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第二十四章 大神の集落にて悪魔の子を救出せよ
天使の判断
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オファニエルはもう到着しており、石像の傍に立って待っていた。もうすっかり暗くなっているというのに、いつも以上の月明かりのせいかオファニエルのせいか、住人達はポツポツと石像の周りに集まっていた。
『あぁ、鳴神。悪魔の子は見つかったか?』
「天使様、それなんですけど……」
十六夜はオファニエルの右肩に両手を添え、先程僕がした話を脚色して耳打ちした。
僕は石像とランシアとトールと兄でグロルをさり気なく庇わせ、不安で眠気が飛んだ彼女の頭を撫でた。
『…………なるほど。しかし、理解出来んな』
オファニエルは住民達を順々に睨む。
『どうして父親が居ないだけでそこまで出来るんだ?』
住民達は誰もそれに答えない。当然だ、誰も彼もが問われている自覚を持っていないのだから。オファニエルはため息を吐いて石像に背を預ける。
『……嘲笑は最も能率のいい笑いで、虐めは最高の娯楽だ。人間さえいれば出来て、手間もそうかからない、とても楽しい……最っ高の遊びさ』
兄はそんなオファニエルの顔を覗き込み、彼女の疑問に答える。最低の自論で。
『で、ただ一つ必要なのが体裁としての大義名分。こういった理由があるからこの子は認められません──ってね、そうやって罪悪感と外からの目を誤魔化す。理由付けが上手くいけば、ちょうど今の君みたいに参加しようとする奴だって現れる』
『…………私は仕事で来ただけだ。上には間違いだったとしっかり報告する。この町の処遇も、彼女達の扱いも、考慮するよう進言する』
『そう? でもま、一回やってみてもいいんじゃない? 楽しいよ、絶対的有利に自分を置いて、人を虐げるの。とっても楽しい、麻薬より中毒性があるね。ま、僕麻薬やったことないけどさ』
兄との会話が嫌になったのか、オファニエルはそっぽを向いて懐から月永石を立方体に加工したものを取り出した。
『連絡するから少し待っていてくれ』
『…………要領が悪い奴って天使にも居るんだね、神様も創るならしっかり創ればいいのにさぁ?』
オファニエルは立方体を指先に浮かべ、角を額に当てて目を閉じた。兄が元の体勢に戻り、もう大丈夫だろうとランシア達に伝えた。その時、にわかに住民達が騒ぎ始めた。
「……どういうことだ!」
「アンタ天使だろ、なんで悪魔を殺さないんだ!」
「調査の結果、悪魔ではない事が分かりました! ですから、別の対応を致します! 幼子への酷な仕打ち、あなた達にも罰が下るでしょう。悔い改め、祈っていなさい!」
十六夜の言葉に住民達は揃って口を閉ざした。だが、一人の発言から水面に波紋が広がるように、再び騒ぎが起こる。
「俺は見たぞ! アイツに角が生えているのを!」
「あぁそうだ、俺も見た……羽も生えてた!」
「しかもアイツ、うちの家畜を食い荒らして……!」
その騒ぎは侮蔑でも罵倒でもなく、目撃証言に被害報告などの、グロルが悪魔の子だと示すようなものだった。
『…………ランシアさん? その、あの人たちが言ってるのは……』
フェルは僕が聞こうか悩んでいた事を尋ねてくれた。
「嘘よ! 嘘に決まってる、この子がそんな事するはずない……! 見て、角や羽なんてないじゃない!」
グロルの見た目は確かに人間だ。翼も角もなければ、鱗や爪もない。だが、化けているとしたら?
「殺せ!」
「そうだ、殺せ!」
「魔女を串刺しに! 悪魔の子を火炙りに!」
「やめて! 私の子よ、私の子なの! 人間なの!」
ランシアは住民達の前に飛び出し、悲痛な叫びを上げる。住民達は一瞬怯んだが、集団というものは恐怖や冷静さを消してしまう。
ランシアに向かってクワが振り上げられる。それはランシアの頭に当たる直前に、オファニエルによって弾かれた。
『確認が取れた』
「天使様!」
「あぁ、どうか悪魔の子を……!」
「この魔女を……!」
『妊娠は避けられるものではなく、彼女は利用されただけだ。それでも子を守り育てようとした母性は賞賛に値する。よってランシア・ヘルモンを無罪とする…………というのが上の決定だ』
フェルがランシアに走り寄り、彼女の手を握って振り回す。しかしランシアは喜色満面のフェルとは違い、不安そうな顔のままだった。
「……悪魔の子は」
「アイツは、死刑ですよね?」
『グロル・ヘルモンは悪魔の子ではない』
その言葉を聞き、ランシアの顔にも光が差す。フェルの手を振りほどいてグロルを抱き締めた。
『それよりも許されないものだ。堕天使アザゼル……その魂を持つ者。石打ちや火炙り、串刺しなんて君達へのサービスをしている暇はない。身体が成長する前に魂ごと滅ぼさなければ』
先程ランシアを守ったその剣で、グロルを切ると。オファニエルはそう言っているのか。
月色の剣がグロルに向かう、その剣はフェルの杖に防がれる。
『退け! 私に君を切る役目はない!』
切ろうと思えば杖ごとフェルを切ってしまえるはずなのに、剣を振り抜かなかったのはオファニエルの優しさだ。
『我等の神よ、無貌の神よ……』
『…………鳴神! 子供を仕留めろ!』
十六夜はグロルを見て、それからオファニエルに視線を戻す。オファニエルに怒鳴られ、またグロルを見た。いくら天使の命令とはいえ、幼子を殺すのには抵抗があるらしい。十六夜がまともな感性を持っていて助かった。
『……鳴神、やはり……ダメか』
『悲嘆! 混沌! 狂気! 恐怖! 其れ等を用い、我等が神の名の元に、全ての善なるモノを封じ込めよ!』
フェルの詠唱はどこか狂気的なものに変わっていく。いつの間にか地面に描かれた巨大な魔法陣からは禍々しい霧が立ち込める。
『対神性究極奥義、神封結界!』
『ぐっ、ぅ……ぁ、あぁああっ!』
この集落全てを覆うドス黒いドームが現れる。雰囲気だけは違うが、魔法の国を覆っていたものとよく似ている。
オファニエルの頭の上に浮かんでいた光輪が消え、白く輝いていた翼がボロボロと腐敗していく。
「天使様!」
『鳴神……責務を果たせ!』
十六夜は目に涙を貯めつつも、僕達をキッと睨んだ。スカートを捲り上げ、太腿にベルトで固定されていた大きな銃をフェルに向ける。
「……ごめんなさいっ!」
銃弾の威力は凄まじく、フェルの身体は分断されて地に落ちた。
「フェル!」
「動かないでください! 動いたら、あなた達も撃たなくちゃ…………ヘルさん、お願いします、私にあなたを撃たせないで……」
「黙れ! よくも……」
飛び出そうとした僕を後ろに引き倒し、兄が前に出る。
「お兄さん……止まってください」
『ああ、止まろう。勘違いしないで、近付きはしないさ』
兄は両手を顔の横に挙げ、優しい声色を演じる。それに絆された十六夜はほうっと息を吐いた。
『だって僕、魔法使いだから……近接戦より遠距離戦が得意なんだ』
兄の両の手のひらに魔法陣が浮かぶ。十六夜は銃を構え直すが、撃つよりも早く魔法陣から七色の糸が放たれた。
その糸は紐となり十六夜の手足を貫く。左腕を左足に縫い付け、右足を右腕に縫い付ける。その先端は地面に結ばれ、十六夜は身動きが取れず、痛みに絶叫するだけとなる。
『……ヘル、これあげる。お兄ちゃんの肉片と魔力で造った特製ナイフ。切れないものは……この神様くらいじゃないかな』
『俺か?』
『そうそう。そうだから黙っててね』
『分かった』
兄は僕の手にナイフを握らせる。柄にも刃にも魔法陣に使われる古代文字が彫り込まれていた。
『……さぁ、やりたいようにやっておいで。あの子を殺したくなったんだろ? たっぷり時間をかけてあげて、そうした方が楽しいから』
トンと背を押され、十六夜の前に進み出る。十六夜は僕を見上げ、涙を溢れさせて「助けて」と口を動かした。
「…………フェルにあんなことしておいて、よく言えるね」
フェルの方を見ればフェルは再生を始めており、僕の視線に気が付いて手を振った。あの銃はフェルに痛みは与えられていない。肉を弾き飛ばしただけで、苦痛はなかった。
「……フェルだから、無事だったけど。アルだったら…………他の人だったら」
死んでいたかもしれない。
僕は刃に映る自分の眼を眺めながら、手の震えが治まるのを待った。
『あぁ、鳴神。悪魔の子は見つかったか?』
「天使様、それなんですけど……」
十六夜はオファニエルの右肩に両手を添え、先程僕がした話を脚色して耳打ちした。
僕は石像とランシアとトールと兄でグロルをさり気なく庇わせ、不安で眠気が飛んだ彼女の頭を撫でた。
『…………なるほど。しかし、理解出来んな』
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『どうして父親が居ないだけでそこまで出来るんだ?』
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『で、ただ一つ必要なのが体裁としての大義名分。こういった理由があるからこの子は認められません──ってね、そうやって罪悪感と外からの目を誤魔化す。理由付けが上手くいけば、ちょうど今の君みたいに参加しようとする奴だって現れる』
『…………私は仕事で来ただけだ。上には間違いだったとしっかり報告する。この町の処遇も、彼女達の扱いも、考慮するよう進言する』
『そう? でもま、一回やってみてもいいんじゃない? 楽しいよ、絶対的有利に自分を置いて、人を虐げるの。とっても楽しい、麻薬より中毒性があるね。ま、僕麻薬やったことないけどさ』
兄との会話が嫌になったのか、オファニエルはそっぽを向いて懐から月永石を立方体に加工したものを取り出した。
『連絡するから少し待っていてくれ』
『…………要領が悪い奴って天使にも居るんだね、神様も創るならしっかり創ればいいのにさぁ?』
オファニエルは立方体を指先に浮かべ、角を額に当てて目を閉じた。兄が元の体勢に戻り、もう大丈夫だろうとランシア達に伝えた。その時、にわかに住民達が騒ぎ始めた。
「……どういうことだ!」
「アンタ天使だろ、なんで悪魔を殺さないんだ!」
「調査の結果、悪魔ではない事が分かりました! ですから、別の対応を致します! 幼子への酷な仕打ち、あなた達にも罰が下るでしょう。悔い改め、祈っていなさい!」
十六夜の言葉に住民達は揃って口を閉ざした。だが、一人の発言から水面に波紋が広がるように、再び騒ぎが起こる。
「俺は見たぞ! アイツに角が生えているのを!」
「あぁそうだ、俺も見た……羽も生えてた!」
「しかもアイツ、うちの家畜を食い荒らして……!」
その騒ぎは侮蔑でも罵倒でもなく、目撃証言に被害報告などの、グロルが悪魔の子だと示すようなものだった。
『…………ランシアさん? その、あの人たちが言ってるのは……』
フェルは僕が聞こうか悩んでいた事を尋ねてくれた。
「嘘よ! 嘘に決まってる、この子がそんな事するはずない……! 見て、角や羽なんてないじゃない!」
グロルの見た目は確かに人間だ。翼も角もなければ、鱗や爪もない。だが、化けているとしたら?
「殺せ!」
「そうだ、殺せ!」
「魔女を串刺しに! 悪魔の子を火炙りに!」
「やめて! 私の子よ、私の子なの! 人間なの!」
ランシアは住民達の前に飛び出し、悲痛な叫びを上げる。住民達は一瞬怯んだが、集団というものは恐怖や冷静さを消してしまう。
ランシアに向かってクワが振り上げられる。それはランシアの頭に当たる直前に、オファニエルによって弾かれた。
『確認が取れた』
「天使様!」
「あぁ、どうか悪魔の子を……!」
「この魔女を……!」
『妊娠は避けられるものではなく、彼女は利用されただけだ。それでも子を守り育てようとした母性は賞賛に値する。よってランシア・ヘルモンを無罪とする…………というのが上の決定だ』
フェルがランシアに走り寄り、彼女の手を握って振り回す。しかしランシアは喜色満面のフェルとは違い、不安そうな顔のままだった。
「……悪魔の子は」
「アイツは、死刑ですよね?」
『グロル・ヘルモンは悪魔の子ではない』
その言葉を聞き、ランシアの顔にも光が差す。フェルの手を振りほどいてグロルを抱き締めた。
『それよりも許されないものだ。堕天使アザゼル……その魂を持つ者。石打ちや火炙り、串刺しなんて君達へのサービスをしている暇はない。身体が成長する前に魂ごと滅ぼさなければ』
先程ランシアを守ったその剣で、グロルを切ると。オファニエルはそう言っているのか。
月色の剣がグロルに向かう、その剣はフェルの杖に防がれる。
『退け! 私に君を切る役目はない!』
切ろうと思えば杖ごとフェルを切ってしまえるはずなのに、剣を振り抜かなかったのはオファニエルの優しさだ。
『我等の神よ、無貌の神よ……』
『…………鳴神! 子供を仕留めろ!』
十六夜はグロルを見て、それからオファニエルに視線を戻す。オファニエルに怒鳴られ、またグロルを見た。いくら天使の命令とはいえ、幼子を殺すのには抵抗があるらしい。十六夜がまともな感性を持っていて助かった。
『……鳴神、やはり……ダメか』
『悲嘆! 混沌! 狂気! 恐怖! 其れ等を用い、我等が神の名の元に、全ての善なるモノを封じ込めよ!』
フェルの詠唱はどこか狂気的なものに変わっていく。いつの間にか地面に描かれた巨大な魔法陣からは禍々しい霧が立ち込める。
『対神性究極奥義、神封結界!』
『ぐっ、ぅ……ぁ、あぁああっ!』
この集落全てを覆うドス黒いドームが現れる。雰囲気だけは違うが、魔法の国を覆っていたものとよく似ている。
オファニエルの頭の上に浮かんでいた光輪が消え、白く輝いていた翼がボロボロと腐敗していく。
「天使様!」
『鳴神……責務を果たせ!』
十六夜は目に涙を貯めつつも、僕達をキッと睨んだ。スカートを捲り上げ、太腿にベルトで固定されていた大きな銃をフェルに向ける。
「……ごめんなさいっ!」
銃弾の威力は凄まじく、フェルの身体は分断されて地に落ちた。
「フェル!」
「動かないでください! 動いたら、あなた達も撃たなくちゃ…………ヘルさん、お願いします、私にあなたを撃たせないで……」
「黙れ! よくも……」
飛び出そうとした僕を後ろに引き倒し、兄が前に出る。
「お兄さん……止まってください」
『ああ、止まろう。勘違いしないで、近付きはしないさ』
兄は両手を顔の横に挙げ、優しい声色を演じる。それに絆された十六夜はほうっと息を吐いた。
『だって僕、魔法使いだから……近接戦より遠距離戦が得意なんだ』
兄の両の手のひらに魔法陣が浮かぶ。十六夜は銃を構え直すが、撃つよりも早く魔法陣から七色の糸が放たれた。
その糸は紐となり十六夜の手足を貫く。左腕を左足に縫い付け、右足を右腕に縫い付ける。その先端は地面に結ばれ、十六夜は身動きが取れず、痛みに絶叫するだけとなる。
『……ヘル、これあげる。お兄ちゃんの肉片と魔力で造った特製ナイフ。切れないものは……この神様くらいじゃないかな』
『俺か?』
『そうそう。そうだから黙っててね』
『分かった』
兄は僕の手にナイフを握らせる。柄にも刃にも魔法陣に使われる古代文字が彫り込まれていた。
『……さぁ、やりたいようにやっておいで。あの子を殺したくなったんだろ? たっぷり時間をかけてあげて、そうした方が楽しいから』
トンと背を押され、十六夜の前に進み出る。十六夜は僕を見上げ、涙を溢れさせて「助けて」と口を動かした。
「…………フェルにあんなことしておいて、よく言えるね」
フェルの方を見ればフェルは再生を始めており、僕の視線に気が付いて手を振った。あの銃はフェルに痛みは与えられていない。肉を弾き飛ばしただけで、苦痛はなかった。
「……フェルだから、無事だったけど。アルだったら…………他の人だったら」
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