魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第十七章 滅びた国の地下に鎮座する魔王

手馴れた肯定

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天使は先程までとは違った様子で俯いて、じっと何かを考え込んでいるようだ。

『そ、そっか……かわいいかぁ……』

何か勘違いしているような気がする。
確かに可愛いとは言ったが、それは子供の見た目だからだ。
だが、その誤解を解く必要はない。寧ろどんどん誤解してほしい。そうして僕を殺す気がなくなればいい。

『ね、ぼく……かわいい?』

「とっても」

『ほんと?』

「もちろん」

とりあえず肯定。とにかく肯定。
相手を肯定し続けるのには慣れている、兄のおかげだ。苦痛でしかなかった時間が今、僕の命を救おうとしているのかもしれない。

『じゃ、とくべつに、ミカってよんでいいよ』

「ミカ?  分かった」

『ぅ……や、やっぱりだめ……あ、うぅん、やっぱり、よんでいいよ』

どっち?  なんて無粋なことは聞かないで、独り言を続ける天使……いや、ミカを眺めた。
このまま上手く事が運べば僕は死なずに済むかもしれない。ここが正念場だ。
兄と過ごした時間を、アルとの他愛ない会話を、全てを参考にする。
他人の話はしないように、ひたすら褒めて、肯定し続け、必死に機嫌を取る。
僕はこれを正解とは思いたくないが、人と仲良くなる一番の近道だと思っている。参考が身内なのは駄目かもしれないと自分でも思うが、他に思いつかないので仕方ない。

「ねぇミカ、魔界に居ると飛べないんだよね?」

『あさいところならだいじょうぶだけど……ここじゃ、けんももてないし、ほのおもだせない』

「そっか……アルは飛べるだろうから、アルが起きたら一緒に帰ろうね」

僕を殺しに来ているのだから、出来ることなら置いていきたいが、仲良くなって連れ帰って他の天使への命令を取り下げてもらえるのならそれが一番だ。
それに、嘘だろうとこう言っておけば機嫌が取れる。

『……いいの?  ぼく、きみをころすために、きたんだよ?』

「だからってこんなところに置いていけないよ」

兄と、僕に従ってくれた魔獣達の仇。僕を殺しに来たという理由を除外してもミカは憎むべき相手だ。
だから今から言うミカへの言葉は全て嘘だ。自分の命を優先して天使を騙すための、純粋に神に従う天使を堕とすための、タチの悪い騙りだ。

「ミカみたいに可愛い子をこんなところに置いていくなんて僕には出来ないよ」

『か、かわいいって……そんな』

「とっても可愛いよ。今まで見た誰よりも、ミカが一番可愛い」

魔物使いである僕に力を貸せば、神の命令を無視して僕を助ければ、確実に堕ちる。

「殺しに来た、とかそんなこと気にしないで?  今は僕とお話してくれてるじゃないか。君自信が殺したいわけじゃないんだよね?  命令されただけなんだよね?」

『……うん』

「なら、いいじゃないか。可愛いミカ、僕と仲良くしてくれる?」

『うん!』

混ざりっけのない純粋な笑顔。この世の何よりも清らかなそれを見て確信する。僕が生き永らえることを、ミカが堕天することを。

『あ、ねぇ、きみのなまえ、ききたいな』

「ヘルだよ」

『ヘル?  ふぅん……魔物使いに、ふさわしいね』

「なんで?」

『じごくみたいだな、って』

音は似ていても綴りが違う。僕はHellではなくHerrだ。

「ヘルはあだ名で、全部はヘルシャフト・ルーラーって言うんだけど」

『ヘルシャフト・ルーラー……それはそれで、ふさわしいね』

「そう?  まぁそうかも」

意味を考えると名前負けしているとは思うが、両親が音の響きだけでつけた名前かもしれないし、僕は産まれた直後は神童と扱われていたし、言い訳はいくらでも思い付く。

『やっぱりきみも、魔王になるのかもね』

「まさか…………にいさまじゃあるまいし」

僕はただ幸せに暮らしたいだけだ。そして僕の力で人を救えるのなら、それは僕の存在理由だから尽力したいというだけ。世界を平和に出来ればという願いがあるだけで、統べようなんて気は全くない。

『ね、ヘル。ひざのうえ、すわっていい?』

「別にいいけど、座れるの?  羽……」

翼が邪魔だとはっきり言うのは避けた方がいいか。大切にしているようだから、それを邪魔というのは機嫌を損ねる恐れがある。

『へいき、こうするから』

ミカは僕と向かい合う形で僕の膝の上に座った。そうして僕の胸に頭を埋めて、髪を撫でろと要求する。腕を僕の脇腹あたりに添えて、足を腰に絡ませて、年相応の甘え方をしてくる。

『そっちのて、もっとぎゅってして』

撫でていない方の手、座る支えにしていた手で撫でろと要求してくる。僕はひそかにほくそ笑みつつ、言われた通りにミカの頭を撫でた。
小さなものに触れる時の独特の恐怖感。加減を間違えて壊してしまわないだろうかという不安。それを抱きつつ、翼が生えた少し下に腕を回す。
愛おしそうにしているように伝わってくれと願いながら、恐る恐る力を込めた。その慎重さが真剣さを教えたらしく、ミカの機嫌はさらに良くなった。


そうやってしばらくを過ごして、ようやくアルが目を覚ました。二日酔いのようにふらふらと起き上がり、僕の足に頭を寄せる。アルが膝の上のミカに気が付くのには時間がかかった。

『……ヘル?  その、私は全く状況が理解出来ない、説明を求める』

「あー……魔界の最深部に落ちて、魔力濃度がどうとかでアルが眠っちゃって、その間にミカとちょっと仲良くなったよ」

『……分かり易い説明をどうも』

「こちらこそ、分かりやすい皮肉で助かるよ」

ミカが顔を上げ、振り返ってアルと目を合わせる。

『貴様……ヘルを狙っていたのではないのか?  それとも、狙うの意味を私が誤解していたのか?』

『ぼくは、ヘルを、ころすために、人界にきたんだよ』

『私は誤解していなかったらしいな。なら何故今、そうなっている』

『こんなに、 ふかいところじゃ、天使のちからがつかえないから、ヘルをころせないんだ。人間なみのちからしかでないから……このからだじゃ、むり。ころせない』

ミカが屈強な体をしていなくてよかった。子供のナリをしていて良かった。心底そう思う。
素手で人を殺す方法なんていくらでもあるのだから……あぁでも、ローブを着ていれば人間の力では殺せないか。

『ほう?  そうか、ここでは貴様はただの子供か。なら……ここで咬み殺せばいい、そう思わんか?  ヘル。貴方もそう思って此奴を拿捕していたのだろう?  なぁ……そうだよなぁ』

アルは牙を剥き、ぐるぐると唸る。アルをここまで恐ろしいと感じたのは初めてかもしれない。記憶をなくして僕に噛み付いた時だって、こんなにも恐ろしくはなかった。
答えを制限するような脅しなんて今までアルにされたことはなかったから、僕は今こんなにも怯えているのだろうか。それとも、捕食者への原始的な恐怖なのか。

『ちがうよ?』

その無邪気な笑顔に僅かの嘲りを加えて、ミカは見せつけるように僕の首に腕を回した。

『ヘルは、ぼくのこと、かわいいっていってくれた。ヘルは、ぼくが、かわいいとおもったから、こうやって、だっこしてるんだ』

僕の意思で抱いたような言い方はやめてもらいたい。
がっちり抱き締めて頭を撫でていたら、そうとしか見えないのに、さらに誤解されるようなことを言わないでもらいたい。
誤解……むしろ誘っているのか?  アルが怒るように。そうだとしたらミカは僕よりも上手だ。

『可愛い……?  そうか、そうか、ヘル。貴方は……その穢らわしい天使の可愛らしい見た目に惑わされ、愛玩しているのか?  それはそれは結構なことだ』

見事なまでに嵌ってくれた、素晴らしい素直さだ。不機嫌を極めたアルは、地の底から響いてくるような唸り声を出している。
……地の底はここか。例えが事実になってしまうな。
まぁ、とにかく、宥めなければ。僕の計画をアルに伝えられたらそれが一番いいのだが、ミカがいる手前できそうにない。
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