魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四章 温泉の国の海底には

交代、再会

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脳内会議室。
こんなものを頭の中に持っている私はきっと異常なのだろう。いや、この会議室だけではなく、頭に角があるという時点で異常だ。

『灰』の出ていった静かな部屋で、自嘲の笑みを浮かべる。『黒』は相変わらず私にも外にも何の興味も示さない。

がちゃり、と扉が開く。『灰』が帰ってきた。
ああ、なんて幸せそうな顔をしているのだろう。私もこの国の温泉や料理を堪能したかったのに。

「えへへー、いい事あった!」

『そりゃそうよ、私もお刺身食べたかったのに』

「魚なんてどーでもいいの!  見て!」

『灰』の声とともに、砂嵐のモニターに少年の姿が現れる。ノイズが消えて、声が会議室に響き渡る。

「えっ、あぁ、いや、好き……だよ」
「あ、その、みとれてて……っじゃない!  そ、その、なんでもない!  なんでもないからね!」

顔を真っ赤にして背けてしまう。その後にもチラチラとこちらを見ては照れ臭そうに俯いた。

『何よ、これ』

「夕食の成果!  隣に座ったの!」

『なんて事するの!  もし私の角がバレたらどうしてくれるの!』

「私には角ないもーん。見た目全然違うしー、バレないバレない」

前髪をかきあげて勝ち誇ったような笑みを浮かべる『灰』。
そうだ、三人の中で角が現れるのは私だけ。人格が変われば見た目も変わる。
どういう仕組みになっているのかは分からないが、角が生えている時点でそんな事は気にするものではない。

『『黒』!  何か言ってよ、この勝手なコドモに!』

『うん、聞いてる』

『そればっかり、ちっとも聞いていないじゃない!  もういいわ!』

椅子を引き倒して立ち上がり、走り出す。『灰』が私の狙いに気がつき叫ぶ。
そんなものに意味はない。私は扉を開き、光の中に身を投じた。



ガタン、と缶ジュースが落ちてくる。
自動販売機は便利だ、いつでも冷たい飲み物が買える。他の国にもあればいいのに。
アルは夕食の後にウサギ達に追い回され、角を曲がった先の扇風機の前に横たわっている。
ウサギ達を部屋に連れて行こうと四苦八苦していた十六夜は大丈夫だろうか。
あの灰髪の少女は夕食の後は部屋に帰ったようだ、少し気まずかったから丁度良いような、良くないような。
さて、アルはまだ動きそうにないし今のうちに温泉に入ってこよう。館内地図を頭に思い浮かべながら、アルのいる場所とは反対の角を曲がる。
その先で備え付きの椅子に座っている女を見つける、眠っているようだ。頭からタオルを被り、浴衣ははだけている。
湯上りだろうか、こんな所でこんな格好をしていては風邪を引いてしまう。目のやり場に困りながら女に近づく。

……髪が、透き通るように真っ白い。

まさか、逸る心臓を抑えるように胸に手を当てる。声が震えてしまわぬように、先程買ったジュースを飲み干す。
息をゆっくりと、吸って、吐いて。

「あの……すいません」

起きない。

「あの!  ちょっと……いいですか」

起きない。

体を揺さぶれば起きるだろうか。手を伸ばしかけて、止まる。
浴衣ははだけているのだ、肩が出かかっている。
揺さぶればどうなるか分かったものじゃない。そしてその時に起きでもしたら、誰かに見られでもしたら、僕はどんな扱いを受けるか。

『……っ!  はぁっ、はぁっ、はぁ……ん?』

女はいきなり飛び起き、荒い息を繰り返した。
そして、僕を見つけた。

『あ、あ……いやっ!』

「ま、待って!」

タオルの隙間から覗いた女の顔はみるみるうちに真っ青になる。
走り出す彼女の腕を掴む。なんて細い。そんな事を呑気に考えた。
浴衣の裾を踏んでバランスを崩した女を支える。腕を壁につき、女を腕の中に閉じ込めるような体勢になってしまった。

「大丈夫……ですか?」

『やっ、どいて』

か細い声をあげる。怯えているような、そんな目だ。

「あの、僕……あなたと話がしたくて」

『私はしたくないわ』

真っ赤な瞳は恐怖に満ちて、精一杯の反抗として僕を睨む。

「……ごめんなさい」

そんな彼女に申し訳なくなって、腕をどけた。もう彼女を探るのはやめよう、でもこれだけは渡さなければ。

「あの、これ。さっき……落として」

白い布を差し出す。彼女は震える手でそれを受け取った。
受け取ってくれた事に安堵しつつ、僕はゆっくりと彼女から離れる、つもりだった。

『わざわざ、届けに来てくれたの?』

「えっ?  ああ、はい。ちょっと探しました」

『……そう、ありがとう』

角について聞きたい、なんて口を滑らせないように。
彼女は初めて笑った。それは微かなもので、一瞬の出来事だったが、一枚の美麗な絵画のように僕の目に焼き付いた。

『ごめんなさいね、酷い事言ってしまったみたい』

「そ、そんな事ないですよ。僕の方こそ、ちょっと強引になっちゃって」

僕の渡した白い布を頭に被せる。頭を決して見せないように、丁寧にタオルを引き抜いた。

「それ、大切な物……だったり?」

やはり角の事も聞きたい。それとなく聞き出そうと、白い布の話題を出す。

『いいえ?  そんな物じゃないわ』

「あ、そうなんですか。何だか丁寧に扱ってるみたいだったから」

『ええ……ちょっと事情があって』

「事情?」

彼女はしばらく俯いていた、何かを考え込むように。
そして、僕を縋るような目で見つめた。印象的な赤い瞳が僕を射抜く。

『……誰にも言わないで、驚かないで、聞いてくれる?』

「は、はい」

する、と微かな擦れる音を立てて白い布が頭から落ちる。
髪の隙間からは宝石のような赤い角が生えていた。

『角を、隠しているの、見つかったら大変だから』

悲しげに微笑む。その表情は抱き締めたくなる程に哀しく、またそんな真似をすれば壊れてしまいそうに儚い。

『……怖い?』

「いいえ、ちっとも」

『嘘つかなくてもいいのよ』

「怖くないですよ。僕は知り合いに……ほら、悪魔とかいますし」

『ふふっ……なぁに、それ』

嘘ではないのだが、彼女は僕の優しい冗談だと受け取ったようだ。口を隠して笑う彼女はとても美しい。
この笑顔を守りたいと思った。もう二度とあんな怯えた顔をさせたくない。
そうだ。彼女と初めて会った気がしない、まるでずっとずっと探していたような──なんて、そこまで考えた自分が気持ち悪くなって思考を止めた。
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