魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三章 書物の国の小規模戦争

対価の払い方

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書物の国。
公共施設の約九割が図書館、個人経営の店は十割本屋、とにかく本の多い国。そんなにあって品揃えが被らないのか、なんて心配をしてしまうのは僕が国外の人間だからだろうか。国土の八割以上が本の為にに使われている、そうまことしやかに囁かれている。
門をくぐる前から紙とインクの匂いが鼻に届いた。

『この国は静かだからな、好きだぞ』

「来たことあるの?」

『まぁな、あまりいい思い出は無いが、いい所だ』

門番に証明書を見せる、他の国よりも時間がかかっているのは何故だろうか。

「そのオオカミは…本を読むのか?」

『読むぞ』

「しゃ、喋った……い、いや、破らないな?」

『そんな真似はせん、そこらの魔獣と同じにするな』

「……いいだろう、通れ」

地図と薄い案内書を渡され、ようやく中に入った。
道行く人々の視線を感じる、この国では魔獣は珍しいのだろうか。
道の端に避けて、地図を広げる。
取り敢えず宿をとって、それから図書館に行きたい。
地図は図書館の記号で埋め尽くされていた。
食事も取れる図書館はあっても、飲食店はない。
宿も見当たらない。
寝床に困り途方に暮れていると、見知らぬ女が声をかけてきた。

『おや、アルギュロスじゃないか。久しぶりだね』

シワのない黒のスーツに身を包んだ女は、見るからに誠実そうだ。肩ほどの長さに切り揃えられた黒髪も、切れ長の黒い瞳も、全てが好印象。
この国に来て初めて話す人が優しそうななことに安堵し、出来る限りの笑顔を作った。

『マ、マルコシアス様?』

アルは素早く姿勢を正し、深々と礼をした。
礼儀正しいアルなど見たことがなかった僕は戸惑った。

「あ……えっと、知り合い?」

『マルコシアス様だ。貴方も礼をして、くれぐれも無礼のないように務めてくれ』

アルと耳打ちをし合い、僕も礼をした。普段から態度の大きいこのアルがここまで畏まるなんて、相当に尊い方なのだろう。

『ああ、いいよいいよ。楽にして』

『感謝します、マルコシアス様』

『相変わらず真面目な子だねぇ、ところで……その子は?  友達かい?』

『私の主でございます。魔物使いの才能を持っております』

隠せと言っていた魔物使いだということをあっさりと口にする。アルはこの人物を信頼しているのだろう、ならば僕もそれなりの対応をしなければならない。

「ヘルシャフト・ルーラーです。魔法の国出身で、えっと……旅、してます」

『魔物使い!  それに魔法の国か』

マルコシアスは優しく微笑んだ。
優雅な立ち居振る舞いは見る者を魅了する、まるで一枚の絵画のようだ。

『苦労しただろう?  こんなに小さいのに』

「小さい……ですかね」

『アルギュロスと積もる話もある、うちにおいで』

『ですが、マルコシアス様』

『おいで』

少し目つきの鋭くなるマルコシアスにアルは耳を垂らして情けない鳴き声をあげる。
マルコシアスは僕に視線を戻すと、優しい目をして言った。

『この国には泊まれる施設は無いよ?』

「え……そうなんですか。アル、どうしようか」

『だからね。うちにおいで、と言っているんだよ』

「いいんですか?」

『……よくなければ言わないだろう?』

僅かに声を低くしたマルコシアスに言いようのない恐怖を感じた。
何よりも原始的な恐怖、捕食者に対するものに似ているだろう。
……兄を思い出す。僕は反射的に頷き、マルコシアスはそれを見て再び優しい顔に戻った。
この豹変ぶりも兄を思い出してしまい、失礼だとかも考えず彼女の笑顔から目を逸らした。

マルコシアスの家はこの国で最も大きい図書館の隣にあり、その家もまた大きなものだった。
だが嫌味な豪華さはなく、彼女の印象にぴったりと言えるだろう。

「し、失礼しまーす」

『マルコシアス様、私は外で構いません』

『君を室外犬扱いはしないよ?  ほら入って』

『しかし……はい、ではお邪魔します』

客間だという部屋もまた広く、とても二人部屋とは思えない。
風呂は六時以降、食事は七時と伝えられた。壁に掛かった時計は五時を指している。
広いベッドに腰掛ける、微かに体が沈みとても心地良い。この上なく落ち着いた僕は、ゆっくりと部屋を見回す。
アルは僕と反対に落ち着きなく時計や扉を見ていた。

「ねぇアル、あの人ってどんな人なの?」

『素晴らしいお方だ、誠実で常に正しい』

「ふぅん……?  どこで知り合ったの?」

何よりも気になっていた、魔物であるアルが人間と知り合う事など滅多にないと思っていたからだ。
そしてその回答は、僕の予想を遥かに超えたものだった。

『九百六十三年前……つまり生まれた時だな、私は彼女を模して造られている』

「えっと?  どういう意味?」

約千年前にあの女がいたと? 人間ではないのか?

『キマイラは腹から生まれん。錬金術で魔獣を継ぎ接ぎし、魔力を流し込み魂を造る。あぁ、私の場合は錬金術ではなく、錬金術を参考にした技術だぞ』

「あの人に造られたって事?」

『いや、違う。私を造った者はもう死んでいる。彼女に似せられただけだ。それを知った彼女が私を見に来た』

「そう……なんだ?」

模して?  似せて?  よく分からない。
造られたというのははまだ理解出来る、魔法の国でも生き物を改造していたりはした。
だが、この狼のモデルがあの女だと?
一体どこを似せたのだろうか、姿は……違う、ならば魔力の性質、性格、そのあたりだろうか。
アルを眺めて考えていると壁掛け時計が鐘を鳴らす、いち、にい……六回だ。教会を思わせるその鐘の音は、どこか懐かしさを感じさせる。

『風呂に入ってくる』

「え……早速?」

『貴方は?』

「僕……あんまり食事前にお風呂は、ちょっと」

風呂に入るのは体力を使う。出来ることなら入ってすぐに眠りたい。

『ならば私もその時にもう一度入ろう』

器用に尾で扉を開け、部屋を出ていく。前から思っていたがアルは相当な風呂好きだ。
一人になり暇になり、薄っぺらな案内書を読んでいると、扉を叩かれた。すぐに返事を返すと、スーツを脱いで部屋着に着替えたマルコシアスが入ってきた。

『やあ、この部屋はお気に召したかな?』

「あ、はい。とっても」

出来る限りマルコシアスの機嫌を損ねないように努める。

『アルギュロスは?』

「お風呂です」

部屋を軽く見回し、後ろ手に扉の鍵を閉めた。
僕はその事に気がつかなかったし、気がついたとしても何の疑問も抱かなかっただろう。

『そう。彼女はお風呂好きだねぇ、相変わらずだ。』

「あの……アルとは、どんな?」

アルから既に聞いていたが、彼女の口からも聞きたかった。一番の理由は話す内容が思いつかないから、なのだが。

『旧知の仲だよ、説明は難しいな。友人という訳でもないし、上下関係という訳でもない』

左手をポケットに入れたまま、僕に近づく。僕を見る爛々とした目にはやはり原始的な恐怖を感じる。

『ところで……君、ここに泊まらせてあげるのだから、対価が必要だとは思わないかい?』

「え?  あっ、はい。その……えっと」

彼女の言葉は全く予想をしていないものだった、アルに対する厚意なのだと考えていたから。
だが、対価……仕事を探しているから少し待ってくれと言えばいいのか?
今持っているのはこの国の通貨ではない、すぐに換金するからと言うべきか?
それともまず、いくら払えばいいのかと聞くべきか。

『ふふ、焦らないで。別に金を出せとは言っていないよ』

「え……?  じゃあ、僕は何を」

『体で払え、ってね』

家事でもすればいいのかと聞く暇もなく、ベッドに押し倒される。
ようやくポケットから出したマルコシアスの左手には、折りたたみ式のナイフが握られていた。
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