魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第十五章 惨劇の舞台は獣人の国

第壱之惨劇

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がた、がた、がたがたがたっ!  かたっ。


棚をひっくり返し、クローゼットを引っ掻き回し、男は何かを探していた。

「ふーっ、ふーっ……どこだ、どこに行ったぁ!」

青い目をした白猫の獣人、彼はミーアの父親だ。
窓際に倒れているのはミーアの母親、腹に深々と突き刺さった包丁が彼女の意識を奪った得物だ。

「化物め、出てこい!  卑怯者が!」

彼が探しているのは、自分と同じくらいの大きさの異形の化け物。
突然村に大量発生したのだ。この家には二体居た、そのうち一体はもう倒した。
ほら、窓際に居るだろう?  そう、その包丁が刺さっている奴だ。あと一体……あと一体は、向かってこずにどこかに逃げた。愛する妻と娘の姿は見えない、あの化物どもが喰ったに決まっている。

復讐せねば。



ミーアは自室のベッド下で声を殺して泣いていた。
数時間前、母だけが出稼ぎから帰ってきて、食事の準備を始めた。父はと聞くと「この包丁が鈍くなってきたから、新しいのを買いに行ってもらってるの」と言っていた。父が帰ってくるまでは卵くらいしか調理できないね、と笑っていた。
帰ってきた父はおかしくなっていた。何かから逃げてきたかのように怯え、新品の包丁を誰のものとも知れぬ血で汚していた。
母の腹に包丁を突き立てた。そして今、自分を探している。

「どこだぁぁああ!」

また何かが壊れた音がした。今はリビングに居るが、いつこちらに来るか分からない。
今のうちに玄関に向かうべきだろうか、それともこのまま隠れているべきだろうか。
そんな思案をしていると、自室のドアにつけた鈴が鳴った。震えながら目を開けると父の足が見えた。
父は今クローゼットを漁っている。
大丈夫、ベッドの下なんて見る訳ない、こんな所に居るなんて思わない。そう自分に言い聞かせた。
必死に息を止めて、時が過ぎるのを待った。

「……みぃつけたぁ」

狂気に満ちた真っ青な目と目が合った。腕が伸ばされ、爪が突き立てられる。
ベッドの下から引きずり出されたミーアは父の目を狙って爪を伸ばした。

「ぐぁっ……くそっ、どこだ!  この……ここかぁ!」

当てずっぽうで腕を振り回し、怒声を上げる。ミーアは父の横をすり抜けて玄関へ向かった。

移動には音が伴う、そして今の父は音に非常に敏感だ。

「待てぇぇええ!  このっ、化物がぁ!」

自分の娘とは分からず、ミーアの父はその爪を振るう。ミーアは顔を庇って切り裂かれた腕を押さえながら外を走る。
靴を履いている暇はなかった、砂利が足の裏を傷つけていく。だが止まる訳にはいかない、父はまだ追ってきているのだから。
脇目も振らず走り回って、ミーアは何かに躓いた。それが仲の良い隣人の死体だと分かって、泣き叫ぶ。

「はぁ、はぁ……手間を取らせて、今、殺してやる」

「や……ぃや、やめて、お父さん!」

心の底からの叫びも父には届かない。だが、助けは来た。
振り上げられた父の手の中心に矢が突き立つ。荒削りの石の矢じりは肉にくい込んで抜けない、簡素ながらも十分な出来だった。

「やい親父ィ! 娘っ子襲うたァイイ趣味してんじゃねェか!」

「コルネイユ!」

「とっとと逃げな、猫被りィ!  今は男の目はねェぜ!」

再び弓を番える……だが、ミーアの父は矢が飛ぶよりも速くコルネイユに突進した。

「うおっ!  とォ、危ねェ危ねェ」

猫の獣人の身体能力はバカにできない、コルネイユは弓矢を捨てて走り出す。
ミーアの姿はもう見えない、どこか安全な場所に逃げ込めれば良いのだが……いや、安全な場所など本当にあるのか?   コルネイユはそう自問自答する。
コルネイユは一人、工房で仕事をしていた。騒ぎを聞いて外に出てこの惨状を知った。原因は分からないが、皆が皆相手を化物だと思い込んで殺しあっている。
翼を広げながら、コルネイユは思索する。化物だと思い込む相手に関連性はない、肉親……娘にまで殺意を向けると分かった。
空を飛んで原因を探ろうか、飛行が安定してしまえば獣人には追えまい。大きく広げたコルネイユの翼は風に乗り、その体を宙に躍らせた。

「飛んじまえばこっちのモンよ」

風を読んで、高度を上げる……つもりだった。地上を振り返ると爪が迫っていた。

「……そりゃねェだろ、親父さんよ」

猫の獣人の身体能力はバカにできない、それはコルネイユも分かっていた。
だが、跳躍力が家よりも高いなんて知らなかった。飛び立った直後なら捕えられるなど、誰も教えてくれなかった。

「あー……読み違うたァ格好悪ィ、最悪だァ」

瞳を裂かれ、組み付かれ、コルネイユは地に落ちた。全身の痛みに体は動かず、これから降りかかるさらなる痛みに震えだした。




宿の中も外も状況は変わらない。血を流して倒れている。呻く者もいればピクリとも動かない者もいる。

「本当に、何があったらこうなるんだよ……この人達みんな殺しあったんだよね?」

『いや、まだ分からん』

アルは警戒を強めて尾を僕の腹に巻き付けた、走ろうと飛ぼうと僕を落とさないようにと。僕も落ちないようにとアルにしがみつく。
そんな時だった、背後の草むらが揺れたのは。

「ヘルさぁぁん!」

飛び出してきたのはミーアだった。
アルは翼を広げて僕を隠し、牙を剥いてミーアを牽制する。

『……知り合いか』

目線をミーアに向けたまま、僕に訊ねる。

「うん。ミーアって子だよ」

「にゃー!  怖かったにゃ、怖かったにゃー!」

アルの視線が外れるとミーアは僕に抱きついてくる。

「わ、ちょっと……落ち着いてよ。何があったのか僕全然分かんなくて」

「私もよく分かってにゃいにゃー!  みんにゃおかしくにゃっちゃってるんだにゃ!」

にゃあにゃあと騒ぎ立てながら、ミーアはたった今体験したことを話した。父が母を刺したこと、父に襲われたこと、危機を友人に救われたこと……

「やっぱりよく分かんないなぁ……何があったんだろ。いや、それよりさ、コルネイユさんは大丈夫なの?」

「にゃ、コルネイユちゃんは頭良いし、空も飛べるから大丈夫にゃ!  お父さんは頭悪いし空も飛べにゃいにゃ!」

「頭悪いは言わないであげなよ」

頭脳はともかくとして、空を飛べるなら大丈夫だろう。こちらから何かせずともそのうち合流するはずだ。

『いや、待て。貴様は猫の獣人だろう?  なら父親もそうだな』

「にゃ?  にゃあ、お父さんも猫にゃ」

『獣人の身体能力は人間よりも遥かに高い、猫科のモノはそれが顕著だ。反対に鳥人は大した力を持たない、重たい人間の体を持ち上げるために骨が人間よりも細く軽い』

「え……っと、捕まったらまずいってことだよね。でも飛べるなら大丈夫だよ」

アルは僕の反論にもならない意見に難しい顔をして黙り込んだ。
漠然とした不安が僕たちを襲う、ミーアはいつの間にか泣きそうな顔をしていた。

「にゃ、にゃ、ヘルさん……コルネイユちゃん」

「アル……お願い」

アルはミーアもその背に乗せて走り出す。僕は血塗れの村を見ないようにと顔を伏せ、アルにしがみついていた。
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