬麻希子は何も悪くないと考えた自分に気がつく。

麻希子をやり込めてやろうとしたけど、でも麻希子は何もしてない。私が謝らせたくて言いがかりで泣き真似しただけ。

そう考えた瞬間、自分がどうしてなのかこんなに麻希子を追い込もうとしているのか、香苗自身にも分からずその場に立ち尽くした。痛い思いをさせようとしたけど、そんなこと麻希子にして自分はどういうつもりなのだろうと、俯いたまま足元を見つめる。
考えれば考えるほど分からなくなって香苗は立ち竦み、小さなパタパタという雨の音を聞いていた。
その時ふと雨の合間に微かな男の笑い声が聞き取れた気がして、香苗は息を詰めて耳を澄ました。室内を歩く足音と和やかな気配の会話、それを聞き付けた瞬間怒りで頭が真っ赤に煮えるのが分かる。

あいつ、担任と一緒になって私のこと笑ってやがる。

本当にそうかも分からないのに、その瞬間香苗は麻希子と担任が自分を笑っているのだと確信していた。だから香苗は麻希子が知らないとこで彼女を鼻で笑ってやるためには、何かいい方法がないかと考える。麻希子が知らないとこで麻希子を笑い者にしてやるには、相手も麻希子を知っていないと駄目で木内梓では足りないのだ。何がいいかを必死で考えやっと1つ方法を考え出した。それは中学時代からの共通の友人に泣きつき、彼女が如何に酷いかを訴え慰めてもらうことだった。

麻希子が何も知らないところで、こんなに酷いことをされたのと訴え本気でされている気分になって香苗は声をあげて激しく泣く。最初は不信げだったけど本気で香苗が泣くのを見て友人は、本気で親身になって慰めてくれて香苗は被害者を体験できて充分満足して帰宅したのだった。



※※※


ちょっと話があるんだけどとLINEでなく普通の電話がかかってきた時正直香苗は少し怖いと思った。最近の麻希子は香苗のよく知っている子供な麻希子ではなくなって来ている気がした。大人な自分とはまた違う麻希子の姿は、香苗を酷く不安にさせる。怖いから香苗は、梓にも一緒についてきてくれるよう頼んだ。
呼び出した公園に姿を見せるともう麻希子は険しい顔で香苗の姿を睨み付けた。しかも、梓が居ることに麻希子は完全に嫌悪感を浮かばせているのに、香苗は愕然とする。あんな風に嫌な顔をする麻希子は初めてだった。

「香苗、私があんたのこと虐めてるんだって?」
「カナ、そんなこと言ってないよぉ。」
「ミズちゃんが、私がアンタを虐めてるって。」

その言葉に中学の共通の友人はその場の話し済ませるのではなく、彼女なりに考えた結果麻希子に直接意見するという方法をとったのに気がつく。
香苗はただ麻希子が知らないところで慰められて被害者を感じられれば充分満足だったのに、話が大きくなり始めている。下手すれば親にも虐められてるって話しが伝わったら、私が嘘ついてるのがばれちゃう。そう思った瞬間、目の前の麻希子の顔がウンザリだという風に曇るのが分かった。麻希子の顔がハッキリ言っているのが分かる。
もう、私は香苗と付き合うのは限界だ。私にはあんたを信じることも出来ないし、あんたも私を信じないんでしょ?と。

「あんたが私にしてるのは虐めじゃないの?こうやって根回しして友達にあることないこと。」
「カナは何もいってないよぉ、ただミズちゃんとお茶しただけだもぉん。」
「いい加減にしてよ!私はもうアンタと付き合いきれない!」

激しい私の怒った声に香苗は態とらしく潤んだ瞳で麻希子を見ても、麻希子にはもう何も効果が見えなかった。もう十分その我儘には付き合ったと麻希子の顔が、自分を見限るのがハッキリ見える。何で、麻希子はこんなに変わってしまったのか香苗には理解できなかった。

「酷いよ…マキ…変わった……。」
「変わったんじゃない…アンタが変わっただけでしょ。」

麻希子は言い捨てるともう香苗を振り返ろうとはしなかった。思わず引き留めて泣いて謝ろうとしたけど梓がいて、香苗はただ泣くだけでこらえた。泣き声に梓が少しニヤニヤしながら慰めてくれたけど、麻希子を引き留めて謝るべきだったと何時までも自分の心が叫ぶ。でも、そうするには既に遅すぎて、麻希子は立ち去ってしまっていたのだった。
暫く泣いた香苗に、梓が仲直りの方法として手紙を書いてみたらと勧められる。普段から手紙なんて書いたことがないと言うと、教えてあげるからと梓にも言われいい友達だなって安堵した。その後真っ直ぐ2人でUTAYAに行って、ステーショナリーコーナーで可愛らしい便箋を買う。梓がいい文章も教えてくれると言うのでUTAYAの角のファーストフード店の端っこで頭を付き合わせて、香苗の考えを伝えて麻希子に反省させる仲直りの手紙を必死に書いた。香苗は矢根尾の彼女として大人の女性として彼のために貞節を尽くしてる事や自分の名誉を守るつもりだったことを丁寧に書いてやる。麻希子にもそれを理解して、一緒に努力してほしいと訴えた。結局けして香苗は間違った事はしていないと言う事と、全ては独りぼっちの麻希子の事を優しく思ってやってあげた善意なのだと伝える文字で終わりにした。
朝早くに学校に行き、廊下を歩きながら何かが間違っている気がして眩い朝日の中で香苗は立ち止まる。凄く自分が選んでいるのが間違った気がしてしかたがないのは、何故なんだろうと立ち竦むと学校の中だからなのか担任の顔が浮かんだ。あの担任に変わって3ヶ月目、1年の時に若くて格好いいと他の子達と騒いだこともあったのに、そんなことは随分昔の事みたいだ。

何か問題が起きたら先生に相談するんだぞ?

そう言われた時の担任の視線が頭に浮かび、香苗は戸惑った。問題なんかないと言おうとして、自分の状況に俯き足元を見つめる。今こうして足元ばかり眺めている香苗は、担任の言うとおり問題ばかりなんじゃないだろうかとフッと考える。暫くして香苗は我に帰ったように、少しだけ視線をあげた。問題を解決するために昨日、一生懸命手紙を書いた事を思い出したのだ。
直ぐに目につくように教室に入ると他の子の隙をついて麻希子の机の上に置いておいた。案の定麻希子は、登校して直ぐに手紙を手にとって読み始める。
香苗の考えでは読んで直ぐに自分が悪かったと泣いて謝ってくるはずだったのに麻希子は無言で立ち尽くしたままで手紙を見下ろして、自分を落ち着かせるように溜息をついて手紙を乱暴にしまいこんでしまった。しかも、そのまま志賀とニコニコ話し始めて香苗は唖然とその姿を眺めこんなはずじゃないと考えていた。
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