シンデレラになりたい私の話

毬谷 朝一

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かぐや姫伝説は疫病とともに

第30.5話 レディの話

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「……ライラ、休憩だって。」


薬を配るために、カッツェの商会を皆で手伝っていた時のこと。


私は慣れない作業に手間取っていて、少し煮詰まっていた。ことん、とテーブルに置かれた紅茶から甘い香りが漂っている。迷々亭から差し入れられたかわいいケーキとともに、私はレディと休憩をとった。


「おや、可愛らしいレディ達が居るね。おじさん達からも差し入れだよ。」


レディと2人でお茶を楽しんでいると、開けていた窓の外をヨエル商会のおじさんが通りかかった。ひょい、と投げてよこすのは小さなクッキーで、ありがとうございますとお礼を言うとニコニコと笑いながら去っていった。


「……そう言えば、レディって不思議な名前ですね。」


ふと疑問に思ったことを口に出すと、レディはああ、と思い出したように言った。


「そう言えば、ライラは知らなかったね……私、元奴隷なの。……ああ、そんな気まずそうな顔しないで。私がジャックのところでお世話になってるのは、知ってるよね?」


レディはくすくすと笑って言った。


「あ、ジャックが私を買った訳じゃないのよ……そうだね、少し話そうか。」


私は彼らのことを何も知らない。レディの過去はどんなのものなのだろうか。それに、他人の歩んできた道というのはとても興味深い。


レディは遠くを見つめるように話し出した。


────────────────────



小さい頃はお母さんがいた事を覚えているの。小さな家だったわ。でもね、お母さんは病気で死んじゃって、私はスラムで育った。生きてるのか死んでるのかわからないような暮らしで、ただひたすらに命を求めていたの。……あんまり周りに人がいなかったから、今でも少し喋るのが得意じゃない。


ネズミやカラスはご飯を奪い合うライバルだったし、いつも疑心暗鬼だった。これはね、お母さんがいた時に貰ったの。ずっと持ってたこのペンダントだけが、私の拠り所だったの。



……あ、名前の話だったね。脱線しちゃった。そう、あれは2年前の寒い寒い冬の日だったわ。



────────────────────



「やめて!はなし、て!」


スラムの片隅、暴れる白髪の小さな女の子を無理やり引きずる男の姿があった。


少女の美しい顔立ちと、珍しい白髪の髪が高く売れると踏んだ奴隷商人だった。


「大人しくしろ!」


きゃっと叫んだ少女を急いで幌馬車に乗せると、奴隷商人は森へと馬車を進めた。この国では奴隷が禁止されている。それで、奴隷制度が認められている隣国へ向かっているのだった。


「……ちっ、道が悪いな。」


森の道はガタガタと石ころだらけで、馬車の中は随分と揺れる。少女は布でおおわれた荷台の中で、諦めたように膝を抱えていた。


ガタン、と一際大きな音を立てると、馬車は森の中腹で止まった。男は少女を連れて馬車を出ると、首元に繋がれた鎖を引っ張った。


「おい、暴れるなよ。」


男がそう声をかけるも、少女は黙って俯いていた。


奴隷はまず、名前を奪われる。今からその儀式を行い、その後奴隷としての名と刻印を与えられる。


「さあ、始めるか。くはは、いくらで売れるか楽しみだ。」


そう言うと、男は自分の指を針で少し突き刺した。指先にほんの少し血が滲む。その血を少女に啜らせると、男は呪文を唱えた。


少女は目を閉じて恐怖をやり過ごした。


『血は盟約 この名は地に墜ち 血に従う 血の盟約と永遠の印にひれ伏せ』


私は、なんて言う名前だっけ。わからない、わからない、……わからない。


「……おい、何か聞こえないか?」


グル、と獣の唸り声が辺りから聞こえ始める。男達は武器を手に持つと警戒するように身構えた。


そのとき、森の茂みから数匹の野犬が飛び出してくる。彼らはほんの少しの血の匂いを辿ってきたのか、男の喉笛に噛み付いた。


驚いて腰を抜かしていた少女のそばで、もう1人の男が果敢に剣を突き刺す。しかし多勢に無勢、呆気なく倒されてしまった。次はお前だ、と言わんばかりに近づいてくる野犬の群れに、恐怖で少女の体は震えていた。目を閉じて少女はか細い声で呟く。


「……あ、た、助け、……!」


その瞬間、キラキラとした緑色の光が少女の目の前をよぎった。少女が獣の怯えたような鳴き声で目を開けると、目の前に一人の男が立っていた。彼は軽やかにワルツを踊るように、たちまち野犬を全て倒してしまった。


緑色の髪にひと房ずつ金と銀が入っていて、歩く度に光がきらきらと舞うようだった。


男は野犬を倒すと振り向いて、少女の方へ近づいて行く。鎖に繋がれた少女と、そばで死んでいる男を見て関係性を瞬時に理解したような男は少女の方へゆっくり近づいた。


手を差し伸べようとすると、びくりと脅えたように体がすくんだ少女を見て、男は少し悩むように優しく手を差し出した。


「……あー、えっと……大丈夫ですか、小さな“レディ”?」


そう言うと、眩い光が鎖を覆い、ばきりと音を立てて固い錠が割れた。


「……」


「……」


驚いたように目を見張る少女と男は、やってしまったというふうに顔を覆った。


「……もしかして、まだ名付けが終わっていなかった……よね、これは。」


「名を奪う呪文が唱えられた……直後、だった……」


少女は自由になった首と手をコキコキと鳴らして、お礼を言った。


「……ごめんなさい、……そしてありがとう……」


ピエロのようなメイクをした男は、苦笑して言った。


「君の名前は“レディ”になっちゃったわけだけど、……どうする、俺と一緒にくるかい?まだ奴隷の刻印が押されていないし、大丈夫だろう。俺はジャックと言う。こう見えても稼ぎはいい、心配しないでも君1人育てるには十分にある。」


少女は少し考えて、ジャックの手を取った。固くてゴツゴツして、でも不思議と安心する手だった。


────────────────────


「それからはなんやかんやあって、祝福があることも分かって、なんとかジャックの手伝いができるようになった。偶然の産物なの、元の名前は忘れちゃったけど、今の名前も意外と気に入っているのよ。」


そう言うと、レディは窓の外を見た。奥の方で、ジャックが一人の女性とにこやかに談笑している。女性の方は熱に浮かされたような眼差しでジャックを見つめている。


ジャックはピエロのようなメイクをしているけれど、顔は良いし、性格もとてもいい。モテるのは当然だ。


そんな様子をじっと見ていたレディは、風のような声で言った。


「ジャックに相応しい“レディ”になろうって、思わせてくれるから。負けないわ、私の方がずっと、ずーっとジャックのこと大好きなんだもの。一番近くで見てきて、一番近くで愛情かけられて育ったのよ、好きにならないわけないじゃない。」


凛とした瞳でジャックを見つめるレディは、静かな火が目に灯っていた。


「今の私は、ただの子供……眼中にない。だからね、いつも“立派なレディ”を目指そうって思ってるの。大きくなったら、ジャックをドキッとさせてやるのよ……レディって名前は、呼ばれる度にその事を思い出させてくれる。」


そういうレディの幼い横顔は、一人の立派な女の顔をしていた。


「……凄い、と思います。応援しますよ、私は。」


素直に感心してそう言うと、レディは無邪気に笑った。



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