魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第十九章 植物の国と奴隷商

各国の事件

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熱いものが苦手な僕を気遣ってか、淹れられたお茶の温度は低めだ。食感が残るまで入れた砂糖は僕の期待通りに甘味を与えてくれる。完璧、とまでは言わないが、限りなくそれに近い。

『そうねぇ、特定じゃないんだけど、色んなところで妖が出るようになったらしいわぁ』

「妖?」

『長く生きた動物や、長く使われた道具なんかは人間から知らないうちに魔力を受けて変質するのよ。それが妖。魔物ではあるけど、魔獣とは少し違うのよぉ』

「……妖鬼の国には、多いって聞きました」

『土地の問題ねぇ。人間の物持ちがいいってのもるけれど。で、妖鬼の国には陰陽師ってのがいるんだけど、それがどうやら活発化してるみたいなのよねぇ。妖からしたら迷惑な話しよぉ』

「おん……み、何ですかそれ」

前に妖鬼の国に行った時は、そんな単語は耳にしなかった。妖や鬼には出会ったけれど。

『こっちで言うところの魔術師……かしら?  よく知らないのよねぇ、興味もさほど無いし。確か、少し前に妖鬼の国の統治者が変わって、妖退治に力を入れるようになったのよぉ。人の国に人以外のものは要らないってね』

「……そうなんですか。ちょっと、寂しいですね、そんな考え方」

『そうよねぇ、神か悪魔に縋らなきゃ生きていけないくせに、おばかさんよねぇ』

お茶に溶かす用の角砂糖を口に放り込み、噛み砕く。そんな僕をマンモンは楽しそうに眺めていた。

『お菓子が欲しいの?』

「あ、いえ……その、それほどでもないんですけど」

口寂しい、とでも言おうか。流石に少し意地汚かった。顔が紅潮するのを感じて、さらに恥ずかしくなった。

『ふふ、ここに手を乗せてみて』

マンモンは机の上に鞄を置き、開いた。呪詛紋様が描かれただけの空っぽの鞄は薄気味悪い。

『じゃあ、何が欲しいか言ってみて?』

「え……ぁ、じゃあ、ケーキ。フルーツが乗ってなくて、ザラザラするくらい甘くて、スポンジの薄い、クリームだらけのが欲しい」

そう言うと腕が鞄の中に沈む。鞄の内側にできた深淵はどこまでも深く暗い。言い様のない恐怖を感じていると、ふと手に何かが当たる。それをマンモンに伝えると手を引くように言われた。

「…………わぁ」

深淵から抜け出した手は皿を掴んでいた、皿の上には生クリームのケーキが乗っている。一人では到底食べきれない大きさのケーキは僕が頭に思い浮かべたものと同じ特徴を持ってはいたが、想像よりも数倍豪華だ。

『フォークも欲しいわね』

マンモンが鞄の中に手を入れると銀色のフォークが現れる。

『はい、どうぞ』

「あ、ありがとうございます……凄い、どうなってるんですか、コレ」

『ふふ、喜んでくれたみたいで嬉しいわぁ。この鞄は、欲しいものがなぁんでも手に入るのよ?  この世にあるものならね』

「へぇ……凄い、凄いですよ!  マンモンさん!」

『あらぁ、嬉しいわぁ』

欲しいものが何でも手に入るなんて、最高だ。昨日家具を引き出したのにはこういうからくりがあったのか。
口の中に広がる甘味に自然と足が揺れる、幸せを感じながら、ふと思う。

「……これ、人も出てきますか?  兄弟とか」

『この世にあるものなら出てくるわ。でも、人はやめておいた方がいいんじゃないかしら。前に何度か試したけど、結構な割合で死体が出るのよね。あ、もちろん生きて出てくる人もいたわよ?  ただ……ちょっと危ないみたいなのよねぇ、鞄の中がどうなっているのかは分からないのよ』

「そ、そうなんですか……じゃあ、やめておきます」

『それがいいわ』

この鞄を使って兄に会うのは不可能か。兄なら死ぬことはないだろうが……何があるか分からないなら、引っ張り出した途端に激怒するかもしれない。ただでさえ殺されかけたのに、そんな危ない橋は渡りたくない。

『あぁそうそう、事件の話だったわね。ちょっと気持ち悪いのがあるのよ、科学の国なんだけど、最近気味の悪い死体が見つかるのよねぇ』

ケーキを食べているというのに死体の話か、吐き気を催すようなものでないことを祈る。

「……惨いのは苦手ですよ、血は出てますか?」

『血、というか……脳みそね』

「惨い……頭割られちゃうんですか?」

『脳みそだけなのよ、脳だけを出されて、こう……何だったかしら、丸い、容器…………えっと、そう!  缶詰にされてるのよ!』

「………………すみません、トイレどっちでしたっけ」

『向こうよ?』

言われた方に走り、トイレに駆け込む。真っ白な便器に胃の中身をひっくり返しながら、マンモンの話を詳細に思い浮かべた。口に広がる甘い味がさらに吐き気を煽る、数分前の幸せはもう消えていた。

『あ、おかえりー』

「…………ただいま戻りました」

しっかりとうがいはしてきたが、まだ気持ち悪い。まだ喉が痛い。

『さっきの続けるわね。まぁこれも悪魔は関係ないと思うのよ、それなら知ってるはずだし……天使が国連に入ってる国に手を出すはずがないから、イカれた人間ね、きっと。そのうち捕まるから気にしなくていいんじゃない?』

マンモンは僕の体調を一切気遣うことなく話を続ける。

「……科学の国には恩人がいるんです」

『あら、そう。でもヘルくんは人間に対しては非力でしょう?  やめておきなさいな。それに……イカれた人間だとは思うんだけど、ちょっと嫌な気配がするのよねぇ、悪魔の勘はよく当たるのよ?』

「それなら余計心配ですよ、アルとも相談して決めます」

『そう、まぁ好きにするといいわ』

ケーキはまだまだ残っているが、吐いた直後で食べる気にもなれず、お茶を啜った。自分で調整したのだが、この甘ったるさが今は気持ち悪い。

『あとは……そうねぇ、植物の国は色々とゴタゴタしてるわよぉ?  賊が増えたみたいねぇ。あとは神降の国が天使とちょっと揉めてる。正義の国は年中ヤバいし……』

「ま、待ってください!  植物の国……どうかしたんですか?」

『あの島の地下にベルフェゴールが寝所を作ってるのよ、彼……彼女だったかしら?  まぁとにかく、面倒臭がりだから食事も滅多にしなくて、人界に来てからはかなり弱ってるのよねぇ。数十年に一度だかは食べてたはずなんだけど……そろそろ死んだんじゃないかしら、『堕落の呪』が消えたら植物の国なんて上陸しにくいだけの宝の山だからね』

「そんなっ……」

僕のせいだ。その悪魔から食事を取り上げたのは、僕だ。
でも、そうしないといけなかった。生贄なんて許せなかった。でも、今はそれを防いだせいで植物の国は危機に瀕している。
僕が事後対応を怠らなかったら、僕が別の食事をするように言っていたら、与えていたら、僕がもっと考えていたらこんなことにはならなかった。

『何よ、知り合いでもいるのぉ?』

「…………僕のせいだ、僕が……ちゃんと、しなかったから」

きっと僕が僕でなければ、兄のように頭が良ければ、アルのように優しければ、こんなふうにはならなかった。

『ちょっとぉ、どうしたの?』

「アル!  アル、起きて!  今すぐ行きたいところがあるんだ!  お願い、早く起きて!」

僕はソファの下に頭を突っ込んでいるアルを引きずり出して叩き起こし、揺さぶりながら叫んだ。
アルは寝惚け戸惑ってはいたが、翼を広げ飛ぶ準備を整えた。すぐに跨り行き先を伝えると、マンモンの制止を振り切ってバルコニーから飛び立った。
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