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第二章 東京爆心地
Ⅰ 東京爆心地
【西暦二〇二七年九月一〇日 金曜日】
「この学園の生徒名簿がほしい」
わたしこと綾織戸あんねは転校生・灰児悠兎くんと行動をともにしている。
彼がやぶからぼうに無理難題を提案した。場所は学園から徒歩数分圏内のカフェである。内装は照明が暖色系で観葉植物が置かれていた。昼食時には軽食なども提供する。
屋内ではあるが、窓の外から差し込む陽光は暖かい。地球温暖化の影響もあって、屋外は残暑厳しい。カフェのエアコンがフル稼働していた。
わたしたちはふたりとも紅茶党。彼は未来からわたしを頼ってきたエージェントで、ある少女が破壊神と契約して世界が終末を迎える事件を食い止める使命を帯びている。
「無理だと思うよ。個人情報保護法という法律があって、全校生徒の名簿は厳重管理されているから。同級生の生徒の名前ならわかるけど」
わたしは入学時のクラス分けのリストをまだ保管していた。それには当時の新入生氏名が載っている。こんなこともあろうかと手帳に挟んでおいた一枚の書類を渡すと、彼がリストを食い入るように見入る。
「それは助かる!」
「悪いけど三年生に杏アリスはいないみたい。それよりも友人の藍内ももが気になることを言っていたんだ。杏アリスは赤毛のアンと不思議の国のアリスを合体させた名前だって。文芸部員にアリスがいるかもしれない」
「彼女にあのことを話したのか?」
灰児くんの片方の眉がつりあがる。破壊神と契約した少女について、唯一わかっていることは彼女の名前が杏アリスだということだけである。
「うん、すべては話していないよ」
「まあ仕方ない。独力で真実にたどり着くのは難しいからね」
そのとき、カフェスタッフがオーダーした紅茶を持って来てくれた。わたしが会釈して受け取ると灰児くんもそれに倣う。
わたしは紅茶に砂糖を入れたが、彼はストレートで飲む。どこで遺伝子が狂ったのか。彼は二四世紀におけるわたしの血縁者なのだ。
「なに?」
「いいえ、なにも」
彼が凝視する視線に気づいてカップから口を離す。問いかけを無視して紅茶の上品な香りを楽しんだ。学食の紅茶よりワンランク上の茶葉を使っている。心地良い香りによって副交感神経が穏やかになっていく。自然と笑顔が綻んでいた。
「もっときみについて教えてほしいな」
「それはできないと言っただろう」
灰児くんが拒絶する。カフェには学園のほかの生徒はいなかった。数日前まで父親以外の男性と接点がなかったわたしがこうして彼とおしゃべりしているのは新鮮にも奇妙にも感じる。
「せめて杏アリスがなにものなのか、手がかりはないの? 彼女が契約した破壊神の正体はなんだったの? 彼女が破壊神と契約してこの世界はどうなったの?」
真実欲に駆られて質疑した。数百万年受け継がれてきた人類の歴史が終末を迎える出来事はなんなのか。
彼の表情に翳がさす。彼は意を決したように語りだした。この世界が崩壊する過程を。
「杏アリス……逆神学園の生徒。彼女は両親から虐待を受けていた。それも陰湿な。両親は暴力を使わず残忍な暴言を吐き彼女を追い詰めていった。機能不全家族って知っているかい?」
機能不全家族では、虐待やネグレクトによって子どもたちが心に深い傷を負っているという。スクール・カウンセラーを目指すものとしてわたしには予備知識があった。
不快感で顔をしかめた。家庭というものは、密室とも表現できる。しつけの一環といえばなんでも許されてしまうこの国の体質は慢性的な病原のようだ。わたしと歳が大差ない子がそんな目に遭うのは忍びない。
「なぜ彼女が逆神学園の生徒だとわかったの」
「日記だ。爆心地に燃え残った日記が見つかったんだ。その日記の内容から彼女の名前と出身校がわかった」
彼は事実だけを淡々と語る。手元から焦げ跡と経年劣化が激しい何枚かのページを見せてくれた。それは未来から現代に跳躍するとき手がかりとして携行した杏アリスの日記の燃え残りである。
殴り書きのような字で両親やクラスメイト、教師に対する禍々しい呪いの言葉が刻まれていた。日記は、彼女のダイイングメッセージでもある。
【わたくし、杏アリスは破壊神と契約します。代償に自らの生命とこの星を捧げます】
その一文が視界に入り、悪寒が走る。つばを呑んだ。
「爆心地?」聞き捨てならない単語である。
「東京爆心地……未来ではそう呼ばれている。機能不全家族で心に傷を負い、学校でも心を閉ざして周囲から孤立していた杏アリスは破壊神と契約した。その結果、地球はおろか、太陽系全体が死滅することになる」
二〇二七年一二月三一日、東京上空に破壊神が降臨する。同時に地球上のインターネット・電子機器が使えなくなった。破壊神の存在はあらゆる電磁波を妨害するのである。
それにより、旅客機が操作不能になって墜落した。列車はつぎつぎと衝突事故を起こす。原子力発電所で炉心融解が起き、建物から放射能が漏れだしたという。阿鼻叫喚の地獄絵図である。
破壊神はこの惑星のマントルに働きかけ、世界各地で天変地異が起きた。マグニチュード10クラスの大地震が各地で起こり、大都市は壊滅。津波が押し寄せ、多くの人が犠牲になったという。
世界中の休火山のマグマが活性化して噴火をはじめる。噴煙で宇宙から見た地球は灰色に染まった。そして、太陽の光が地上に届くことは二度となかった。
大気中に魔素が溢れ、生物の肺を冒した。地球の衛星である月が破壊神によってこなごなに砕かれ、地上に降り注ぐ……。セカイの終わりである。
破壊神出現からホモ・サピエンスの歴史が消滅するまでたった六六時間。地球暗黒時代の到来である。人類の総人口のうち、九九・九九九九九九パーセントが犠牲になった。
犠牲者は人間だけでなく、地球上に存在する三○○○万種の動植物すべてが絶滅の危機に瀕する。
影響は地球だけではない。破壊神の重力操作で水星が軌道を外れ金星に衝突。同様に天王星と海王星は太陽系から外宇宙に飛びだした。そして太陽が五〇億年後にはじまるはずの膨張を開始する。
それから一〇〇年が経ち、わずかに生き延びた人々は復興に着手した。情報を整理するなかで、爆心地の焼け跡から破壊神が降臨するきっかけとなった杏アリスの日記が見つかる。研究者たちは日記の内容を読んで手が震えたという。
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「この学園の生徒名簿がほしい」
わたしこと綾織戸あんねは転校生・灰児悠兎くんと行動をともにしている。
彼がやぶからぼうに無理難題を提案した。場所は学園から徒歩数分圏内のカフェである。内装は照明が暖色系で観葉植物が置かれていた。昼食時には軽食なども提供する。
屋内ではあるが、窓の外から差し込む陽光は暖かい。地球温暖化の影響もあって、屋外は残暑厳しい。カフェのエアコンがフル稼働していた。
わたしたちはふたりとも紅茶党。彼は未来からわたしを頼ってきたエージェントで、ある少女が破壊神と契約して世界が終末を迎える事件を食い止める使命を帯びている。
「無理だと思うよ。個人情報保護法という法律があって、全校生徒の名簿は厳重管理されているから。同級生の生徒の名前ならわかるけど」
わたしは入学時のクラス分けのリストをまだ保管していた。それには当時の新入生氏名が載っている。こんなこともあろうかと手帳に挟んでおいた一枚の書類を渡すと、彼がリストを食い入るように見入る。
「それは助かる!」
「悪いけど三年生に杏アリスはいないみたい。それよりも友人の藍内ももが気になることを言っていたんだ。杏アリスは赤毛のアンと不思議の国のアリスを合体させた名前だって。文芸部員にアリスがいるかもしれない」
「彼女にあのことを話したのか?」
灰児くんの片方の眉がつりあがる。破壊神と契約した少女について、唯一わかっていることは彼女の名前が杏アリスだということだけである。
「うん、すべては話していないよ」
「まあ仕方ない。独力で真実にたどり着くのは難しいからね」
そのとき、カフェスタッフがオーダーした紅茶を持って来てくれた。わたしが会釈して受け取ると灰児くんもそれに倣う。
わたしは紅茶に砂糖を入れたが、彼はストレートで飲む。どこで遺伝子が狂ったのか。彼は二四世紀におけるわたしの血縁者なのだ。
「なに?」
「いいえ、なにも」
彼が凝視する視線に気づいてカップから口を離す。問いかけを無視して紅茶の上品な香りを楽しんだ。学食の紅茶よりワンランク上の茶葉を使っている。心地良い香りによって副交感神経が穏やかになっていく。自然と笑顔が綻んでいた。
「もっときみについて教えてほしいな」
「それはできないと言っただろう」
灰児くんが拒絶する。カフェには学園のほかの生徒はいなかった。数日前まで父親以外の男性と接点がなかったわたしがこうして彼とおしゃべりしているのは新鮮にも奇妙にも感じる。
「せめて杏アリスがなにものなのか、手がかりはないの? 彼女が契約した破壊神の正体はなんだったの? 彼女が破壊神と契約してこの世界はどうなったの?」
真実欲に駆られて質疑した。数百万年受け継がれてきた人類の歴史が終末を迎える出来事はなんなのか。
彼の表情に翳がさす。彼は意を決したように語りだした。この世界が崩壊する過程を。
「杏アリス……逆神学園の生徒。彼女は両親から虐待を受けていた。それも陰湿な。両親は暴力を使わず残忍な暴言を吐き彼女を追い詰めていった。機能不全家族って知っているかい?」
機能不全家族では、虐待やネグレクトによって子どもたちが心に深い傷を負っているという。スクール・カウンセラーを目指すものとしてわたしには予備知識があった。
不快感で顔をしかめた。家庭というものは、密室とも表現できる。しつけの一環といえばなんでも許されてしまうこの国の体質は慢性的な病原のようだ。わたしと歳が大差ない子がそんな目に遭うのは忍びない。
「なぜ彼女が逆神学園の生徒だとわかったの」
「日記だ。爆心地に燃え残った日記が見つかったんだ。その日記の内容から彼女の名前と出身校がわかった」
彼は事実だけを淡々と語る。手元から焦げ跡と経年劣化が激しい何枚かのページを見せてくれた。それは未来から現代に跳躍するとき手がかりとして携行した杏アリスの日記の燃え残りである。
殴り書きのような字で両親やクラスメイト、教師に対する禍々しい呪いの言葉が刻まれていた。日記は、彼女のダイイングメッセージでもある。
【わたくし、杏アリスは破壊神と契約します。代償に自らの生命とこの星を捧げます】
その一文が視界に入り、悪寒が走る。つばを呑んだ。
「爆心地?」聞き捨てならない単語である。
「東京爆心地……未来ではそう呼ばれている。機能不全家族で心に傷を負い、学校でも心を閉ざして周囲から孤立していた杏アリスは破壊神と契約した。その結果、地球はおろか、太陽系全体が死滅することになる」
二〇二七年一二月三一日、東京上空に破壊神が降臨する。同時に地球上のインターネット・電子機器が使えなくなった。破壊神の存在はあらゆる電磁波を妨害するのである。
それにより、旅客機が操作不能になって墜落した。列車はつぎつぎと衝突事故を起こす。原子力発電所で炉心融解が起き、建物から放射能が漏れだしたという。阿鼻叫喚の地獄絵図である。
破壊神はこの惑星のマントルに働きかけ、世界各地で天変地異が起きた。マグニチュード10クラスの大地震が各地で起こり、大都市は壊滅。津波が押し寄せ、多くの人が犠牲になったという。
世界中の休火山のマグマが活性化して噴火をはじめる。噴煙で宇宙から見た地球は灰色に染まった。そして、太陽の光が地上に届くことは二度となかった。
大気中に魔素が溢れ、生物の肺を冒した。地球の衛星である月が破壊神によってこなごなに砕かれ、地上に降り注ぐ……。セカイの終わりである。
破壊神出現からホモ・サピエンスの歴史が消滅するまでたった六六時間。地球暗黒時代の到来である。人類の総人口のうち、九九・九九九九九九パーセントが犠牲になった。
犠牲者は人間だけでなく、地球上に存在する三○○○万種の動植物すべてが絶滅の危機に瀕する。
影響は地球だけではない。破壊神の重力操作で水星が軌道を外れ金星に衝突。同様に天王星と海王星は太陽系から外宇宙に飛びだした。そして太陽が五〇億年後にはじまるはずの膨張を開始する。
それから一〇〇年が経ち、わずかに生き延びた人々は復興に着手した。情報を整理するなかで、爆心地の焼け跡から破壊神が降臨するきっかけとなった杏アリスの日記が見つかる。研究者たちは日記の内容を読んで手が震えたという。
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