魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第十二章 兵器の国と歪みきった愛

会遇

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ベッドに縛りつけられてから何日経ったのかもう分からない。何週間、何ヶ月。何年も経ったと言われても信じるだろう。
時間の感覚はない、体の感覚も薄い。
開かなくなった右眼に変わって、左眼だけで手を見た。指はみんなバラバラの方向を向いて、動かそうとしても動かない。
右腕の、肘のあたりに刺さったこれは何だったか。
ああそうだ、夕食の時に噎せてしまった僕への仕置だったか。美しく輝いていたはずのナイフは赤黒く錆びつき僕の体の一部と化していた。
手はもう使い物にならない、足はどうだったかな。
右足は覚えている、何度も棒で殴られて傷ついて腫れ上がって、菌が入って……どうなっているのだろう。
見えてもいないのに紫色に変色した足が瞼の裏に浮かんだ。
左足は……?  動かない。けれど何があったのか思い出せない。
毎日毎日殴られているせいだとしたら、印象が薄くても仕方ないかな。

……アルは、いつ来てくれるんだろう。どうして来ないの。忘れてるの。
…………見捨てられた? 



兵器の国の政府は今とある兵器の開発に尽力している。核、とか何とか。
科学技術などバカバカしいと常々思う、魔法ならば金も何もいらないのに。ああ、凡人には出来ないのか。

「……ふん、非科学的なんて馬鹿なことを言うよ。国連から追い出された理由を理解出来ていないらしい。魔王に呪われてるくせに非科学的なんてよく言えたね、科学の国だって神魔に肯定的なのにさ」

兵器の国の政府は今科学で解明できないモノを必死に追い出している。たった今職場を追い出されたばかりの青年には身体中に魔法陣の刺青があった。
魔法の国が滅びた今、魔法使いは彼だけだ。
この国は魔法使い唯一の生き残りを捨てた。その者の性格も考慮せずに。

『……そこの人間、止まれ』

路地の向こうから声が響く、人ではないモノの声。
青年はそれに臆することなく答えた。

「随分と無礼な口の利き方だね、まぁいいよ。何かな?」

ストレスを発散できる玩具も見つかったことだ。この魔獣に怒りをぶつけるよりも玩具にぶつけた方が気持ちいい。青年はそう考えて温和に対応した。

『貴様からヘルの匂いがする、それも血の匂いだ。ヘルを何処へやった、ヘルに何をした』

路地の影が大きくなる──いや、魔獣が黒い翼を広げて青年を威嚇している。

「……知らないね、勘違いだろう」

青年は直感していた。
この魔獣が玩具の言っていただろうと。
ならば会わせる訳にはいかない、便利な力魔物使いが手に入らなくなる。それだけは避けたい。

『シラを切るか、なら力ずくで聞き出すしかないな』

「間違いは認めなよね。でもまぁ、僕も力で訴えるのは得意だよ、大好きだ、馬鹿に力量差を理解させるあの快感ったら!  本当、何度やっても最高だよねぇ」

幾重にも重ねた衣を一枚脱ぐ、裏には無数の魔法陣が重なり合って描かれていた。

「さ、来なよケダモノ。このエアオーベルング・ルーラー様に逆らうなんて愚の骨頂……って教えてあげる」

支配せよ、征服せよ。幼い時からずっと頭の中で響く声、抑えようのないこの衝動。
玩具よりもつまらなさそうだけど、特別に全てぶつけてあげる。



魔法陣の描かれた扉が開く。兄が来たと直感し、僕は恐怖で目を閉じた、それが余計な暴力を産むと知っているくせに。

『ふふっ、あははっ、ふふ……ははははっ』

……違う、兄ではない。科学者のような格好をした黒い男だ。顔は見えない──違う、見えているはずなのに分からない、認識できない。

『核兵器がさぁ、完成したみたいだよ。楽しみだねぇ……どう使うのか。ふふ、ふふふふっ、はははっ』

この部屋には兄以外入れないはずだ、そんな魔法を仕掛けていると聞いた。たとえ侵入出来たとしても攻撃魔法が発動する。
なら何故この男はここにいる?  何故消し炭になっていない?  方法も目的も分からない。未知は恐い。

『至上の愉悦だ……最っ高だよ』

顔が分からないはずなのに、恍惚とした表情だと分かる。男は僕の轡を外し、手を縛っていた縄も解いた。この縄は兄が魔法で作り出したもので、兄以外には解けないはずなのに。

『直接手を下すのは主義に反するんだよねぇ、でもここで君が絶えてもつまらないし、まぁこのくらいならいいかなって、ね』

「……ありがとう」

言葉の意味は分からないが、とりあえず解放してくれたことに感謝を伝えた。

『……ふふ、んふふふっ。感謝するんだ?  あははははっ』

「外してくれたから……あ、君は誰?」

『んー……誰かなぁ。誰がいい?』

拘束が解かれたとしても、この傷ついた体では部屋どころかベッドからも降りられない。なんとかこの男に協力してもらって家を出なければ、拘束を外したことで兄に殴られる。

「ここから出してくれるような優しい人なら嬉しいかな」

『優しい?  うん、ボクは優しいよ、うんうん、とっても優しい邪神様……なんて、あははっ』

「怪我をして動けないんだ。外まででいいから運んでくれないかな、お願い」

『んー、まぁボクは悪い邪神じゃないからねぇ。でも手を出すのは主義に反するんだ。だけど、お薬くらいならあげるよ?  たちどころに全身の傷が治るお薬、いる?  欲しい?  使う?』

男が懐から取り出したのは小さな瓶だった。中には黒い油に似た液体が入っている、光の加減か虹色の輝きも見えた。
即効性の傷薬なんて怪しい事この上ない。だが今の僕には躊躇している時間はない、兄がいつ帰ってくるか分からない。

「……欲しい」

『うん、じゃあ飲ませてあげるね、口開けて?』

男は優しく僕の顎を引いて、粘り気のある液体を喉に流し込んだ。
体が一瞬熱くなり、気がつくと傷は全て治っていた。
だが、劣悪な環境は僕を衰弱させていて、それは薬で治らなかった。

「ありがとう。なんとか、一人で動けるよ」

『這いずってねぇ……改良が必要かな。結構色々やったのになぁ。呪いもいっぱい……おっと、なんでもないよ』

ふらりと上体を起こし、ベッドから転がるように落ちる──と、男に支えられた。

『まぁこのくらいならいいかな。ほら立って』

男にしがみついて全体重を預けて、足だけに集中して家を出た。活気のない街は僕のことなど気にもとめない。

「ありがとう、本当に……ねぇ、君の名前を教えて欲しいな」

僕を助けてくれた優しい人、男の印象はそうだった。

『んー、人間には発音できないと思うけど?  友人は顔無し君って呼んでたかなぁ。でもあれボクだけどボクじゃないし、可愛くないし、ボクは気に入ったのかもしれないけどボクは気に入らないんだよねぇ』

顔無し……どこかで聞いたような、気のせいかな。

『あ、そうだ。ナイ君って呼んでよ。顔無しとかけてるんだ、可愛いし呼びやすいよね。流石ボク、良いの思いつくよ』

「分かった。あとさ、あの、僕……君に会ったことある?」

いつどこで出会ったかは思い出せないし、はっきりと姿が思い出せた訳でもない。ただこの男の雰囲気はどこかで感じたような気がするのだ。

『気のせいだよ、きっとね。』

「そう……かなぁ?」

『まぁボクの姿は一つじゃないし……ううん、何でもないよ、気にしないで。今のボクはただの科学者、か弱いから虐めないでね?  虐めたら泣いちゃうよ?  泣いたら人間死んじゃうよ……あっははははは!  なーんてね!  はははっ!』

兄の家から離れた店の壁に僕をもたれされる。
男は僕の髪をかきあげて右眼を見る。何かを調べるふうだった。

『んー、どうなるかな。まぁせいぜい足掻いてよ。お薬あげたんだからちゃんとボクを楽しませてよね』

「うん……?  ありがとうね」

『ふふ、ふふふっ…………じゃあね』

顔の見えない黒い男、不気味な彼だが悪い人ではない。
僕を助けてくれたのだから、兄よりもずっと優しい。
例え彼が人でなかったとしても──いや、僕に優しくしてくれるのは人以外のモノばかりか。
離れていく彼の足音、見えなくなる影。ずっと感じていた寂しさが叩きつけられた気分だった。
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