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第十二章 兵器の国と歪みきった愛
禁呪の使い手
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崩れた家々、この中に人がいるなんて考えたくもない。
その中心に黒い影──大きく広がったアルの翼が見えた。対峙しているのは兄だ。
『狼か? イイ趣味してんな、お前も』
「アル! あ、ねぇ、どうしよう。アル、アルが!」
『落ち着けって。この狼の父……ロキ様に任せときな』
ロキは僕を瓦礫の上に座らせ、声を張り上げた。
『よぉー! 随分盛り上がってんなぁ……俺も混ぜろよ』
トン、トン、と一定のリズムを刻んで短いジャンプを繰り返す。準備体操のように思えるが、あの高いヒールで何をすると言うのだろうか。
「……何、君? ねぇ犬、君の知り合い? 鬱陶しい……どいつもこいつも僕の邪魔ばっかり」
気怠げな兄の質問には答えず、ロキは隠し持っていたナイフを投げる。ロキがナイフを投げるよりも早くアルは僕を見つけ、僕の元へ駆けてきていた。
だからナイフが狙うのは兄だけだ。
「反転魔法、ついでに……裂風」
兄の前に現れた障壁は、ナイフの方向を変えロキを狙わせた。
ロキはナイフを危なげなく弾き落としたが、それに気を取られ魔法を正面から食らった。
「大したことないんじゃん、驚かせないでよね」
裂風、それは風によって対象の身を裂く魔法だ。
兄は真っ二つに裂けたロキを見て満足そうに笑う。
だが、僕は兄の背後に立つロキを見ていた。
『ばーか、よく見てみろよ』
ロキの嘲笑を聞いて兄が振り返るよりも早く、ロキは兄の胸を貫いた。兄の胸の真ん中から生える赤い腕を見て、僕は思わず意味のない言葉を叫んだ。
『俺様が得意なのは変身術でね、人間ごときに遅れをとるわけねぇっての』
二つに裂けたロキの姿は、表面が削れた瓦礫へと変わる。変身術とやらで自分の姿に見せていたのだろう。
『逆賊の死体……これで満足か? お姫様』
楽しそうに笑いながらロキは兄を投げて寄越す。
「………にいさま?」
『どうぞお納め……は? 待て、兄様って、おい、どういうことだよ』
『ヘル、其奴が……ソレが、兄なのか?』
肩を揺さぶり、頬を叩く。
当然返事はないし、目も開かない。
「……死んじゃったの、にいさま」
悲しむことなんてない、悼む義理もない。だってこいつはずっと僕を虐めてきたじゃないか。
それこそ死ぬような目にだって、死んだ方がマシって目にだってあってきた。
なのに、なのに、なんで。
「……やだ、やだよ、にいさま。やだぁ……置いてかないでよ、ねぇ」
なんで、僕は泣いてるの?
『え? えぇ……俺のせい? いや、えぇ…マジかよ。待って俺悪くないよね?』
『……貴様は誰だ』
『え、この流れで自己紹介はキツい』
『答えろ、恩人の名くらいは知りたい』
『ちょっと離れた世界の神様、ロキ様だけど……俺さっき名乗らなかったっけ? 聞こえなかった?』
アルは僕を思って僕から離れた、今の僕にとって最善の対応だ。
僕はみっともなく泣きながら、そっと兄の頬を撫でた。
その時だ。赤い逆五芒星の描かれた黒い瞳が僕を捉えた。
声を出す暇もなく、兄の手が僕の口を塞ぐ。
「動かないでね、動いたら……どうなるか、分かってるよね?」
僕、いやアルとロキに向けて兄は警告を放つ。
『蘇生? おいおい、こっちの世界じゃ禁呪じゃなかったか? とんでもねぇ野郎だな』
『何をする気だ! ヘルを離せ、早く!』
「やぁーだね」
兄は僕の口から手を離し、代わりに首に腕を巻き付けた。辛うじて呼吸ができる程度に締め付けられる。
『貴様……! それでも兄か! ヘルは貴様が死んだと泣いていた、聞こえていなかったのか!』
「聞こえてたよ、やだなぁ。弟なんだから兄が死んで悲しむのは当然でしょ? ねぇヘル。僕が生きてて嬉しい? ねぇ嬉しいよね」
「……くる、し」
「嬉しいかって聞いてんだよ! この出来損ないが!」
「………嬉しい、よ。にいさま」
首を絞める力が強くなる、絞り出した声はなんとか兄に届いた。
「そうだよねぇ、うん。嬉しいよねぇ。流石はヘル、僕の弟だ。僕のこと大好きだもんね、ねぇヘル。僕のこと……好きだよね?」
「う、ん。だい、すき……だから、ちょっと、はな……して」
「ああ、苦しいんだね? でも我慢できるよね、僕の弟なんだから、我慢してね」
言わなければ良かった。兄は僕の苦痛を喜ぶ、余計に力が強くなって呼吸もままならない。
『うっわ……引くわぁ……キッつい兄貴、俺の義兄弟も大分ヤバいけど……アレはないわ。よく泣けたなアイツ』
『貴様も何か考えろ! ヘルを取り返す方法を! 早く!』
『落ち着けって狼さんよ、とりあえず動きを待とうぜ。何するつもりかも分かんねぇんだからよ。あとさ、俺指図されるとやる気なくなるんだよな、俺にはアイツ助ける義理もないし、俺の力借りたいんなら俺を楽しませろよ』
膠着状態に入り、兄は僕を絞める力を弱めた。
逃げられはしないが呼吸は楽になる。今なら話もできるかもしれない、アル達が行動するための隙も作れるかもしれない。
「ねぇ、にいさま」
「ん? なぁに、ヘル」
形勢逆転の効果か、僕を痛めつけたからか、兄は機嫌が良い。好機だ。
「にいさまは僕をどうしたいの? 何をする気なの?」
「……ヘルは黙って僕の言うことを聞いていればいい」
「でも、にいさま」
「うるさいな! 君まで僕に逆らうつもり!? どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ、僕に従ってれば全部上手くいくのにさ!」
兄の機嫌は変わりやすい、たった一つの言葉が命取りになる。
だが今回はその矛先を僕に向けなかった。
全ての人に向けられた罵倒は全員の注意力を鈍らせ、気が付けば僕達は兵士達に囲まれていた。
「動くな!」
重厚な鎧に身を包み、槍を構えた兵士は叫ぶ。この大騒ぎでは兵士が集まってくるのも無理はない。
『あーあーあーどうするよ。吹っ飛ばしていいのか?』
問いの意味を成さない、いや問いの皮をかぶった殺害予告。
ロキの指輪から真っ赤な炎が上がる。
「お、おい!」
「魔術!? た、隊長!」
「狼狽えるな、アレを使え!」
兵士達が盾を掲げると刻まれた紋章が光り出した。
どこかで見たような……それよりも強力なような。
『まずい、魔封じの呪だ! 早くあの呪術陣を焼いてしまえ!』
『分かって……あっ』
ぷすん、と情けない音を出して指輪の炎は消える。
油断なく槍を振りかざす兵士達、いくつもの鋒先が僕を捉えていた。
その中心に黒い影──大きく広がったアルの翼が見えた。対峙しているのは兄だ。
『狼か? イイ趣味してんな、お前も』
「アル! あ、ねぇ、どうしよう。アル、アルが!」
『落ち着けって。この狼の父……ロキ様に任せときな』
ロキは僕を瓦礫の上に座らせ、声を張り上げた。
『よぉー! 随分盛り上がってんなぁ……俺も混ぜろよ』
トン、トン、と一定のリズムを刻んで短いジャンプを繰り返す。準備体操のように思えるが、あの高いヒールで何をすると言うのだろうか。
「……何、君? ねぇ犬、君の知り合い? 鬱陶しい……どいつもこいつも僕の邪魔ばっかり」
気怠げな兄の質問には答えず、ロキは隠し持っていたナイフを投げる。ロキがナイフを投げるよりも早くアルは僕を見つけ、僕の元へ駆けてきていた。
だからナイフが狙うのは兄だけだ。
「反転魔法、ついでに……裂風」
兄の前に現れた障壁は、ナイフの方向を変えロキを狙わせた。
ロキはナイフを危なげなく弾き落としたが、それに気を取られ魔法を正面から食らった。
「大したことないんじゃん、驚かせないでよね」
裂風、それは風によって対象の身を裂く魔法だ。
兄は真っ二つに裂けたロキを見て満足そうに笑う。
だが、僕は兄の背後に立つロキを見ていた。
『ばーか、よく見てみろよ』
ロキの嘲笑を聞いて兄が振り返るよりも早く、ロキは兄の胸を貫いた。兄の胸の真ん中から生える赤い腕を見て、僕は思わず意味のない言葉を叫んだ。
『俺様が得意なのは変身術でね、人間ごときに遅れをとるわけねぇっての』
二つに裂けたロキの姿は、表面が削れた瓦礫へと変わる。変身術とやらで自分の姿に見せていたのだろう。
『逆賊の死体……これで満足か? お姫様』
楽しそうに笑いながらロキは兄を投げて寄越す。
「………にいさま?」
『どうぞお納め……は? 待て、兄様って、おい、どういうことだよ』
『ヘル、其奴が……ソレが、兄なのか?』
肩を揺さぶり、頬を叩く。
当然返事はないし、目も開かない。
「……死んじゃったの、にいさま」
悲しむことなんてない、悼む義理もない。だってこいつはずっと僕を虐めてきたじゃないか。
それこそ死ぬような目にだって、死んだ方がマシって目にだってあってきた。
なのに、なのに、なんで。
「……やだ、やだよ、にいさま。やだぁ……置いてかないでよ、ねぇ」
なんで、僕は泣いてるの?
『え? えぇ……俺のせい? いや、えぇ…マジかよ。待って俺悪くないよね?』
『……貴様は誰だ』
『え、この流れで自己紹介はキツい』
『答えろ、恩人の名くらいは知りたい』
『ちょっと離れた世界の神様、ロキ様だけど……俺さっき名乗らなかったっけ? 聞こえなかった?』
アルは僕を思って僕から離れた、今の僕にとって最善の対応だ。
僕はみっともなく泣きながら、そっと兄の頬を撫でた。
その時だ。赤い逆五芒星の描かれた黒い瞳が僕を捉えた。
声を出す暇もなく、兄の手が僕の口を塞ぐ。
「動かないでね、動いたら……どうなるか、分かってるよね?」
僕、いやアルとロキに向けて兄は警告を放つ。
『蘇生? おいおい、こっちの世界じゃ禁呪じゃなかったか? とんでもねぇ野郎だな』
『何をする気だ! ヘルを離せ、早く!』
「やぁーだね」
兄は僕の口から手を離し、代わりに首に腕を巻き付けた。辛うじて呼吸ができる程度に締め付けられる。
『貴様……! それでも兄か! ヘルは貴様が死んだと泣いていた、聞こえていなかったのか!』
「聞こえてたよ、やだなぁ。弟なんだから兄が死んで悲しむのは当然でしょ? ねぇヘル。僕が生きてて嬉しい? ねぇ嬉しいよね」
「……くる、し」
「嬉しいかって聞いてんだよ! この出来損ないが!」
「………嬉しい、よ。にいさま」
首を絞める力が強くなる、絞り出した声はなんとか兄に届いた。
「そうだよねぇ、うん。嬉しいよねぇ。流石はヘル、僕の弟だ。僕のこと大好きだもんね、ねぇヘル。僕のこと……好きだよね?」
「う、ん。だい、すき……だから、ちょっと、はな……して」
「ああ、苦しいんだね? でも我慢できるよね、僕の弟なんだから、我慢してね」
言わなければ良かった。兄は僕の苦痛を喜ぶ、余計に力が強くなって呼吸もままならない。
『うっわ……引くわぁ……キッつい兄貴、俺の義兄弟も大分ヤバいけど……アレはないわ。よく泣けたなアイツ』
『貴様も何か考えろ! ヘルを取り返す方法を! 早く!』
『落ち着けって狼さんよ、とりあえず動きを待とうぜ。何するつもりかも分かんねぇんだからよ。あとさ、俺指図されるとやる気なくなるんだよな、俺にはアイツ助ける義理もないし、俺の力借りたいんなら俺を楽しませろよ』
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逃げられはしないが呼吸は楽になる。今なら話もできるかもしれない、アル達が行動するための隙も作れるかもしれない。
「ねぇ、にいさま」
「ん? なぁに、ヘル」
形勢逆転の効果か、僕を痛めつけたからか、兄は機嫌が良い。好機だ。
「にいさまは僕をどうしたいの? 何をする気なの?」
「……ヘルは黙って僕の言うことを聞いていればいい」
「でも、にいさま」
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兄の機嫌は変わりやすい、たった一つの言葉が命取りになる。
だが今回はその矛先を僕に向けなかった。
全ての人に向けられた罵倒は全員の注意力を鈍らせ、気が付けば僕達は兵士達に囲まれていた。
「動くな!」
重厚な鎧に身を包み、槍を構えた兵士は叫ぶ。この大騒ぎでは兵士が集まってくるのも無理はない。
『あーあーあーどうするよ。吹っ飛ばしていいのか?』
問いの意味を成さない、いや問いの皮をかぶった殺害予告。
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「お、おい!」
「魔術!? た、隊長!」
「狼狽えるな、アレを使え!」
兵士達が盾を掲げると刻まれた紋章が光り出した。
どこかで見たような……それよりも強力なような。
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