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36.風間祥太

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あれから既に大分時間が経過したのに、竜胆貴理子の身元は結局はっきりしない。何しろ現場からは遺体もなければ痕跡も発見されず、潜伏先からも人物を特定できるようなものが何一つ見つけられないでいる。しかもマスコミが面白おかしく書き立てて、竜胆貴理子テロリスト説を立ち上げてしまった。唐突なテロリスト説は誰もが竜胆貴理子という人物を知らな過ぎて戸惑いを感じずにはいられず、余りにも得体が知れない女の存在に、あらぬ方向性に縋りたくなった結果だと思う。そんな気持ちになるのは、俺も分からないでもなかった。その上何でか偶然彼女を空港で見たとか、豪華客船の中で見たとか言う話まで後から後から出てくる。余りにもそんな話が出回りすぎて、本当は現場にいなかったんじゃないかとか、名前を変えて別人になってるとか言い始める人間がいる始末だ。
俺としてはあの調査記録を読んでいるせいか、正直なところ黒幕に犯人に仕立てあげられたのではないかとも内心思う有り様。目下その一番の容疑者は、広範囲にわたる彼女の調査記録に何度も出てくる進藤隆平だ。何でこの男の名前がチラホラするのか、しかもやっていることは悪意の塊みたいなことばかり想定してしまう。それなのに、唯一自分の同級生の事件だけは、進藤は善人のように宮井智雪を助けている。

宮井だけが特別とは思えない……のは、俺だけなのか?

進藤隆平が宮井智雪を特別にする理由が全く分からないし、竜胆貴理子の調査記録を読めば読むほど違和感が強くなっていく。人を貶めることに暗躍する男が宮井を手助けした理由。宮井は確かに昔から頭が良くて機転の利く男だったが、進藤とは相容れない男だと正直なところ俺は思う。あいつは簡単には人を信用しないし、何より彼の記憶の中の宮井は社会に後ろろ暗い事をよしとはしない男だ。何せちょっとグループワークをサボっただけで毒舌で相手を一刀両断し追いやるし、部活動や生徒会では無駄な支出を一喝し収入の策を有言実行するような人間。どうやって進藤は拳固な宮井の気持ちを汲み取り、彼に近づいていたのだろう。
そんなことを何度も考えて記録を読み直す。竜胆貴理子の調査では宮井の血液型に言及していて、何度も眺めるうち実はそのページの後にもう一枚ページがあった様子なのに気がついた。

ファイルに残っていた僅かな紙の欠片。

勿論そのページを破り捨てた可能性はあるが、もしかしたら別なファイルに移してあるのかもしれないと必死になって一枚ずつ確認する。段ボールにギチギチと詰め込まれた全三十近いファイルの紙を丁寧に確認して遂に見つけたのは、ある家系に関しての調査記録だった。
唯一そのファイルだけは他の事件を扱う物とは違って、幾つかの家系に関したモノだけを纏めていた。俺も遠坂も事件ではないとざっと眼を通しただけだったが、そこには奇妙な家系図と家族の生没の記録が残されている。

香坂……こうさか……か?

丹念に近代史以前まで遡って調べている家系。その中でも割合近年の方に宮井の血液型の後に残されていた用紙が改めて番号をふられ挟まっていた。

香坂………智春……。

そんなことどうやって調べるのかと思ったが、そこに一緒に貼り付けられた写真を見れば答えは一目瞭然だった。自分が高校時代に見ていた宮井そっくりの顔をした青年が、何と警察官の格好で写真に写っているのだ。宮井が警察官になったのかと一瞬おもったが、髪の色は宮井の方が薄いし瞳の色も宮井よりは濃い茶色をしているのに気がつく。が、顔の造形は気持ち悪いほどそっくりの警察官の青年。つまり宮井の本当の父親は宮井浩一という人物ではないと言うことまで、彼女は当の昔に調べてあげていたのだ。どうみたって写真は宮井と血が繋がってるとしか思えないないし、態々綿密に調べると言うことは血縁かなにか。しかも香坂智春の生年月日をみれば、宮井と兄弟の可能性は殆どないのだから後は文書からみても父親としか俺にも思えない。香坂智春の享年は、僅か二十五歳だった。

随分若い……。

没年月日をみると自分達が産まれる前の年末。つまり今からギリギリ二十九年に満たない時、四月生まれだった筈の宮井がまだ相手の腹の中に既にいる時には香坂智春は死んでいる。それで、もしかしたら宮井の子供として育ったのか?香坂智春の血液型はAB型で妻がB型なら、子供にはA型もB型もAB型も産まれる事になるから辻褄はあう。それにしても早逝するような理由がと先を読み進めると、彼の死因は刺殺だったことがわかった。しかも、職務中の死亡で二階級特進の警部補。

よく三十年前の事をここまで調べあげたものだ

思わず呆れすらしてしまう。何しろ起訴されて刑が確定すれば、三年ほどで調書はほぼ廃棄される。ここまで調べるには今も生きている家族や当事者を根気よく探して説得して聞き出す位しか、俺には方法が考え付かない。それをたった一人の女性がして、これだけの調査記録を作るにはかなりの時間と労力が必要だろう。目的は兎も角綿密で緻密な計画の上で調査していないと、こうはならない筈だ。

そんな人間が衝動的に爆弾を作って高校に持ち込む理由が全く考え付かないな……。

もし爆弾テロだとしたら、どう考えたって夕方の高校は無意味。時間と場所の選択としては、一番効果のない選択だ。何しろ生徒も少なく、逃げる時間さえあれば、全く人的被害をもたらさない可能性だってあった。

人的被害を出さないため?

仕組まれて爆弾から逃れられなかったとして、人的被害を出さないためにはどうするか?逆に人気のない地帯を作るしかないなら、あの時の状況はうってつけと言えないだろうか?

「風間、なにか考え付いたのか?」
「遠坂さん、もし爆弾の被害を最小限にするための、あの時間と場所だったらどうしますか?」

遠坂は俺からそう言われる前から、その可能性を考えていたはいたのだろう。近郊で同じくらい広い土地と言えば小学校・中学校、後は南口公園位で一番大きな閉鎖できる建物は、結局都立第三高校の第一体育館になる。テロではなく何らかの事件の結果で、あそこに逃げ込むしかなかったとしたら。近郊には池などもないし、海まで行くにも時間もない。人的被害が小さく済むためには、あそこが最善の方法だったかもしれないのだ。何しろ周囲五百メートルで規制線を敷かれ、直径一キロの範囲の人間が待避したのだ。体育館一つふっとんで犯人はいざ知らず、怪我人はたかだか七人だったのは奇跡的だろう。そうなるとマスコミを野放しにしたまま捜査が討ちきられそうなのも、上がそれを既に知っているからなんて事になりうるのだろうか。

「謎ばっかり増えますね……結局。」
「進藤が何でこんなに事件に顔出してんのかねぇ、船舶事故にも顔だしてやがるんだよなぁ……。」

船舶事故に?と驚いたように問い返すと、その船に乗船するチケットを購入していて乗船もしたのに日本の最後の寄港先で下船しているのだという。実際にはまだ旅のほんの序盤、行程の二割も終了していなかったのにだ。大金を払ってチケットを買って乗船していたのに、一ヶ所目の寄港先で下船。その後東側に進路を向けた途端に、船は沈没した。
奇跡的に難を逃れた数人の一人とマスコミに探されもしたようだが、何しろ進藤だ見つかるわけもない。他の何人かは体調不良や家庭の事情で、下船するしかなくなったと判明しているのにだ。

黒幕は進藤なのか、それとも別な人間なのか。

ただ今回の学校の中には確かに女性がいたのは事実で、それは教師の中に該当する人物はいないという。本当に竜胆貴理子が足を踏み入れていたのか、それとも全く別人なのかも痕跡がないのだから分からない。足跡に関していっても何しろ膨大な生徒と教師が過ごす学校では、一人ずつの足跡を確認しようがないのだ。そんな状況の中で学校に現れた女が竜胆ではなく真名かおるという、何とも小説めいた仮説を俺がたてたくなってしまうのは、この間の人物のせいかもしれない。恐らくだが、三浦和希ではないかと思われる掠れた声。姿を見ることが出来なかったのは痛いが、まるで煙のように姿を消してしまった。どう考えても進藤と三浦和希の繋がりが見えてこない。大体にして進藤は、どこまで三浦の事を知っていたのだろう。そこまで考えながら何気なく、再び宮井の本当の父親だと思われる人間についての記録を眺めていく。
警察官になって二年目、職務中の刺殺。犯人は捕まっているのだろうか、それよりも宮井はこの事を知っているのだろうか。それに、どうして竜胆貴理子は香坂家を調べていたのだろうか。家系図の中には何人か名前だけしか存在しないものがいるのは、流石に調べきれなかったということだろうか。それにしても、一番最近の死亡で約七年前。その時点で一族としては殆ど生き残りはいないなんて、随分と薄命な家系図だ。今恐らく残っているのが件の宮井智雪と宇野衛という少年、後は直系なのか香坂智美という青年のたった三人。この家系図を作ったのは何でだろうと一覧を眺めると、ふと定期的に空白が続いているのに気がついた。

まるで代替わりでもしてる見たいに空白があるんだな、この家系図。

自分でそんなことを考えながら、自分でも意図が掴めずに首を捻る。代替わり?なんの?何か家業でもあって名前を継いでるとか?そう言われれば随分と智という名前を使った人間の多い家系だ。もしかすると自分の考えは、良いポイントをついているかもしれない。

それにしても、何でここまで綿密に調べあげたのだろう。  

最初のページを見るとこの香坂家に辿り着く前に、他に何個も別な香坂家を調べ尽くして来たのが分かる。ルーツや様々な移動の経緯、どれだけ調べたのか薄ら寒いほどだ。それは他のファイルを見ても分かることではあるが、どれも正に鬼気迫る調査だった筈にちがいない。

「家系……。」
「あ?」
「竜胆って人は何でこんなに様々なことを調べてんですかね?船舶事故は自分が関わったからとして。次に調べてるのはどれでしたっけ?」
「日付的にはホテル火災だなぁ…。」

遠坂がそう呟きながら、二十三年も前のホテル火災を調べたファイルを捲る。呆れたように一番厚いファイルを抱えながら、これには進藤はいないんだよなぁと呟く。想定四十の進藤が二十三年も前の火災に関わっていたら、正直なところ進藤も三浦並みのモンスターだ。そう考えた瞬間、うえっと遠坂が声をあげたのに視線をあげる。

「どうしたんですか?」
「流石に全員じゃねぇけど当日の宿泊客名簿まで調べ出してやがる。何処から情報仕入れてんだ?……相園直子、相原由紀子、井口雄二、井口範子、飯崎孝文、飯島雄輔。」

呆れたように名前を読み上げている遠坂の手元を覗きこんで、流石に俺も呆気にとられる。恐ろしい人数の名前が一覧表になっていて本音を言わせて貰えれば、一人で調べているのが狂気の沙汰としか思えない。段々と竜胆貴理子という人物も、進藤や三浦と同じモンスターなのではないかとすら思ってしまう。幾らなんでも人間離れし過ぎた調査だとしか言えない。

「久米敦、久米島春樹、久米島裕子、倉田昭一、倉野充希、倉橋健一、倉橋翔、倉橋澄子、栗田和弘、桑原……。」
「鬼気迫るどころか、人間じゃないですよ?その名簿。」

それにしても二十三年前にはまだ出てこない進藤は、十一年前の宮井家の火災にも八年前の船舶事故にも顔を出している。他にも槙山家の放火事件のには、土地売買の中に進藤の小飼の不動産と三浦不動産が関わっている可能性があると見たことのある名前がちらつく有り様だ。だが、これだけでは進藤隆平と三浦和希の関係は見えないし、今度は杉浦が巻き込まれただけなのかとも思う。考えれば考えるほど答えのでなくなる状態に、頭を抱えてしまいたくなる。

宮井に話を聞いてみたいが……家庭の話もあるようだしな……。

これでもし宮井が実の父親のことを知らないとしたら、宮井に余計な情報を突きつけて傷つけかねないのに気がつく。それに自分が何故それを知ったのかを説明するのもかなり難しい状況だし、もし会ったとしても宮井に聞きたいこととしても今一つ焦点が纏まりきらない。

進藤と今も付き合いがあるか?進藤が何をやってるのか知ってるか?進藤が何でお前にだけは親切にしたんだと思う?

どちらにせよ、そんな質問はナンセンスな気がして、思わず俺は頭を抱えてしまっていた。
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