Vanishing Twins 

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48.カナタ

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「ねぇ、直人、私お酒飲みに行ってみたい。」

数日、日が経ちテレビでも近郊が映し出されることもなくなって、周囲は奇妙な穏やかさにつつまれていた。あれから体内の不穏なざわめきも感じず、不意にかおるが声を奪うこともない。心の中の氷の蓋はピクリとも動かず、蓋の向こう側の全てが凍りついてしまったように感じる。日々の事を学び生活にも支障がないし、もしかしたらこのまま直人の傍で生活していけるのではと薄々感じてもいる。それには直人との一線をなんとしてもカナタは崩したかった。

遥じゃなく私と色々な事をして、新しい記憶で塗り替えしていけばいいわ。遥とはしてない、大人としての記憶で。

それでねだったのだが、直人としてみればテレビでも見て興味が湧いたのかと考えていた。ねだったカナタのキラキラした瞳が、直人の顔を期待に溢れた顔で見上げている。あまりに期待に溢れたカナタの様子に直人は微かな苦笑を浮かべ、その言葉を思案する。


個室に全ての部屋が別れた若者向けのコジャレた和風居酒屋で2人で向い合わせで食事をして、カラフルなカクテルを初めて飲んだ。甘くてジュースのような飲み口なのにスルスル飲めて、段々と気分がフワフワ軽くなる気がする。
他愛のない会話と彼の笑顔と、緩やかに流れる微かな有線の音楽に他の個室から洩れる笑い声。
照らし出す薄暗いが、2人の顔がよく見える距離での会話は酷く心地いいものだった。初めて触れる新鮮な感覚に、カナタは全てにウットリと見惚れる。

世界は全て美しくて、綺麗なモノに溢れている。

今まではカナタにとってあの青い空が一番綺麗なものだと信じてきたけど、本当は世界はもっと沢山のモノに溢れているのだ。カナタはそれに気がつき、全身で歓喜に震えるのを知った。

「遥とはこういう店にまだ行った事がないんだ。」

直人が何気なくそういったの言葉が酷く嬉しかった。
カナタは微笑みながら杯を重ねた甘いカクテルを口に運ぶ。カナタは初めて飲むアルコールに、体が舞うような暖かい感覚を感じながら冬空の下直人の腕につかまる様にしてあるく。賑やかなネオンのついた街路樹の下を歩きながらカナタが嬉しそうに微笑んだ。その表情に直人が不思議そうに彼女を見つめる。

「どうしたの?カナタ」
「世界って綺麗ね、凄く綺麗!!こんなに綺麗だなんて知らなかった!」

彼女はまるで子供のようにはしゃいだ声をあげる。
その様子に直人は柔らかく微笑みながら、その舞うようにフワフワと頼りなく歩く彼女の手を握り先導するように優しく手を引きながら歩き出す。
カナタはまるで星を見上げているかのように、街路樹のネオンを見上げキラキラと瞳を輝かせている。子供にしか見えないカナタの姿に、手をひく彼は苦笑した。

遥と同じ顔をしたカナタは、こうしているとやはり全く別人であるとしか思えない。

このまま彼女が言う様に遥が戻らないとしたらどうなるのだろうと直人は不意に思った。このまま遥が永遠に眠ったままで、カナタが遥として一生を送るのだとしたら直人はどうするだろう。

初めて出会った時、運命ってこういうものかと思った。最初から直人は、遥が好きだった。
声をかける度に頬を染め、恥ずかしそうにはにかむ遥が好きだった。高校生の一時何かに落ち込んで悲しげな笑顔を浮かべる遥をどうにかして元気づけたいと、大学生だった直人は死に物狂いだった。やがて自分を真っ直ぐに見て微笑む遥と一緒に居たいと思った。
傍にいて歳をとってもずっと一緒に居たいと思った。遥も何処か同じように感じてくれているのではないかと思っていた。

あの時告白しなかったら、こんなことにならなかったんだろうか。

不意に心の中で呟いた自分の言葉に、直人は心が抉られたように痛むのを感じた。体ではない苦痛に曇った直人の横顔を見つけたカナタの表情が、それを見つめ微かに曇っていく。

遥の事を考えてるの?

酒気ではなく熱い感覚が何時もの場所で不意に大きく脈打ち、全身に鼓動になって広がるのが分かった。それは酷く熱くドクンドクンとまるでそこに心臓があるかのように大きく脈打つ。しかし、いつもと違いけして不快ではない、その熱い感覚はカナタの感情に追従するかの様に体内を跳ねまわっていく。

私と遥と、どこがそんなに違うの?

彼女達の両親でも見分けがつかなかった。当然の事だろう体は同じで、中身が違うだなんて見ただけで区別がつくはずかない。それのに、どうして直人は見分けるのだろう。それは酷く不思議で不可解な事だった。

「ねぇ、私と遥は何が違うの?」

先程までのはしゃいだ声とは違う声音に、ふと直人は彼女を見つめると思わず立ち止る。

「体もおんなじよ?声も、体温も同じ。抱いても……同じはず…よ?なのに駄目なの?」

ある意味では彼女の言う通りだった。遥であれかおるであれカナタであれ、体は同じ一つの肉体だ。直人ですらかおるにのせられかおるを抱いたし、遥と肌を重ねもした。それが同じ体だったから陰茎で感じた体内の感触は同じでしょうと問われても、直人には正直同じだとも違うとも答えようがない。

「同じなんだから、……私でもあなたと愛し合えるわ、今すぐでも。」

白い吐息を震わせながら告げるカナタに、直人は困惑しながら黙りこんだ。
カナタの言う通りでもあるが、全く違いもする。それをどう伝えたら、カナタに伝わるのか直人自身にもわからない。しかし、目の前の彼女は直人が思うそれが、どうしてなのかを告げるまで納得しないのだと感じた。
まじまじと直人を見つめていたカナタに、直人が困惑した表情のまま重い口を開く。その口からは白い息が舞うように夜の闇に溶けて、ネオンの向こうに消えて行った。

「俺は……ただ………遥だけを見てきたから…。」

聞かなければよかったとカナタはその瞬間に酷く後悔した。直人の口から直接聞いてしまったら余計に気持ちが醜く歪んでしまった様な気がするのはどうしてなのだろう。まるで、もう一人のあの不快な女の様な憎悪の感情が心の中で渦巻くのを、カナタは困惑し戸惑いながら味わう。欲しいのに与えてもらえない不満に嫉妬と怒りが沸き上がり、自分が変質していく。
遥もかおるも目の前の直人の男としての本能の高ぶりを知って味わっているのに、自分だけが子供扱いのまま口づけしか与えてもらえない。女として抱かれて気持ちよくなるのを教えてもらえないのが、自分だけだと分かっているのが腹立たしい。

仕方ないわよ、あんた、自分の体も無いんだもの。

不意に頭の中にあの女の嘲笑う声が響き渡るのを聞いた気がした。

体を奪ったって男を喜ばすことも知らないネンネだもの、マグロみたいに気持ちよくしてもらうの待つしかできないあんたに男だって勃起しないわよ?

何でこんなに気分の高揚しているときに、頭の中の声が高笑いするのを止められないのかカナタは困惑に凍りつく。それが自分のとったアルコールのせいだとは、まだ経験の少ないカナタには想像もできない。社会人の遥も夜遊びになれたかおるも、カナタよりずっとアルコールに接する機会が多いのだとは考えも及ばない。

分かってたんでしょ?自分が子供だって。彼にだって女として扱われてないのくらい気がついてたでしょ?だって直人は最初からあたしのものなんだから。

「え……?」

思わずこぼれ落ちた声にカナタは目を見張り辺りを見回した。自分の姿を映し出すようなものは周囲には何一つないのに、強い視線がカナタを焦がすほどに見つめているのを感じる。戸惑うカナタの様子に直人が困惑の視線を向け手を伸ばす。

直人が告白して付き合いたかったのは、あんたじゃなくあたしよ?カナタ。

その口調は遥のものではないのに、告げているのは確かに遥だった。穏やかで気の弱いはずの遥が、頭の中であの女と同じ妖艶で計算高い邪悪な微笑みを浮かべて自分を追い詰めているのが分かる。何が起こったのかカナタには分からなかった。

ただ押し込められてると思ってたの?あたしが、何もせず、あんたの思う通りになるとでも?

遥だったはずの女はカナタをせせら嗤うように、酷く禍々しく唇を歪ませて告げる。悪寒に目が回るのを感じて思わずふらついたカナタの腕を慌てたように直人が掴み、腕の中にその体を抱き寄せ包み込む。暖かい腕の中に抱き締められて、回線が途切れるように遥の笑い声が頭の中から消え去るのを感じる。

「大丈夫?飲みすぎたんだろ?気持ち悪いか?」

心配そうな直人の声に青ざめながらカナタは弱々しく頭をふる。考えられるのは1つだけなのに、それを直人に告げることはできないのも分かっていた。

遥がかおるに呑まれたんだわ、きっと。

でも、目の前の彼にそれを告げることは出来ない。何故なら、カナタと違い遥もかおるも状況はどうあれ、直人に女として抱かれたことがあるからだ。そうは思わないと信じるが、カナタよりも性的であるものの方が彼にとってより魅力だとしたら、そう考えるだけで全身に震えが走る。

かおるが遥のふりをして性を翳されたら直人はそっちをきっと選ぶ、今のままではカナタは直人に選んでもらえない。

カナタはその考えに吐き気を感じながら、直人の胸に体を押し付けた。何が起きているのか分からない直人は心配そうにカナタの背を撫でながら抱き締める。しかし、不意に腹で弾けた爆発の様な感覚がカナタの意識を包み彼女は驚愕に目を見開く。先程までと違う熱をもった痛みにカナタは、直人の腕の中で抱き締められたまま気を失いかける。それは今まで一度も感じた事のない不気味な感覚で、カナタは足掻きながら意識を手繰り寄せる。
意識の底に張られた氷は何も変わったようすもなく、蓋の向こうで遥が動く気配もない。なのに、意図も容易く意識に現れたあの女のにカナタは怯えた。遥は封じ込めても、あの女は別な逃げ道を持っているに違いない。それては、遥を飲み込んだあの女は自由に出入りできるのと変わらない。

「カナタ?大丈夫?」

心配に曇る優しい声にカナタは何も告げることが出来ないでいた。
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