魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
276 / 909
第十九章 植物の国と奴隷商

いい子だから

しおりを挟む
魚の聞き込みを待っている間、近くのレストランで早めの夕食をとることにした。零が店内に入っては他の客が迷惑だろうとテラス席を選んだ。零は不満そうだが、彼は街に出るだけでも大迷惑なのだ。それが彼の責任でないにしても。

「……今日は調子がいいから大丈夫だって言ってるのにぃ」

『いや、寒い』

『私はこのくらいがいいです。涼しくて……いい空調ですねぇ』

『引っ付かれてみろ、寒いのなんのって』

先程軽食をとったばかりだ、小さめのパスタでも頼んで……いや、大きめのデザートにしようか。

『……俺が頼んだの、ホットコーヒーやったよな?』

『知りませんよ。あ、オレンジジュース私ですー。はい、ありがとうございますー』

ツヅラをあしらい、ベルゼブブは運ばれてきたジュースを受け取る。

『冷コーなんだけど』

『……は?  れいこ?  誰です?  あ、いえ、誰よその女!  私というものがありながらっ……この浮気者!』

ベルゼブブはヒステリックな声を出して茶番を演じる。

「え?  れい?  零のこと?」

『アンタはオムライス食っとき。コーヒー冷めた言うてんの。ほら、冷たい』

『あらほんと。別にいいじゃないですか、私アイスコーヒー好きです』

食べたい物がようやく決まった。ベルを鳴らし店員を待つ。何度も往復させるのは申し訳ない、一回で全て頼んでしまおう。

「……あ、すいません。このパフェ一つ。あと、お肉って生で出せますか?  アル用なので……あ、この狼の事です。はい、生食用でなくても大丈夫です」

「では私はこのサンドイッチを」

目隠しをしているというのに、ウェナトリアは正確にサンドイッチの写真を指差す。

「サンドイッチもお願いします、ベルゼブブは……もういいよね」

『よくないです!  ハンバーグ!  ハンバーグもう二つ……いえ三つ頼んでください!』

「そんなにお金ないよ」

『ハーンーバーぁーグぅー!』

「零が払うから好きなだけ食べなよ」

「え……そんな、悪いですよ」

『これがデキる男ってやつですよヘルシャフト様、見習いなさい』

ベルゼブブを無視し、騒いだ謝罪とともに注文を済ませる。膝に乗ったアルの頭を撫で、パフェを待つ。

『 ……零、アンタ大丈夫なんか?』

「大丈夫?  何が?」

『……亜種人類助けんのに手ぇ貸すやとか、悪魔とその契約者やらとつるむとか』

ツヅラの言葉にアルを撫でていた手が止まる。
分かっていたのか、いつから気がついていたのだろう、どうして今言ったのだろう。様々な考えが交錯して、渋滞を起こす。

『……魔獣はええよ、刻印もあるしな。悪魔は流石にあかんやろ。破門……いや、処刑されてまう。アンタは加護も受けてて神学校の成績も頭一つ抜けてたエリートやからな、処罰は普通より大っきいで』

「りょーちゃんだって楽しそうに話してたじゃないかぁ」

『俺はいい。アンタとはちゃう』

「同じだよ、りょーちゃんも神学校を出た国連お墨付きの神父様だよ」

『……たまにアンタが怖いわ、ほわほわしたド天然の阿呆や思わせといて、腹ん中で何考えとんのか分からへん』

「何言ってるの、零は悪いことなんて考えてないよ?」

零のどこまでも純粋に澄んだ瞳に見つめられると自己嫌悪が増してしまう、この人に比べて自分は……となるのだ。ツヅラも僕と同じ気持ちになったのだろう、その青黒く濁った目を逸らし、コーヒーを戯れにかき混ぜた。

「零はね、みんなに幸せになって欲しくて神父様になったんだ。加護の力であまり人には関われないのに、こんなこと言うなんておかしいって思うかもしれないけど」

「……いえ、素晴らしいです。その考え、世界中の人があなたのようだったらいいのに」

「うぇにゃ……トリア君、ありがとう。君も…………きっと、綺麗な目をしてるんだろうね。そんな目隠しなしで街を歩けたら、それはとっても嬉しいことだよ、零はそれも叶えたいな」

「……気がついていましたか」

ウェナトリアの目隠しの下を透視した、なんて訳ではないだろう。亜種人類だと気がついていたのか、火傷というのも嘘だと分かっていたのか、何故その時には何も言わなかったのだろう。

『大層な夢やな』

「りょーちゃんほどじゃないよ」

『……どーゆー意味や』

「そのままの意味。りょーちゃんの夢はもっと大きいよねぇ」

ツヅラは瞳孔を狭めて零を睨む。常に見開かれているようなその瞳は今にも飛び出してしまいそうだ。

「りょーちゃん、夢はまだ見る?  暗くて寒い寂しい悪夢……ううん、もう悪夢じゃないのかな。理想郷を見ているのかな?」

『零っ……!』

「怒らないでよ、りょーちゃん。零はりょーちゃんのこと心配なだけ」

『…………心配してもらわんで結構や』

「ねぇりょーちゃん。零はりょーちゃんの親友だよね?  親友置いて、遠くに行っちゃったりしないでね」

零はオムライスの最後の一口を飲み込むと、優しく笑った。その表情には悪意など存在しない、虚偽など存在しない。彼はどこまでも純粋だった。

『……俺は、まだ主の元に下れない。主はまだ、死んだままだ』

「ならよかったぁ、りょーちゃんは寒いの得意だから、みんなみたいに凍っちゃわないから、特に大事な親友なんだよぉ」

『人が悲観してるってんに、酷い奴。処刑されてまえ』

冗談交じりの軽口を幼げな笑い声で返し、神父達は楽しそうに笑っていた。薄い布切れ一枚下に暗く冷たい感情を隠して。

『……仲良いですねぇ、イイですねぇ』

「ねぇベルゼブブ、そのハンバーグ何個目?」

『五つ目ですけど?』

「少しは遠慮しなよ」

このままでは本当に零に支払わせることになってしまう。それはいけない、自分の分は自分で支払わなければ──待て、それならベルゼブブは自分で支払うべきではないか?

『……はっ!  いや、話すり替えんな。悪魔とつるんどったらほんまに処刑されんで?  亜種人類の救出に手を貸すなんて天使に知れたら……!』

「大丈夫だよぉ、ヘルシャフト君はいい子だから」

『理由になってへん、ほんまに……アホなんやから』

いい子、か。どういう意味だろう。
いい子の条件は従順なこと、何を言われても何をされても反抗せず、子供らしく笑うこと。年上を愉しませるのがだ。少なくとも僕はそう教わったし、それ以外の意味はよく分からない。
零の言ういがどんな子供のことなのか、僕には分からない。理解したくない、それはきっと僕の人生を否定することになるから。
あぁ、でも、きっと、僕の人生は──否定されるような、いや、否定されなければならないものなのだろう。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

処理中です...