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第十九章 植物の国と奴隷商

強欲の悪魔

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黒い燕尾服に身を包み、怪しげな仮面で目の周りだけを隠したその男。彼は部屋の有様を見て鞄を落とした。

『あ、帰ってきた。久しぶりですね、マンモンさん。お元気でしたか?』

『これはこれは、ベルゼブブ。ここで一体何が……』

『客人ですよ、もてなしなさい。この汚い部屋を片付けて、美味しいお茶を入れなさい』

『あら、相変わらず冗談がお上手ね……本当、何をしたのかしら?』

オールバックの紫の髪、青紫と金のダイクロイックアイ。その高い背に燕尾服はよく似合っており、礼儀正しさも服装に合っている。

『虫を呼んでくださる?  貴方の子供達よ、壊れたもの全部食べちゃって』

高い声を作ったマンモンは壊された家具や壁紙、窓を指した。ベルゼブブが指を鳴らし集まった無数の虫は瞬く間にそれらを喰い尽くし、部屋から物を消した。

『あら……お陰様で綺麗になったわ、どうもありがとう』

『いえいえ』

僕はベルゼブブとマンモンのやり取りを見て、マンモンが家主だと察した。そして、丁寧な言葉に隠された怒りも手に取るように分かった。

『いえいえ……じゃねぇーっんだよ!  んっの便所蝿ぇ!  何してくれてんだって聞いてんだよ俺ぁよぉ!』

『私は何も』

マンモンは突然声を低く荒くし、ベルゼブブに詰め寄る。その声は先程までとは違い体格に合っている。

『ホラ吹いてんじゃねぇよ……あぁん?』

『ちゃんとお客様をもてなしたらどうです?』

蝶を模した仮面の下に隠された目が僕を捉えた。その途端マンモンは先程までの威圧感を嘘のように消し、にこやかに対応した。

『あら、可愛らしいお客さん。ふふっ、少々お待ちください』

「な、何、あの……お、同じ人だよね?」

『ちょっと裏と表が激しいんですよ、彼』

「ちょっ……と?」

ちょっとと言える差ではない。仕草や口調だけならまだしも、彼はとても男とは思えない声を出していた。

『欲しい、欲しい……豪華な家具が、美しい壁紙が、割れない窓が…………ベルゼブブが来なくなる虫除けスプレーが』

『最後の物について少し聞きたいのですが』

マンモンは扉の前に落とした鞄をその場で広げ、内側に描かれた呪詛紋様を指でなぞる。途端に鞄の内側が黒く染まり、マンモンはそこに腕を入れる。
水面のような波紋が黒に広がり、マンモンが腕を引き抜くと──豪華絢爛なソファがその手に掴まれていた。マンモンはそれを放り投げ、前にあった位置に戻す。
次々に家具を取り出し、壁紙を取り出して貼り、窓ガラスを取り出し……部屋はあっという間に元に戻った。明らかに鞄より大きなものも何故かすんなりと出てきた、鞄が魔道具なのか彼が魔術を使ったのか、その判断は僕にはつかない。

『あぁ……疲れんだよなコレ、ったく……』

『絨毯は要らないんですか?』

『あらやだ、忘れてたわ』

きゃ、と口を手で隠す。仕草は可愛らしいが、あの豹変を見ると恐怖心が湧いてくる。

『馬鹿ですね、相変わらず……いえ、悪化しましたか?』

『んだとゴラァ!  表出ろ便所蝿!』

その後も悪魔達の口喧嘩は続き、僕はとりあえず新しく現れたソファに座った。
見た目も座り心地も以前にあったものと似ている。だが、装飾の位置や色は違う、全く同じものではない。

『ふっかふか、いいなぁこのソファ』

向かいに座ったセネカは飛び跳ねて遊んでいる。

「アルもおいでよ」

『私が乗ると毛が落ちるし、爪で生地を傷つける。ここでいい』

アルは僕の足に頭を置き、目を閉じて尾を揺らした。アルの頭や背を撫でていると手前の机にカップが置かれる。

『どうぞ、坊ちゃん』

「あ、ありがとうございます……あと、その、すみません。上がり込んで……部屋、汚しちゃって」

『やだぁ、もう。気にしなくていいわよぉ、子供は元気が一番なんだからぁ』

『……マンモンさん、何千年も前から言っていますが、その喋り方はどうかと思います』

『んっだよ文句あんのか?  どうでもいいだろがよ喋り方なんざ、あぁ?』

喋り方や声だけでなく、性格まで変わっている。やはり同じ人だとは思えない、目の前で見聞きしていてもそう思う。

『ほら、ヘルシャフト様が怯えていますよ?  貴方が変な声出すから』

『あらやだごめんなさいね、怖かった?  大丈夫よ~、あの便所蝿以外にはとぉっても優しいんだから』

『……そっちの方が怖いと思いますよ、ねぇヘルシャフト様』

『ヘルシャフトっていうのね?  やだぁ~もう、可愛い名前ねぇ、羨ましいわぁ~』

もう、気にしない方がいいのかもしれない。豹変に毎度驚いていては身も心ももたない。

「あ、ありがとうございます。その……ヘルって、呼ばれたりもするので、そう呼んでもらっても……」

『あらいいのぉ!?  ありがとう、もう~可愛いわねぇ、息子にしたいわぁ』

『……マンモンさん、それくらいにしなさい』

『何よぉ、うるさいわねぇ。引っ込んでなさいよ便所蝿』

マンモンは僕の向かいに座り、鞄から取り出した酒を瓶のまま呑んでいる。
鼓動のように動く喉仏は男らしいと。一体どこからあの高い声が出ているのか……悪魔だから、と思考を停止していいのだろうか。

「あの、マンモン……さん?」

『なぁにぃ、ヘルくん』

「その、僕さっき、料理……作って、あの…………勝手に冷蔵庫開けて、使っちゃったんです。その……すみません」

『いいのよぉ、好きに使ってくれて。いくらでも手に入るから。但し……便所蝿、てめぇは許さねぇぞ?  そこから離れろ便所蝿』

マンモンの視線の先には冷凍庫を開け放って冷凍肉を貪るベルゼブブが居た。

『私、一応上司ですよね?』

『人ンち荒らして勝手にもの食うような奴ぁ上司じゃねぇ、クソ野郎っつーんだよ。蝿は蝿らしくクソでも喰ってな』

『相変わらず品性のない……だから嫌いです』

自分の今の行動を客観的に見てから品性を語って欲しい。
知人だとか、自分がいるから大丈夫だとか言っていたが、ベルゼブブの言葉を信用しなければよかったと心の底から思った。
僕に対しては温和に対応しているが、怒っているに決まっている。ベルゼブブが何を言おうと大人しく待っているべきだったのだ。

まさに一触即発の空気の中、唐突に扉が開く。

『やっほー!  まーくん!  久しぶりに来てやったぜー……て、え、何これ』

赤い伊達眼鏡と刺々しい金髪には見覚えがある。前にこの国に来た時、闘技場で見た乱暴な天使だ。ゼルクは扉の奥で立ちすくんだまま、僕達を注意深く観察していた。
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