放課後探偵ユウナ

茂上 仙佳

文字の大きさ
4 / 10

第4話:教室の秘密(前編)

しおりを挟む
「ユウナさん、お忙しいところすみません……」

桜ヶ丘高校の図書室で、佐藤絵美里がユウナに声をかけた。2年A組の図書委員で、ユウナとは委員会活動で何度か話したことがある大人しい女の子だった。

「絵美里ちゃん、どうしたの?」

ユウナは読んでいた本を閉じた。絵美里の表情は暗く、何かに悩んでいるようだった。

「実は……相談したいことがあるんです。ユウナさんって、探偵をされてるって聞いたんですが……」

「うん、少しだけ。お兄ちゃんの探偵事務所を手伝ってるの」

絵美里は辺りを見回してから、小声で話し始めた。

「美術部で変なことが起きてるんです。最近、部員の私物がなくなったり……」

「私物?」

「高い画材とか、コンクール用の作品とか……誰かが盗んでるみたいなんです」

ユウナは興味深く聞いた。

「絵美里ちゃんは美術部だったの?」

「はい、1年の時から。でも最近、部の雰囲気がすごく悪くて……みんなお互いを疑ってるんです」

絵美里の目に涙が浮かんだ。

「このままじゃ部活が続けられなくなってしまいます。ユウナさん、お願いします。真相を調べてもらえませんか?」

ユウナは少し迷った。これまでの依頼は大人からのものばかりで、同級生から頼まれるのは初めてだった。

「分かった。詳しく話を聞かせて」

放課後、ユウナは絵美里と一緒に美術室に向かった。美術室は校舎の3階にあり、普段はあまり人が通らない静かな場所だった。

「最初に被害があったのは、いつ頃?」

「2週間ほど前です。3年生の田沢先輩の油絵の具セットがなくなって……」

美術室に入ると、数人の部員が作品制作に取り組んでいた。しかし、どことなく緊張した雰囲気が漂っている。

「絵美里、お疲れ様」

声をかけてきたのは、長い髪を束ねた美しい3年生だった。

「田沢先輩、こちらユウナさんです。2年B組の……」

「皆瀬ユウナです。絵美里ちゃんから美術部のことを聞いて……」

田沢先輩は少し警戒したような表情を見せた。

「田沢麻衣です。でも、部外者に話すような内容じゃ……」

「麻衣先輩」絵美里が割って入った。「ユウナさんは探偵をされてるんです。きっと犯人を見つけてくれます」

「探偵?」麻衣は驚いた顔をした。「高校生なのに?」

「お兄ちゃんの探偵事務所を手伝ってるんです。もしよろしければ、お話を聞かせてください」

麻衣は少し考えてから頷いた。

「分かりました。でも、ここじゃ話しにくいから……準備室で話しましょう」

美術準備室は画材や作品が整理されている小さな部屋だった。麻衣は重い口を開いた。

「最初は私の油絵の具セットがなくなりました。プロ用の高級なもので、5万円くらいするんです」

「5万円……それは高価ですね」

「コンクール用に両親に買ってもらったものでした。でも、ある朝来てみたら、ロッカーからなくなっていて……」

「ロッカーに鍵はかけていましたか?」

「はい。でも、鍵を壊された形跡はありませんでした」

ユウナはメモを取りながら聞いた。

「他にも被害があったんですよね?」

「その後、1年生の山田くんのスケッチブックや、2年生の中村さんの水彩絵の具セットも……」

絵美里が補足した。

「私も先週、デッサン用の鉛筆セットを盗まれました」

「みんな、ロッカーから?」

「はい。でも、どれも鍵を壊された様子はないんです」

ユウナは不思議に思った。鍵を壊さずにロッカーを開けるということは、合鍵を持っているか、開錠技術を持っているかのどちらかだ。

「部員以外で、美術室に出入りできる人はいますか?」

「美術の先生と、掃除当番の生徒くらいですが……」

「美術の先生は?」

「田中先生です。とても優しい方で、そんなことをするはずが……」

その時、美術室のドアが開いた。

「おや、お客さんですか?」

50代前半の男性教師が入ってきた。田中先生だった。

「先生、こちらは皆瀬さんです。最近の盗難について相談に乗ってもらってるんです」

田中先生は困ったような表情を見せた。

「そうですか……確かに最近、部員たちの様子がおかしくて心配していました」

「先生から見て、何か気になることはありませんか?」

「そうですね……部員同士の信頼関係が崩れてしまって。お互いを疑うような雰囲気になってしまいました」

田中先生は続けた。

「美術は心を表現するものです。疑心暗鬼の中では、良い作品は生まれません」

ユウナは美術室全体を見回した。ロッカーは20個ほどあり、それぞれに部員の名前が書かれている。どれも同じタイプの鍵で、特に頑丈なものではない。

「先生、美術室の鍵の管理はどうなっていますか?」

「私が持っているマスターキーと、部長の麻衣さんが持っている予備キーがあります」

「予備キー?」

麻衣が説明した。

「部活動で遅くなることがあるので、部長が予備キーを持って最後の施錠をすることになってるんです」

「その予備キーは普段、どこに?」

「私のロッカーに入れています」

ユウナは新たな疑問を抱いた。

「麻衣先輩のロッカーの鍵は?」

「いつも持ち歩いています。でも……」

麻衣は不安そうな顔をした。

「時々、カバンを教室に置いたまま体育の授業に行ったりすることもあります」

つまり、その間に誰かが麻衣のロッカーから予備キーを取り出し、他の部員のロッカーを開けることは可能だった。

「麻衣先輩のクラスの人も犯人の可能性があるということですね」

「そんな……」麻衣は顔を青くした。

その日の調査はそこで終了し、ユウナは家に帰ってから情報を整理した。

『美術部盗難事件』
- 被害:高価な画材、作品(総額10万円以上)
- 期間:2週間前から継続
- 場所:美術室のロッカー
- 特徴:鍵を壊さずに開錠
- 容疑者:部員、または予備キーにアクセス可能な人物

翌日、ユウナは美術部の活動時間に再び美術室を訪れた。今度は部員たちの人間関係を詳しく観察するためだった。

「皆瀬さん、昨日はありがとうございました」

1年生の山田くんが声をかけてきた。小柄で内気そうな男子生徒だった。

「山田くんのスケッチブックがなくなった時のこと、詳しく教えてもらえる?」

「はい。僕、風景画が好きで、放課後によく校内をスケッチしてるんです。そのスケッチブックには、コンクールに出品予定の作品も描いてあって……」

山田くんの目に涙が浮かんだ。

「あれがなくなってから、やる気が出なくて……」

ユウナは山田くんの机を見た。新しいスケッチブックがあるが、ページはほとんど白紙のままだった。

「他の部員との関係はどう?」

「みんな優しい人たちです。でも最近は……」

山田くんは辺りを見回してから小声で言った。

「みんな僕のことを疑ってるみたいなんです。1年生だから、先輩に迷惑をかけてるんじゃないかって」

「どうしてそう思うの?」

「この前、中村先輩が『1年生は信用できない』って言ってるのを聞いちゃって……」

ユウナは中村さんという2年生を見た。短い髪の活発そうな女の子で、現在水彩画を描いている。

「中村さんとお話しできるかな?」

ユウナは中村さんに声をかけた。

「中村さん、お疲れ様。私、皆瀬ユウナです」

「ああ、噂の探偵さんね。中村早苗です」

早苗は少し棘のある口調で答えた。

「盗難事件について、何かお気づきのことはありませんか?」

「特にないけど……ただ、最近入ってきた1年生の行動が怪しいのよ」

「山田くんのこと?」

「そう。あの子、いつも一人でコソコソしてるし、他の部員のロッカーの前をウロウロしてることもあるのよ」

ユウナは興味深く聞いた。

「具体的には?」

「先週の木曜日、私が忘れ物を取りに戻った時、山田くんが麻衣先輩のロッカーの前に立ってたの。何してるのか聞いたら、慌てて逃げちゃって」

これは重要な情報だった。山田くんが麻衣のロッカーから予備キーを盗んだ可能性がある。

しかし、ユウナには疑問があった。山田くん自身も被害者なのに、なぜ自分のスケッチブックを盗む必要があるのだろうか?

その日の放課後、ユウナは山田くんに直接話を聞くことにした。

「山田くん、先週の木曜日のことを覚えてる?」

山田くんは顔を青くした。

「木曜日……ですか?」

「中村さんが忘れ物を取りに来た時、田沢先輩のロッカーの前にいたって聞いたんだけど……」

山田くんは俯いてしまった。

「あの……実は……」

「何でもいいから、正直に話して」

山田くんは涙ぐみながら話し始めた。

「僕……田沢先輩のことが好きなんです」

「好き?」

「恋愛的な意味じゃなくて……憧れてるんです。先輩の描く絵がすごく上手で、いつか僕もあんな風に描けるようになりたくて」

山田くんは続けた。

「それで、先輩がどんな画材を使ってるのか気になって……ロッカーを見てたんです。でも、のぞき見してるみたいで恥ずかしくて、中村先輩に見つかった時に逃げちゃいました」

ユウナは山田くんの純粋な気持ちを理解した。しかし、それでも犯人の可能性を完全に排除することはできない。

その時、美術室のドアが開いた。田中先生が慌てた様子で入ってきた。

「大変です!また盗難が起きました」

「え?」

「今度は麻衣さんのコンクール作品が……」

麻衣が青ざめた顔で立っていた。

「私の絵が……消えてる」

ユウナは急いで麻衣のイーゼルを確認した。確かに、そこにあるはずの油絵がなくなっている。

「いつ気づいたんですか?」

「さっき、最後の仕上げをしようと思って来てみたら……」

麻衣の声が震えていた。

「あの絵は来月のコンクールに出品予定だったんです。もう締切まで時間がない……」

田中先生も困り果てていた。

「これで4件目です。もう看過できません。明日、全部員に聞き取り調査をします」

ユウナは事件の緊急性を感じた。このままでは美術部が崩壊してしまうかもしれない。

「先生、もう少し時間をください。必ず犯人を見つけます」

その夜、ユウナは探偵事務所で事件について考え込んだ。

「クロベエ、どう思う?」

黒猫は机の上で丸くなりながら、知らん顔をしている。

ユウナは改めて事件を整理した。

1. 高価な画材や作品が連続して盗まれている
2. ロッカーの鍵は壊されていない
3. 犯人は予備キーにアクセス可能な人物
4. 部員同士の疑心暗鬼が深刻化

そして今日、最も重要な作品が盗まれた。これは単なる金銭目的の犯行ではないかもしれない。

「もしかして……」

ユウナは新たな仮説を思いついた。この事件の真の目的は、美術部を混乱させることなのかもしれない。

だとすれば、犯人は部員の中にいる。そして、その動機は……

明日、真相を確かめよう。ユウナは決意を新たにした。

窓の外では、桜ヶ丘市の夜景が静かに広がっていた。美術部の平和を取り戻すため、ユウナの推理が始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

【完結】あの日の月に君を見る

月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
【アルファポリス「25周年アニバーサリーカップ」参加作品】  深夜に峠へ肝試しに行った中学生の男女4名。その肝試しがきっかけで、それぞれの関係に変化が起こりはじめる。甘酸っぱい青春の日々を過ごしていた4人は、ある事故をきっかけに別れていき、そのまま25年の時が過ぎ去っていく。  大人になった彼らは小規模な同窓会を開く。だが、目の前に現れた「彼女」は、25年前の事故で亡くなったはずの少女だった。  なぜ「彼女」は現れたのか。そして、25年の間に果たされなかった想いとは?  ラストは涙必至⁉ 切ない想いが胸をしめつける、感動の純愛ストーリー‼

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 190万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...