魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第六章 砂漠の国の地下遺跡

丸い蝙蝠

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街は思っていたよりも活気に溢れている、テントを広げているのは夜市だろうか。だが、僕が優先して探さなければならないのは宿だ。色々と見て回りたい衝動を抑えつつ、宿の看板を探す。

「人間1に魔獣2だね」

質素な宿を見つけ、扉を開けると人の良さそうな宿屋の主人が出迎える。と、宿帳を記す手に黒蛇が絡んだ。

『主人、魔獣は1だ。ピンクの毛玉は窓から捨てる』

「魔獣の食事は両方とも肉でいいのかな?」

「えっと……はい、取り敢えず」

コウモリの好みはまだ分からない、もしかすると野菜が好きなのかもしれない。そうなったら変えてもらおうか。

『主人、一体分でいいぞ。この毛玉は捨てる』

「………ウチで喧嘩させないでくれよ」

そっと耳打ちする主人に慣れない愛想笑いを返し、階段を上がる。
二階の角部屋の扉を開く。内装はシンプルだが、その清潔さや家具からは料金以上のものを感じる。
カバンを置いたらまずは風呂だ、いくら僕が風呂は食後が至高だと謳っていても、砂まみれのまま過ごしたりは出来ない。
ひとまず自論を捨て、アルと共に浴室へ。

『ヘル、狭いぞ。やはり毛玉を捨ててこい』

「この子がいなくても変わらないよ。っていうか先に体洗いなよ。毛がすごい浮いてる」

アルはしぶしぶと言った様子で湯船を上がり、尾で器用にシャワーを浴びる。銀と黒の毛は泡でたちまち白くなった。
その様子を横目で楽しみつつ、洗面器に湯をすくいコウモリを浸ける。コウモリはまだ目を覚まさない。
風呂に入れるのは不安だったが、風呂の間放っておくのも怖い。アルと交互に入ればよかったのかもしれないが、勝手に捨てられかねない。

『ヘル、終わったぞ』

今度はアルが湯に浸かり、僕が体を洗う。洗面器は風呂桶の縁に不安定に置かれている。

「アル、その子食べないでね?」

『こんな得体の知れんモノ誰が喰うか』

不機嫌にそう吐き捨てつつも、黒蛇はしっかりと洗面器を支えている。素直じゃないアルに可愛らしさを感じて笑みを零しつつ、風呂を終えた。

食事は見慣れないものだったが、美味しく頂けた。少々刺激的な味付けだったように思える、この国では香辛料をよく使うのだろうか。

『足りん、それも寄越せ』

「ダーメ、この子の分なんだから」

『寝ているだろう』

「起きたら食べるよ。お腹すいてるだろうし」

皿に積まれた肉を平らげ、もうひと皿と要求する。コウモリには少し多いかもしれないが、それでもアルに渡すわけにはいかない。
残ったら食べてもいいということで納得してもらい、コウモリの目覚めを待つ。

「起きないね、病院とか連れてった方がいいのかな」

『その魔力からして上級魔獣だ、心配する必要は無い』

「上級なの?  下級って見た目だけど」

『私もそう思うが……その毛玉はかなり強い、私よりも上かもしれん』

「アルより?  アルって魔獣の中では一番じゃないの?」

真ん丸でどこか間の抜けたコウモリからはそんな力は一切感じられない。

『だからおかしいと言っている。それにその毛玉の魔力はどこか貴方と似ている。その上その魔力は魔獣にしては禍々し過ぎる』

「え……ちょ、ちょっと、不安になるからやめてよ」

『捨ててしまえば解決するぞ?』

けらけらと意地悪な笑みを浮かべるアル、今までの話が嘘ではないかと疑った。
コップの水を飲み干し、そっと机に戻す……と、落としてしまった。欠片を拾おうとして指を切る。

『素手で触るな。大丈夫か?』

「ちょっと切っただけだよ。平気」

『血が出ている、平気ではない』

アルは僅かに血の滲んだ指先を心配そうに見上げる。微笑ましく思ってアルの頭に手を伸ばしたその瞬間。机の上に寝かせていたコウモリが恐ろしいスピードで僕の手に飛びついた。

『ヘル、振り落とせ!  血に反応した!』

そんなアルの叫びをかき消すように、コウモリが眩い光を放った。光が収まり、何度も瞬く。
僕の目の前にはコウモリはいない、いたのは──

『あれ?  ここどこ?』

淡いピンク色の髪の青年だ。その羽や角はコウモリのものと同じ。
真ん丸な青い瞳を更に丸くしてキョロキョロと辺りを見回す。

「……セネカさん?」

『あ、やっほー、ヘルシャフト君』

「さっきのコウモリ……は」

『コウモリ?  あぁ、ボクだよ?  可愛かった?』

「なんでカバンに」

『元気になったから……その、旅行したくて。でもお金ないから、荷物に紛れればいいかなって。丁度変身も出来るようなってたから、ね。あははは……ごめん』

セネカは羽を垂らして分かりやすく落ち込む。アルは呆れと安心でため息をついて床に寝転んだ。

「……戻ってください。今すぐ、コウモリに戻ってください!」

『え?  ちょっと、ヘルシャフト君?』

「あのもふもふに戻ってください!」

『待って、落ち着いて、ボクまだ変身慣れてなくて……』

「戻れ!  僕のもふもふ返せ!  返せよ!」

『君そんな子じゃなかった!  僕の知ってるヘルシャフト君じゃない!』

しばらくその騒ぎは続き、宿の主人に扉を叩かれて正気に戻った。扉越しにやんわりと怒られ、落ち込んでベッドの上でうずくまる。
アルは騒ぎを意に介さず先に寝ていた。

『ちょっと待ってね、ちょっと深呼吸すれば変身出来るはず……ああ、イメージが崩れる。コウモリってなんだっけ』

「せめてその羽とか仕舞ってくださいよ、人に見られると面倒な事になるので」

『え?  そうなの?』

「魔獣は大丈夫だって国は結構ありますけど、悪魔はちょっと……マズいと思いますよ」

『え?  じゃあボクずっと化けなきゃいけないの?』

「そうですね。あ、この宿ではコウモリになっていてもらわないと困りますよ。宿帳に書いちゃいましたから」

セネカは泣きそうな顔で僕を見つめる、僕は目を逸らすために時計を見るふりをした。すると膝の上にコウモリが乗り、きゅうきゅうと泣き始めた。

「泣かないでくださいよ」

僕も少し泣きたくなっていたのだが、その感情はみるみるうちに冷めていった。もふもふを堪能するうちに眠ってしまったコウモリを枕の横に寝かせ、アルを抱きしめる。明日への不安から目を背けて、静かに眠りについた。
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