Vanishing Twins 

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29.真名かおる

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かおるは姿見を見つめた。
かおるの好みとは全く正反対の服を着た姿を眺め、呆れたようにその緩い衣服を全て脱ぎ捨てた。下着は下しか着けていないが、これもかおるの好みとは正反対の色気のないつまらない平凡なものだったのでさっさと脱ぎ捨てた。
蛍光灯の下に光る白い裸身は均整がとれしなやかで美しく輝き、衣服で隠してしまうには勿体ないきめの細かい肌をしている。白い乳房に大量に散らされた深紅の薔薇の花弁の淫靡さに、かおるは満足げに目を細めた。 

あの男に裸になって見せてやれば良かった。

心の中で悪意に微笑みながら呟く。そうしたら、あの大人しそうな聖人君子を気取る男でも嫉妬に狂い、彼女を押し倒しあっという間に獣に成り果てたかもしれない。それも、ひとつの手だったと邪悪に微笑みながら指で乳房を撫でる。

男も、女も人間は皆同じよ。

かおるは心の中で囁くように呟いた。
しかし、姿見に映り細めた目に官能の響きはない。誰かを獣にしているときの楽しげな残虐な輝きもそこにはない。その表情は能面のように無表情でありながら、どこか悲しみににた感情を感じさせる表情だった。


※※※


どうして、一人にしたの?
何故、一人にするの


彼女の種は孤独という感情の華弁から生まれた種子だった。
彼女の孤独。
消え去って、全てから切り離された孤独。
その華弁から生まれた小さな感情。
ほんの小さな種子は、長い孤独を糧に芽吹いた。やがて、その孤独が身の内を焦がし、深い憎しみに変わると勢いよくその枝を広げた。

私をおいていった、あなたが憎い
もう、あなたは信じられない

その感情を糧に育った彼女は、最初から人は誰も信じる事が出来ない事を知っている。誰もが何かを得るために対価を要求する。与えられなければ、孤独に置き去りにされるだけだ。
そして、人は必ず裏切る。
であるならば、私は先に裏切る側にまわろう。
そうして誰よりも先に人を弄び、人を嘲る存在であれば私は誰にも裏切られないし、誰にも対価を求められない。何故なら先に全てを奪い、対価を求める前に裏切ってやるのだから。

それが初めての自我だった。
自分の名前など何でも良かったが華弁から生まれたから、彼女はかおると名乗った。
孤独の花から生まれた、憎しみを振りまく香り
人を裏切るために、人を引き付ける魔性の香り
それを放つ者となるための名前
それがかおる

本当ならば目に見える人なぞ殺してしまいたい。
だが、それではかおるのその先が全て駄目になる。全てが消え、つまらない未来など欲しくはなかった。
だから、彼女はもう一人の自分が思っているよりはるかに多くの事を学び、自分で長い間考えた。
そうして辿り着いた結論で、どの行動にも何より体が不可欠だったのだ。
大体にして誰かを傷つけ嘲笑ってやるためには、意識だけでは駄目だ。どうしても体がなければ願いは何一つ叶わない。だから、彼女は全てを壊し全てを取り込む気でいた。そのために自分が遥とすりかわっても、遥に対して罪悪感なぞ感じる筈がない。
何故なら、彼女は私の一部でもあるのだから。



※※※


そんな考えを巡らしていた時、ふとかおるは裸身の腹に違和感を感じた。鈍く疼くような微かな痛み。それは次第に大きく脈打つうねりとなって、体内にこだましてかおるは微かに顔をしかめた。
かおるにとって自分が思う以外の出来事は腹立たしいだけだった。
かおるは苛立ちながらも、さっさと淫らな自分を着飾る下着を取りだし身に付け始める。淫らな下着をつけると女としての色気が高まるのが分かり、かおるの気分が高揚するのを感じた。その上に体を締め付けるようなピッタリとした服で、更に自分を飾る。

あなたが、もう一人の私。

体内に響いた声にかおるはビクリとその体を震わせて、一瞬怯えたようにあたりを見回す。しかし、室内には誰もいる筈がなく、感じた事のない違和感がジワリと胸中に沁みの様に広がり始める。
違和感の不快さにかおるは、初めての戸惑いの表情を浮かべた。かおるは身の内に渦巻く不快感が高まるのを感じながら再び辺りを見回すが、室内はシンと冷えた空気が漂うだけで何も変化はない。しかし、違和感は腹に響く痛みとともにどんどんと強まり始めていた。

あなたは誰?

再び体内に響く自分にかけられる声の出所にかおるはハッとした様に身を固くした。そして、微かな嫌悪を怯えを含んだ瞳で、目の前の自分の映る姿見を見つめる。そこには、彼女と同じ顔をして鋭い視線で彼女を睨む彼女がいた。

あなたは、誰、と聞いたのよ。

鏡の中の彼女が冷え冷えとした強い口調で問う。
その姿を見た瞬間、かおるの意識が何かを理解しようとするようにその痛む腹を右手の白く冷たい指先が撫で上げた。

「あんたこそ誰?自分から言えばぁ?」

からかうようにも聞こえる彼女の口調に鏡の中の彼女は目を細め、まるで嘲る様にさげすんだ瞳でかおるを見つめた。
かおるは一瞬不安を感じた。
それはけして表情には出さないが深い困惑だった。彼女の中では遥を孤立させるにはあの男をどうにかすればいいだけだった。しかし、この今の状況は何だ?

これはどういう事って思ったわね?

その不安がまるで伝わるかのように、彼女は表情を崩さず口元を歪め笑うとかおるを見据える。
心のどこかが分離する、あの嫌な感覚が再びかおるの中でざわめき彼女は明らかに表情をしかめた。こんな時なのに、まるで今にも遥が起きようとしているかのような感覚が背筋を走る。だが、それも何時もとは違う気すらする。

私は、カナタ。自己紹介も出来ないほど無知なの?あなた。

冷やかな相手の言葉にカッと怒りが沸き上がり、かおるの意志が強く何かを押し返す感触が広がる。かおるはそれに気がつくと怒りを体にみなぎらせるようにして、体内のざらつく感覚を押し込めた。
それは鏡の中のカナタには予想外の圧力だったようで、微かに表情が苦痛めいたものに変わった。その感覚でそれが何かを理解したかおるは、相手を忌々しげに見据える。

「あんたも、邪魔ものなのね。」

ひっこめと心の中でかおるの怒りが、目の前の彼女を押しのけた。
相手も実際には体力を消耗していたらしく、押し込むのはかおるにはあまり苦ではなかった。相手は弱いと感じた分、かおるは自分を邪魔されたことに激しい怒りを感じそれをそのままぶつける。かおるは相手の意識を、はるかかかなたに力任せにグイグイと押し退ける。やがて、息を切らせたかおるだけがそこに残り、彼女は疼く腹を押え鏡を睨みつけた。
かおるは思いもよらぬ事態に体を震わせて、息をつきながら小さく舌打ちをする。

なんて事。あいつだけじゃない。

かおるは忌々しげにもう一度舌打ちをしながら、ゆっくりと体を起こし真正面から鏡を見つめた。無償に鏡を割ってやりたい心境に駆られるが、それを飲み込んで彼女はジッと鏡の前で立ちつくす。そして、自分に言い聞かせるように小さく自分を見つめながら呟いた。

「誰にも邪魔なんかさせるもんか…、絶対に…。」

そして眠っている遥の意識をもう一度手さぐりで確認しながら、かおるは酷く邪悪に爪を噛みながら笑う。しかし、自分が意識ぜすにまだ右手で腹を撫でていた事には、かおるは気が付いていなかった。

やがて、かおるは気を取り直したように化粧品を探りだし、装いを整え始める。これから出来る限りの事をすすめるつもりだった。必要なら和希に体を与えたって構わない。もうそうしてもいいくらいの段階ではある。ただ、上手くいくならもっと相応しいタイミングで使いたい、そうすればかおるの楽しみも増えるのだから機会はちゃんとみないと……そう、彼女は深まる邪悪さで微笑んだ。
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