魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第十一章 混沌と遊ぶ希少鉱石の国

幸運を

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妙なモノに取り憑かれた『黒』と対峙して数分、セツナは役に立ちそうな魔石を考えていた。比喩や世辞抜きで錬金術に関しては世界最高の頭でもこの状況を打破する策は思いつかない。

『二つに分けても残骸が!  記憶を改竄しても元に戻った!  流石に名前は取り戻してないけれど、何も思い出さないはずだったんだ。白と灰だけで終わるはずだったんだ!』

自分に酔って話していることだけがセツナにとっての幸運だった。

『可愛いんだよね、この子は。一緒に何かを弄んでも。この子を弄んでも。とても楽しくて愉しくて……ああ、この上なく愚かなキミ達には永遠に分からないだろうね、この快感は』

これ以上ないほどに見下して笑う。だがそれでもセツナにとっては幸運だった、攻撃してこないのなら行動できた、思考できた。

『……可哀想に、あはははははははっ!』

憐憫など欠片も感じさせずに狂ったように笑い続ける、いいやもうとっくの昔に狂っている。昔に──もっと言えば初めから、セツナの頭にはそんな冗談じみたことを考える余裕が出来た。希望を失うことによって。

『直接やるのは好きじゃないけど、そうしないと潜り込めないからねぇ。教えてあげるね?  髪の先よりも細い触腕を挿し込んで、ナカで伸ばして太くして分かれさせて、滅茶苦茶に掻き回して……体の表面には影響を出さずに、骨を傷つけずにやるのがコツだよ』

聞いているだけで気分が悪くなる、アレの話を追体験しているようだ。普通の人間が同じことを話していても「おかしな奴」で済むだろうに、『黒』とは全く違った不気味な声は耳だけではなく身体中に響く。

『臓器を蹂躙される激痛はやがて脳が焼き切れる程の快楽へと変わる。胃や腸、肺だけでなく心臓まで絡めとって締め上げて、少しずつ少しずつ形を歪ませていくんだよ。やってご覧よ、痛みが悦びへと変わるあの瞬間の表情はたまらないよ?  困惑に満ちた可愛らしい顔になるんだ、すぐに蕩けてしまうけどそれもいい。それをしばらく続けたら……可愛い可愛い着ぐるみに変身だ』

首から伸びた触腕が壁をつたい柱に巻きつく。セツナは狂った話を聞きながら『黒』の体内に潜り込んだ触腕の動向を想像して寒気を覚えた。
目線を失くして無邪気に笑う『黒』の見た目をしたソレは、ようやくセツナに気を向けた。

『まぁ、キミみたいな愚鈍な人間には出来ないけど』

通路に落ちた邪魔なゴミを片付けるようにセツナに手を伸ばす、セツナは反撃に賢者の石を『黒』の首に押し当てた。紡ぐ言葉は人のモノではない、セツナ以外の何者にも意味は分からない。

「目覚めよ、シュテュック・シリーズ!」

最後の言葉だけは人の言葉だ、そこに込められた意味は分からないままだが。『黒』の形をしたモノは察した。『黒』のこれまでの記憶を盗み見ていたモノは察した。

『創造神の信徒の言葉を真似よう……君も十分、冒涜的だ』

「僕は神を信仰する気はなくてね」

『へぇ……ボクもかな?』

「質問の意図が分からないね」

床を突き破り現れたのは半透明の小さな人。『黒』の体を押さえつけ、我が物顔で家を這い回る触腕を掴んだ。

「可愛い可愛い我が子達。やっておしまい」

『ホムンクルス……ね。面倒臭い』

何度破壊されても元に戻り、液状のそれは拘束することも出来ない。フラスコの外で長時間生存できないという弱点を抜きにすればどんな化け物であろうとも殺せない究極の兵だった。

『でもま、ボクの敵じゃ……あれ?』

『黒』の体の動きが止まる。

「……好機?  いや、下がれ」

不審に感じたセツナはホムンクルス達を下がらせる。触腕は全て動きを止め、気持ちの悪いぬめりも消えかかっていた。

『…………ホント、君、面白いよ』

『黒』の影から刀が現れ、ひとりでに動き触腕を切り落とし『黒』の首を貫いた。ようやく動いた『黒』の左手は刀を掴み、そのまま前に引き抜いた。
人間ならまず助からない量の血が吹き出し、血に混じって黒いミミズのようなものが流れ出た。『黒』がそれを踏みつけると、家中を這い回っていた触腕が下卑た笑い声を上げながら消えていった。

『……行ったかな。時間稼ぎありがとう』

「どういたしまして、君は誰かな」

セツナはホムンクルス達に警戒態勢を取らせたまま、いつものように微笑んだ。

『天使もしくは守護神、精霊にして鬼。そしてそのどれでもないモノ』

刀を影の中に戻しつつ、社交辞令的な笑みを返す。

『『黒』だよ、ちゃんと元に戻った。全部思い出した』

「それ、偽名じゃなかったの?」

『名前は奪われたままだからね、でもそれ以外は完璧。どうして名前を奪われたのかも思い出せた。取り戻す方法も、ね』

セツナは必要なくなったホムンクルス達に地下に戻るよう言った。

『僕はもう行くけど、その前にお礼をしよう』

「お礼?  どうも。ところでどこに行くのかな、あの子の所じゃないよね」

『風の吹くまま気の向くままに……あの子の所かもしれないし、違うかもしれない』

「……やっぱり僕、君嫌いだよ」

記憶が戻ったという『黒』はどこかあの黒ローブの男に雰囲気が似ている。セツナはそう感じて軽蔑を露わにした。
『黒』は何も答えずにセツナに一枚の羽根を渡す。
根元の黒い、先は白い、柔らかな大きな羽根だ。

『神の加護のあらんことを』

セツナが次に顔を上げた時には『黒』は消えていた。勝手な奴だと悪態をつきながら羽根と言葉の意味を推測する。
一つの結論に辿り着き、刹那は机の上に無造作に散らばっていた小石を手に取り、式を唱えた。
小石に赤い輝きが宿る、セツナは紛い物の賢者の石の欠片も加えて握りしめる。手のひらで石が熱を持ち、ドクンと脈打った。

「天使の羽根は幸運の象徴、神に嫌われた錬金術師ですら所詮手のひらの上の玩具だって……そう言いたいんだね」

誰に言うでもない独り言は、生命の輝きの前で鈍く消えた。



『黒』が記憶を取り戻す少し前、ヘル達はセツナの友人の家に着いていた。

『血の匂いだ』

『だな。ヘル君、君は目を閉じていろよ、出来るだけ匂いも嗅がないようにしろ。死体なんて見たら一生のトラウマだ。あぁ……そこの小娘は目を見開いて深呼吸でもしてろ。たっぷりな』

「むっかつく!  なんでそいつにばっか甘いのよ!」

『俺は元々人間に優しい、だが礼儀のない小娘に与える心遣いなど存在しない』

むせ返る血の匂い、鉄錆びが鼻腔をつく。僕は既に耐えきれない吐き気に襲われているというのにアルテミスと天使達は平気そうだ。
奥に進み地下を行く、階段の振動が嘔吐を煽る。首に回した腕に自然と力が入る。

『ザフィ、あれ』

『鳥、だな。この血の匂いは人間のものだと思っていたが……材料が人間なのか?』

翼、頭、胴体、足。各々パーツに分解されたあの鳥の虚ろな瞳が僕を見ている。
撒き散らされた血の匂い。僕にはこの家に着いた時から嗅がされたモノと同じように思えたが、天使達は違うモノを感じ取れたらしい。

『……ふむ、すまないがヘル君、少し降りてくれ。すぐに戻ってくる。目を開かない方がいいぞ』

天使は僕を降ろすと血に汚れた研究報告書を探り当てた。目を開かない方がと言われても、もう見てしまっている。

「アンタ、随分可愛がられてるみたいね」

「アルテミスさんが失礼なこと言うからだよ、僕にその反動が来てるだけ」

「……ふんっ」

何故か不機嫌なアルテミスを放って僕は薄暗い地下室を歩き出した。血の匂いを少しでも嗅ぎたくなくて、鳥の死体から離れるつもりだった。
壁に手をついて歩いていると、柔らかいモノを踏む。嫌な予感がして下を見ると人の手が転がっていた。血の気のないそれは僕に叫ばせるのに十分すぎた。
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